Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

一人称の代わりに用いられる二人称のyou(「総称のyou」とは別のもの)と、総称のyou(メイズ刑務所のダーティー・プロテスト)

↑↑↑ここ↑↑↑に表示されているハッシュタグ状の項目(カテゴリー名)をクリック/タップすると、その文法項目についての過去記事が一覧できます。

【おことわり】当ブログはAmazon.co.jpのアソシエイト・プログラムに参加しています。筆者が参照している参考書・辞書を例示する際、また記事の関連書籍などをご紹介する際、Amazon.co.jpのリンクを利用しています。

今回の実例は、前回と同じ記事から。背景解説などは前回のエントリをご参照いただきたい。

映画Hungerをご覧になった方はご記憶かと思うが、視点人物のひとりに「新入りの若者」が設定されている。メイズ刑務所(リパブリカン側の用語では「ロング・ケッシュ」)に新たに入れられることになったリパブリカンの若者で、映画は、彼が刑務所に連れてこられ、獄吏による入所手続きを済ませると、素っ裸に毛布を巻き付けた姿になるところを、特に説明なく映し出す。彼はこの映画の主題人物であるボビー・サンズではなく、いわば「その他大勢」のひとりで、実在の人物を忠実になぞっているというよりは、何人もの体験をひとりの登場人物としてスクリーン上に表した存在だが、1980年から81年のメイズ/ロング・ケッシュでの出来事について何も知らないでこの映画を見ると、まず、ここがわからないのではないかと思う。

前回のエントリのなかで参照している拙ブログの過去記事に、そのことについて詳しく、リンク付きで書いてあるので、詳細についてはまずそちらをお読みいただければと思うが、今回見るピーター・テイラーの解説記事はその経緯を改めて、端的にわかりやすく説明しており、その点でもぜひお読みいただきたいと思う。

www.bbc.co.uk

今回実例として見るのは、まさに映画Hungerの「新入り」と同じようなことを実際に当時のメイズ/ロング・ケッシュで経験していた元囚人のひとりが、テイラーに語っていることばがそのまま引用符で引用されている部分から。

キャプチャ画像に先行する部分に、この部分の語り手について、"Gerard Hodgins, a Belfast Republican sentenced to 14 years for terrorist offences and IRA membership told me what happened when he arrived at the specially built H-blocks, at the Maze." という情報が与えられていることを、まずお断りしておく。 つまりこの部分の語り手は、Gerard Hodginsさんという元囚人だ。

f:id:nofrills:20210510175039j:plain

https://www.bbc.co.uk/news/stories-56937259

キャプチャ画像の最初のパラグラフ: 

"I didn't identify myself as being a criminal. The prison officer was there saying, 'Right, you're here to do your time. You can do it the hard way or the easy way. If you take my advice, you'd get them uniforms on you now. If not, strip.' So you stripped there and then whilst you were being ridiculed and jeered at by the screws."

太字で示した "I" と "you" は、ここでは同じ人物を指す。つまりどちらも「私」、この言葉を口にしている話し手自身のことだ。

youという二人称の代名詞が、必ずしも「あなた」をいうわけではなく、一般的に《人》を言うときに用いられることがある、というのは、いわゆる受験英語でも習うことで、少しでも英語ができる人であれば、知らない人の方が少ないと思う。学術的な文などでも出てくる用法だ。

だが、この例のように、I という一人称の代わりにyouという二人称が用いられることについては、まじめに英語を勉強してきた人でも知らないことが珍しくない。実際、学術的な文や、ビジネスの書類をはじめとする文書の英語では見ない用法だし、英和辞典には載っていないので*1、知らなくても仕方がない。日本語を英語にする翻訳で、このyouを使うと編集段階で直されてしまうばかりでなく、「この翻訳者は英語ができないのか、ここだけ機械翻訳に投げているのか」などといった怒りを買うことになりかねないので、仕事では使わない。

だが、実際の英語にはこういうyouの用法があるのだ。

確認したければ、Google検索を英語で使うように設定して、シンプルに「you instead of i」と検索窓に入れてみるとよい。次のような記事が見つかるはずだ。

www.huffpost.com

www.livescience.com

www.selfgrowth.com

このyouの用法には、今ここで語っている「私」と、その「私」が語っている出来事の中の「私」とを切り離したいという心理が作用していると考えられる。意図的に使い分けているわけではなく、無意識に出てくるものだろう。日本語ではそういう場合は主語をぼやかすなどして調整することになるんじゃないかと思う。

