Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

定冠詞のtheについて(ついつい「イン・ザ・~」と口をついて出てきてしまうかもしれないあなたへ)

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今回の実例は、Twitterから。

昨日、少し連続ツイートしたのだが、一般的に、地名や人名などの固有名詞には定冠詞のtheはつけない。例えば地名の「銀座」はGinzaで、「中央区」はChuo, またはChuo City, Chuo Ward, あるいはChuo-kuと言い、「東京都」はTokyoで「日本」はJapanだ。いずれにもtheはつかない。「ロンドン」はLondonだし、「ニューヨーク」はNew Yorkだ。

ここまでは誰も疑問に思わないだろう。

イングランド」も無冠詞でEnglandだし、「スコットランド」も無冠詞でScotland, 「ウェールズ」「北アイルランド」もそれぞれ無冠詞でWales, Northern Irelandだ。

だが、「連合王国」になるとthe United Kingdomと定冠詞のtheがつく。

アメリカ合衆国」もthe United States of Americaと定冠詞をつける。

ここらへんから、冠詞というものを持たない日本語という言語を母語とする私たちの頭の中で、混乱が始まる。

「国の名前は固有名詞でしょう? 固有名詞には冠詞はつけないんじゃなかったっけ?」

そして、「冠詞なんていう細かいこと」は、よほど英語に興味のある人でないと注意を払わない。「細かいことは、まあいいや」とうやむやにして流してしまうと、GinzaやTokyoにもtheをつけるのが英語では正しいんじゃないかという気がしてきたりしてしまうだろう。

だってほら、「イン・ザ・~」でひとまとまりみたいな感じじゃん。「シンギング・イン・ザ・レイン (Singing in the Rain)」っていう曲もあるし、「ダンサー・イン・ザ・ダーク (Dancer in the Dark)」っていう映画もある。数年前に全部閉店しちゃったけど、百貨店の丸井(マルイ)には「イン・ザ・ルーム (In The ROOM)」というインテリア専門館もあった。J-popの曲名にも、「In the Middle」とか「In the Summer」とかいうのがある。そうそう、それと、「アナーキー・イン・ザ・UK (Anarchy in the UK)」。

 


www.youtube.com

この曲名を踏まえたタイトルの小説や漫画もある。

かくして、「イン」ときたら次は「ザ」で、そのあとに何か場所的なものを表す名詞を置く、というのが、一種の決まり文句のように頭に入ってしまっていても無理はないし、その「ザ」が何であるかを考えることもない、という人は、意外と多いのではないか。

自分も周りもみんなが「英語を使う日本語母語話者」という環境にいると、いや、そんなことはないと断言されると思うが、その限定的な環境の一歩外に出ると、「イン・~」より「イン・ザ・~」の語感の方がしっくりくるという感覚の人は、実際、多い。Inという英語の前置詞について、定冠詞について、理屈がわかっていないときに、「イン・ザ・~」が連呼されれば、「イン・ザ・~」というつながりが、まるでひとつの単語のように刷り込まれてしまう。音を伴っていればその刷り込みの効果はさらに高い。

2020年に日本国政府が旗振って主導した「GoToなんちゃら」は、「なんちゃら」の部分が「イート」(動詞)だったり「商店街」(名詞)だったり、「トラベル」という英語にしたら間違いになるようなものだったりと無軌道極まりなく、ただひたすらに、「Goときたら次はTo」という何となくの語感を強化するのに寄与してしまったと思うが(現に "Go to home" などという言い方が見られた)、英語を使う日本語母語話者や、英語母語話者、何語が母語であれ英語を使う人々の間であの名称に異議が続出したのは、そういう無軌道な形で語感だけがつくられることに懸念があったからである。

そして、そういう懸念を抱いている人が「文法的には間違っている」という指摘をすると、「文法警察がいちいちうるさい」だのなんだのと猛反発を受け、場合によっては袋叩きにされるのがインターネットである。

でも、間違っているものは間違っている。「東京の銀座」は、 "Ginza in the Tokyo" とは言わない。 "Ginza in Tokyo" だ。地名など固有名にはtheはつけないのだから。

一方で、場合によっては固有名にtheをつけることがある。

その場合のひとつが、元から「名前」(例: Tokyo)の固有名詞ではなく、元は一般名詞だったものが固有名詞になった場合だ。例えばKingdomは「王国」という一般名詞だが、the United Kingdomは「連合王国」という固有名詞だ。Statesも同様で、元は「国」や「(アメリカの)州」の意味の一般名詞だが、the United Statesは「合衆国(合州国)」という固有名詞になる。それぞれ頭文字略称にしてもtheは残るので、the UK, the USやthe USAとなる。

だから "in UK" ではなく "in the UK" なのだ。

ここで、「theはinについているのではなく、UKについている」ということを改めて確認してほしい。つまり「イン・ザ」というまとまりは偶然できるものであって、「イン」と言ったら次は「ザ」に決まっている……ということはない。

 

そして、固有名詞にtheがつく場合のもうひとつだが、それが今回のエントリの本題。

普通、定冠詞をつけない人名や地名に定冠詞をつける用法は、ないわけではない。その第一が、著名人について「ほかならぬ、あの〇〇さんご本人」という意味で使う場合。

  I can't believe it! You got a letter from the Osamu Tezuka? 

  (信じられない。あなた、あの手塚治虫先生からお手紙いただいたことあるんですって?)

そして第二が、普段無冠詞のものに、何らかの《限定》がなされる場合。それが今回の実例。

Arsenalは固有名で*1、普段無冠詞だが、ここで "The Arsenal" と定冠詞がついているのは、後ろにある "2021/22" によって《限定》されているからである。このツイートは、「2021/22シーズンはこのメンツでやりますよ」という告知目的のツイートだ。

定冠詞は小さなものだし、冠詞というものがない日本語を母語とする立場からは、あってもなくてもよさそうに思えるかもしれないが、実はその小さなものに「英語らしさ」がみっちり詰まっている。

これ以上進むと沼なので、この辺で。

 

※2900字

 

 


【追記】

当エントリ、実は睡魔と戦いながら余分な枝を落としたりしながら書きました。だから落とすつもりでなかった枝も落としているみたいだし、そもそもこういう基本事項はそのへんのブログがさくっと解説するようなことではないので、関心がある方はまず普通の文法書(江川、ロイヤルなど)をチェックしてください。「英語の冠詞はこう使う」的な本もいろいろ出ていますが、私としては上記の正保先生の本が一押しです(正保先生は英国とかかわりがあるので、例が英国のものが多いのが楽しいし。つか、英語の勉強しててアメリカにさらされずに済む本って、それだけで目立つんですよね、自分の中で)。本格的に「冠詞とは何ぞや」という向きには、欧州各言語を横断的に見渡せる視座を有する著者による『英語冠詞大講座』という優れた本があるのですが、版元が大学翻訳センター、つまりサプリや化粧品で有名なあの差別企業なので、リンクはしません。地元の公共図書館古書店にあればラッキーです。

それと、当エントリは、被ブクマが200件を超えるという当ブログとしては異常事態になり、フォローアップ記事も出しています。それらも複数になるので、【2021年9月・定冠詞についてのエントリ群】というタグ(はてなブログでは「カテゴリー」)をつけて一覧できるようにしておきます。ブクマコメントのまとめや、お返事的なものはそちらに書いてあるので、よろしければそちらをご参照ください。

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*1:元々は「兵器庫」の意味の一般名詞だが。

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