このエントリは、2020年10月にアップしたものの再掲である。
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今回の実例は、報道記事から。
2018年9月、米トランプ政権の実情を知る何者かが、匿名で、「現場では、静かな抵抗が起きている」とする記事を、ニューヨーク・タイムズに寄稿した。
この「匿名」氏はその後、「匿名」名義で『ある警告』と題する本も出した。(ただし、私自身は米国の政治にそこまで関心はないので、この本の中身は見ていない。)
まるで冷戦期の東側(ソ連の衛星国)の地下活動みたいだが、あのアメリカで21世紀に、名前・身分を隠さないと、政府によって何が行われているのかを明らかにすることができない(それも、「機密文書のリーク」などではないのに)と、当の本人が感じているということ自体が、人々に対して語るものは大きかった。アメリカの多くの人々にとって、こういうことは、どこか外国、それも「独裁」とか「専制」とかいった言葉で語られる国で起きるようなこと、自分たちの国では起こらないはずのことだったのではないだろうか。「匿名」氏の語ったことの内容とは別に、そのことによるショックというのもかなりあったのではないかと思う。
その「匿名」氏が誰なのかが明らかになった、という記事が、今回読む記事である。こちら:
自分のブログにステートメントをアップすることで名乗り出た「匿名」氏は、米国土安全保障省 (Department of Homeland Security: DHS) の首席補佐官 (chief of staff) だったマイルズ・テイラー氏。ガーディアンの記事は、氏のステートメントの抜粋を交えながら何があったかを端的に説明するもので、全部で350語程度と短いものだ。報道記事に不慣れな人にとってもかなり読みやすいと思う。引用符に気を付けて読みさえすれば、内容を正確に把握できるだろう。ぜひ読んでみていただきたい。
文法として注目するのは下記:
上記キャプチャ画像の、ニューズレター購読申込欄のすぐ下のパラグラフ:
Taylor said in the ad: “Given what I experienced in the administration, I have to support Joe Biden for president.”
太字で示した "given" は、むろんgiveの過去分詞だが、それが《前置詞》として使われるようになったもの(ほかにもgivenには「学校では習わない」系の使い道がいろいろある)。元は分詞構文だったものが、使われる頻度が多いので《前置詞》として独立して扱われるようになった。「与えられると」という原義から発展して、「~を考慮に入れると」、「~があると仮定すると」の意味になる。
Given his age, he’s in remarkably good health.
(年齢を考慮すれば、彼は極めて健康状態がよい)
そのあとの "what I experienced in the administration" は《関係代名詞》のwhatの節で、「私が(トランプ)政権で経験したこと」。
ここまで合わせて、「私がトランプ政権で経験したことを考慮すれば」。
そしてこの文の主節、"I have to suport Joe Biden for president" の下線部、《have to do ~》は、もちろん、「~しなければならない」という意味だが、特にこのケースのように、自分の考えや意思とはかかわりなく、外部的な要因・原因により「~するよりない」という場合には、類義のmustではなくhave toが用いられる。選択の余地がない、という意味合いだ。
これについて、『ジーニアス英和辞典』第5版は次のように説明している(p. 1393, mustの項)。
mustは話し手によって課された義務を表し、have toは外部の事情によって課された義務を表す。……I must shave every morning. (毎朝ひげを剃らないといけない) は話し手が個人的に必要と感じていることを表し、I have to shave every morning. は会社の規則などからそうする必要があることを述べている。
今回の実例の場合、話者のテイラー氏は共和党員で、普通なら民主党の候補に投票するなどということはないのだが、DHSで自身が経験したことを鑑みるに、民主党候補に投票するより選択の余地はない、と考えている。その気持ちが表れた 《have to do ~》である。
なお、テイラー氏は、メキシコ国境を越えてくる「移民」の人々に対する非人道的な対応(親と子の引き離し)や、イスラム教徒の多い国からの渡航禁止などといったトランプ政権の政策の「中の人」であり、「匿名」での実情の告発や今回の顕名での「反トランプ」の表明だけを見てヒーロー扱いすることは間違っている、という反応が、私の見る画面内では多い。例えば次のように。
Miles Taylor & his boss oversaw family separations, a travel ban of Muslim countries, & gutting of asylum. They've since said they tried quietly/subtly to stop these from happening. But there's no need to quietly/subtly do something you're empowered to do boldly and publicly.
— Caitlin Dickerson (@itscaitlinhd) 2020年10月29日
“Before you hoist Miles Taylor on your shoulders for a ticker-tape parade, don't forget: Taylor was at the heart of the administration's child separation policy...So much for ‘thwarting’ Trump's worst 'impulses.’ He helped implement them, anonymously.”
— Mehdi Hasan (@mehdirhasan) 2020年10月29日
Me:pic.twitter.com/63GAfxDygN
だが事実は、そういうひどいことを制度としてやれてしまったような人でも、トランプのやろうとしたことにはドン引きで、「匿名」告発を経て民主党候補支持ということをするよりなかった、ということだ。何しろこうだから。
.@MilesTaylorUSA on @CuomoPrimeTime says "The president at one point wanted us to gas, electrify, and shoot migrants at the border...when there was clear shock on the faces of the people in the room, the president said just shoot them in the legs to slow them down"
— Catherine Rampell (@crampell) 2020年10月29日
日本語圏も、トランプのこの発言についても「どこが悪いのかわからない」と言う人がけっこういるのではないかと思う。考えるだけで頭が爆発しそうだ。
※3400字
参考書: