Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

【再掲】whether A or B, there is/are ~ + 現在分詞, 進行形の受動態, 【ボキャビル】the jury is still out(新型コロナウイルス感染者数のグラフ)

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このエントリは、2020年3月にアップしたものの再掲である。

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今回の実例は、英国の経済紙Finantial Times (FT) が作成したグラフから。

12日、スウェーデンの元首相・元外相で、現在は欧州連合 (EU) の外務理事会で共同議長 (Co-Chair European Council on Foreign Relations) を務めているカール・ビルト氏が、次のようなツイートで、FTが作成したグラフを参照していた。

 

このグラフは、西洋諸国での新型コロナウイルスの感染件数をグラフにすると、だいたい同じような軌道 (trajectory) を描く(だいたい同じような増え方を見せている)ということを示すもので、英国、米国、スペイン、フランス、ドイツ、スウェーデン、スイスなど、まだ滅茶苦茶差し迫った事態にはなっていない国々のグラフと、全土がロックダウンというとんでもないことになっているイタリアのグラフを重ね、さらにイランと韓国、香港、シンガポール、日本のグラフも加えて1枚にしたものである。

そして、何かで日本が言及されていると日本にだけ注目するのが基本で*1、さらに今は誤情報(というより明確なデマ)偏向報道に基づいて「イタリアと韓国は大失敗したが日本は大成功、日本スゴイ」というおかしな方向で盛り上がっている(らしい)中で、このグラフでちょびっとだけ言及されている日本について、FTが正確にどう述べているかを見ようともせずに、「おお、日本すごい」と読み解いてしまうおっちょこちょいな人がけっこういるみたいだ。

グラフには英語で注記みたいなことが書かれている。それを読まないと、FTがどう分析しているかはわからないのだが、その英文を読みもしていない(あるいは読んでも正確に意味が取れていない)人は大勢いるだろう。

なので、今回はその英文を実例として取り上げたいと思う。

 

当該のグラフは、ジョン・バーンマードックさんが作成したもので、ご本人のアカウントからもツイートされている。

 グラフの一番上には、このグラフの主旨が "Most western countries are on the same coronavirus trajectory. Hong Kong and Singapore have managed to slow the spread" と記載されている。直訳すれば、「西洋諸国のほとんどは、新型コロナウイルス感染について同じ軌道をたどっている。香港とシンガポールは、拡大を原則することに成功している」となる。ここで「香港とシンガポールは成功」と明言されていながら、グラフで見た目上同じような感じになっている日本には言及がないことに注意する必要がある(が、「日本すごい」の人たちはそういうところを絶対に見ようとしないし、見せようともしない)。

グラフの上にあるテクスト、3行目の "Cumulative number of cases, by number of days since 100th case" はグラフの説明。「感染事例の累積数、横軸は100件目の感染が判明した後の日数」という意味だ。

では、続いて、グラフ内に注記として書き込まれているテクスト(文)を見ていこう。

(なお、グラフのデータの中はここでは見ない。ここではグラフに添えられている英文を読むだけである。)

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https://twitter.com/jburnmurdoch/status/1237737352879112194

まず、グラフ上部の表題的なところで「成功例」として言及されているシンガポールと香港についてのテクストから。

シンガポール

Singapore: very strict quarantine rules and rigorous contact tracing

最後の "tracing" はtraceの-ing形で、「トレースすること、たどること」。"rigorous" は「厳格な、厳密な」の形容詞で、覚えておくと役立つ単語だ。

全体では「検疫 (quarantine) の決まりが非常に厳格で、(人と人の)接触の追跡もしっかりとやっている」といった意味。

続いて香港: 

Hong Kong: rapid school closures and quarantining, strong community response

「迅速な学校閉鎖と検疫、コミュニティの強い反応」とある。いち早く学校を閉鎖し、検疫も行なったことで感染拡大を食い止めることができたし、また地域の反応が

なお、テクストの外のことだが、重要なのは、シンガポールも香港も「国」というよりは「都市」の規模のcity-stateであるということだ。グラフ作成者のバーン=マードックさんも、下記のように、その点に注目している。

 

続いて日本に関する記述: 

f:id:nofrills:20200313035044j:plain

https://twitter.com/jburnmurdoch/status/1237737352879112194

読解としては、まず、ここには上述の香港・シンガポールについての説明にあった"rapid" や "strict", "quarantine" といった語(これらの語が「感染拡大の抑制に成功」という評価に結びついている)がないことに注目すべきである。つまり、「日本はシンガポールや香港とは事情が違う」と言っているのだ。

Japan: there is debate over whether the spread has slowed or there are simply not enough tests being done

"debate" は「議論」で、"there is debate over ~" は「~をめぐる議論がある」という意味だが、さらにこれを読み解くと、「~の事実は確認されていない」といった方向性の記述と言える。

その次の "whether" は接続詞で、ここは前置詞overの目的語がwhetherが導く名詞節になっているという構造。

そして、全体としては "whether A or B" の構造(「Aか、それともBか」)で、Aの部分が "the spread has slowed", Bの部分が "there are simply not enough tests being done" である。

この部分は《there are ~ -ing ...》、つまり《there is/are ~ + 現在分詞》の形である。これは江川泰一郎『英文法解説』ではp. 195で "There is a car coming." という例文(「車が来るぞ」という意味)で解説されてはいるが、あまり突っ込んだ解説がない。 

英文法解説

英文法解説

 

そこでMichael Swan, Practical English Usageを参照すると(私の手元にあるのが第3版なので第3版を見ている)、pp. 590-591に次のような解説がある。

4  structures with auxiliary be

There can also be used in structures where be is a progressive or passive auxiliary. Note the word order. 