つまり、ここで語っているGerard Hodginsさんは、自身がメイズ/ロング・ケッシュに入れられた初日の経験について回想して語るときに、「(入所手続きの際に)私は自分のことを犯罪者であるとは言いませんでした (I didn't identify myself as being a criminal.)」という部分では一人称の代名詞を用い、続いて、獄吏側の言ったこと(「では、これからここで刑期を務めてもらうわけだが、厳しい道と楽な道がある。私の言うことを受け入れれば、ここで囚人服を与えることとする。そうでないのなら、脱げ」)を、記憶に従って口頭でなぞったあと(そこでは獄吏がジェラルド・ホッジンスさんを指して "you" と言っている)、人称代名詞が一人称から二人称になり、「というわけで、そこで服を脱いだわけです。看守がやいのやいのとはやし立てる中で」と回想している。

屈辱的な経験だ。衆人環視の中で服を脱ぐよう命令され、それに従うこと。それも、からかいと侮蔑の歓声の中で。

それを、一人称の "I" を使って語ることは、できないのだろう。

 

同じ記事の少し下の方に、同じジェラルド・ホッジンスさんの発言が再び出てくる。

f:id:nofrills:20210510181930j:plain

https://www.bbc.com/news/stories-56937259

キャプチャ画像の一番上の部分: 

"You become accustomed to it. You were waking up in the morning with maggots in the bed with you," said Gerard Hodgins, who lived like this for about three years. "It just gets to the stage where you brush them off again."

ここに見られる "you" は、《総称のyou》と位置付けられよう。「人というものは」「人はだれでも」といった意味だ。

だが、いったんそう判断してもう一度読み返すと、「いやいや、これは I という一人称を使うことがどうしてもできなくて代わりに用いられているyouという二人称なのでは」と思う。そしてもう一度読み直すと、「だがやはり《総称のyou》だろう」と思う。過去の自分自身の体験を語っているのに現在形が使われているのも、話者の心理的なことを表している。

……と、この箇所だけで10分かそこらを費やして(「読む」だけ、つまり読んで内容を把握するだけなら10秒もいらない)ああでもないこうでもないと考えるのだが、日本語にするときは「そんなことにも慣れてしまいますね。朝、目が覚めると、自分のベッドの中でウジ虫がうごめいている。少しすれば、手でさっと払っておしまい、というようになります」といった感じで、主語を明示せずにほかのところでその心理を表そうと苦心惨憺した文面にするだろう。

 

映画Hungerを見るときは、こういった背景情報を頭に入れてから見ていただければと思う。あのハンストが、というよりハンストに至るまでの状況が、いかにすさまじいものであったか。

そして、ピーター・テイラーのこの記事は、リパブリカン運動、つまりシン・フェインによる「公式」の語りとは違って、その「すさまじい状況」をある程度突き放して、距離を置いて説明している。必読であるのはそれゆえである。

 

※3570字

 

 

HUNGER/ハンガー (字幕版)

HUNGER/ハンガー (字幕版)

  • 発売日: 2014/03/19
  • メディア: Prime Video
 

 

ジーニアス英和辞典 第5版

ジーニアス英和辞典 第5版

  • 発売日: 2014/12/17
  • メディア: 単行本
 
新英和大辞典 第六版 ― 並装

新英和大辞典 第六版 ― 並装

  • 発売日: 2002/03/22
  • メディア: ハードカバー
 
グランドコンサイス英和辞典

グランドコンサイス英和辞典

  • メディア: 単行本
 

 

 

 

*1:手元にある大修館の『ジーニアス英和辞典』第5版と、研究社の『新英和大辞典』第6版、三省堂『グランドコンサイス英和辞典』などで確認したが、どれにも載っていない。

当ブログはAmazon.co.jpのアソシエイト・プログラムに参加しています。筆者が参照している参考書・辞書を例示する際、また記事の関連書籍などをご紹介する際、Amazon.co.jpのリンクを利用しています。