このエントリは、2020年6月にアップしたものの再掲である。
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今回の実例は、英国の王室メンバーの活動についての報道記事から。
最近よい話があまりない英王室のニュースの中で、安定して「ほっこり」ポジションを維持しているのがケンブリッジ公夫妻(ウィリアム王子&キャサリン妃*1)とその3人のお子さんたちである。今のウイルス禍の中でも、4月に人々がステイホームする中、出勤して仕事をしなければならない親を持つ子どもたちだけが通うことになった学校にビデオコールして子どもたちと雑談したり、BBCの遠隔インタビューで医療従事者を讃えたり、外に出ずに生活している高齢者の唯一の楽しみとなっているリモート・ビンゴ大会にサプライズで登場したりしているが、そういう活動の中で一貫して示してきたのが、メンタルヘルスを重視しなければならないという姿勢である。
かつて母親を、子供としては非常に過酷な環境の中で喪うという経験をし、それによって精神的に傷を受けていたことを自覚しまた公にしているケンブリッジ公と弟のサセックス公(ヘンリー王子)は、ここ10年ほどの間、メンタルヘルスについて積極的な取り組みを行ってきた。ただ言葉で何かを訴えるだけでなく、自分たちの使えるお金で、危機にある人のための相談機関を設立し、多くのボランティアを募って活動している。
その相談機関はShout 85258というシンプルな名称で、活動内容もシンプルだ。手元にある携帯電話でこの番号にテキストメッセージを送ると、ボランティアのスタッフがテキストでチャットに応じてくれるというもの。テキストベースの「命の電話」(UKでは「サマリタンズ」)のような感じだ。
この相談機関で、設立者のケンブリッジ公自身がボランティア・ワーカーとして研修を受け、一般のボランティアと同様に機関のルールにのっとっていち相談員として活動していたということが、今回明かされた。6月1日から7日まで、英国では「ボランティア・ウィーク」が行われており、その締めくくりに「じゃーん」とばかりにウィリアム王子が登場した形だ。
今回の実例はそれを報じる記事から。記事はこちら:
記事は、話があっちこっちに行ったりしていて読みやすいものではないが、英国での伝統的な「ノブレス・オブリージュ」と現代的な「開かれた王室」と、そして将来国王になる立場にある人の個人的な経験と「自分にできることをする」という精神が合わさったときに、王室にはこういうことができるということを示す好例であると思う。こういう取っ散らかり気味の英文を読む力のあるにはぜひ全文を読んでいただきたい。
実例として見るのは記事の最後の部分から:
キャプチャ画像の一番上のパラグラフ:
Among them were those working at Conscious Youth, which helps young people from mainly black and other ethnic minority backgrounds in West Yorkshire.
この文は《倒置》である。主語がものすごく長いので、後回しにされた形。"Among them are + S" の形で、「彼らの中にはSがいた」という意味。
下線で示した "them" は、このキャプチャ画像の外にある前文、"She and Prince William marked Volunteers Week by holding video calls with those helping charities in England and Wales." の下線部を受けている。
そして長いので後回しにされた文の主語、"those working at Conscious Youth, which helps young people from mainly black and other ethnic minority backgrounds in West Yorkshire" は、まず、「人々」の意味を表す《those》と、それを修飾する《現在分詞》で始まっていることに気づくだろう。この《those + 現在分詞》は、前文にも "those helping charities..." という形で出てきているので、ちょっともっさりとしているが同じ構文の繰り返しだ。
", which" は《関係代名詞の非制限用法》で、先行の固有名詞、"Conscious Youth" を修飾する節を導いている。このwhichの節は、だらだらと長いが、構造は単純なので落ち着いて読めば誤読はしないだろう。
つまり、「ケンブリッジ公夫妻が話をした中には、ウエスト・ヨークシャーの、主に黒人およびその他の民族的マイノリティの背景出身の若い人々を支援するコンシャス・ユースという組織で活動している人々がいた」という意味だ。
この一文は、現今の#BlackLivesMatter運動と英国、英王室が無縁ではないという記事の視点を静かに物語る。同時に、英国の社会の「民族的マイノリティ」、つまり「非白人」が、「黒人*2」に限らず、"other ethnic minority backgrounds" の人々(特にかつて英国の一部だった南アジア諸国やアラブ・北アフリカの人が多い。1979年のイラン革命後の亡命者のような政治難民も多い)を含めているということを、改めて確認したい記述である。
次の文:
During the call, Prince William joked about home-schooling his six-year-old son Prince George, saying: "I struggle with Year 2 maths."
ウィリアム王子は、世間一般で、「人柄はとてもいいのだろうが、頭の出来が……」というパブリック・イメージがある。「ちょっと抜けている」という感じだ。もちろんご本人もそれはわかっていて、あまり無理してないような感じがする。ボランティアの人々とビデオ電話でおしゃべりしているときの上記の「息子の勉強を家で見ないといけないんですけど、小学校2年生の算数で悪戦苦闘ですよ」という発言は、それを踏まえたいわゆる「自虐ギャグ」だろう。
その場では「ジョーク」だったかもしれないが、私たち英語学習者には学ぶところの多い表現だ。
ウィリアム王子の発言は、日本語なら「2年生の算数が難しくって(笑)」などとなるだろう。これを英語にするときに「難しい」をそのままdifficultとしても通じることは通じるのだが、非常に子供っぽくなる(ドナルド・トランプの英語がそういう感じなのだが)。駄々っ子みたいな感じもするし、「難しいから私にはできない(私はやらない)」というネガティヴな印象を与えてしまいかねない。
大人はそういう言い方をせず、"I struggle with ~" と《一人称単数》を主語にして「やってはいるんですが大変です」と言い表すわけだ。
English is difficult for me. ではなく、I struggle with English. と言うだけで、ずいぶん印象が変わってくる。どんどん応用していきたいフレーズである。
参考書:
*1:メディアでは彼女はKateとかKate Middletonと呼ばれている。彼女自身は自分のことをCatherineと言っている ("Hi, I'm Catherine." など)。
*2:アメリカではAfrican Americanという言い方をするかもしれないが、イギリスではBlackである。英国に暮らしている黒人の大半は、アフリカから奴隷として連れてこられた人々の子孫ではなく、第二次大戦後の旧植民地の独立後にかつての「大英帝国」がゆるい形で再編された「コモンウェルス」各国から求人広告に応じるなどしてきたカリブ海諸国の人々や、アフリカ諸国の人々とその子供や孫だから、あえてルーツを強調するときは「カリビアン」か「アフリカン」化の区別が重視される。