今回の実例は、Twitterから。深刻な話題もたくさんあるのだが、もういっぱいいっぱいなので軽めの話題で。
夕方、音楽ニュースサイトの記事のフィードが流れてきた。
「イアン・ブラウンって誰それ」という人も多いかと思う。今から30年くらい前に英国マンチェスターから出てきて大物になったバンド、The Stone Rosesのヴォーカリストだ。このバンドの曲が持っていた意味については、ブレイディみかこさんが書いたたくさんの文章の中にとても優れたものがあるのだが、どの本だったかを覚えていないので、その点、わかったら追記したい。個人的には、The Stone Rosesといえばベースとドラムとギターがかっこいいバンド、という印象で、ヴォーカルはカリスマ性はあるんだろうがなあ……という感じだった。ライヴを見たことがある人は口々に "He can't sing" (歌唱力はない)と言っていたが、当時のあの辺のシーンではどのバンドであれ歌唱力が特に大きな問題になっていたことはなかったと思う。
そのイアン・ブラウン、バンドが終わったあとはソロ・アーティストになっているのだが、これがまた微妙な評判で、個人的には特に関心を払ったこともない。
だから、Ian Brownという名前が私の見ているTwitterのTrendsのところに出てきたときも、特に関心を向けなかった。強いて言えば、最近彼の名前を見るのは、新型コロナウイルスに関するワクチン反対論・陰謀論の文脈なので(現在のイアン・ブラウンはその界隈のインフルエンサーみたいな存在であるらしい)、名前を見たらそっ閉じするようになっている。
だが、今回のTrendsはなかなか笑える文脈だった。上記のAmass記事にあるように、「10年ぶりのソロ・ツアー」とファンの期待をあおるだけあおっておいて、実際にはバックバンドなしで、録音されたバックの演奏に合わせて、イアンのすばらしい歌唱が披露される、というものだったという。彼のようなアーティストの場合、公演チケットを買う人の多くの目当ては本人の歌というよりむしろバックバンドのメンツと演奏だったりもするので(「ギターは誰かな……」というワクワク感もセットで)、ステージにはバンドがいなくてイアンのひとりカラオケ・オン・ステージだったということで話題が沸騰してしまったわけだ。
そのあたり、いろいろと遠慮なく辛辣になるのがかの地の常なので、Twitterではどうなってるのかなあと思って、遅まきながらチェックしてみたところ、意外にも英文法的な掘り出し物を見つけて帰ってきたわけだ。
ありがとう、イアン。
まず、現時点で545 Retweets; 1,023 Quote Tweets; 5,024 Likesと大人気のこちらのツイート:
Gutted to see @ianbrown turn up to his £40 a ticket, sold out gig at leeds tonight WITH NO BAND. I’m a life long fan but it was bad. #ianbrown does karaoke and butchers his own tunes. Most were too pissed to care but I had to get out after this one. Longsight M13 was a highlight. pic.twitter.com/8owVy2NHjS
— Steven latham (@I_R_Mole) 2022年9月25日
実際に見に行った人のツイートだが、記述法がくだけた形になっているので、読みやすくなるようにその点だけ手を入れると*1、第1文は:
Gutted to see @ianbrown turn up to his £40-a-ticket, sold-out gig at Leeds tonight WITH NO BAND.
まず、文頭は "I'm[I was]" が省略された《日記・手紙文》のスタイルである。be guttedは口語で「ひどくがっかりしている」。太字で示した "to see" は《感情の原因・理由を表すto不定詞》で、ここに《感覚動詞+O+動詞の原形》の構文が組み合わさっている。「イアン・ブラウンがturn upするのを見て、心底がっかりだ」。
"turn up" は《句動詞》で「現れる、姿を現す」の意味。そのあとの "to" は普通に前置詞で「~へ」の意味だが、うっかりしているとここで "up to" という組み合わせだと思い込んでしまって文意を取りそこなう。
〇 to see @ianbrown turn up / to his gig
× to see @ianbrown turn / up to / his gig
そのあと、"his £40-a-ticket, sold-out gig at Leeds" は、「チケット1枚につき£40で、チケットが完売していたリーズでの公演」。"40-a-ticket" の "a" は、「~につき」という意味の不定冠詞。Leedsは都市名。
そして文末の "WITH NO BAND" が全部大文字で書かれているのは、《強調》したいから。というより、大声で叫びたい気分だからだ。英語の一般的な文で全部大文字で書くのは、NATOとかASEANのような頭文字略語でなければ、このような、大声で読み上げているかのような強調だ。これは、少なくとも私の知っている範囲では日本の学校では教えられていないので、知らない人も多いと思う。全部大文字で文を長々と書かれると、日本語話者の感覚でいうと全部カタカナになっている表記のような、異様な感じがするというので注意されたい。
投稿者のSteven lathamさんはこのあと、「僕は昔からのイアンのファンだが、今回はひどかった。イアンはカラオケをやって、自分の楽曲をめちゃくちゃにしてしまっている。(客の)ほとんどはべろべろに酔っぱらっていてそんなことはどうでもよかったようだが、僕はこの曲のあとで会場を出ざるをえなかった」として、最後に「一番良かったのはLongsight M13 (という曲)だった」と結んでいる。
"Most were too pissed to care" は《too ~ to do ...》構文で、ここにあるpissedという単語は英国の口語で多用される単語で「酔っぱらって」という意味。アメリカ英語しか知らない人はこの単語は誤訳に注意。というかこの場合はほんとに、人々が酔っていたのは酒だったのかという問題もあるのだが、そこは考えなくてもいいと思う。要はintoxicatedの同義語で、 酔わせるような物質を摂取してその影響下にあった、ということである。
そして、このツイートへの大量の引用リツイートのひとつが下記:
The last person you’d want to hear sing Ian Brown karaoke is Ian Brown https://t.co/qKXKk11c1P
— Craig Scrogie (@craigscrogie) 2022年9月26日
《the last ~+修飾語句》は、文字通りに「…する〔した〕最後の~」という意味になることと、比喩的に「まず…できない~」という意味になることががある。
前者の例文:
Will the last person to leave the room please turn out the lights? *2
(最後に部屋を出る方は、どうか電気を消していってください)
The last person to score a goal at Highbury was revealed to be an 80s pop legend and his DJ son *3
(ハイバリーで最後に得点を決めた人は、80年代に活躍した伝説的ポップシンガーと、DJとして有名なその息子であったことが判明した)
The last person I spoke with on the crucial day was an elderly woman.
