前々回のエントリ(TokyoとかLondonとかNew Yorkとかの固有名詞には定冠詞のtheはつけないよ、という内容)が、予想外にもたくさんブクマされたことで派生したフォローアップ記事、昨日アップした分が流れで「前半」ということになってしまったが、今回はその後半を。
昨日アップした分では、たとえアメリカ人(俗にいう「ネーティブ」「ネイティブ」)から「theなんて細かいことは気にしてないよ」と言われても、外国語として英語を学ぶ立場ではそれを真に受けてはまずい、ということを説明した(つもり)。
いや、外国語として英語を学ぶのであっても、母語が冠詞というものが存在する言語であれば(フランス語をはじめ、欧州の言語は軒並みそうである)、「細かいことは気にしてない」と言うアメリカ人のようにゆるく構えていてもよいのかもしれないが、日本語には冠詞というものすらない。だから日本語母語話者にとって冠詞は把握しづらいし、難しいので、できればないことにしたい。
そんな難しい冠詞だが、英語らしさがぎゅっとつまっている部分でもあり、ないことにはできないものだ。
私は大学で第二外国語としてフランス語を選択していたのだが、そのときに、フランス語はとにかく何にでも冠詞をつけるという厳密さに接して、見えている(認識される)世界が違うと実感した*1。今でも忘れられないが、「船乗りたちの目の前で、海が渦を巻き、盛り上がった水に船が飲まれそうになった」とかいう描写で、「水」にまで冠詞がつくのがフランス語である。英語ではそういうときは原則無冠詞だ*2。高校でフランス語をやっていた学友は、英語のその、冠詞がつくのかつかないのかが一定しないところがとてもやりづらいと言っていた。
こんな話をしていたらまた今回も書き終わらないので、先に進もう。
前々回のエントリのブコメでは、大きく分けて、昨日アップした分で触れた「アメリカ人は冠詞は気にしていない」的な伝聞情報や、推薦図書の話題のほかに、次のようなトピックでがやがやと雑談になっていた。
- 私が例文に使った「銀座」という地名についてのよもやま話
- "The[the] Bronx" や "the Sudan", "the Hague" のように、元からなぜかtheがついている地名
- The のつくバンド名や芸名
- 酒の名前
- "in the ~" が「インザ~」とまとまってしまうように、"like a ~" もまとまってしまう
- A's B = the B of A (e.g., for fuck's sake = for the sake of fuck*3)
- 「特定のthe」の例示やそれについての疑問(e.g., Felix the Cat, the earth)
- 映画『ソーシャルネットワーク』で、the Facebookはダサいからtheを取ることにしたと言っていたのは何なのか
- 警察の標語の「ストップ・ザ・交通事故」
- 本来ある定冠詞が省略される場合(国連の議場の席札など)
- 【番外】「ネイティブはそんなこと考えていない」の例としてなぜか出てきた日本語の「風と共に去りぬ」の「ぬ」を《否定》と誤認している発言と、それへのツッコミ(もちろん「去りぬ」の「ぬ」は《完了》である。《否定》ならば未然形なので「去らぬ」となる)
以下、【番外】は除外して、それぞれについて簡単に述べていくことにする。
私はなぜ「銀座」という地名を例文に使ったのか
「銀座」のいわれが「銀を作る座」であることは全然念頭になかった。私の念頭にあったのは、資生堂のThe Ginzaである。70件以上ブコメが来ていて、誰もこれを指摘していないのが不思議だ。
The Ginzaは、今は高級化粧品のブランド名になっているが、資生堂が流行の最先端を行っていた(というより作っていた)1970年代に、銀座の資生堂ビルの一角に設けた先進的なセレクトショップ的スペースの名称である。今年2021年5月末までは、ショップとギャラリースペース*4が東京・銀座の資生堂地帯に存在していた(っていうかギャラリースペースがなくなったの、今知った)。
日本語ウィキペディアは資生堂になど興味のある人がいないのか情報が古いままなので、たったこれだけのことを調べるにも1か所では済まず、とても時間がかかる。私もそんなに詳しいわけではないし、コロナ禍が始まってから銀座には行っていないので(元々もう、まれに映画を見に行くくらいだったのだが)ネットで調べないと何もわからないのだが、そのネットには資生堂の情報は驚くほど少ない(商品情報や広告類は別として)。
ううむ、何か妙なところで妙な情報の偏りを知ることになってしまった。
