Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

must not do ~, let + O + 動詞の原形, force ... to do ~, if節のない仮定法(デイヴィッド・エイメス議員刺殺事件と「サージェリー」)

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今回の実例は、報道記事(に引用されている国会議員のツイート)より。

日本でも報じられているが、先週金曜日(10月15日)、英国で国会議員が刺殺されるというショッキングな事件が起きた。経緯については、報道を見ながらTwitterでメモったものなどをご参照いただきたい。

殺害されたのは、デイヴィッド・エイメス議員。保守党所属で、ロンドンのすぐ北東に隣接するエセックス州のサウスエンド・ウエスト選挙区から選出されており、殺害されたときもこの選挙区に属するリー・オン・シーという街で有権者と1対1で会って話をするという議員の重要な仕事をしていた。選挙区割りの変更や移動があったものの、エイメス議員は1983年の初当選以来一貫して、この地域を選挙区として40年近くにわたって国会議員として選出されてきた。おそらくこの功績が認められて、2015年の新年叙勲で「ナイト」に叙せられ、「サー」の肩書を持つようになった。

エイメス議員は1952年生まれの69歳で、生まれはエセックス州のプラストウ(1965年以降はロンドンの一部となっている)。こてこてのコックニー地帯の出身だが、子供のころに発話矯正をしたため、長じてからの話し方にコックニーの特徴は見られないという。両親は労働者階級で母親がカトリック(たぶんアイリッシュ)で、本人もカトリックの信仰を持つ。それもかなり保守的で、アイルランドでの妊娠中絶や同性婚の法制化の際のレファレンダムで反対運動を繰り広げた側と同じような考えを抱いていて、娘(俳優)からは厳しく批判されている。動物愛護に熱心で、殺害を報じる報道記事には、犬と仲良くしているエイメス議員の写真が使われているものが多かったが、いい家のお坊ちゃんが多い保守党の保守派が反対した「キツネ狩り禁止」*1には、強く賛成していたという。また、政治的には、保守党内の欧州懐疑主義 (Eurosceptic) 陣営の一員で、2016年のEU離脱可否を問うレファレンダムでは、離脱 (Brexit) 支持の側で活動した。

そういう議員が、仕事中に刺殺されたというニュースに、私は「Brexit反対の過激派かも」と、非常に重苦しく不安な思いを抱いた。おりしも、ここ数週間、英国からはずっと絶え間なく、Brexitのもたらした日常生活への悪影響が報じられている。ブリテンでは物流が以前のようには機能しなくなっていて、スーパーマーケットの食料品など常に棚にあって当然のものが払底し、今月はガソリンで「パニック買いが起きている」と言われるような事態になっている(実際に「パニック買い」かどうかはまた別かもしれないが)。そういう中で、自暴自棄になった人がいるのかもしれない、と思ったのだ。

しかし実際にはそうではなかったようだ。捜査は一般的な刑法犯を扱う地元警察から対テロ部門に移り、捜査当局はイスラム過激主義の線で「テロ」として捜査を開始した。現場で逃げようともせず、議員以外に危害を加えようともしていなかった容疑者は、25歳の男で「ソマリア系」と、名前が出る前の段階で報じられていたが、(移民ではなく)イギリス生まれのイギリス人だ。ソマリアからは1991年以降内戦を逃れて大勢が英国に亡命しているが、容疑者の親もそういった亡命者だろう。

容疑者の父親は、かつてソマリアの首相の顧問を務めていたという。Twitterは、そういう立場の人が英国に住んでいるということについて理解ができない人々の感情的な言葉であふれかえっており(ヒント: 内戦)、見るに堪えない(ので、日曜日からほとんど見ていない)。

容疑者については下記BBC記事がわりと詳しい(デイリー・メイルなどを見ればもっと詳しい記事が出ているのだろうが、詳しさと不確定情報と憎悪煽動がセットになっている媒体の記事は、見ない方がよいと思う)。

www.bbc.com

と、前置きはこのくらいにしておこう。

エイマス議員が襲われたのは、選挙区(地元)で「サージェリー surgery」を行っているときのことだった。

Sir David Amess, who has died aged 69 after being stabbed while holding a constituents’ surgery at a church in Leigh-on-Sea, was the Conservative MP for Southend West in Essex.

Sir David Amess obituary | Politics | The Guardian

"Surgery" というと、「外科」や「手術」、「手術室」という語義が思い浮かぶだろうが、英国の政治という文脈で出てくるときは、そうではない。手元に英和辞典があれば参照してほしい*2。例えば『ジーニアス英和辞典(第5版)』では、surgeryの項の最後に語義だけ示されている(用例なし)。英語と日本語の対訳の量も、よりポピュラーな語義(「外科」系)に比べて全然少ないから、機械翻訳は対応していないだろう。

ネットで英語で検索しても、この「サージェリー」の説明にはなかなか行き当たらないのだが(検索ワードを工夫しても、「外科手術と政治」みたいな学術論文のようなものばかり出てきたりする)、英語版ウィキペディアに、少々未整理ながら、わかりやすい説明がある

en.wikipedia.org

また、英国会の用語集にも簡単な説明がある(これを読んでわかるかというと疑問があるが)。

www.parliament.uk

ウィキペディアの解説を見てみよう。

It is up to each MP to decide whether they have any surgeries at all and if so, how many and in what locations. MPs often use local party offices, church halls or rooms in public houses as the venues, with a number of surgeries possibly being held at different locations around a constituency. Surgeries are traditionally held on Fridays or at weekends when MPs have returned from sittings of parliament in Westminster. Some MPs' surgeries are "appointment only", some "drop-in", and others a mix.

