Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

【再掲】時制, 関係副詞の非制限用法, 関係代名詞, 分詞構文(40年前、北アイルランドでひとりの男が獄中で餓死した)

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このエントリは、2021年5月にアップしたものの再掲である。

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40年前の5月5日、北アイルランドでひとりの男が死んだ。66日間の絶食の末のその死は、その後の事態の展開を大きく変える死であった。

男の名前はボビー・サンズ。1954年3月9日生まれ、1981年5月5日没。27歳で、死亡したときはウエストミンスターの英国の国会下院*1議席を有していた。それ以前に、彼は、英国政府が「テロ組織」に指定していた(今も指定している)the Provisional IRA(いわゆる「IRA」)のメンバーであり、彼がメイズ刑務所という英国の刑務所内で最期を迎えたのも、そのためである。

……と書くと「わけがわからないよ」となってしまうだろう。正直、私もこの話を他人に説明できるようになるまでには苦労した。日本語で書かれている文章には十分な情報量がない。しかも多くの場合は事実に照らして間違ってさえいて、英語圏で一般的に知られていること(「信じられていること」とは別に)を英語で仕入れて、ネット上の日本語圏でせっせと修正するなどしていたこともある。

例えば、サンズの絶食――ハンガーストライキ、すなわちハンスト――を題材に、ヴィジュアル・アーティストのスティーヴ・マックイーンが作った、ほとんどセリフがなく説明もない映画 Hunger には、監督が大きな賞を取り、主演俳優が「イケメン俳優」と騒がれ出したあとに日本でDVDを出すなどした配給会社によって『静かなる抵抗』なるロマンチックで寝ぼけた副題がつけられ、「あらすじ」としてDVDパッケージや各配信サイトに掲載されている文面も映画の内容にも、映画が立脚している事実にも即していない完全なでたらめで、日本語版ウィキペディアも非常にひどいものになっており、2015年にそれを修正したときのことは怒り散らしながら(なのでお見苦しいところもあるが)ブログに書いてある。この、ことばによる説明というものを最初からせず、ことばによらない説明もほとんどせずに、既に社会の中で《神話》化している《物語》に人間の身体を与え、人間の重みを描き出した映画については、2014年に書いたこのエントリで言いたいことは全部言った感がある。

他にも、私のブログでは、ボビー・サンズについては何度も書いている(あるいは言及している)。

というわけで、1980年から81年にかけて、何があったのかということについては映画Hungerを見ていただくのがよいと思うのだが、この映画は説明というものを全然しておらず、その「説明」という点で非常によいと思われる記事を、今回は読んでみよう。

記事はこちら: 

www.bbc.co.uk

記事を書いたのは、北アイルランド紛争の時期を通じて現地の情勢をずっと取材して伝えてきたジャーナリストのピーター・テイラー。北アイルランド紛争を「ロイヤリスト」、「リパブリカン」、「英国の国家機関(英軍、情報機関)」の三つ巴として分析し、それぞれに入念な取材を行ってまとめた3部作が主著で、1994年の停戦後の和平へのプロセスまで、「テロ」の中で(アメリカ流の、いわゆる「カウンター・テロリズム」のスタンスとは別の立場で)目撃し、伝えてきたジャーナリストである。 

Loyalists (English Edition)

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 英文法の実例として見るのは、記事の最初の部分: 

f:id:nofrills:20210506175159j:plain

https://www.bbc.com/news/stories-56937259

この箇所、「書いてあることを書いてある通りに読む」ためには、《時制》に特に意識的に注目することになる。1981年のハンストのことを説明する文章だから、文章全体の時制は《過去》であることは言うまでもないのだが、1981年に起きたことを説明するために、その前に何があったかということが、下記で太字で緑色で示してあるように、《過去完了》(大過去)で表されている。

The seeds of the hunger strike had been sown in 1976, when the Labour government of Harold Wilson abolished the "special category" status that IRA prisoners had previously been granted, allowing them, among other things, to wear their own clothes. The question of clothing was important to them because they claimed they were "political" prisoners, fighting to achieve the IRA's historic goal of a united Ireland; prison uniforms criminalised them, they argued.