ともあれ、そのThe Ginza、2009年に建て替えになる前の建物の姿がGoogle Street Viewに残っていた。下記埋め込み画面右のグレーのビルで、入り口にTHE GINZAのロゴがある。ちなみに画面左のレンガ色のようなビルは資生堂パーラーや資生堂ギャラリーが入っているビルでここが創業地だったはずだ。銀座はさらにこの通りの裏の方にもう1件資生堂のビルがあって、そこが本社だった(今は本社機能は汐留に移転、建物は残っている)。この3つのビルの呼び名がどれも似通っていてとてもややこしいので検索しづらいということに今気づいた。資生堂パーラーのは「東京銀座資生堂ビル」、The Ginzaが入っていたのが「銀座資生堂ビル」で、旧本社は「資生堂銀座ビル」だ。「銀座資生堂ビル」が検索できねぇ(検索しても「東京銀座資生堂ビル」が出てくるだけ)。
ウィキメディアにはこれよりもっとはっきりした写真がある (Photo by 江戸村のとくぞう, CC BY-SA 4.0)。
で、私が学生だった頃、このThe Ginzaというショップ名は、SONYのCMで使われていた "It's a Sony"*5 と並んで、中学・高校で使う文部省検定教科書には出ていない英語の冠詞の用法を示すものだということで、英語に関するコラムなどでよく取り上げられていた。Ginzaという固有名詞は地域名だが、それにTheをつけることで「資生堂のショップ」という、地域名とは別の固有名詞にしてしまえるんだね、という小ネタだ。強引といえば強引かもしれない。
というわけで、前々回のエントリを書き始めたとき、私は「Ginzaだと街の名前だけど、The Ginzaっていうと資生堂になっちゃうね、アハハ」という方向で書きたかったのだが、途中で眠くなってそこまで話を持っていく気力がなくなったので、資生堂云々の枝はばっさりと切り落としてしまい、「銀座」だけが残ったのである。
どうでもいい話をしてまた3000字も使ってしまった。
"The[the] Bronx" や "the Sudan", "the Hague" のように、元からなぜかtheがついている地名
The[the] Bronxについては:
https://t.co/4ShqvIthOj The Bronxは川の名前に由来するから、との説明が。ややこしいのはこの定冠詞を常にTheとするか、文中ではtheとするかで、ここに一般的表記ルールの英米差(英では文中ではTheでなくtheにする)が加わると本当にわけがわからなくなって、『コンマの女王』どころではなくなる。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年9月23日
"I'm from The Bronx." か、"I'm from the Bronx." かなんてことは、たぶん大半の人にはとてもどうでもいいことで、特に日本語圏ではむしろthe自体あってもなくてもいいんじゃねって思ってる人が多いはずなんだけど、それがどうでもよくない人たちもいるわけです。翻訳者とか校正者とか編集者とか。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年9月23日
the Sudanについてはまず、id:SHIN-JPNさんのブコメを引用させていただきます。
the Sudanは歴史の問題。本来Sudanは輸入元のアラビア語と同じくサハラ以南アフリカ広域を指す地名。その東端の一部でしかない英埃領Sudanが独立時Sudanを国名としたので「the Sudan」と呼んで本来の地域名と区別した
https://b.hatena.ne.jp/entry/4708700850968848482/comment/Shin-JPN
ただし最近、"the Sudan" という文字列はあまり見ないです。
Sudan/the Sudanはブコメで指摘がある通り、広域の地域名から切り出して国の名前にしちゃったので区別のために定冠詞という経緯。ただし最近一般的な英語の文章では "the Sudan" という表現は見ないです。添付はBBC News検索結果: https://t.co/7DelkN1eVz cc @zokkon pic.twitter.com/ldybqsCqAN
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年9月23日
Sudanはウィキペディアでもtheなしでエントリ化されていて: https://t.co/j1ZVvFMUha ただし正式国名は the Republic of *the* Sudanとtheつき。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年9月23日
