今回は、いつもの「英文法の実例」ではなく、ニュース日記のような感じで。
今朝、Twitterの画面を眺めていたら、普段はリツイートされてこないアカウントからのツイートが、何人かによってリツイートされてきていた。ウェールズのメディア、WalesOnlineで書いているジャーナリスト、ウィル・ヘイワードさんのツイートだ。今週発足したリシ・スナク首相の内閣*1でウェールズ大臣(ウェールズ担当大臣)として入閣した保守党所属の議員のことがスレッドで綴られている。
話を先に進める前に、「ウェールズ大臣」について簡単に触れておこう。
英国政府は、1997年に発足した労働党ブレア政権のもとで、ウェールズ、スコットランドと北アイルランドのそれぞれに自治議会・自治政府を発足させた。つまり英国(the United Kingdom)を構成する4つの地域のうち、イングランドを除く3つに自治議会・自治政府が誕生した。それぞれ、歴史的経緯や権限はまったく異なるので、すべてを「ブレア政権で初めて実現した」と見るのは誤りである(が、日本で出版されている書籍などではよく見る記述だ)。
各地域の自治議会・自治政府についてこれ以上詳しく見ているとまた当ブログの記事が書き終わらなくなってしまうので先に行くと、それぞれの自治政府とウエストミンスターにある英国政府とをつなぐ役をつとめるのが、「ウェールズ大臣」「スコットランド大臣」「北アイルランド大臣」である。それぞれSecretary of State for Wales (Welsh Secretary), Secretary of State for Scotland (Scottish Secretary), Secretary of State for Northern Ireland (Northern Ireland Secretary) と称する。
このSecretaryポストとは別に、Ministerポストもあるが、日本語で「大臣」と言えるのはSecretaryで、閣僚として閣議に参加するのもSecretaryである。閣議に参加するということは、それなりの国家機密に接する機会があるということである。
そして、この10月25日に発足したリシ・スナク内閣で、ウェールズ大臣に任命されたのが、デイヴィッド・T・C・デイヴィーズ(David TC Davies)という議員だ。ウェールズの一番東側にあるモンマス選挙区の選出で、2005年から連続して議席を得ている。英国の政治家としてはベテランの域だが、1970年生まれでまだ50代前半と、日本の感覚では非常に若いと感じられるだろう。
私が見かけたWales Onlineのジャーナリストの投稿は、この政治家についての事実の断片をいくつか綴ったものだった。
それがなかなかのホラーである。
スナク内閣、恐ろしすぎる。「史上初のアジア系首相」とか「42歳で颯爽として見える」とか、そういうことは全部脇に置いていい。RT(旧称Russia Today)絡みの人物を、今のこの局面で入閣させますか。 https://t.co/DzBAzZ4Jhv
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年10月27日
このツイートがリツイート数100件を軽く超え、Likeも200件を超えているし、ちょっと見てみたら「うわー」と思うことがあったので、ツイートで終わらせずにブログに書いておこうと思った次第である。
今回もまた、当ブログ規定の上限目安4000字では収まるまい。
ウィル・ヘイワード記者のスレッドは、全部埋め込むとかさばりすぎてしまうのでここには採録しない。各自でご確認いただきたいと思う。
ここでは、ヘイワード記者が書いた記事を参照しよう(内容は、ツイッターのスレッドとほとんど同じである)。
英文法的に見るべきポイントがほとんどない記述なので、この記事からいつもの「英文法の実例」を引っ張ってくることはあきらめたのだが、読んではみていただきたい。
内容は、"Wombats[sic] and Russia", "Child refugees", "LGBTQ+ issues", "Climate change" と4つのセクションに分かれていて、それぞれ読めばわかるが、この記事が描き出しているのは、トンデモなニセ科学への信頼と、いわゆる「自称保守」的な価値観を持った「タカ派」の人物像である。ちなみにBrexitに関しては熱烈支持の側。ウェールズは、日本語圏に入ってくる情報がウェールズ民族主義の立場のものに著しく偏っているので*2意外に思われるかもしれないが、「ウェールズの自治」という考え方は決して広範な支持を得てきたわけではなく(自治議会設立を決めたレファレンダムでも意見は50:49みたいな割合で賛否が拮抗した)、Brexitを決めた2016年6月のレファレンダムでは、EU残留が47.47%で、EU離脱が52.53%という結果になった。スコットランドや北アイルランドでの結果が明確に「残留」多数だったのとは大違いで、イングランドでの結果に近かった。
さて、このデイヴィーズ大臣について、とりわけ、入閣という文脈で問題だと思われるのは、ヘイワード記者の記事のうち、最初のセクションだ。より正確にいえば "and Russia" の部分。(一方の "Wombats[sic] " というのは、同じくウェールズ出身で、ウエストミンスターのあたりでBrexit反対のデモンストレーションを単身で行っているスティーヴ・ブレイ氏*3と口論になって、ブレイ氏が口にした「このウォンバット野郎」という罵倒のことで、私には意味がわからない。意味らしい意味などないのかもしれない。)
Mr Davies drew criticism after he was paid £750 an hour to appear on the television channel RT (previously know[sic] as Russia Today) on the programme "The News Thing". RT is essentially a propaganda vehicle for Russian leader Vladimir Putin. He received a total of £3,000 plus travel costs for appearing four times between December 2016 and September 2017.
つまり、デイヴィーズ氏は、2016年12月から17年9月にかけて、4度にわたってロシアのテレビ局RTのThe News Thingという番組に出演し、旅費別で£3000を受け取っていた。このギャラを1時間あたりに換算すると£750ということになるそうで、これがどのくらいのものなのかというと、今のウェールズの最低賃金が£9とか£10だから、おおむねその75倍である。日本でいえば、最低賃金がほぼ1000円だから、テレビに出て時給750,000円換算でギャラをもらった、という感じになる。
この高時給のお仕事について、発覚当時、デイヴィーズ氏はガーディアンのインタビューに応じて「RTの番組では、Brexitや移民、トランスジェンダー問題についての自分の意見を表明する公平な機会を与えてもらえて感謝している」と述べたという。当該の記事をガーディアンで探してみると、出演した番組は風刺番組(政治系のトークショーだと思う)で、デイヴィーズ氏は「BBCはRTのようには扱ってくれない」とも述べている。英国ヲチャ的に言えば、実に、典型的である。
RTというのは、文中にある通り旧称をRussia Todayと言い、ロシア国外に向けてロシア語や英語、アラビア語など各国語で放送しているテレビ局である。もちろんロシア政府が全面的にコントロールしている。2005年にロシア政府によるPRの一環で設立され、09年にRussia TodayからRTに改称した。私の記憶する限り、いわゆる「アラブの春」の翌年である2012年くらいまでは、RTの英語放送は「(米and/or英の視点とは別の)オルタナティヴな国際メディアのひとつ」とみなされていた。というか、ぶっちゃけ、よそでは聞けないものがいろいろかかる局、という存在で、英国特派員からの普段のニュースなどもしっかりしていた。
それもそのはずで、クレムリンが高額の報酬で雇ったジャーナリストはRTという局は信頼できる局だと印象付けることがお仕事のひとつで、プロとして仕事をする人々だったからなのだが、そのうちに雲行きが怪しくなってきた。そしてついに2014年、ウクライナ上空でマレーシア航空MH17便が撃墜されるという衝撃的な事件に際し、でっちあげの報道を行うことを余儀なくされているとして、ロンドン支局の看板記者が辞職するということが起きた。これは(アメリカではどうか知らないが)英国メディアをチェックしている人々の間ではとても大きなニュースになった。実際、2014年ウクライナに関してRTの「報道」はひどいものだった。「悪いのはウクライナ」と言い続けているだけだったからだ。
それまでは私自身、「ロシアのプロパガンダ局」ということを踏まえて信頼せずにいればまあ、情報が入ってくる分には構わないのではないかというゆるいスタンスだったのだが(例えば、レバノンのヒズボラの見解が米英のレンズを通さずに聞けるのは、貴重と言えば貴重だった)、2014年のウクライナでこの媒体からの情報は入ってこないようにした。
そういう放送局に、英国の国会議員が、Brexitがレファレンダムで決まった半年後の2016年末から17年にかけて、高額のギャラの支払いを受けて出演していたのだ。
そのころすでに、ロシアと欧州極右とのつながりは、大きく報じられていた。いろいろあって事実上瓦解したBNP (the British National Party) の党首だったニック・グリフィンがモスクワでの「極右サミット」でスピーチしたことが報じられたのは2015年3月だ。
そんなときに、ロシアのプロパガンダ局にのこのこ出演する? 英国の保守党に所属する国会議員が? トランスジェンダー問題などについて述べるために?
