Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

【再掲】仮定法と直説法, 仮定法過去完了, if節のない仮定法, howeverの論理展開, トピック・センテンスとサポート・センテンス(クルーズ船検疫についての論文)

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このエントリは、2020年3月にアップしたものの再掲である。

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今回の実例は、学術論文から。

元々はいつも通り報道記事についての原稿を予定していたんだけど(急に学校が休みになってしまった高校生が余裕で読めそうな一般向け記事があった)、いろいろあるのを見てしまったので予定を変更しました。今日予定していたのは明日に回します。

今回の実例はこちらから: 

academic.oup.com

 

学術論文は、一般の報道記事とは違って、一般人がちょっと目にしてぱっと読みにくるものとして書かれてはいません。その論文が掲載されている媒体(学術誌、学術雑誌)を読む学者・専門家たちが読むことが前提です。だから、分野が違う人は文字は追えても意味はわからないかもしれない。それはうちら日本語母語話者が日本語の文献を読む場合でも、専門分野じゃないものを読んだら中身がわからないのと同じです。金融政策の専門家は、例えば金本位制の歴史の解説は読んだら書いてある通りに理解できるものですが、宇宙物理学の解説書は理解できるとは限らないわけです。逆に宇宙物理学者は金本位制の歴史の解説は上っ面をなでることくらいしかできないかもしれない。

しかしながら、これが英語で書かれている以上、使われている英文法は普遍的なものです。金融政策の専門家でも宇宙物理の専門家でも、記述に際しては同じ文法 (the same set of rules) を使います。(ここで言ってることがわかりづらければ、日本語でいえば金融政策の専門家が「利害のショウトツ」というときも、宇宙物理学者が「電子ショウトツ」というときも、どちらも「衝突」をいう漢字を使うことをイメージしていただければよいと思います。)

今回みる論文は、 International Society of Travel Medicineという学術団体*1が出している、The Journal of Travel Medicineという学術誌です。発行元は英オックスフォード大学出版部です。この学術誌を読むような専門家が読むものとして書かれた論文ですから、英文法がわかるからといって、この分野の知識がない者(例えば私)には、内容をしっかり理解することはほぼ無理な領域です。理解もできないものを解説はできません。したがって、ここでするのは内容の解説ではなく、記述の基礎に使われている文法の解説です。そのことを前提として、本稿、この先をご覧いただければと思います。

まず、学術論文の形式についての基本的なことですが、タイトルと著者(研究チームの場合は共著者一覧)の名前を記載したあと、本編に入る前に、この論文がどういう論文なのかがわかるような簡潔な「要旨 Abstract」*2をつけるのがお約束です。長さは200~300ワードくらいで、センター試験の長文問題で最も短い4番よりさらに短いです。多くの学術誌は、論文そのものは登録した研究機関からしかアクセスできないようにしてあっても、この「要旨」だけはネットで誰でも無料で閲覧できるようにしています。

この「要旨」は「全体のまとめ」というよりは「自分たちの研究でわかったことのうちで、とにかくこれだけは知ってもらいたいこと」という性質のものです。

これすら全部読まずにその論文について何かを言うことはできません。

 

「要旨」は、論文を提出する学術誌ごとに決められている形式の違いはありますが、自然科学分野では多くの場合、Objective, Methods, Results, Conclusionsなどというセクションを立てて構成します。それぞれ「本研究の目的」、「研究手法」、「結果」、「導き出される結論」です。

この論文は実際に起きたことを分析対象とした論文ですが、「要旨」の最初のセクションが(Objectiveではなく)Backgroundと位置づけられ、実際に起きたことが時系列でざっくりとまとめられています。ここは端的な《事実の記述》で、著者たちの考えや立場などは一切関係ありません。

2番目のMethods(分析の方法を述べたところ)も《事実の記述》です。

3番目のResultsも、分析の結果を述べているところなので《事実の記述》になりそうなものですが、ここでは研究チームの行なった分析は "estimating the epidemic potential and effectiveness of public health countermeasures" とタイトルにある通り「推定」なので、《仮定法》が入ってきています。

最後の4番目、これは分析から導き出された結論を述べた部分で、日本語では「結論」というより「考察」ともいえるのではないかと思いますが、ここでもこの論文を書いた人たち(著者)は《仮定法》を使っています。

《仮定法》は、基本的に、現実にあること・あったこととは反対のこと(反実仮想)を述べるのに使うものです。「今日は雨だ」が現実なら、「もし今日、雨が降っていなければ」や「もし今日、晴れていたら」は現実の反対です。前者を記述するのが《直説法》、後者を記述するのが《仮定法》です。さらに、現実と反対かどうかにかかわらず、単に現実に起きていないことを述べるときにも《仮定法》は用いられます。

本稿ではこの3番目と4番目のセクションを実例として見てみることにしましょう。

 

当該論文の「タイトル」から「要旨」の部分(最初にある "Accepted Manuscript" は、間違いがないかどうかを確認する「査読」という作業を経て掲載された論文*3である、ということを意味しています): 

f:id:nofrills:20200303080016p:plain

https://academic.oup.com/jtm/advance-article/doi/10.1093/jtm/taaa030/5766334

3番目のセクション、Resultsより: 

Based on the modeled initial R0 of 14.8, we estimated that without any interventions within the time period of 21 January to 19 February, 2920 out of the 3700 (79%) would have been infected.