【追記】この件に関連して、id:Shin-JPNさんの当エントリへのブクマ:
「the Sudanからtheが消えつつある」というのは面白い現象。サハラ交易衰退で一体の地域としてのSudanは忘れられ、「Sudanと言えばサハラ東部」となった歴史と常識の変化(故に南スーダンなんて国名も出る)を忠実に反映してる
https://b.hatena.ne.jp/entry/4708836475906348450/comment/Shin-JPN
この流れ知ってると「南スーダン South Sudan」は「え」ってなりますよね。
【追記ここまで】
これに関連して:
DRコンゴもDemocratic Republic of the Congoでtheがつくのと同じ理屈ですね。ありがとうございます
— Jun Sakamoto 坂本淳 (@zokkon) 2021年9月23日
Congoは英語&フランス語ウィキペディアでフランス語のduが英語のof theになってるのではないかと……。これが欧州言語沼の入り口……。
あと、オランダのThe Hagueについては、前々回のエントリで触れたつもりだったんだけど、今見たらないので、アップロードする前に眠さの中で削ったらしい。確かに、The Hagueはオランダ語の地名を英語式に綴ったもので、元は外国語だし、そこまで話広げたら収拾つかなくなると思った記憶がうっすらある。
The Hagueは原語ではDen Haagで「柵に囲まれた領地」みたいな意味。一般名詞が固有名詞化したもので、欧州各国語でその言語でその意味を表す言葉で呼んでいるらしい。そもそもHaag(ハーフ、みたいな感じ)という音とHague(ヘイグ)という音は全然違っていて、フランス語でもスペイン語でもドイツ語でもそれぞれ違い、欧州の人たちはどうやってこれを同じ都市の名称と認識しているのだろうという気がしてくる。そのあたりで、収拾つかない。
なお、The Hague同様に「定冠詞+一般名詞」が固有名詞化している地域に、ロンドンのthe Cityがある。あそこもまた、歴史も成り立ちも立場も、ちゃんと知ろうとするとなかなかに大変。
The のつくバンド名や芸名
「Theと複数形の名詞」のバンド名って、英語圏にいろいろあるよね。The Beatlesとか、The Pretendersとか。だが、これ以上近づくな、その先は沼だ。
高市早苗Tシャツの英語に端を発する議論。中学生の時の知識で「ビートルズには the が付くけど、イーグルスには the が付かないんだぜ」というネタで殴り込みをかけようかと思ったのだけど、調べたら、思っていたより複雑そうなので、やめた。 pic.twitter.com/KZmboGyBak
— Eunheui (@eunheui) 2021年9月23日
「Theがつくのつかないの」でよく議論になるあのバンドはこうなってます。見出し語は無冠詞、本文は冠詞あり。Theがグループ名の外に置かれているという扱いでしょうか。https://t.co/9PxYGYfrDf pic.twitter.com/izla4mB9gi
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年9月23日
このジャケ見るたびに「だから冠詞ついてるでしょ」って思う。 pic.twitter.com/xhh9VrFaCo
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年9月23日
定冠詞に疑いの余地のないバンドの場合はこう。 https://t.co/EExJhdiKoM pic.twitter.com/702WGW58Ss
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年9月23日
ちなみに、ストーンズみたいに複数形のバンド名の場合は、個々のメンバーは "a + 単数形" で言及しますね。"Bill Wyman, who used to be a Rolling Stone, released a solo album in 2015." というように。
「The+複数形」は「ひとまとまりの集団」を強くアピールする語感があって、「the Rolling Stonesは、Rolling Stoneたちの集まり」みたいな印象を与えている。The BeatlesでもGerry and the Pacemakersでもそう。
あと80~90年代のバンドってTheがついていない、複数形でないグループ名が多いんですよね(もちろん60年代にも70年代にも多くあった。Led ZeppelinもDeep PurpleもQueenも)。アメリカのNirvana, Soundgarden, Mudhoney, Pearl Jam, etcもそうだし、もっと商業的なバンド(ガンズとか)も定冠詞なしが多い。イギリスのBlur, Oasis, Radiohead, Ride, Pulp, etcもそう。Verveというイギリスのバンドは、アメリカのレコードレーベルと同名だったので物言いがついて、the Verveと改名してます。Oasisは最初はthe Rainだったはず。
一方、人の芸名では「ザ・ロック」などが有名だが:
あと、the + 固有名詞の議論?資料?ネタ?として欠かせないのは、トランプの元妻が “the Donald” って言うって話だよな。
— Eunheui (@eunheui) 2021年9月23日
2015年(大統領選前年)9月のワシントン・ポスト記事:
定冠詞関係では、これも好き。これは @nofrills さんにもご注進しよう。0分21秒あたり。
— Eunheui (@eunheui) 2021年9月23日
More Cowbell From Saturday Night Live on Vimeo https://t.co/0iHOfht7sR
クリストファー・ウォーケンのすばらしい演技力で「あの」ブルース・ディッキンソンと言われても。
このブルース・ディッキンソンじゃないのね。
酒の名前
id:goldheadさん:
ザ・グレンリベット、ザ・マッカラン……沼か?
https://b.hatena.ne.jp/entry/4708700850968848482/comment/goldhead
ええ、沼です。また別の種類の沼……。
【追記】id:tekitou-mangaさん:
Glenlivetは昔読んだ本で、余りに人気すぎて、あやかってGlenlivetとスコッチの名前(の後ろ等)に付ける事が横行したので、本家本元的意味合いでTheが許されたとかみた
https://b.hatena.ne.jp/entry/4708836475906348450/comment/tekitou-manga
id:kosuiさん:
グレンリベットは、グレンリベットの名を付けたウイスキーが大量に現れたので、裁判で争ってTheを付けることを許されたとか。
https://b.hatena.ne.jp/entry/4708836475906348450/comment/kosui
ああ、そういうことですか。「ほかならぬ~」の意味だから、さっきの「ザ・ブルース・ディッキンソン」的なtheですね。ここでさくっとググってみるか……とやりかけたそこのあなた(私もですが)、気をつけろそれは沼の入り口だ。
【追記ここまで】
"in the ~" が「インザ~」とまとまってしまうように、"like a ~" もまとまってしまう
Hey!
お薬出しときます。
A's B = the B of A
"the dog's name" は、 "the name of the dog" と言い換えることができる(例文出典: https://linguapress.com/grammar/possessives.htm)。このときの定冠詞の用法に注意。
これの類例として、例えば Tokyo University(無冠詞)は the University of Tokyo(Universityの方に冠詞が生じる)とも称する。Oxford University = the University of Oxford なども同様。
ただし Keio University, Sophia University, Yale University などはこのような言い換えはしない。地域名・地名を使ってれば the University of ~ の形が可能なのかというとそんなことはなく、「早稲田大学」はWaseda University, 「お茶の水女子大学」はOchanomizu University, 「日本大学」はNihon Universityで、「東洋大学」はToyo Universityである。そして、「亜細亜大学」はAsia Universityなんだけど、同じ名前の大学が台湾にあるので、それと区別するときは、the Asia University of Japanという。これだと「台湾のじゃなくて日本のほうのアジア大学」という意味になる。
つまり、A of Bの形が使えるかどうかは特に規則性があるわけではないので、大学名を書く必要があるときは個別に調べる必要がある。以上、出典はウィキペディアの一覧表など。
それから、id:kitamatiさん:
