今回の実例は、前回の続きで、イングランドのフットボール(サッカー)協会 (the Football Association: the FA) のステートメントから。このステートメントが出された経緯や文脈などは前回のエントリをご参照いただきたい。
この文面は、FAのような組織からのステートメントとしては、異例と言えるほどに強い語調のものである。わかりやすく言えば、「激怒している」という文面で、それをフォーマルさを保った形で伝えるときの文面として、よいお手本になるだろう。
文面はこちら:
— FA Spokesperson (@FAspokesperson) 2021年7月12日
— FA Spokesperson (@FAspokesperson) 2021年7月12日
前回は前半(「1」の方)を読んだので、今回は後半を見ることにしよう。
第1文:
We will continue to do everything we can to stamp discrimination out of the game, but we implore government to act quickly and bring in the appropriate legislation so this abuse has real life consequences.
やや長い文だが、構造は単純で、《等位接続詞》のbutが文と文をつないでいる形だから、butの前後を別々に読んで単純に接続して読めばよい。まずは前半部分:
We will continue to do everything we can to stamp discrimination out of the game
この文は、FAのこのステートメントの前半にあった "We will do all we can to support the players affected ..." とほぼ同じ形である。というか、前半での "do all (that) we can to do ~" が、"do everything (that) we can to do ~" と、allをeverythingに書き換えただけの同じ構文だ。こういうときに完全に同じ構文の繰り返しにするのは、演説では効果的かもしれないが、書き言葉だと少々奇妙な感じになるので、このような書き換えが行われることになる。
で、構文が同じなのだから、文法的に見ても同じ。"to stamp discrimination ..." の部分は《to不定詞の副詞的用法》で「この競技から差別を消し去るために」。stamp ~は「~を踏んで消す」という意味の他動詞で、特にイングランド(を含む英国圏)で「人種差別をなくそう」というときに "stamp out racism" と表現されているのを見聞きすることが多い(そのようなコロケーションがある)。ウェブ検索すると下記のような例が見つかる。
後半部分:
but we implore government to act quickly and bring in the appropriate legislation so this abuse has real life consequences.
ここは、imploreという単語を知らなくても、《implore ~ to do ...》という構造が見えれば何となく、urgeとかwantとかいった系統の語であることが判断できるだろう。単語を知らなくてもその意味が推測できるとは、そのようなことを言う。ここでは文法力は不可欠だ。
太字で示した "and" は、直後が "bring" という動詞の原形であることから、その前の動詞の原形を接続していると判断される。ここでは "to act ... and bring in ..." という構造になっていることが把握できれば問題ない。できれば1秒もかけずに把握したいところである。
下線で示した "so" は、実は "so that" のthatが省略されていて、つまりここは《so that S+V》の構文である。「今回の暴言が、実生活上の結果を持つように」と直訳される。
つまりFAは、政府に対し、早急に行動を起こして、今回のこのようなウェブ上の人種差別暴言が、その暴言の主の実際の生活に影響するような懲罰を可能にする法律を作ってほしいと要求しているのである。
ちょいと英語からは離れるが、FAのこのステートメントは、一種リバタリアン的な「フリーダム万歳」な人々、つまりボリス・ジョンソンの支持基盤の重要な一角では、反感を引き起こすだろう。
続いて第2文にして、今回のFAのステートメントの締めの文。第1文では自国政府に対する要求をはっきりと述べていたが、ここではさらに、人種差別の暴言の場となったソーシャル・メディアというプラットフォームを提供し運営している企業に対する要求を述べている。ただしこちらでは、implore, want ,urge系の動詞による「~に…するよう求める」の文は使っていない。単に「~する必要がある」ときっぱり述べているだけである。
Social media companies need to step up and take accountability and action to ban abusers from their platforms, gather evidence that can lead to prosecution and support making their platforms free from this type of abhorrent abuse.
and多すぎ、文長すぎ。
そこを色分けして示すと:
Social media companies need to step up and take accountability and action to ban abusers from their platforms, gather evidence that can lead to prosecution and support making their platforms free from this type of abhorrent abuse.
おわかりになっただろうか。これを言葉で説明するのはとんでもなく煩雑なので、色分けで済ませる。
まず最初の "step up and take" は、「一歩進んで、takeすべきである」ということ。この "step up and do ~" には「今やっていないことをやり始める」という含意がある。
そしてその "take" の目的語が、朱字で示した "accountability and action"。つまり take accountability + take action ということで「責任を持ち、行動を起こす」という意味になる。
その "action" にくっついてきているのが "to ban" 以下のto不定詞の句で、これが長いのだが、andによる接続でだらだらと長くなっているだけなので、この構造(緑の字)が取れれば問題なく読めるだろう。このto不定詞はactionという名詞を修飾しているから形容詞用法と判断してよい。その部分だけ見ると:
to ban abusers from their platforms, gather evidence that can lead to prosecution and support making their platforms free from this type of abhorrent abuse
下線で示した "ban A from B" は「AをBから出禁にする」「AがBを利用することを禁止する」の意味。
太字で示した "that" は直前がevidenceだから《同格》の接続詞で「という証拠」という意味かと早合点しがちだが、その早合点にこだわると正確に読めない。ここは "that" の直後が助動詞のcanであることから即座に判断できるように、この "that" は主格の《関係代名詞》だ。「訴追につながりうる証拠」(つまり裁判で使える証拠)。
最後のセクション、"support making..." の "making" は《動名詞》で、このmakeは《make + O + C》の構文を作っていて、そのOが "their platforms", Cが "free from ~" で、free from ~は「~がない状態である」の意味。つまりこの部分は、「彼らのプラットフォームを、このタイプのひどい暴言がない状態にすることを支持する」という意味である。
abhorrentという形容詞は「忌まわしい」「嫌悪すべき」などと直訳されていることがあるが、要は「ひどい」の最も強い表現のひとつである。前回、disgustingという形容詞について同じことを書いたのだが、英語にはこういうふうに、実質的には同じことを言うための形容詞がとてもたくさんあったりして、日本語にするにも限界があるのだが、それらは実は「同じ」ではなく、文脈に応じてさまざまな意味を持っていたりもするので、日本語に訳されたものだけを読んでわかった気になるのも実は危うかったりする。それも、文章を読んで理解してから日本語にしている人間の翻訳者の訳文ならまだしも、機械翻訳など使われた日には、かなり危なっかしいことになりうる。
4000字を超えたので、今回はここまで。
※4080字