太字にした部分は、《if節のない仮定法過去完了》です。if節の意味合いはwithoutの句で表されています(「~がなければ」、「~がなかったならば」)。参考書などでは下記のような例文が出ていると思います: 

  Without your help, I would not have succeeded

  (あなたの助力なしでは、私は成功しなかったでしょう)

ここでは、「私たち(=論文著者たち)は、1月21日から2月19日の期間内に一切何も介入がなかったならば、3700人中2920人が感染していただろうと推定した」と述べられています。(そのような推定が分析により導き出された、ということです。)

「一切何も介入がなかったならば (without any interventions)」は、下記ツイートで岩田教授(神戸大学)が「検疫をしないでほったらかしてたら」と述べていらっしゃいますが、「かなり非現実な想定」です。だから《仮定法》。

 

論文要旨のこの次の文: 

Isolation and quarantine therefore prevented 2307 cases, and lowered the R0 to 1.78. 

これは《直説法》です。つまり「事実」を述べている箇所です。この研究が行ったのが「推定 estimate」である以上、この「事実」は完全に「実際にあったこと」とはいえないのですが、「分析の結果、このような結果が導き出された」ということです。

一番上のBackgroundに記載されていることと照らし合わせると、実際にはダイヤモンド・プリンセス号(乗員乗客3700人)の感染者は619人、一切何も介入しなかったと仮定した場合の感染者は、上述のように2920人と考えられるので、したがって (therefore) 2307人の感染が未然に防がれた……と書かれているのですが、普通に計算すると2301人では……と私は思うのですが、内容のことはわからないのでここはスルーします。何かご指摘があったらTwitterなりここのコメント欄なりに入れてください。

 

その次の文:  

We showed that an early evacuation of all passengers on 3 February would have been associated with 76 infected persons in their incubation time.

"We showed that ..." は論文の定型表現で、「研究の結果、~ということがわかった(ということをこの論文に書いてある)」と述べる表現のひとつ。読み飛ばしてよいです(が、論文を英語で書く立場になったらこの表現は使いこなせないといけなくなる)。重要なのはthat節だけ。

このthat節でも《if節のない仮定法過去完了》が使われています。下線で示した "an early evacuation of all passengers on 3 February" が主語でありながらif節の意味合いを担っていて、「もし2月3日という早期の段階で、全乗客を船から退去させていたら」という意味。

このように、主語にif節の意味合いが込められている仮定法は、参考書では次のような例文が出てくるはずです。

  An honest person would not have done such a thing. 

  (正直な人物ならば、そのようなことはしなかっただろう)

"would have been associated with 76 infected persons in their incubation time" は、私は内容はわかっていると思うのですが、用語を知らないから*4それを正確に日本語にできる自信がないので(&それを調べている時間はないので)、日本語化は自粛します。incubation timeはここでは「潜伏期」の意味。

 

というわけで、Resultsのセクションで2度、仮定法が使われていたのは、「もし何もしなかったら」という仮定と、「もし2月3日に全員下船させていたら」という仮定について述べた個所だったとまとめられます。

 

では、次のセクション、Conclusionsを見てみましょう。まずは一気に読んでみてください: 

The cruise ship conditions clearly amplified an already highly transmissible disease. The public health measures prevented more than 2000 additional cases compared to no interventions. However, evacuating all passengers and crew early on in the outbreak would have prevented many more passengers and crew from infection.

 

個別に見ていきます。第1文: 

The cruise ship conditions clearly amplified an already highly transmissible disease.

これは《直説法》です。それもすごいきっぱり言い切っている文で、文意は「そのクルーズ船の環境は、明らかに、既に非常に感染力の高かった病気を増幅した」。直訳してもイマイチ意味がわかりませんが*5、私にはこれを意訳できるほどの知識はないので直訳だけ示しておきます。こんなものを「翻訳」として扱ってはならないというレベルの直訳ですから、ご注意ください(この直訳例を「訳文」として流用することはおやめください)。

 

第2文: 

The public health measures prevented more than 2000 additional cases compared to no interventions.

これも《直説法》で言い切っています。直訳すると「公衆衛生の対処が、一切介入がなかった場合と比べると2000件以上の追加の感染例を妨げた」。これは言語的に読みやすく処理することができるのでしておくと「公衆衛生の対処をおこなったため、一切介入をしなかった場合と比べて2000件以上の症例発生が未然に防がれた」ということです。もっと言うと「何もしなかったらあと2000人が感染していた。検疫があったのでそういうことにならなかった」。そこから「検疫に意味はあった」という解釈が出てくることになるでしょう。

 

しかし、この直後に《however》が出てきます。Howeverは接続副詞で*6、先に述べられていることとの《対照》を表します(ざっくりと《逆接》と解説されることもあります)。"However" が出てきたら、その後ろに重要なことが書かれているということです。

However, evacuating all passengers and crew early on in the outbreak would have prevented many more passengers and crew from infection. 