"For fucks sake"を仕事のメールでプロらしく言うには?という話題について、Redditorの回答: "For the sake of fuck" がプロとして必要なら良いでしょうとのこと
https://b.hatena.ne.jp/entry/4708700850968848482/comment/kitamati
※Redditの誰かの言うことを真に受けてはなりません。
「特定のthe」の例示やそれについての疑問
そうです、theは《特定》の意味です。だから「定冠詞」って言うんです。the earthは「土」の意味でなく「地球」だよという《特定》がされているのでthe earth, the moonは「木星の周りを回っているのではなく、地球の周りを回っているあの月」という《特定》でthe moonです。ただ、そんな中学で習ってるはずの「いわずもがな」なことまで説明しなくってもいいでしょってのが当ブログの前提なので、あとはここまでの連載(になってしまったもの)で言及などしてきた本を読んでください。そもそも、こんな基本のキについての私のいい加減な説明などあてになりませんし(基本事項ほど説明するのは難しい)。
定冠詞の基本的な用法については正保先生の下記の本では第2章を参照。
その考え方でいうと、高市早苗応援Tシャツの文言、"Save the Japan" は「高市さんの考えるJapanを救え」という意味なので、意外と合ってるのかもしれない。お前の中ではな、っていう案件だけど。
映画『ソーシャルネットワーク』で、the Facebookはダサいからtheを取ることにしたと言っていたのは何なのか
theがあると、いわば、かしこまった文書っぽくってもっさりしてて語感が重たいんです。
例えば日本語で、漢字で書くと普通の言葉で何の印象も与えないけど、ひらがなやカタカナにするとポップでキャッチ―なタイトルになる、みたいなことがありますよね。「猫」と書くより「ねこ」と書いた方が柔らかいから「猫駅長」より「ねこ駅長」と書きたくなるし、「軽音!」では漫画やアニメのタイトルにならない、というような。
theの有無は、そういうセンスに通じるものがあるのではないかと。私見ですが。
警察の標語の「ストップ・ザ・交通事故」
id:h2rkttさん:
警察に"ストップ ザ 交通事故"とか書いてあるともやもやする。特定の交通事故以外は仕方ないの?
https://b.hatena.ne.jp/entry/4708700850968848482/comment/h2rktt
確かに「ストップ・ザ・~」という標語はよく見る気がするし、これはひょっとしたら80年代のTUBEのヒット曲の歌い出しにつられているのかもしれない(ただし、「ストップ・ザ・~」という標語は80年代以前にもあったかもしれない)。
英語屋的には「いやいや、実はそれは《総称のthe》なんです」とこじつけたい欲望に駆られるものの、あの手の標語はたぶん《総称のthe》とは全然関係なく、「何となく響きがかっこいいから入れてみた」とか「『ストップ』という英語と、『交通事故』という日本語がうまくつながらないので、間に『ザ』を入れてみたらしっくりくる感じになった」とかいった事情ではないかと。
《総称のthe》がわからない? 正保先生の本の第4章をお読みください。
【追記】id:zokkonさん:
「ストップ・ザ・〜」はチューブより前、市川房枝らがかかわった市民運動の「ストップ・ザ・汚職議員」がありました。1970年代。
https://b.hatena.ne.jp/entry/4708836475906348450/comment/zokkon
検索してみたところ、版元で在庫なしになっていますが、本が出ているので行くところに行けば見られますね。
元は新聞のフレーズだったとか。
1976、77年、ロッキード疑獄事件、ダグラス・グラマン汚職事件が発生。疑惑の議員が立候補する事態に、汚職議員を当選させない運動を開始する。新聞がつけた「ストップザ汚職議員」の見出しの言葉が、この運動のキャッチワードになった。顧みれば1928年「市民は選ぶな醜類を」の合言葉で婦選獲得同盟が闘った市政浄化運動―東京市会選挙と同じ構図であった。
そういえばかつて「汚職事件」「汚職議員」は事実上の四字熟語のようになっていましたよね。「汚職」といえば「事件」や「議員」がすぐに続く、みたいな(今の「風評」といえば「被害」みたいな強いつながりでの連結)。それのベースにあったのが、この市民運動の活動や、それに関連する当時の報道にあったのかもとふと思いました。
今もこのタイプの「ストップ・ザ・~」の標語は、行政機関や企業を含め、かなり多く使われているようです。以下、検索結果の上から、曲名のようなものを除いていくつかコピペ。