(運命の日、私が話をした最後の人は、年配の女性だった)
これらは文字通りに解釈すればよいのだが、後者のパターンで:
The last person I want to speak with after a day full of stress would be Mr O.
直訳すれば、「ストレスに満ちた一日を終えたあとで話をしたいと思える最後の人は、O氏であろう」となるが、これは一種の比喩的な表現で、「~したいと思える最後の人」=「~したいと思う度合いが、この世の中で最も低い人」=「絶対に~したいとは思えない人」ということになる。つまり、自然な日本語にすれば「ストレスに満ちた一日を終えたあとでO氏と話をするなんて、絶対にいやだ」くらいの感じの、すごく強い否定である。
この用法について、江川泰一郎『英文法解説』は、「否定」に関するセクションで「不定詞または関係詞節が続いて、『最も…しそうもない~』となる。『…する最後の~』から意味が転じたものである」と説明して、 "He would be the last man*4 to deceive other people." とか "Romantic is the last thing I am." とか "... is the last thing he would do." という例文を挙げている (p.165)。
一方で、杉山忠一『英文法詳解』では、「比較」のセクションで、「注意すべき最上級の訳し方」として、"He is the last man to desert his post./彼は自分の持ち場を捨てるような男ではない。" といった例文を挙げて「持ち場を捨てそうな人間を順番に並べると『彼はその最後になる男である』が直訳的な意味で、結局、上のようになる」と解説し、さらに「いつも上の用法になるとはかぎらない。前後関係から判断することが必要である」と書き添えている (p. 550)。
杉山のいう「いつも上の用法になるとはかぎらない」が、今回このエントリで述べている最初の意味 (Will the last person to leave the room please turn out the lights?), 「上の用法」が2番目の意味 (The last person I want to speak with after a day full of stress would be Mr O.) である。
さて、今回の実例、イアン・ブラウンのライヴについてのツイートだが:
The last person you’d want to hear sing Ian Brown karaoke is Ian Brown
構造が取りにくいかもしれないが、これも《感覚動詞+O+動詞の原形》が入っていて、
The last person that you’d want to hear sing Ian Brown karaoke is Ian Brown
↓↓ ↓↓ ↓↓
というわけで、「その人がイアン・ブラウン(の曲)をカラオケで歌うのを、あなたが聞きたいと思う」という修飾語句(関係詞の省略された接触節)が、"the last person" にかかっているのである。つまり、「イアン・ブラウン(の曲)をカラオケで歌うのを聞きたいとはまず思えないような人は誰かといったら、イアン・ブラウンだよね」という意味の発言である。
なぜここまで言われるかというと、この人、音程取れないんだよね。歌の上手い下手以前に、音痴。
funniest gig i’ve ever been to pic.twitter.com/zEZoTqC311
— kaden (@kaaadeeen) 2022年9月25日
Steveさんのツイートの引用リツイートからもうひとつ。有名コメディの台本などを書いてきたDavid Quantickさんの辛辣な発言である:
Still, a good time was had by the people who went to see Ian Brown's band without Ian Brown. https://t.co/wekYCNNFPP
— David Quantick (@quantick) 2022年9月26日
ここにあるような《受動態》を見ることはあまりないので書き留めておきたくなった例。まるで「日本の学校でしかやらせないような意味のない書き換え」ではないか。
a good time was had by the people (受動態)
=the people had a good time (能動態)
文字数が大幅に超過しているのでこんなところで。
※約6000字
*1:形容詞として用いられる複合語を作るハイフンが書かれていないのでそれを補っておくのと、固有名詞語頭の大文字。
*2:英文出典: http://vll-minos.bl.uk/learning/histcitizen/fpage/elections/election.html [改]
*3:英文出典: Roman Kemp reveals he and his dad Martin were the last people to score a goal at Highbury! [改]
*4:男の人にはこういう感覚はないかもしれないが、こういう "man" を見ると、「例文古いなー」と思うようになった。2000年くらいまでは全然何とも思わなかった。そしてこういう感覚を「ポリコレ」と嘲笑する人たちもいるんだ。「名著」とされる英文法書のこういうの、アップデートされずに復刻され続けてるけど、あんまりよくないと思う。言語感覚として現代英語としてはたぶん通用しないから。