そしてここでもまた《if節のない仮定法過去完了》。下線で示した主語の部分がif節の意味合いを担っていて、"would have prevented ~" は「~を防いでいただろう」で、「アウトブレイクの初期段階で、全乗客・乗員を船から退避させていたら、より多くの乗員乗客の感染を未然に防いでいただろう」の意味。

青字で示した《prevent ~ from ...》は、よく prevent ~ from -ingの形で「~を…させない」という意味を表す例が出てきますが、fromの後が-ing(動名詞)でなく普通の名詞であることもあります。

 

このConclusionsのセクションの論理構造が見えづらいので議論が紛糾しているっぽいのですが、これは普通に英語屋が読めば、第1文が《トピック・センテンス》、第2文と第3文が《サポート・センテンス》です。

《トピック・センテンス》が結論(主)で、《サポート・センテンス》がそれを具体的に説明するもの(従)です。

だから、このセクションは、「ダイヤモンド・プリンセスの環境は、新型コロナウイルス感染症をamplifyしたことは明白だ」ということが言いたくて、それに対して「検疫で防げた感染もあるが、検疫とかやってないでとっとと下船させてたら感染者数はもっと少なかったのでは」と付け加えているわけです。

その付け加えの部分だけを重視する読みは、テクストに対して誠実な読みとは言えないと思います。

 

なお、このアブストラクトを読む限り、ダイヤモンド・プリンセスを検疫してなかったら、町がどうなっていたかはこの論文では扱っていないようです。

 

予定を変更して本稿を書いたのは、下記のようなものを見てしまったからです。

Google翻訳!!!!!! こんな重大なトピックで!!!!!!!

しかも、パラグラフ構成無視!!!!!!!!

泣ける。(T_T) 

f:id:nofrills:20200303101542p:plain

 

なお、この論文はスウェーデンのUmeå Universityの公衆衛生・臨床医学の学部と疫学の学部の研究者3人の共著論文で、同大学ではこの論文を受けて下記の広報的記事を出しています*7

www.umu.se

下記抜粋個所で論文主著者が仮定法たっぷり使って話をしているので、そこも読んでみるといいと思います。

“If the ship had been immediately evacuated upon arrival in Yokohama, and the passengers who tested positive for the coronavirus and potential others in the risk zone had been taken care of, the scenario would have looked quite different. Our calculations show that only around 70 passengers would have been infected. A number that greatly falls short of the over 600 passengers the quarantine resulted in. The precautionary measure of putting the entire ship under quarantine was understandable, but due to the high risk of transmission on the ship, the decision is now questionable,” says Joacim Rocklöv.

【13:40ごろ追記】 

T.Katsumiさんがウメオ大学広報のこの記事を日本語化しておられます。下記にて一覧できます。

threadreaderapp.com

 

 

※本稿は広く開かれた状態にしておきたいので、しばらくの間、コメント欄を開放します(様子を見て、数日をめどに閉鎖します)。コメント欄は、必ず元の論文アブストラクトをお読みの上で、ご利用ください。物品販売などのスパムや、「名無し」「通りすがり」など捨てハンを使った書き込み、書き捨て、罵倒のようなものが出てきたら、その時点でコメント欄は閉鎖します。また、この検疫についての一般的な感想・感興のようなもの(「韓国では」とか「イタリアでは」とかも含む、本稿で扱っていないことがら(例えばトイレットペーパーの買い占めや公演の中止)への言及は、おやめください。もちろん、英語に関する本稿での誤認・誤解のご指摘は歓迎です。コメントを投稿なさる場合は、建設的なご投稿をよろしくお願いします。

 

参考書:  

英文法解説

英文法解説

 
ロイヤル英文法―徹底例解
 

 

 

*1:「国際渡航医学会」が日本語での定訳のようです。see https://togetter.com/li/223088 

*2:日本語圏の研究者でも「要旨」ではなく「アブストラクト」とカタカナで呼ぶ人もいます。

*3:日本語圏では一般的にこれを、カタカナ語を使って「アクセプトされた論文」などと言います。

*4:こういうときにbe associated with ~を使うんですね。

*5:amplifyの意味がよくわからない。R0がどうなることがamplifyなのか?

*6:howeverは接続詞ではないのでコンマを伴って文と文をつなぐことはできません。ピリオドで区切ってから使います。「今日は雨だが、暖かい」は、× It's rainy today, however it's warm. 〇 It's rainy today. However, it's warm.

*7:via https://twitter.com/tkatsumi06j/status/1234536905812762624 - h/t

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