  There was a girl water-skiing on the lake. ...略... 

  (NOT There was water-skiing a girl...

つまり、進行形や受動態の一部であるbe動詞が、there is/areの構文と合体している、という感じになるだろう。

何だか要点を得ない説明になっていてわかりづらいかもしれないが、要は、"There is a car coming." は "A car is coming." としても文意は変わらない(ニュアンスは変わる)と理解しておいてよいだろう。

つまり、今回の実例の "there are simply not enough tests being done" は、"simply not enough tests are being done" と考えて文意を取ればよい。そして "are being done" は《進行形の受動態》で「実施されつつある、実施されている」。

というわけで、FTのこのグラフで日本について注記されている文の意味は、「日本: 拡大の速度が減退している[減退した]のか、それとも単に十分な数の検査が行われていないのかをめぐって、議論がある」。

 

「~をめぐって議論がある」と言うのは遠回しな表現で、要するに何が言いたいかというと「断言できない、断定できない、断定できるような証拠がない」ということだ。ここではテーマは「感染拡大のスピードが抑えられているかどうか」なので、この文の内容は、より自然な日本語の文体で書けば「日本については感染拡大のスピードが抑えられているとは断言できない。単に実施されている検査の件数が少ないとの指摘がある」となろう。英FTは、日本の状況をそのように分析しているのである。 

 

そのことを、グラフ作成者のバーン=マードックさんは「陪審団がまだ審議中である the jury is still out」という慣用表現を使って表している。

 「一方で、日本についてはまだ結論が出ていない。よりなだらかなカーブになっているのは、早い段階で学校を閉鎖するなどした対応のよい結果であるのか、それとも日本のとても低い検査率を原因とする結論を誤らせるような流れなのか」。

日本に特異的な「検査件数が少ない」という実状が肯定的に見られているという読解は、ここからはできない。

少なくとも、はっきりと「感染拡大のスピードが抑制された」と評価されているシンガポールや香港と日本が同列に扱われているわけではないということは、普通にテクストを読めば、普通にしっかり読み解けるだろう。これが読み解けないのは、テクストを読んでいないか、英文を(書いてあることを書いてあるままに)読む力がないかのどちらかである。

 

ここで私がしたい話は終わりなのだが、同じグラフに入っているので韓国についての記述も見ておこう: 

f:id:nofrills:20200313035101j:plain

https://twitter.com/jburnmurdoch/status/1237737352879112194

S. Korea: spread slowed from initial pace, but has picked up again with an outbreak in Seoul

これは《時制》に注目だ。文の前半 "spread slowed from initial pace" では《過去》、文の後半 "but has picked up again with an outbreak in Seoul" では《現在完了》が用いられていて、「感染は、一度は当初のペースより減退したが、今またソウルでアウトブレイクが確認されてペースが増している状況だ」ということを表している。つまり、韓国についてはまだまだ予断がならないと言っているわけだ。

 

このグラフのコンテクスト(文脈)、つまりどういう方向性の記事に添えられているものかは下記: 

FTの記事は有料登録者じゃないと読めないが、ヘッドラインだけは誰にでも見ることができるのでコピペしておこう。 "Coronavirus tracked: the latest figures as the outbreak spreads" というヘッドラインである。日本がどうたらというのはこの記事では枝葉末節で、世界的に感染が拡大していることが主題である。「世界的に感染が拡大しているのに、件数が増えてない日本すごい」論の人たちはそんなこともおかまいなしでこのグラフを見て利用するかもしれないが、それはとても不誠実なことである。


なお、バーン=マードックさんがこのデータをどう見ているかは、下記のスレッド(連ツイ)でまとめられている。

また、同じデータ(ジョンズ・ホプキンス大学のもの)を使ってグラフを動くように表示したものが下記(時間差も表現されている) : 


本当は今日は元々、「ハリー&メーガンの最後の公務」となったイングランド……じゃなかった英国の行事から、ボクサーのアンソニー・ジョシュアの立派なスピーチを「実例」として取り上げるつもりで予定していたのだが、12日にTwitter見てたら上記のような例に遭遇し、さらに下記のようなことで愕然としてしまったので、急遽、原稿を差し替えた。

ほんと、読もうよ。誰かが何か書いたことについて、自分の意見を言う前に、書いてあることは読もうよ。読みもせずに、それについて何かを言うのはやめて、まず読むことが必要。こんな深刻なトピックではなおのこと。

 

 Hat tip to 渡邉英徳教授 m(_ _)m

 

f:id:nofrills:20200314040459j:plain


 

 

参考書(いいかげん新版買わなきゃと思ってるんだけど、高いんだ、これ。編集方針は変わったけど解説の中身はあまり変わってないとのことだし……):  

 


 

 

*1:今年のアカデミー賞授賞式で松たか子さんが世界のエルザたちの1人としてステージに立って歌ったときに、マスコミが「松たか子圧巻!」的に大騒ぎしたことを想起されたい。あのとき、本当にニュースにすべきだったのは「世界のエルザたちが一堂に集結」ということだったのだが。

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