このエントリは、2020年4月にアップしたものの再掲である。
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今回の実例はBBCの報道記事から。
こういうときだからこそ、めっちゃ冷静に、傍目から見たら「そこか」と呆れられるようなことを題材としたい。
イライラしている人から見たら呑気に思われるかもしれないが、私は別に呑気に構えているわけではないということは、最初にお断りしておきたい。
新型コロナウイルスに感染して自宅待機(自宅といってもダウニング・ストリート10番地だが)&リモートワークとなっている英国のボリス・ジョンソン首相が、日曜夜、病院に運ばれた。記事はこちら:
実例として見るのは、記事の一番上のほう:
上2つの文を見てみよう:
Prime Minister Boris Johnson has been admitted to hospital for tests, 10 days after testing positive for coronavirus, Downing Street has said.
He was taken to a London hospital on Sunday evening with "persistent symptoms" - including a temperature.
太字にした部分で、最初のhospitalは無冠詞で、次のhospitalには不定冠詞のaがついていることにお気づきになるだろう。
最初のhospitalが無冠詞なのは、ここでhospitalがhospitalとしての機能を果たしているからである。何を言っているかわからないかもしれないが、hospitalが「病人やけが人の治療をする場所」であるときは無冠詞になりえるが、hospitalを「建物」として見るような場合は無冠詞にはならない、ということである。
これについて、江川泰一郎『英文法解説』は、124ページにおいて、bed, school, classといった単語を例示して「次のような名詞がその本来の目的を表すとき」と説明している。「学校に行く」と言ったら単に「学校の建物に行く」のではなく「学校に行って授業を受ける」わけだが、その場合はgo to schoolと無冠詞になる、というわけだ(一方で親が用があって学校に行く場合は、"I went to my son's school." などと言い、無冠詞のschoolは用いられない)。
今回実例として見ているhospitalもその例なのだが、江川は次のように注意している。
《参考》universityとhospitalについては、《米》と《英》とで相違がある。
go to the university 《米》
go to (the) university 《英》 ※引用注: カッコに入っているのはtheをつけることもつけないこともあるということ
be in the hospital 《米》
be in hospital 《英》
一方、綿貫陽らによる『ロイヤル英文法』は、「建造物や場所を表す名詞」が無冠詞になるとして、165ページで次のように解説している。
本来の目的・機能を表す場合
この場合は、その名詞は抽象的な意味を表して無冠詞になるが、慣用句として用いられる場合が多い。
I go to bed at ten. ※以下、例文略
この『ロイヤル英文法』でも、hospitalについては、英国式でbe in hospitalだが、「《米》ではin the hospitalということが多い」と解説している。
だから、私(英国式)が書いた英文を米国人がネイティブチェックすれば「theが抜けている」と言われるだろうし、逆に米国式の文章を書き慣れている人が書いた英文を英国人がチェックしたら「theは不要」と言われるだろう。
いずれにせよ、BBCはここで "be admitted to hospital" と無冠詞で書いている。注目すべきはその点である。
次、2番目の例:
He was taken to a London hospital on Sunday evening with "persistent symptoms" - including a temperature.
こちらは《不定冠詞》のaがついている。これは、「どの病院と名前を挙げることはしない(できない)が、ロンドンの病院」と言っている箇所で、こういうときは英国式でも冠詞を使うわけだ。
ここでもし冠詞を使っていなかったら「ロンドン病院」という固有名詞のようにも見えてしまうわけで、この冠詞はとても重要である。
「ロンドンの病院」だとわかりづらいかもしれないが、下記の例ならどうだろう。
I went to Tokyo University.
I went to a Tokyo university.
I went to the Tokyo university.
最初の文はTokyo Universityは固有名詞で「東京大学」だ。
2番目は「固有名詞は言わないが、東京にある大学」だ。「大阪でなく、東京にある大学です」というような文脈のときに使う。
3番目は、この前に何か話が出ていて、「(自分も)東京にあるその大学(に行った)」と言う場合の表現である。
いずれも、universityが大文字始まりなのか小文字始まりなのかも重要だが、音声では大文字か小文字かは確認できない。手掛かりは冠詞にしかない。相手が "a Tokyo university" と言っているのを "Tokyo University" と聞き取ってしまったら、事実を誤認することになる*1
英語の冠詞というのは私たち日本語母語話者には実に厄介な存在で、しかも文字数も少ないし、音声で聞いてもほとんど聞こえないくらいだから、飛ばしてもいいんじゃないかという雑な考えに逃げたくもなるのだが、それをしていると英語で自分の言いたいことを十分に表現することが難しくなる。厄介だが、真面目に向き合っていこう。
上級者向けになるが、欧州のいろいろな言語との比較をおこないながら英語の冠詞について考察・解説した下記の本はとても勉強になるので、関心がある方は読んでみてほしい。
高校生~大学生向けなら、下記の本がおすすめ。例文が楽しい(ただし英国系)。
ジョンソン首相のご快癒を。
*1:こういうことを避けるため、「都市名+University」という大学名の場合は、最初に相手に情報を伝えるときは、"I went to the University of Tokyo." という形を使うのが確実である。