今回の実例は、インタビューを中心に構成された解説・分析系の記事から。
ドイツの首相*1といえばアンゲラ・メルケル氏、という時代が長く続いた。実に、2005年11月から2021年12月までだから、16年以上だった。だから、「メルケルさんの前のドイツの首相は?」と言われてもすぐには思い出せない人も多いだろう。
日本語圏はそこでなぜかヘルムート・コール氏が出てくることがあるのだが(経済雑誌の記事とかでありがち)、実際には「保守」のコールとメルケルの間に「革新」の首相が1人いた。ゲアハルト・シュレーダー氏である。現在のオラフ・ショルツ首相と同じくSPDという政党の政治家で、1998年10月から2005年11月までの約7年間、首相を2期務めた。政治家になる前は弁護士で、その点、1997年5月に大勝して保守党から政権を奪還した英労働党のトニー・ブレア首相(当時)と共通するということで、そのころ注目されていた「中道左派」という切り口で書かれた解説記事を読んだ記憶がある(確か日経新聞だが朝日新聞だったかもしれないしほかの新聞だったかもしれない)。コソボ紛争への参加や、2001年9月11日後の米国主導によるアフガニスタン介入(侵攻)との関わりで、戦後ドイツがとってきた方向性を変えた首相でもあった。2003年のイラク戦争にはシュレーダーのドイツはシラク&ドヴィルパンのフランスとともに強く反対し、米国のラムズフェルド国務長官からは「古いヨーロッパ」と嘲笑されたが、ラムズフェルドのほうが間違っていたことはその後、証明された(米英が掲げたイラク侵攻の理由は、中身のない虚偽、嘘だった)。
そのシュレーダー氏、選挙に負けて首相の座を退いてほどなく政界も引退したが、その後に進んだのは、2000年代にどんどん関係を深めていたロシアと強くつながった道だった。今般のロシアによるウクライナ侵攻で、侵攻開始以降しばらく、最大の注目を集めていた「ノルド・ストリーム2」(ロシアからの天然ガスのパイプライン)の、いわば「中の人」が、シュレーダー氏である。
シュレーダー首相在任時は、現在「主要国首脳会合」と呼ばれているG7は、ロシアを加えたG8で(2014年のクリミア侵攻でロシアは参加資格を失った)、米国も英国も日本も含め、西側先進国の首脳たちはこぞってロシアの首脳(ボリス・エリツィン、ウラジーミル・プーチンの両大統領)との親密で友好的な関係をアピールする写真を撮っていたものだが、シュレーダー首相はドイツ国内でロシアとの「癒着」が取りざたされるほどの深い関係を、特にプーチンとの間で結んでいた。
そして、今般のウクライナ侵攻に際してのEUの対応でも、影のキーパーソン的な存在感を見せていたのだが*2、そのシュレーダー元首相に、ニューヨーク・タイムズ (NYT) がインタビューしたのが今回の記事だ。
Gerhard Schröder has become the most prominent face of a long era of miscalculation that left Germany deeply reliant on Russian gas. He expresses no regret and has also profited handsomely from it, earning millions while promoting Russian energy interests. https://t.co/4gMhiZwkXH pic.twitter.com/Bqhp9Y3lVJ
— The New York Times (@nytimes) 2022年4月23日
上記のような背景のある人のインタビューだから、読むのは簡単ではないが、特に予備知識がなくても話がわかるように解説的なこともたっぷり書かれている。
なお、NYTの記事はNYTに有料登録していないと完全に自由には読めないのだが、NYT自身がTwitterなどSNSアカウントで回覧しているURLから入れば、その記事については特に制限なく読めるはずである。記事にアクセスすると登録を促されたりもするが、それらは「×」マークをクリック/タップするなどしてしまって大丈夫だ。読める記事をおためし的に読んで、もっとNYTの記事を読みたいと思ったら登録すればいい*3。私は個人的には米メディアは主要な関心の対象外にあるので、アカウントは持っていない。
というわけで、上記Twitterのリンクから記事にアクセスして、登録を促すボタンなどはスルーして、"Read more" 的なボタンを押して、記事を全文表示させてみよう。すごい分量があるのでびっくりするかもしれないが、このくらい分量のある記事は別に珍しくない。(日本の新聞記事は短すぎるのだと思う。)
実例として見るのは、記事のけっこう上の方から。
いきなり英文法と関係のない余談。キャプチャの真ん中へんに "Thanks for reading The Times" などとあるが、この "The Times" はThe New York Timesのことであり、The Timesという英国の新聞のことではない。NYTに限らず「なんとかタイムズ」という名称の新聞は、自紙のことを "the Times" と呼ぶことが非常によくあるが、これは「なんとかタイムズ」の「なんとか」の部分を省略したものであり、英国のthe Timesとは関係ない。
ちなみに、NYTなどの米国の「なんとかタイムズ」は、英国のthe Timesのことを勝手に「ロンドン・タイムズ the London Times」と呼んでいたりもするが、the Timesはそのような名称ではない。「ロンドンの」を敢えてつける場合にはofを用いて後置し、the Times of Londonとする。
この辺のことは英語メディアを見るときは常識以前の常識だが、特に誰も教えてくれないかもしれない。
さて、「タイムズ」についての余談はこのくらいにして、本題に入ろう。
キャプチャ画像の一番上。これがこの記事で前置きの解説的なことを書き終わった後、シュレーダー氏のインタビュー部分に入る最初の文である。
“I don’t do mea culpa,” Mr. Schröder said, sitting in his sprawling light- and art-filled office in the center of his home city, Hanover, in northwestern Germany. “It’s not my thing.”
