Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

口語的な省略, 肯定文でのat all, 同格, 挿入, など(この50年、世界各地での虐殺現場を見てきたジャーナリストのことば)

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今回の実例は、Twitterから。

ウクライナでとてもひどいことが行われている(「起きている」のではない。「行われている」のである)ことは大きく報道されている通りで、その悲惨と非道を伝えるニュースで世の中があふれかえっているときに、基本的に、大学受験生の役に立てたらいいなと思ってやっているこのブログまで、そのトピックに接する、というか接さずにはいられない場にはしたくないなというのが私の個人的な思いなのだが、かといってウクライナに関する記事はここでは扱わないとするのもおかしなことだから、「ここではウクライナの話を目にすることはありません」と確約することはできない。

ただ、ここは言語に関するブログだから、言語ではなく視覚情報でショックを与えてしまうようなツイートや記事は避けようと思っている。私自身、若いころはかなりの程度まで平気で*1、人間というものは基本的にそういう写真や映像は見ても平気なもので、見たくなければ単に目を閉じればいいのだと思っていたのだが、2001年9月11日の米国でのテロ攻撃の写真・ビデオ映像に、テレビを見たり新聞を見たり、書店で雑誌をチェックしたりという日常生活の中で何度も何度も繰り返しさらされること、特に予期していないときに不意打ちのようにしてさらされることが、無言のうちにもたらす効果について考えるようになってからは、そういう考え方をしなくなった。それ以上に決定的だったのは、2010年代半ばのイスイス団による「恐怖のばらまき」という視覚的テロリズムに直接的に接したことだが。

と、あまり前置きに時間をかけているとまた書き終わらないのでこのへんにしよう。要は、当ブログでは、ショッキングな視覚情報を含むツイートなどは使わないが、文字情報ではそうとは限らない、ということである。

それでも、私が「これを語学学習の素材、よい例文(サンプル)扱いするのはあんまりだな」と思ったら、たとえそれが英語教材作成畑では「見事なクジラ」と呼ばれるような見事な実例であったとしても、ここで使うことはしないと思うが。

それがhuman decencyというものだと思うので。

というところで、今回の実例。

BBCに、ジョン・シンプソンさんというベテランのジャーナリストがいる。2011年の「アラブの春」のときに熱心にネットでニュースを追っていた人の中には、リビアの反政権武装勢力に同行して最前線から映像レポートをしていた白髪頭のおじさんを覚えている人もいるだろう。「ちょっとちょっと、後ろで爆発起きてますけどー!!」と叫んでしまうような映像報告が日本語圏でも話題になっていた。下記のはその映像とは違うものだが、2011年のリビアからのもの。40秒のところから出てくる防弾チョッキの男性がシンプソン記者だ。(エンベッドしといて言うのも変かもしれないが、直接的な戦闘の映像ではないにせよ武装勢力の映像で、発砲シーンもあるので、あまりうっかり見ない方がいいかもしれない。)


www.youtube.com

そのシンプソンさんが、現在ウクライナで行われていることについて、次のようなツイートをしている。

第1文: 

Amazing anyone at all buys Russia’s line that the Bucha killings were faked by Ukraine.

これは口語的表現で、文頭に《省略》のある文で、それを補うと: 

It is amazing (that) anyone at all buys Russia’s line that the Bucha killings were faked by Ukraine.

という形になる。そう、《形式主語》のitを使った《it is ~ that ...》の構文だ。このthatは、文頭のit isが省略されないときも省略されていることが多い。文の骨格としては「any one ...することは、amazingだ」という意味になる。ここまでを文を見た瞬間に把握する。読むスピードをつけるなら、この作業の所要時間は0.5秒~1秒くらいにしたい。

この "anyone" は《肯定文》の中で用いられており、「誰であっても」「どんな人でも」の意味。

その直後、太字で示した "at all" は《強意》の副詞句で、これが否定文なら簡単なのだが、肯定文だとなかなか難しい。辞書の例文もだいたい否定文や否定の語句が入ったものばかりだ

  I don't have any money at all

  (お金なんて、全然まったく、一銭も持ってやしませんよ)

  If his remarks make sense at all, the president must be so deluded. 