兵庫県内の福祉関係者等が協働して進める「ストップ・ザ・無縁社会」兵庫県社会福祉協議会
SYK ストップ・ザ・サビ2 1kg | 鈴木油脂工業 | MISUMI-VONA【ミスミ】
ストップ・ザ・もんじゅ (これは合ってますよね。文殊菩薩ではなく施設名の「もんじゅ」という意味で)
ストップ・ザ・取り締まりのための取り締まり!実際に動き出した 速度取り締まりの見直し すべては古屋圭司国家公安委員長の取り締まりに関する発言が発端() | 現代ビジネス | 講談社(1/5)
Amazon.co.jp: ストップザウイルス クリップタイプ 日本製 空間除菌 TOAMIT : 文房具・オフィス用品 (´・_・`)
国立感染症研究所の安全性を考える会 | ストップ ザ・バイオハザード
ストップ・ザ・高齢者にまつわる消費者トラブル | た・よ・り 熊本の高齢者住宅・有料老人ホーム情報サイト
ストップザ雑魚寝 (雑魚寝スタイルの災害所の避難所にプライバシーをという運動)
そして、選挙のときのスローガン「ストップ・ザ・~」に疑問を持った方がいらして、質疑応答のログが残ってますね。
この回答↓に尽きますね。
英語としては、Stop Ishihara! とか Stop Bush! というように、 固有名詞にtheはつけない。 ただし、 Stop the Bush war! とか、Stop the Bush administration! というように、固有名詞そのままの形で、「ブッシュの」という 形容詞として使うことはある。
……話が「固有名詞にtheはつけない」に戻ってしまった。 (・_・)
【追記ここまで】
本来ある定冠詞が省略される場合(国連の議場の席札など)
id:ROYGBさん:
国連でアメリカの席はUNITED STATESとなっていてTHEもAMERICAも付いていない。例: https://jp.rti.org.tw/news/view/id/92901
https://b.hatena.ne.jp/ROYGB/20210924#bookmark-4708700850968848482
席札、名札やリストなどでは、固有名詞の最初の定冠詞が省略されるのは、カタログ類でバンド名のtheが省略されるのと同じことではないかと。外務省の「国連加盟国一覧」のリストなどを参照。正式国名が「the Republic of ~」である場合で、なおかつRepublicを含めて表記する場合(Republicは表記されていない国も多い)、最初のtheを落として「Republic of ~」の形で記載されていることが確認できるかと。
あと、席札で "of America" がないのは、ひとつには単なるスペースの節約ではないかと思います。(The) United States of Americaはフル表記すると長すぎ、特に "of America" はハンパなく幅を取るし(和文欧文混植の印刷物で頭痛の種になる)、一般的に "(the) United States" といえば「アメリカ合衆国」のことという了解もあるので、削っても問題ないところ。
The United Kingdom of Great Britain and Northern Irelandも同じで、United Kingdomだけで十分にわかるのでそう表示しているはず。
それが帝国主義的な態度だという批判などは十分にありうると思います。
以上、10000字超えたけど、フォローアップすべきと思ったことはだいたい書いたつもりです。
冠詞の話は一般的な文法書にも出てるので、文法書が手元にある方はそのセクションを一度は通読することをおすすめします。
こういった古典よりむしろ、新しめの(21世紀に入ってから作られたような)高校で使う「総合英語」系の文法書・参考書が、簡潔にして要点をついた編集になっていて読みやすいという方もいると思います。『ジーニアス総合英語』は非常に簡潔明快。
他に手元にある『アトラス総合英語』は沼は沼ですしという前提のようで、読めば読むほど「それってどういうことだってばよ」という疑問を引き起こすかもしれません。私が高校のときに使っていた文法書もこういうタイプ。「総称のthe」なんざ、この説明で本当にわかる(=自分で使える)はずがないんですが、これが古典的な王道の説明っすよね……。
余談ですが、学習塾を選ぶときは、こういう総合英語系の本が棚にあるかどうかチェックしてくださいね。問題集だけで科目としての英語ができるようになってしまい、センスがよいので海外旅行や短期留学も難なくこなせてしまって、その結果『ドラゴン桜』気取りで「英語なんて簡単だ」と言い切る人もいるので。