【追記】本項、タイトルを入力したときにボケていて、「evenの省略」とすべきところを「ifの省略」としていました。失礼しました。
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今回の実例は、Twitterから。
写真家のミック・ロックが亡くなった。「誰、それ?」っていう人も、「これを撮影した人だよ」と言えばわかるだろう。日本で「洋楽」と呼ばれているものに関心があれば必ず見たことがあるようなレコードジャケットの写真の多くが、彼の作品(写真)を使っている。
ほかにも有名な写真を多く撮影していて、その一部はミック・ロック自身のサイトで見られるようになっている。
中でも「名作」として知られているのが、ルー・リードの『トランスフォーマー』(1972年)のジャケである。
これはジャケだけでなく中身も名盤中の名盤なので、雑誌やショップの「アルバム100選」みたいな企画の常連だから、「洋楽は聴かない」とか「古いのは知らない」とか「ヒップホップしか聞いてない」といった人でも、目にしたことくらいはあるのではないかと思う。
というわけで、このロック音楽の写真の巨匠の逝去に、Twitter上などでは多くの追悼の言葉が出ている。
同じくロック音楽の写真家で、60年代から90年代の変化の速かったシーンにおいて、ミック・ロックの次の代と言ってもよいのではないかと思うが、80年代から90年代の、特にマンチェスターなど北部のシーンを撮影してきたケヴィン・カミンズの言葉:
Quite stunned by the death of Mick Rock. When music was changing in the late 60s / early 70s, Mick was part of that process. Best known for his portfolio of Bowie photos of course, but he was much more than that. My heartfelt condolences to his family and friends. #MickRock pic.twitter.com/xDsc3XqjdD
— Kevin Cummins (@KCMANC) 2021年11月19日
"stunned" はstunという動詞の過去分詞が形容詞化したもので、「驚いている」ということを表す形容詞群のひとつ。stunは「スタンガン」の「スタン」だ。あれに撃たれると失神して身体が動かなくなるが、そういう意味の言葉。頭をがつんとやられたようになって動けない状態であることを言う語だ。誰かの訃報に接したときにsaddenedというのが最も一般的な定型表現だが、stunnedはそれよりさらに深い衝撃を受けていることを言うフォーマルな表現でもある。
この文を文法的に解説するのは無粋なような気がするし、さすがに私もそういう気分ではないから、文法解説はやめておきたい。「1960年代末から70年代初めにかけて、音楽が変容していた時代に、ミック・ロックはそのプロセスの一部となっていた。もちろんもっとも有名なのはデイヴィッド・ボウイを撮影した写真の数々だが、それだけにとどまる写真家ではなかった」として、最後に「ご家族・ご友人の皆様に衷心よりお悔やみ申し上げます」として締めくくっている。
もうひとつ、Twitterから。
RIP Mick Rock. One of the greatest music photographers ever. I mean, if he'd only done that one out of focus Lou Reed cover, he'd have done something amazing. But it wasn't the half of it! Rest easy ❤️ pic.twitter.com/BEpuHopxE6
— Mark McNulty (@markmcnulty) 2021年11月19日
第2文で《one of the + 最上級 + 名詞の複数形》が使われている。「ものすごく偉大な写真家は他にもいるが、そう呼べる人の中のひとり」という意味で、日本語ではこういう場合、単に「写真界の巨匠」や「音楽写真の巨星」と言うのではないかと思う(もちろん、ほかの表現もいろいろあるが)。
第3文:
I mean, if he'd only done that one out of focus Lou Reed cover, he'd have done something amazing.
文頭の "I mean" は前の文からのつなぎの言葉。翻訳するときは「というか」などとするが、この場合はどう扱ったらベストなのか、ちょっと考えた程度では結論が出ない。
そしてその後ろ、太字で示した部分は《仮定法過去完了》なのだが、ちょっと一筋縄ではいかない仮定法過去完了だ。
まず、省略形になっている部分を、見えやすくするために、省略していない形にしてみよう。
if he had only done that one out of focus Lou Reed cover, he would have done something amazing.
これをそのまま日本語にすると、「もしも彼が、あのピントが合っていないルー・リードのレコジャケだけを手掛けていたとしたら、彼は素晴らしいものをやっていたことになっただろう」。だが、これではなんか意味が通らない。何しろ多作の写真家で、しかも巨匠とあがめられる素晴らしいカメラマンなのだ。この文意では、まるで「1つだけ大当たりがあったが、ほかは凡庸だった」とでも言わんばかりではないか。
……というように、ifがあるときにそのまま訳しても意味的にしっくりこない場合、といえば、そう、例のアレである。evenの省略。つまりこうなっている:
even if he had only done that one out of focus Lou Reed cover, he would have done something amazing.
「仮に、彼が手掛けていたのが、あのピンボケ写真のルー・リードのジャケだけだったとしても、彼は素晴らしい仕事をしたとたたえられていただろう」みたいな文意だ。文法用語でいうと《譲歩》の構文だ。
なぜ私がこのように読めているのかというと、ここまで説明した通り、「意味がしっくりこない」からだが、それ以前に、それなりにたくさんの英語を読んできたことで備わっている「野生の勘」みたいなのがある。何しろ野良だからね、何にでも鼻はきく。
あと、以前、当ブログでこの《evenの省略》を取り上げたときに、はてなブックマークのコメントで「なぜ、それがなければ意味が変わってしまうというレベルで必要なものを省略するのか」という、怨嗟とも嘆きとも疑問ともとれる感想の言葉をいただいたのだが、すいません、調べてはみたものの、まだわかっていません。
ともあれ、ミック・ロックは72歳だったというから、さほどの高齢とも思えず、しかもあの時代をど真ん中で過ごして生き延びてきた人で……などと考えて、ほけーっとなってしまっている。個人的にはミック・ロックの写真のど真ん中の世代ではなく少し後なのだが、それでもこの人の写真は、写真を見れば写真家の名前がわかるレベルでなじんでいる。
さびしくなります。
※3330字