失礼ながらウェールズを地盤とする保守党の国会議員のことはまるっきり関心の外で、デイヴィーズ氏の名前すら今日のヘイワード記者のツイートを見るまでは知らなかった私は、2016年から17年にかけてのこの「RT出演議員」の騒動を全く知らなかった。
だが、上でちょっとみたガーディアンの記事に記されているように、この議員(現在は大臣)はRTの番組でBBCをくさしているのだから、BBCでも何か書いているだろうとあたりをつけてみた。大臣就任のタイミングだし、プロフィール的な記事は出ているだろう、と。
その考えは的中した。記事はある。
見出しの「HGV」はheavy goods vehicleのことで、簡単に言えば「大型トラック」だ。つまり、「大型トラック運転手だった男が、大臣になった」という、立身出世物語の見出しである。
実際、記事を読んでみると極めて興味深い人物である。現在の選挙区を含むニューポートのエリアが地元で、父親は保守党所属の地元の地方議会議員で、地域では著名人。母方の祖父はイングランド出身の炭鉱夫だったが、珍しいことに労働党支持者ではなく保守党支持者だった。
デイヴィーズ氏自身は、高等教育を受けずに学校教育を終えるとブリティッシュ・スティールに入り、その後英軍TAに入隊。その後オーストラリアに渡って肉体労働をしたあと、英国に戻って、欧州大陸との間で物資を輸送するトラック運転手になり、家族経営で運送業を営んだ。
1997年の英総選挙でバカ勝ちしたトニー・ブレア政権のもとでUKを構成する各地域の自治が推進されるようになると、自治反対運動を展開。しかしレファレンダムの結果、50.3対49.7という超僅差でウェールズの自治の導入が決まると、2年後には自分が設立に反対していた自治議会の議員選挙で立候補して当選、これは保守党員として、有権者の投票によって獲得されたものとして唯一の議席となった(比例代表での議席はほかにもあったが)。
自治議会議員に当選してから、頑張ってウェールズ語を学び、かなり流暢に話せるようになったという(これはすごい)。
そして2005年に英国下院に議席を得て国会議員となった。BBCのプロフィール記事では、その後にデイヴィーズ氏が起こした舌禍事件をいくつか列挙する形で紹介している。
しかし、である。
RT出演の件への言及がない。
私が見落としているだけだろうかと思い、記事のページ内検索で "RT"*4 を見てみたところ……記載なし。
「ひょっとしたら旧称で記載されているのかな(そこまで大きく書かれているのを見落としているとしたら、私もヤキが回りすぎているから今すぐ寝よう)」と思って "Russia" で検索しても、当然のことながら、記載なし。
「BBCでは自由に意見が言えない」とかいうことを言う議員が、よりによってロシアのプロパガンダ放送局で「自由に」意見を言っていたという事実を、その議員が大臣に抜擢されたときに出したプロフィール記事で完全スルーしているのである、BBCが。
すごく恐ろしいものを見てしまった気がする。今日のブログに書こう。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年10月27日
ちなみに、今日、最大の話題になっているのは、機密保持規定に違反してリズ・レタス・トラス首相(当時)に更迭されてわずか6日で内務大臣職に再任されたスーエラ・クルーエラ・豆腐・ブラヴァマン(「ブレイバーマン」ではない)の真っ黒でどろどろの疑惑である。保守党とあらば擁護するはずのデイリー・メイル系から来てるからめちゃくちゃガチ(@yunodさんご指摘の通り、ボリス・ジョンソン陣営からの「裏切者への制裁」の可能性もある)。
Exclusive: Suella Braverman was embroiled in probe over leak that raised ‘concerns’ at MI5 https://t.co/ncsYyJNl4F via @mailplus
— David Barrett (@davidbarrett) 2022年10月26日
これがまたぬる~~~い結果に終わりそうで:
Excl: MI5 will give Suella Braverman lessons on what information she can and can't share and how to avoid future security breaches: https://t.co/dkk94cf7sh
— Matt Dathan (@matt_dathan) 2022年10月27日
なお、「スーエラ」はSuellaとつづり、SueとEllaという2つの名前の複合名のようだが、Sue Ellenという名前も使っているようだ。Braverman氏と結婚する前の姓はFernandesといい、そのSue-Ellen Fernandes氏は……
.@SuellaBraverman MP [Sue-Ellen Fernandes] was suspended from the New York Bar on 7th October 2021 for ignoring repeated warnings to register for 6 years.
