このエントリは、2020年4月にアップしたものの再掲である。
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※本稿も、前回と同様、かなり前に準備してあったもので、内容的には懐かしい感じもするかもしれない。しばしお付き合いいただきたい。
今回の実例は、前回の続き。あの「転売ヤー」がどうなったかという報道から。
前回見た記事(NYT)では、普段からAmazon.comで物品を出品して小遣い稼ぎをしているテネシー州のマット・コルヴィンという男性が、3月1日に米国で初めて新型コロナウイルスによる死者が出たと聞いてすぐに車を出し、行ける範囲の小売店を回って、手指消毒剤やマスク、除菌ウェットティッシュなどを買い占め、即座にAmazonに出品したらめっちゃいい金になったものの、翌日にはAmazonからアカウント停止され、大量の「在庫」を抱えて途方に暮れている、ということが伝えられていた。その後、この記事はアップデートされ、コルヴィン氏は「在庫」の医療品を寄付することにしたといったことが報じられていた。
hoarding-examples.hatenablog.jp
今日見る記事は、そのさらに続き。この件は本国アメリカだけでなく各国で注目されていて、英国のBBCも記事を出していた。というわけで今日の記事はBBCから。記事はこちら。
見出しの段階でボキャビルに好適すぎる一品である。
見出し:
Coronavirus: US man who stockpiled hand sanitiser probed for price gouging
"stockpiler" は「stockpileする人」、つまり「買いだめをする人」だが、普段の消費生活における「買いだめ」*1の域を軽く超えて買い込む人のことを特にstockpilerと呼び、現代社会では「ネットでの転売を目的として買い込む人」の含みもある。つまり「転売ヤー」だ。
見出しの "probed" は過去分詞で(報道記事の見出しで -ed 形があった場合は過去形ではなく過去分詞である)、《受け身》の意味、つまり「~される」だ。
probeは、発音が綴りのよく似たproveと混同されやすいのだが、こちらはproveと違って素直に「プロウブ」と読めばよい。音声の確認はWeblioでどうぞ:
名詞としても動詞としても用いられる単語で、動詞の意味は「~を調べる」。「調べる」といってもいろいろあるが、この単語は「何かを深く探っていく」ことがコアの意味で、虫歯の深さをはかるようなことにも用いられ、一般の報道記事では特に(日本の報道用語でいう)「警察が詳しく調べている」ときに使う。investigate(「~を捜査する」)の一歩手前、あるいはinvestigateの同意語と考えておいてよい。
見出しの最後の "price gouging" は「価格のつり上げ」。gougingはgougeという動詞に-ingがついたものだが、この単語は、主に米国での用法で「人から金銭を巻き上げる、不当に高い値段を要求する」という意味で動詞として用いられるのだそうだ。私も知らなかった(米語にはうといので)。ちなみに発音は「ガウジ」という感じである。
BBCは英国の報道機関なので、gougeという米語にはなじみがない読者を想定して記事を書いており、記事の一番下の方にこの "price gouging" という言い方についての注意書きみたいな記載がある。その部分を見ておこう。
Price gouging - the act of re-selling an item in high demand with a "grossly excessive" price mark-up - is prohibited in the state of Tennessee if the governor has declared a state of emergency.
太字で示した部分が、"price gouging" の定義を説明した部分である。ハイフン(報道機関によってはダッシュを使うが)を2つ使って主語の "Price gouging" と動詞の "is" の間に《挿入》している形だが、その挿入されている部分を見ると:
the act of re-selling an item / in high demand / with a "grossly excessive" price mark-up
"in demand" は「需要がある」で、これにhighという形容詞が加わって「高い需要がある」という意味になっている。これはやや遠回しな表現で、要は「品薄になっている」ということだ。
"with" は先行の "re-selling" とつながっており、re-sell A with Bで「AをBで(Bを以て)転売する」の意味。
"grossly excessive" に引用符がついているのは、それが別の文書の引用であることを示しているが、ここではおそらくテネシー州法での記述の引用だ。意味は「大幅に過剰な」となるが、州法で元々具体的な数値を指定していないということだろう(法律で、例えば「元の値段の倍以上で転売することを禁止する」などとしてしまうと、元の値段の1.999999倍で売るという行為が合法になってしまう)。
"price mark-up" は「値上げ幅」のこと。
つまり、「Price gougingとは、品薄になっている物品を、『大幅に過剰な』値上げ幅で転売する行為を言うが」という意味になる。
そのあと:
... is prohibited in the state of Tennessee if the governor has declared a state of emergency.
これはstateがこんなに近距離で2通りの意味で用いられているという点で、マニアをうならせる実例だ。マニアじゃない人はうならなくてもいいから慎重に意味を取ってほしい。
最初の "the state of Tennessee" のstateは「州」(テネシー州)、2番目の "a state of emergency" のstateは「状態、事態」(緊急事態)の意味である。
「州知事が緊急事態を宣言している場合、テネシー州では禁止されている」という意味である。
その次:
If found guilty, a person can be fined up to $1,000 (£813).
このif節(副詞節)では、主語とbe動詞が省略されている(《副詞節内での主語とbe動詞の省略》)。ここでその省略を補って書き直すと、 "If he or she is found guilty, a person can be..." となる。
最大で1000ドルの罰金って、昔の貨幣価値が今とは全然違う時代の規定かもしれないけど、罰金が低すぎて十分な抑止力にはならないだろうなと思うような額だが、それでも違法/不法行為ではあるわけで、こうして大々的に報じられもする。
アメリカの「自由」の底知れない感じをもつきつけてくるような一件である。
なお、その後、このコルヴィン氏についての警察の捜査がどうなったのかなどは私はフォローしていない。3月半ば以降、アイルランドがセント・パトリックス・デーのイベントを中止してロックダウンし、すぐに英国もロックダウンに入るという激動があり、テネシー州の転売ヤーのことは、仮に報道されていたとしても情報を見なくなってしまった。Google Newsなどで検索すれば続報があるかもしれないが、確認しようというモチベーションがない。
参考書:
*1:「どうせ買うものだから、安いときに買っておこう」みたいな買いだめ。小麦粉が広告の品になってれば、当面使う分はまだ残っているけれど、買っておく、というようなのが普段の「買いだめ stockpile」である。その結果、食品棚に何袋も小麦粉が……ということもありうるが。