Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

「USBメモリー」を英語でどう表すか(尼崎市での住民個人情報記載記録媒体紛失事案)

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今回の実例は、小ネタ。

暑すぎて何もできず、前回(昨日)のエントリもまだ未完成のままなのだが、そちらは明日以降……。

先週、日本で大注目となったとんでもないニュースは、英語圏でも「珍ニュース」的な位置づけで取り上げられている。「酔っぱらって前後不覚になり、道端で寝込む」という英語圏のマスコミが食いつく「ニッポンのサラリーマン*1」の類型像にぴったりあてはまるから取り上げやすいのだろう。

私の記憶に間違いがなければ、15年くらい前の英国でも、同様の、住民の詳細なデータを記録したノートPCや記録媒体(CD-ROMなど)を紛失するというニュースはしょっちゅう流れてきていたが、BBC Newsはそういった「データの物理的な持ち出し」が日本ではいまだに行われているということに注目するのではなく、単に「飲酒して道端で寝込む」ことだけに注目した駄記事を出している。しかも、記事で使われている写真は東京・新宿の思い出横丁のもので、冬季で、飲み屋じゃなくてそば・うどん屋で、そしておそらく朝の様子であって、兵庫の尼崎で夏場に仕事上がった夜に飲み歩いて……というあの事案とはかすりもしていない。

www.bbc.com

BBCの報道がいかに雑かは本稿の本題ではない。

このとき、尼崎市の委託先(下請け)が不正に委託した先(孫請け)の社員だか臨時雇いだか知らないが、とにかくそこで仕事をしていた人が紛失した記録媒体は、日本語では「USBメモリー」「USBメモリ」と呼ばれ、見出しでこれが短縮されると「USB」と呼ばれている。媒体によっては記事中で「メモリー」と短縮している事例もある。

https://www.ecosia.org/search?q=%E5%B0%BC%E5%B4%8E%20USB

この「USBメモリー」、リアル世界では「USB」と呼ばれることも多く、例えば「USBでバックアップを取った」といえば、「USBメモリーでバックアップを取った」という意味であり、USBで接続する何らかの機器(例えばポータブルハードディスクやSSD)でバックアップを取ったという意味ではないのが一般的である。

そして日本語圏でのこの「USB」単体で「USBメモリー」を指すという語法は、英語圏では見られない、という指摘が、USBメモリー自体が時代遅れになりつつある現在ではどうかわからないが、10年くらい前は「ネイティブに通じない英語」系のコラムなどでよくなされていた。

ではどういうのか。

という点について、今回の尼崎での「酔っぱらったサラリーマン」を伝える英語記事でどうなっているかを見てみよう。

まずBBC Newsだが、見出しは: 

Japanese man loses USB stick with entire city's personal details

記事本文では: 

But one worker in Japan could be nursing a protracted hangover after he lost a USB memory stick following a night out with colleagues.

さらに: 

When he eventually came around, he realised that both his bag and the memory stick were missing.  

(この流れでは、不定冠詞のaと、定冠詞のtheにも注目しておいてもらいたい)

そして: 

He had transferred the personal information of the entire city's residents onto the drive on Tuesday evening before meeting colleagues for a night on the town.  

City officials said the memory stick included the names, birth dates, and addresses of all the city's residents. ...

こんな感じだ。見出しでは USB stick, 本文初出箇所では USB memory stick で、以降は memory stick と drive が相互に置換可能な用語として用いられている。

 

一方、米国のニューヨーク・タイムズでは、まず見出しは:

Lost and Found: USB Sticks With Data on 460,000 People

見出しの段階で紛失したUSBメモリーが複数という話になっているが、それはこの記事では一貫している。実際、2本紛失している。

上で見たBBC Newsで単数扱いになっているのは、複数形というものがない日本語の報道記事を見たり、関係者の記者会見を聞いたりしただけでは、紛失したUSBメモリーが1本なのか2本なのか3本なのかがわからなかったからだろう。だからといって2本なくしたものを1本なくしたと伝えてよいわけではなく、つまりBBC Newsの例の記事はちゃんと取材していない駄記事だということなのだが……。

記事本文: 

The final thing the technician was supposed to do after a shift last week was clear the USB sticks of their confidential information.

書き出しではこのように一般論を述べて、その次の文で、尼崎で起きたことについて次のように説明している。

Instead, once he had transferred the data, he dropped the tiny storage devices into his bag and headed to an izakaya. There, he spent about three hours drinking sake with three colleagues, then stumbled into the streets before eventually passing out.

ここでは storage device が USB stick と置換可能な表現として用いられている。

そして: 

By the time he woke up around 3 a.m. last Wednesday, his bag — containing the two USB drives, one of them a backup device with the same information — was gone. ...

ここでは USB drive だ。さらに: 

He took the next day off from work to look for the drives.

ここでは drive となっている。

上で見たBBC Newsの記事でもそうだったが、「USB なんとか」を短く省略するとき、日本語では「USB」と言ってしまっているところを、英語では「USB」の方を切り捨てて「なんとか」で表している、という理解でよいだろう。あくまでもこのケースでは、ということで、これだけでそれが一般的なルールと見ることはできないにせよ。

さらに記事の先の部分: 

The information on the USB sticks was protected by a 13-digit alphanumeric password, added Tomotsugu Nakao, another city official, in an apparent attempt to reassure the public that failed to achieve its goal.