Surgery (politics) - Wikipedia

つまり、「サージェリー」を行うかどうか、行う場合、どういう形でどんな場所で行うかといったことは各議員次第、つまり英議会として何か決まりがあるわけではない(ああ、コモン・ロー)。会場としては、地域の党事務所や教会、パブの個室などが利用されることが多く、週末に議員がウエストミンスターの議会から地元に戻ったときに行われるのが通例である。議員によって完全予約制だったり、予約なしで通りすがりにちょっと話していきませんかというスタイルだったりといろいろだという(ああ、コモン・ロー)。

このように、基本的に非常にオープンな形で行われる「サージェリー」では、過去に議員が襲われることもあり、エイメス議員の前に2人が殺されている。ひとりは1981年に北アイルランドベルファストIRAによって射殺されたロバート・ブラッドフォード議員、もうひとりは2016年のEU離脱可否を問うレファレンダムの直前に極右思想を抱いて武器を準備していた単独のテロリストによって銃と刃物で殺害されたジョー・コックス議員だ。そして不幸にして、今回のエイメス議員の殺害で、「サージェリー」で殺された政治家は3人となった。

事件を受けて、国会議員の身辺警備の見直しが急務と内務大臣が明確に述べるなどしているが、元々、政治家だからといって一般人と行動パターンが大きく異なるということがないのが英国で(ロンドン市長が地下鉄通勤するのが英国である)、今回もまた「テロには屈さない」といった声高なスローガンが出るより前に、政治家たちが「私のサージェリーは予定通りです」ということを述べていた。

もうとっくに当ブログ既定の4000字を超えているのだが、今回の実例は、それを伝えるガーディアンの記事より。記事はこちら。

www.theguardian.com

記事の下の方より: 

f:id:nofrills:20211018172636j:plain

https://www.theguardian.com/politics/2021/oct/16/mps-continue-to-hold-constituency-surgeries-after-david-amess-killing

Kieran Mullan, the Tory MP for Crewe and Nantwich, tweeted: “Surgery today, we must not let people force us to do things differently. David would not have wanted that.”

キーラン・マラン議員のツイートの文面から、太字にした部分は《must not do ~》と、《let + O + 動詞の原形(原形不定詞)》と、《force ... to do ~》の合わせ技。「私たちは、人々に、私たちに物事を違ったふうにするよう強要させてはならない」というのが直訳である。この "people" は品よく書きすぎているので漠然として意味がわかりにくくなっているのだが、ここでは "terrorists" と置き換えて読むと理解しやすくなるだろう。つまり、「私たちのやり方を強制的に変えようとする連中の言いなりになってはいけない」という意味である。

第2文は《if節のない仮定法》。「デイヴィッドは、そんなことは望まなかっただろう」。なんかとても重い、心にずしんと来るような仮定法過去完了である。

 

殺害されたエイメス議員は、政治理念や政策では敵対している人々からも幅広く敬愛されるような人柄であったことが、Twitterにあふれた同僚の国会議員たちの言葉や、ウェブストリームで見ていたニュース映像の中の選挙区の有権者たちの言葉から明らかであった。

同じように、保守党の政治家が亡くなり、人柄を讃える言葉がネット上にあふれたのは、ほんの数日前のことだった――肺がんのため、ジェイムズ・ブロークンシャー議員が亡くなったのはほんの10日ほど前のことだ。ブロークンシャー議員は、北アイルランド大臣を務めていたことがあり、そのためにニュースでよく見ていたのだが、「まじめで実直」な人柄で、北アイルランドに対して英国政府は何をすべきか、何ができるのかを真剣に考えている人だった(そのほかの保守党の大臣の多くと違い)。この人もまた、亡くなった直後に政党の区別なく、人柄を讃える言葉がどっと流れてきて、その多くは社交辞令というには血が通いすぎた文面だった。

 

気づいたら5800字になろうとしているので、この辺で。

 

※5800字

 

追記。ある議員の「サージェリー」の様子。上記ガーディアン記事に埋め込まれていたもの。

日本でもよく見る「演説会」とは違うんだよね。政治家はしゃべる側ではなくて聞く側というのが英国で政治家たちがやっていることだから。(もちろん、下々に対してしゃべるばかりの政治家もいるだろうけど。)

 

下記の作品にも「地下鉄に乗っているロンドン市長」が出てくる。1巻の表紙はベスナル・グリーンのガスタンクの枠("gas works" と呼んでいた記憶があるが、gasometer)だろう。これを背景に持ってきて「ロンドン」を伝えるあたり、めちゃくちゃツボる作家さんである。

 

 

 

*1:キツネ狩りは、いい家のお坊ちゃんにとっては基本的に「われわれの伝統文化」である。

*2:オンラインの無料辞書では厳しい。私が確認したときは、Weblio辞書には出ていなかったし(ということは研究社の中辞典などには出ていないということになる)、英辞郎に出ている語義は「面会室」で、これは微妙に違う。

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