インタビュー記事に典型的な書き方で、下線を補った2文が話者の発言で、その間に、インタビューの行われた状況についての説明を挟んでいる。
太字にした "mea culpa" は、ラテン語のフレーズがそのまま英語に入って、日常で使われているもの。意味は "my mistake" ということで、自分に非があることを認めるときの表現。単に "Mea culpa!" と言えば、文脈にもよるが、「私が間違っていました」とか「やってしもうた」とかいったニュアンスだ。
シュレーダー元首相は「私は、自分が間違っていました、なんてことを言うタイプの人間ではない」ということを言っているわけである。
次のパラグラフ:
With Mr. Putin now waging a brutal war in Ukraine, all of Germany is reconsidering the ties with Russia that — despite years of warnings from the United States and Eastern European allies — have left Germany deeply reliant on Russian gas, giving Mr. Putin coercive leverage over Europe while filling the Kremlin’s war chest.
これだけの長さで、重要文法事項が4つ。
まず、太字で示したところは、みんな大好き、《付帯状況のwith+現在分詞》。
下線で示した "that" は《関係代名詞》で、その次の青字部分は、《ダッシュ》を使った《挿入》。関係代名詞のthatは主格で、それに対する動詞はダッシュのすぐ後ろにある "have left" だ。
ここでひとつの大きな区切りがあり、そのあとの朱字で示した "giving" は《分詞構文》。「……して、そしてプーチン大統領に~を与えた」という意味だ。
すでに文字数が4000字になっているので先を急ぐが、この部分の文意は、直訳するのは本当はめんどうなのだが、文の構造が取れているかがご自身で確認できるように直訳に何とか近づけてみると、「プーチン大統領がウクライナで残忍な戦争を展開するなか、ドイツ全体が、自国のロシアとの関係を考え直しつつある。ドイツとロシアのその関係は、米国や東欧の同盟国からの警告が何年にもわたってなされていたにもかかわらず、ドイツを、ロシアのガスに深く依存するような状態に置いてしまっている。これにより、クレムリン(ロシア政府)の戦費の金庫を満たしながら、プーチン大統領には欧州に対してのcoercive leverageを与えている」。
翻訳するわけでもなくただ読むだけならば、"coercive leverage" は、ざっくりと「強い影響力」と考えておいてよいだろう。
その次のパラグラフ:
That dependency grew out of a German belief — embraced by a long succession of chancellors, industry leaders, journalists and the public — that a Russia bound in trade would have too much to risk in conflict with Europe, making Germany more secure while also profiting its economy.
ここでもまた《ダッシュ》を使った《挿入》があり、太字にした "that" は《同格》の接続詞で、"a German belief that ..." という構造を作っている。「その依存は、…というドイツの信念から発したものである」という意味。
その「…というドイツの信念」に付け足すようにして挿入されているのが青字にした部分で、ここは「歴代の首相や産業界のリーダーたち、ジャーナリストや一般大衆によって受け入れられている」という意味。
つまり、ドイツで広く受け入れられている信念から、対ロシア依存が生じた、という説明である。
その「信念」の中身が、《同格のthat》以下の部分。"a Russia bound in trade" は、まず、固有名詞に《不定冠詞》がついていることが注目点。「いろいろなロシアがありうるがそのひとつのロシア」ということである。"bound" はbindの過去分詞でここは《過去分詞の後置修飾》。「貿易にbindされたロシアは」という意味。
そのあとの "would have" が "a Russia ..." という主語に対する述語動詞で、もう5000字だから端折って文意だけ直訳調で示すと、「貿易の中に結び付けられているロシアは、欧州との紛争で危険にさらすにはあまりにも多くのものを持ちすぎている(から紛争は避けようとする)という信念」ということになり、そのあとの朱字で示した "making" は、これもまた《分詞構文》で、「これにより、ドイツは経済を豊かにしながら、より一層安全になる(という信念)」という意味になる。
つまり、ドイツがロシアに接近したのは、ロシアとの対立関係を作って牽制しあうよりも、貿易という形で相互に頼るような関係を築くことで紛争を避けよう、という思想がある、という説明だ。
実際、これは欧州連合(およびその前身である欧州経済共同体)の基本的な思想でもある。ドイツとフランスが戦争せずに仲良くできていることは、ノーベル平和賞ものなのだ。
と、5200字になってしまっているので、今回はここまで。次回、この後の部分も少し見てみよう。
*1:英語ではPrime MinisterではなくChancellorというが、これは「伝統的な例外」だとのこと。
*2:というか、はっきり言えば「障害」と言われていた。
*3:ただしNYTは解約するのが大変と聞く。