  (大統領の発言が意味を成しているというのなら、大統領は嘘と事実の区別もつかなくなっているのではないか)

その次の部分: 

... Russia’s line that the Bucha killings were faked by Ukraine.

青字で示した "that" は《同格》で、《the line that ...》の構造。このlineは「線」というより「筋道」で (the line of argumentで「議論の筋道」)、日本語訳するときは「言い分」くらいに処理してしまってよいだろう。意味は「ブチャの殺戮は、ウクライナによって捏造されたものだというロシアの言い分」。

その前にある動詞のbuyは、これも「買う」という原義とはちょっと離れていて、「受け入れる」みたいな意味。日常生活でよく使う。

  She says she didn't know Karen was there too? I don't buy it, never!

  (彼女、カレンもそこに来てるなんて知らなかったって言ってるって? そんなの、信じるわけないだろ)

というわけで、文意は、ちょっとくだけた訳にするが(この文、直訳は難しすぎる)、「ブチャの殺戮は、ウクライナによって捏造されたものだというロシアの言い分を真に受ける人がいるなんてこと自体が、驚きなのだが」。(翻訳するならもっとちゃんとやりますが、直訳ではないから、わかりにくいと感じる人もいるかもしれません。その点はご容赦ください。)

そしてその次、第2文。これが「BBC国際部のベテラン記者」あるあるなのだが、あまりに凄惨で: 

I’ve seen various massacres — in the Rhodesian war, at Sabra & Chatila, Halabjeh, Tiananmen Sq, Sarajevo, in Iraq etc — & believe me you can’t fake the after-effects that kind of thing.

まずはこの、ざくざくとした、乾いた、英語という言葉のパワーを感じてほしい。考えるな、感じろ。

"massacre" は「殺戮、大量殺害」で、基本的には《抽象名詞》なのだが、ここでのように可算名詞扱いで複数形になっているときは、個別の「大量殺害事件」を言っていることになる。それに "various" がついているので、「私はいろいろな殺戮を見てきたが」。

その「いろいろな殺戮」が、ダッシュを使った《挿入》の形で列挙されている。それぞれ、名前を見てもピンとこない人は、ネット検索してみてほしい。というか、英語版のウィキペディアを見るのが一番効率がよいだろう。

in the Rhodesian war: 日本語では「ローデシア紛争」。ローデシアは現在は「ジンバブエ」という名称になっている。白人のアパルトヘイト政権が、黒人の反政府運動を弾圧し、反政府運動がゲリラ化した「紛争」である。1960年代半ばから、1979年まで続いた。

en.wikipedia.org

 

at Sabra & Chatila: これはウィキペディアをエンベッドすると悲惨な写真がサムネイルで表示されてしまうので、文字だけでリンク。レバノン内戦中、サブラという場所とシャティーラという場所のパレスチナ人難民キャンプ(パレスチナの土地を追われた人々が仮の住まいとして住んでいた町)が、レバノン民兵組織に襲撃され、何千人という単位で人々が殺された(正確な犠牲者数はわかっていない)。1982年9月のことなので、今年で40年になる。これは国連が「ジェノサイドである」と認定した事件である。

Sabra and Shatila massacre - Wikipedia

日本人ジャーナリスト(複数)も当時この事件を取材していて、川上泰徳さんはそのひとりである。

すでに4000字を超えてしまったので先を急ぐと、

Halabjeh: 英語表記はいろいろあるが、1988年3月、イラクサダム・フセイン大統領が自国民に対して化学兵器を用いて大量殺戮を行った事件。殺されたのはクルド人だった。

en.wikipedia.org


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Tiananmen Sq: 言わずと知れた(知れてるよね?)天安門事件。1989年6月4日。

en.wikipedia.org

 