記事の書き出し部分と同じ USB stick という言い方が出てきた。

さらに: 

Online users scoured listings on online marketplaces for “encrypted flash drives in Amagasaki”

flash drive という表現も出てきた。これは、USBメモリー全盛期に「英語ではflash driveって言いますよ」という話がこじれたことがあるので(英語を使わない人はこういうことを信じてくれないので、こういう細かいところでの調べものが丸投げされてきて、しかもその人を説得しなければならないという事態が……)個人的に忘れがたい表現だが、体感としては「見なくはないかな」という程度である。

そして記事では、そのあとに、さらに別の言い方が出てくる。

The next day, two days after the disappearance of the lost thumb drives, the employee found them... 

thumb drive というのは、だいたい親指のような大きさ・形であることに由来する表現。

そのあとは、USB drive, USB stickという表現が出てくるが、新たな言い方は出てきていないようだ(目視する限り)。

なお、NYTのこの記事は、「酔っぱらって道端で寝る日本のサラリーマン」類型と、「落とし物が戻ってくる日本」類型のハイブリッドとなっているが、尼崎市の業務委託構造にもしっかり言及があるので、BBC Newsほどくだらない記事にはなっていない。むしろ、「珍ニュース」の中ではがっつり系だと思う。

 

というわけで、BBC NewsとNYTで使われている「USBメモリー」の表現を箇条書きにすると: 

  • USB stick 
  • a USB memory stick
  • the memory stick 
  • the drive 
  • the memory stick 
  • USB Sticks
  • the tiny storage devices
  • the two USB drives
  • the drives
  • the USB sticks
  • flash drives
  • the lost thumb drives

これらの中で定冠詞のtheがついているものは、文章を書くときの流れで出てきた表現ではあるが(特に形容詞を伴っているものはそう)、ひとつだけ覚えておくとしたら「USBメモリーのことを、英語圏では、USBとは略さないのが一般的」ということだろう。

ただし、USBと言うことが皆無かというとそうでもないのが英語のアナーキーなところで、本稿を書きかけでアップした段階でid:yomoyomoさんから次のようなご教示をいただいていた。

ガーディアン記事(日本語ぺらぺらのジャスティン・マカリー記者による)は見出しが: 

Japanese city worker loses USB containing personal details of every resident

写真キャプションでも同様にUSBがUSB driveの省略形として出てくるが、視覚情報(写真)のないテクストとして、本文は: 

A city in Japan has been forced to apologise after a contractor admitted he had lost a USB memory stick containing the personal data of almost half a million residents after an alcohol-fuelled night out.

さらに: 

Officials in Amagasaki, western Japan, said the man – an unnamed employee of a private contractor hired to oversee Covid-19 relief payments to local households – had taken the flash drive from the city’s offices to transfer the data at a call centre in nearby Osaka.

といった感じで、BBC NewsとNYTで使われている表現と違うものはないし、本文ではUSBと省略しているパターンは見られない。

それにしても、ガーディアン記事の締めくくりがきつい。

The Amagasaki incident raises concerns about the continued use of outmoded technology by some Japanese entities.  

Last week, media reports said dozens of firms and public bodies were racing to migrate from Internet Explorer before Microsoft retired the browser at midnight last Wednesday.  

A sense of “panic” had gripped businesses and government agencies that were slow to end their reliance on IE before Microsoft officially halted support services, leaving remaining users vulnerable to bugs and hacking, Nikkei Asia said.

IEのサポート終了(Edgeへの強制切り替え)で「パニック」が起きたというのは、私個人は英語圏の報道でしか見ていない表現なのだが、この「パニック」報道を見た英語圏の一般人がTwitterなどで、日本では一般ユーザーがインターネット・ブラウザとしてまだIEを使っていると侮蔑したようなことを書いているのをちらっと見かけて腹が立ったりもした。(実際には、一時期のWindowsIEはOSと一体化していたし、それを前提に組んだ社内システムでIEが変更の効かない重要な一部になっていて、すでに更新することもできなくなっている、ということではなかったか。)

ちなみに、さらっと流してしまったが、BBC Newsなどが使っている memory stick という表現もややこしくて、英語圏で使っている実例を示しても日本語圏では受け入れられないということがあった。これは、20世紀末にまだソニーが元気だったころ、「メモリースティック」という独自規格の製品を作って、音楽プレイヤーやデジカメで使っていたためである。今はソニー製品でもデジカメにはSDカードを使うようになっているから、ソニーの「メモリースティック」は完全に廃止されてはいないにせよほぼ使われていない状態で、普通の文章にいきなりmemory stickと書かれていたら、ソニー製品のことを言うのではなく、一般的な規格でスティック型の記憶媒体のことを言っていると解釈するのが妥当である(そもそもソニー製品の文脈でもないのに、英文のmemory stickをソニー製品のことだと解釈する人もあまりいないかもしれないが)。

 

※なぜか、6000字を軽く超えてしまっている。

 

 

 

 

 

*1:類型としての「サラリーマン」なので実際に「サラリーマン」かどうかはここでは厳密には関係ない。

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