今回の実例は、ある殺人事件を受けて書かれた文章から。
英国に、Mixmagという音楽雑誌がある。1983年、現在のようなクラブ・シーンが確立される前から続いているメディアだ。ドム・フィリップスさんはかつてこの媒体でエディターをしていた。
Mixmagでエディター職に就いているということは、体の芯にダンス・ミュージックが注入されているようなものだ。BBC Newsにアンドルー・ダウニー記者が書いた文章によると、ロンドンという、いろんな意味で激しかった場所には実はついていけないものを感じていたのか、彼は、スーパースター級のDJたちについての本の取材で訪れたブラジルにすっかり魅せられ、本を書き上げたあともそのままブラジルに住み続けた。英国を離れてすべて一からやり直すことになった彼は、新聞社と契約して現地特派員となった。
ブラジルに渡ったのが2007年のことで、以来、拠点はサンパウロからリオデジャネイロに移るなどしているが、15年にわたって、サッカーから政治まで、あらゆるトピックについて取材し、書き続けた。「期待の若手」ネイマールについて書いた翌日には、汚職の追及に揺れる政府について書いていた。
元々アウトドアが好きな人で、そういう人がブラジルに住んでいれば自然とアマゾンに足を向けることになる。ジャーナリストであれば、アマゾンの自然環境やそこでの人々の暮らし、現在のブラジル政府の政策といった重層的で複雑な面にも突っ込んだ関心を抱くのが当然だ。
そうして彼は、アマゾンを取材中に、無残にも殺されてしまった。同行していた現地の専門家、ブルーノ・ペレイラさんとともに。
2人が行方不明になっていることが伝えられたのは、6月上旬のことだった。環境問題と現地の人々(先住民)について調べたり書いたりしている人たちが行方不明になったという報告を受けて、単に迷ったのだろうとか遭難したのだろうと考えられるほど、私はナイーヴではなかった。だから、行方不明が報じられた数日後に血痕が見つかったとの報道があったときも、さらにその数日後に人間の遺体と思われるものが見つかったとの報道があったときも、「やっぱり」という重苦しい気持ちになるばかりだった。それでも、「血痕も遺体も、フィリップスさんのものでもペレイラさんのものでもなく、仲間割れした犯罪者のもので……」といった可能性があることを考えていた。最終的に、見つかった血痕や遺体や荷物について逮捕されていた容疑者(アマゾンで活動する犯罪者)が2人の殺害を認めた、という記事を見るまでは。
https://t.co/0ymN8Fddde またブラジルで環境保護活動に関わる人が殺されたようだ。普段そういうことが起きたときに記事にする数少ない英語圏の媒体であるガーディアンの記者と、現地の専門家だ。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年6月13日
BBC News - Dom Phillips and Bruno Pereira: Suspect admits shooting missing Amazon pair, Brazil police sayhttps://t.co/0nYFAAAqZC 逮捕された容疑者兄弟のひとりが、行方不明の2人を銃撃したことを認めた。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年6月16日
今回は、殺害されたのが英国人ジャーナリストなので、BBC Newsなどもせっせと細かく報じているが、アマゾンだけでなく世界各地で起きている環境保護活動家に対する暴力(殺害を含む)について、英語圏のメディアは総体的に、あまり熱心ではない。世界全体にとっての広範な影響という点では、環境問題は、例えばBrexitや米国の銃問題よりよほど大きいのだが、現地の環境保護活動家の殺害などを伝えるメディアはあまり多くない。ガーディアンはそれらのメディアのひとつで、ドム・フィリップスさんはガーディアンの記者だった。
そのガーディアンで、現在環境部門のエディターを務めているジョナサン・ワッツ記者が、フィリップスさんについて書いた文章がある。ワッツ記者もブラジル特派員として仕事をしていたことがあり、フィリップスさんとは直接の知己である。
記事はこちら:
大変に悲痛な、そして力強い文章である。
今回は書き出しの部分を読んでみよう。
第2文:
Their work mattered because our planet, the threats to it and the activities of those who threaten it matter.
下線で示したmatterという動詞は、米国のBlack Lives Matter運動の名称でも知られる自動詞で、「重要である」という意味である。この動詞は、自分で英語でアウトプットするとき(書くとき、話すとき)にも、英語からインプットするとき(読むとき、聞くとき)にも、インプットしてアウトプットするとき(訳すとき)にも、使いこなせていないと話にならないというレベルの重要語である。
同じ「重要である」という意味の自動詞、countも合わせて、例文でチェックしておくとよいだろう。
どちらの単語も、辞書を引いて、例文をしっかりと確認しておいてほしい。
さて、そのあとのbecauseの節だが、これが簡単そうに見えて、慎重に読まないと意味が取れないというタイプの文構造になっている。鍵は《等位接続詞》のandだ。
because our planet, the threats to it and the activities of those who threaten it matter.
等位接続詞は、文字通り、等しいものを接続する。つまり、《名詞 and 名詞》とか《副詞句 and 副詞句》という構造を作る。
何と何をつないでいるかを判断するには、andの直後に何があるかを見ればよい。Oranges and lemonsなら、lemonsが名詞なので《名詞 and 名詞》と判断されるし、at school and at homeなら、at homeが副詞句なので《副詞句 and 副詞句》と判断される。
こんな単純な例では「そんなことはわかりきってる」と思われるだろうが、これが長い文の中に入っていると、こんなふうにすっきり見えないし、だからこそ難しいのだ。
ここでは、andのあとが、"the activities of those who threaten it" となっている。そのあとの "matter" は上で解説した自動詞で、これがぱっと見、"it matter" というセンスグループ(意味のまとまり)のように見えてしまうかもしれないが、仮にそうであれば、現在時制ならit mattersと《3単現のs》がついていなければならない。だから、itとmatterの間で区切られると読み取らねばならない。
ということは、このbecauseの節内は:
主語: our planet, the threats to it and the activities of those who threaten it
述語動詞: matter
という構造になっているわけだ。
そしてこの、動詞と比べてなんかとても長い主語の部分。長くなっているのは等位接続詞のandの接続があるせいで、andの直後は " the activities of those who threaten it" で《名詞句》 だから、このandはここでは《名詞句 and 名詞句》の構造を作っていると考えられるのだが、それだけではまだ解析が足りていない。
andの前を見ると、"our planet, the threats to it" と《コンマ》がある。ということは、このandは《A, B and C》という構造を作っているわけだ。
ここで《B》の直後にもコンマを置いてくれれば見えやすくなるのだが、このコンマを使わないという流儀が一般的なので(使うことが増えてきてはいると思う)、こうやって丁寧に読み解かねばならないわけである。
また、この文では代名詞のitを正確によむことも重要だが、そこまで解説している文字数がないのでそれは省略する。
文意は、直訳すれば、「私たちの惑星と、それに対する脅威、および、それを脅かしている者たちの行動が重要だから、彼らの仕事は重要だったのである」。(もっとわかりやすい日本語にすることもできるが、当ブログはそれをする場ではない)