Sarajevo: 1992年から96年。ボスニア紛争で首都サラエヴォセルビアセルビア側の勢力に包囲され、ひどい破壊と殺戮がなされた。軍人・民間人それぞれ何千人という単位で殺されている。軍事的には決着がつかず、米国などが仲介して停戦から和平合意へと進んで武力紛争は決着した。

en.wikipedia.org

 

in Iraq: 詳しく書いてないけど、イラク戦争だろう。今、ロシア軍が民家を荒らして金品を持ち去っていることが伝えられているが、2003年から2004年は、イラクから、占領軍である米軍が一般市民の家の中を荒らして金品を持ち去っていっているという報告はいっぱいあった。博物館も米軍人に略奪された(のちにそれらの品物はイラクへの返還が進められた)。米軍人によるイラク人の虐待や殺害も相次いだ。軍人でなく「民間人」の位置づけになるPMC(民間軍事会社)の社員による殺戮もひどいものだった。今回、ウクライナ侵攻に際して「さっさと降服すれば痛い目に合わずに済むのに」と言ってるらしいテレビの文化人枠の人たちは、私より年上の立派な大人なのだが、2003年当時、イラクで何が起きているかを聞いていなかったのだろうか。そのイラクに、米軍側の一員として日本が自衛隊を派遣するという、それまでの方針を覆す決定をしたとき、あの人たちは何をどう発言していたのだろう。

en.wikipedia.org


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シンプソンさんのツイートでの列挙の最後にある "etc" には、アフガニスタンリビアなどがある。イスイス団の支配から解放されたイラクの町なども取材していたから、虐殺の跡も見ているはずだ。

 

ツイートの最後の文: 

& believe me you can’t fake the after-effects that kind of thing.

Twitterだから文字数制限をクリアするための略式表記で記号の "&" を使っているが、普通の文ならここは "and" と文字で書くべきところである。

"believe me" は、間投詞的に用いられるフレーズで、直訳すれば「私を信じなさい」だが、意味としては「嘘じゃない」「本当に」「まず絶対に」といった《断言》の意味である。文意は「まず絶対に、あのようなことの後に残るものを捏造することなどできない」。

 

ジョン・シンプソンさんのこの列挙を見たとき、私はしばらく凍り付いてしまった。この人はまさに現代史の目撃者なのだが、それにしてもローデシアから現在まで、50年以上の時間の中で、いったい何度、このような大量殺戮が行われてきたことか。

そしてシンプソンさんのリストには、現代を生きる私たちにとって「ジェノサイド」というものを深く刻み込んだルワンダの1994年は、入っていない。

いま、ウクライナでとてもひどいことが行われていて、人々の関心はそこに集まっている。普段は「海外」のことには無関心な日本の保守系政治家たちも、こぞってこれについて発言しているように見える。

けれども、突然ウクライナだけでこんなことが「起きている」わけではない。私は2003年のイラク戦争のときに、日本人の少なからぬ人々が「戦争は遠い昔のこと」と言っているということをあまりに直接的な形で知ってお茶をふいたのだけど(中東戦争は? ベトナム戦争は? レバノン内戦は? 印パ紛争は? 旧ユーゴ解体とそれに伴う武力紛争は? etc)、2022年の今も、イラク戦争も、アフガニスタン戦争も、あるいはシリア内戦も、パレスチナに対するイスラエル武力行使も、ミャンマーでの軍政の蛮行や、新疆ウイグル自治区でのジェノサイドなども、そんなことは何もなかったかのようにふるまっている人々がけっこう多くいるようで、本当に、比喩でなく頭がくらくらしている。そしてその上に日本国政府のあの異様な「避難民」という用語があるのだということを、かみしめている。

 

※6000字くらい。

 

https://twitter.com/JohnSimpsonNews/status/1511041108998082565

 

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*1:ただし意図的にショックを与えようとした作り物は嫌いで、血まみれの素プラッタ系ホラー映画など特に嫌いだった。「これは見ておかないと話にならない」という「名作枠」の作品は見たけど……。

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