つまり、1981年を《過去》とした場合、1976年は《大過去》 になる。だから "The seeds of the hunger strike had been sown in 1976" と過去完了で表されているわけだ。「その(=1981年の)ハンガーストライキの種ば、1976年にまかれていた」。

続いて、下線で示した "when" は《関係副詞》。《非制限用法》で "1976" に説明的な情報を付け加えている。

その1976年に起きたこと自体は、《過去》で表されるのだが(英語の文法のこれ、けっこうめんどくさいんです)、 'the Labour government of Harold Wilson abolished the "special category" status' で「(1976年に)ハロルド・ウィルソンの労働党政府が『特別カテゴリー』のステータスを廃止した」。

そのあと、青字で示した "that" は《関係代名詞》で、先行詞は 'the "special category" status' である。"that IRA prisoners had previously been granted" の《過去完了》は、その「ウィルソン政権が『特別カテゴリー』のステータスを廃止した」前のことなので過去完了を用いていて、「それまでIRAの囚人に認められていた(『特別カテゴリー』のステータス)」。

そのあと、朱字で示した "allowing" は《現在分詞》でここは《分詞構文》だ。 "allowing them, among other things, to wear their own clothes." の "among other things" は一種のセットフレーズで「それだけではないが、他にもいろいろあるが」という意味。参考書の語注などには「とりわけ、中でも」みたいな訳語が出ていると思うが、その日本語と1対1で対応させて暗記しても全然使い物にならないという、やややっかいなセットフレーズである。この部分の意味は「他にもいろいろありはしたが、自分自身の服を着用することを彼らに許していた」。

やや長い文だったが、こうやってひとつひとつ押さえて読めばすっと読めるだろう。

ここで、文法的には問題なく把握できていて文が読めていたとしても「服?」と疑問に思う人が大半だろう。英文はそういうところをフォローしていく構造で書かれるのが普通だがこの文章もそうなっており、「囚人自身の服」については後続の文で説明されている。この文は全部《過去》の時制で書かれている。

The question of clothing was important to them because they claimed they were "political" prisoners, fighting to achieve the IRA's historic goal of a united Ireland; prison uniforms criminalised them, they argued.

見れば見るほど見どころの多い文だが、既に3900字に迫っているので端的にいこう。下線で示した "fighting" は《現在分詞》だが、(分詞構文ではなく)《後置修飾》で '"political" prisoners' を修飾しているとも考えられるし、"they were ... fighting to" というつながりになっているとも考えられるのだが、いずれにせよ「彼らは、自分たちは統一アイルランドというIRAの歴史的な目標を達成するために戦っている『政治』囚であると主張していたので、衣服の問題は彼らにとって重要だった」。

そのあと、接続副詞の代わりに用いられる《セミコロン (;)》で別の文が接続され、そこでさらに説明がなされている。「刑務所の服(囚人服)は、彼らを犯罪者にするものだと彼らは主張した」だが、ここで "criminalised" と過去形が用いられているのは、拘置されている主節の "they argued" との《時制の一致》だから、日本語にするときは「彼らを犯罪者にしたものだと彼らは主張した」というように、 "criminalised" をそのまま過去形にしてしまうと、意味がおかしくなる。

ここまで、わかっただろうか。1976年までは、刑務所に入れられているIRAの囚人(政治囚)には私服の着用が認められていたが、その『特別カテゴリー』という扱いが廃止されたことにより、刑務所内では囚人服を着用しろということになった。IRAの側はこれに対して「俺たちは犯罪者ではない、政治活動ゆえに投獄された政治囚だ」と主張し、囚人服を着ることを拒否した。

これが、映画Hungerで新たに刑務所に入れられた若者が、裸で毛布をかぶる背景である。

ピーター・テイラーのこの記事は、この程度の読みやすい英語で、1980年と81年の二次にわたるロング・ケッシュ(メイズ刑務所のリパブリカン側での呼び方)でのハンストについて、およびその影響について、解説している。当事者の、というか「歴史を語る者」になったシン・フェインの言説もネット上にはあるが、それよりずっと客観的でバランスが取れているので、ぜひご一読をおすすめしたい。

テイラーの英文は平易なものであり(アカデミックな文章ではない)、もちろん、テイラーのこの記事が問題なく読めるレベルの英語力がなければ、「ロング・ケッシュでのハンストについてウィキペディアで英語記事を読んで日本語にする」などということに手を出すべきではない。読めてないものを翻訳することなどできないのだから。

 

※今日は5000字近いけど、記事を2つに分けたくなかったので1つにまとめた。

 

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英文法解説

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*1:The House of Commons, これを日本語にするときは「庶民院」と書かないと噛みついてくる人もいるのだが、正直、「そういうこだわりなんですね」というポイントであるとしか言えない。現代の政治においては特別な文脈でもない限り、そこまでこだわる必要性はないところだろう。

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