— Alex Tiffin (@RespectIsVital) 2022年10月26日
A court ruling said it amounted to "conduct prejudicial to the administration of justice" & "professional misconduct". pic.twitter.com/7yaIZnWvsG
彼女はトラス政権で内務大臣になる前、ボリス・ジョンソン政権で司法長官(Attorney General: AG)をしていた。ケンブリッジ大学で法学をおさめ、弁護士資格は有していたが、AGに任命されて初めてQC (Queen's Counsel: 現在はKing's Counsel) になったのだという。QCとしての経験を持ってすらいなかった人が、2020年2月のジョンソンの内閣改造でAGに任命されているわけで、これも何だかなあ……。
https://t.co/sQFwR25PYY この人、なんでAGに抜擢されたんだべ? (ボリス・ジョンソン政権)
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年10月27日
それと、トラス政権で内務大臣だった彼女が更迭されたのは、機密情報を外部に漏らしたからなのだが、このときに閣僚用のメールではなくプライベートのメールを使っていた(「ヒラリー・クリントンのメール」って覚えてる人、いる?)。これが、単なるうっかりとは言えないという具体的な話が、昨日から今日は大変な勢いで流れてきている。
Suella Braverman did not mistakenly leak a meaningless document. She endlessly consulted a maverick. She deliberately emailed a policy doc not yet agreed to her pvt email. Then she sent it to John Hayes and someone she thought was his wife. Then lied to PM about when it was sent pic.twitter.com/WvjnMT7Cvw
— Tim Shipman (@ShippersUnbound) 2022年10月25日
All of Boris's ministers (bar one) were up to it.
— Iain Overton (@iainoverton) 2022年10月26日
All But One of Boris Johnson’s Cabinet Ministers Used Private Email – Why? https://t.co/8bBBs06mAT
Suella Braverman committed “multiple breaches of the ministerial code” in her first stint as home secretary, the former Conservative chairman has said https://t.co/J6cPBvQxd2
— The Times and The Sunday Times (@thetimes) 2022年10月27日
これで終わっては「英文法ブログ」の体裁すら保てないので、最後にとってつけたように、さっき見たBBCのプロフィール記事から:
Born in 1970 and educated at Bassaleg Comprehensive School in Newport, David TC Davies's grandfather on his mother's side was a miner at Clipstone Colliery, in Nottinghamshire, who would joke he was the "only Tory coal miner in the town".
David TC Davies: The ex-HGV driver in Sunak's cabinet - BBC News
太字で示した部分は《過去分詞》の《分詞構文》である。分詞構文というものは、それがくっついている文そのものと主語が一致していなければならない。
Born in Leeds, John moved to London with his parents when he was three.
この例の場合、「(ジョンは)リーズで生まれ、ジョンは3歳のときに両親と一緒にロンドンに引っ越した」のである。
しかし今回実例として見ている文では、"David TC Davies's grandfather on his mother's side" が1970年に生まれ、ニューポートのBassaleg Comprehensive Schoolで教育を受けたのではない。1970年に生まれてニューポートのその学校に通ったのは、David TC Daviesその人である。
こういうふうに、分詞の意味上の主語と文の主語とが一致しない分詞構文を、江川泰一郎は「ずっこけ分詞」構文と呼んでいる(『英文法解説』p. 347)。文法的には誤りと言えるのだろうが、今回見ているように、BBC記事のような場でもごくまれに見る形である。
※文字数は9500字を軽く超えている。