このエントリは、2020年2月にアップしたものの再掲である。
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今回の実例は、スピーチから。
今日2月10日は米国の西海岸、ロサンジェルスで「アカデミー賞」の授賞式が行われていて世界的な注目を集めているが、あれは実は米国の「映画芸術科学アカデミー」が選ぶ米国のローカルな賞で、国際的な賞ではなく、正確を期すならば「米国のアカデミー賞」と呼ぶべきだろう。実際、「アカデミー賞」は世界各国にある。「日本アカデミー賞」もあるし「英国アカデミー賞」もある。今回の実例はその「英国アカデミー賞」でなされたスピーチから。
「英国アカデミー賞」は、「英国映画テレビ芸術アカデミー (British Academy of Film and Television Arts, BAFTA)」が選ぶ英国のローカルな映画賞で、「BAFTA賞 (BAFTA Awards)」と呼ばれている。毎年、米アカデミー賞の少し前に授賞式が行われるが、今年は2月3日にロンドンで授賞式が行われた。ノミネートされた作品や監督・俳優、および受賞した作品や監督・俳優については、下記ウィキペディアにまとまっているので、そちらをご覧いただきたい。
ここで大きな注目を集めたのが、最優秀主演男優賞を獲得したホアキン・フェニックス(『ジョーカー』)のスピーチだった。その内容は、ネット上の日本語圏でも広く伝えられた。
『ジョーカー』のホアキン・フェニックスの受賞演説。これほど内省的かつ挑戦的で未来に向けた演説は極めて稀。米国映画界の「システマティック・レイシズムを真に理解せねば」の次に、「この抑圧システムを構築し、利益を得てきた者にこそ、脱構築の義務がある。つまり我々だ」と結んだ。さすがだ。 https://t.co/VZrHISgzfk
— 舩田クラーセンさやか (@sayakafc) 2020年2月3日
今回はこのスピーチを見てみよう。まずはBAFTAのアカウントがアップしている映像から。
Joaquin Phoenix accepts his Leading Actor award for his performance in @jokermovie #EEBAFTAs #BAFTAs pic.twitter.com/1nK49CjrJo
— BAFTA (@BAFTA) 2020年2月2日
英語として特に聞き取りづらさはないスピーチだが、ネイティヴ英語話者がスピーチとしてナチュラルに話す程度のスピードはあるので、センター試験のリスニング程度のスピードのものしか聞き取れないとちょっと厳しいかもしれない(聞き取れなくてもあまりヘコまないでほしいと思う)。また、言葉(テクスト)としてはあまりきれいに整理されきっていない、生々しい発話のスタイルなので、聞いただけで意味を把握するのはちょっと難しいと感じる人もいるかもしれない。
聞き取りができてもできなくても、このスピーチは下記記事で文字に起こしてあるので、それを見ながら答え合わせをするなり聞き取りの練習をするなりするとよい。
記事の途中に "Joaquin Phoenix's Bafta speech in full" というコーナーがあるので、そこを参照。
実例として見るのは、第2パラグラフ:
I think that we send a very clear message to people of colour that you're not welcome here. I think that's the message that we're sending to people that have contributed so much to our medium and our industry and in ways that we benefit from.
17秒くらいの間に、6回もthatが出てくる。
それぞれ、どういうthatなのか、わかるだろうか。それがわからないと意味が取れない。
まず第1文:
I think that we send a very clear message to people of colour that you're not welcome here.
最初の "that" は《接続詞》のthatだ。いわゆる《that節を導くthat》で、よく省略されるもの。このthat節が "think" の目的語になっている。
He said (that) he wasn't quite sure of it.
(彼はそれについてはよくわからないと言った)
2番目の "that" も《接続詞》だが、こちらは《同格》のthatだ。つながっているのは先行の "message" で、「~というメッセージ」。文意は「白人以外の人々に、あなたがたはここでは歓迎されていないのだという非常にはっきりしたメッセージを、私たちは送っていると、私は思います」。
では次、第2文:
I think that's the message that we're sending to people that have contributed so much to our medium and our industry and in ways that we benefit from.
まず、最初のthat:
I think that's the message...
これは《指示代名詞》のthatだ。前出の何かを受ける代名詞で、日本の学校教育で最初に習うthatである。つまり「あれは」とか「それが」という意味。
You see a blue car over there? That's mine.
(あちらに青い車が見えるでしょう? あれが私の車です)
この実例の場合、この "that" は先行の文、"I think that we send a very clear message to people of colour that you're not welcome here." の下線部を受けていると考えられる。
次のthat:
... the message that we're sending to people ...
これは《関係代名詞》のthatで、先行詞は "the message"。「私たちが人々に対して送っているメッセージ」という意味である。前半と合わせて、「それ(=白人以外の人々はここでは歓迎されていないというメッセージ)が、私たちが人々に対して送っているメッセージだと私は思います」。
その次:
... the message that we're sending to people that have contributed so much to our medium and our industry…
これも《関係代名詞》のthatで、先行詞は "people" である。意味は「私たちのメディアと私たちの産業に対して実にたくさん貢献してきた人々」。
そして最後:
... and in ways that we benefit from.
これも《関係代名詞》のthatだ。これは、《in a way that ...》という形で熟語として覚えている人が多いかもしれない。「…なような方法〔やり方〕で」という意味である。関係代名詞のthatは主格のときもあれば目的格のときもある。
It looked like this account was being used in a way that violated Google's policies.*1
(このアカウントは、Googleの方針に違反するような方法で使用されているようだった)
※このthatは主格
She spoke to them in a way that only the young can resonate.
(彼女は、若い人にしか共感できないような方法で、彼らに語り掛けた)
※このthatは目的格
この in a way that ... の a way が、複数形の ways になって、in ways that ... という形になっているのである。意味は同じように考えればよい。つまり「私たちが(そこから)利を得るような方法で」。
これは直訳だと何だかぎこちなくてこなれていない日本語になってしまうが、もし和訳せよという設問があったら、言っていること(意味)を自然な日本語にして表すように工夫して解答することになる。
その解答例までは、ここでは書かないけど。
というわけで、ホアキン・フェニックスは、英国で栄誉ある賞を受賞して、映画賞でよくある「私を支えてくれた家族や友人、スタッフに感謝します」とか「この賞にはこういう意義があります」とかいったことではなく、非常に政治的なことをはっきりと、自分の言葉で述べたわけだ。そしてそれが賞賛されている。
米国ではどうかな。これを書いている時点ではまだ米アカデミー賞の主演男優賞は発表されていない。
追記: 米アカデミー賞も発表されました。
It’s official! #Oscars pic.twitter.com/kffGyeWUWB
— The Academy (@TheAcademy) 2020年2月10日
そしてまた、「サンキューサンキュー」の連発がデフォであるスピーチの場で、ゴリゴリ行ったらしい。
And he uses his platform to make A Speech About Things. Today it is the environment and industrialised farming. But we’re clever, he says, so we can change things. He ends the speech by remembering his brother, and gets sincerely choked up. It’s a moment, for sure.
Joaquin Phoenix wins best actor Oscar for Joker https://t.co/EXOMkWY4fy "Phoenix made an impassioned plea for human beings to stop fighting each other and to stop plundering our natural resources, placing particular emphasis on the cruelty involved in industrial dairy farming."
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) February 10, 2020
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※2月11日追記: 読み返してみたら文法解説の部分でわかりづらいところがあったので、明確化するように少し整理・書き換えをしました。