近頃巷で流行るもの、「ざっくり」なる口上での、雑な解説、不確かな中身。「わかりやすい」を狙う、かわいい見た目や派手な演出。「バズ狙い」が横行するインターネットという仕組み、雑で不確かな解説が拡散、増殖、書籍化決定……と、ゴロがいまいちよくないが、何となく言ってみたくなった。
英語に関しては、Twitterでそれらしい権威付けがなされたアカウント(「TOEIC〇〇点」「〇〇在住歴〇年」とか)から発される適当極まりない図解・図表の類が、よくバズっている。そういうものはネット時代になって始まったものではなく、1980年代、私が高校生の頃にはすでに参考書や受験生向け雑誌の記事から、サラリーマンが通勤途上で読むように企画された英語本の類でも、ああいうお手軽な解説はあった。だから「ネットのせいで……」と言うことはできないし、ネットがあろうがなかろうがああいうふうな適当なものがもてはやされてしまうことは人間社会あるあるなのだと認識しておくことは、重要ではないかもしれないが必要だと思う。トンデモな医療情報を掲げてあなたのハートを盗みに来る陰謀論だって、「ヒトラーだって完全な悪人ではなかった」と言って人の関心を引いて見せる歴史修正主義*1だって、ネットが一般に普及する前からあったのだ。
何の話だ。これだから長くなるんだ。
閑話休題。
話の発端は、Twitterでそういうふうにバズっている(らしい)英語系アカウント*2の発言に、 @super_level さんが、ときどきやっておられるように、丁寧な指摘をツイートしていらしたことだ。
まだ put on と wear と仰ってますが、これは言い換え不可ですので注意しましょう。むしろ適切に使い分ける必要がありますね。
— 史上最強の英語コロケーション (@super_level) 2023年8月13日
※詳しくは返信をご参照下さい。 https://t.co/WlRf6t5Mnz
元発言は @Kinako_Inu 氏によるもので、うちら受験戦争世代には非常に懐かしい「言い換え」*3の図表である。中身は、私の場合は高校のときに使っていた定評ある教材で「言い換え可能なイディオム」として暗記したものばかりだ。元ネタは40年かそれ以上前の受験英語だと思ってもよいだろう。
列挙されている中で、例えばbring upとraiseとか、get overとovercomeなどは確かに「言い換え可能」だろう。しかし、@super_level さんご指摘の通り、put onとwearは、それぞれ別のことを言い表す語で、相互に言い換えることはできない。この点、私も大学受験生時代に参考書によって嘘を吹き込まれていて、大学に入ってから知識を修正している。なお、@Kinako_Inu 氏のツイートの一番上にあるcome acrossとencounterも実は微妙だと私は思っているのだが、そこまで話を広げるとブログが書き終わらないので先に行こう。
◆目次◆
「〇〇は△△に言い換えられる」という表現は罠だ、気をつけろ
そう、確かに @Kinako_Inu 氏の表にある語句の多くは「言い換え可能」ではあるのだ。でもそれは「常に言い換え可能」を意味しない。この辺、参考書用語のアレなところであるが*4、日本語だって「言い換え可能」な語同士が「常に言い換え可能」とは限らない。友人同士の会話で「前を走ってた車がいきなり道を逸れて、牛丼屋の看板に突っ込んでって」を「前を走ってた車がいきなり道を逸脱して……」と言ったら、かなり違和感がある。この場合「逸脱する」はまず使わないのだ。英語でのこういったことに関心がある方は、Twitterで松井孝志先生が「生息域」という用語で調査結果などについて書いておられるので、そちらも参照されたい。
「言い換え可能である」は「場合によって、言い換えることができる」の意味
@Kinako_Inu 氏はツイートしている表において「一語*5で言い換えると……」として、句動詞(熟語、連語)を単語ひとつで「言い換える」ものを列挙しておられるが、実は(大学受験参考書用語などとしてすっかり定着している)「言い換え可能である」は、「言い換える」という意味ではない。お役所言葉的だが、「言い換え可能である」、つまり「言い換えることができる」には、「場合によって」とか「文脈によって」が含意されており、「文脈によって(は)言い換えることができる(が、実際の場面では、そうむやみやたらと言い換えるものではないかもしれない)」と解釈すべきであって、「常に言い換えられる」とは解釈しないことになっている。「〇〇は場合によっては△△と言い換えることができる」を、雑に解釈した上で「〇〇を言い換えると△△になる」という言い方をすると、その点で、かなりおかしなことになってしまう。
例えば、である。「場内ではヘルメットを常時着用しておいてください」は「場内ではヘルメットを常時かぶっておいてください」と言い換えられる。よって「着用する」は「かぶる」と言い換えられる。したがって、「ご入室の際はマスクを着用してください」は「ご入室の際はマスクをかぶってください」と言い換えられ……ない。
あるいは、テレビでアナウンサーが言う「容疑者は黒い上着を着用しており……」は「容疑者は黒い上着を着ており……」と言い換えられるが、友人同士の会話で「昨日、白い服を着てるのにうっかりカレーうどん注文しちゃって……」を「昨日、白い服を着用しているのにうっかりカレーうどん注文しちゃって……」と言い換えたら「何を急に部分的にかしこまった言い方を」という違和感を生じさせるだろう。
「着る」を「着用する」に言い換えることはできても、私たちは実際の生活の中で「白い服を着用してカレーうどんを注文」とはまず言わないのである。
put on ~とwear ~は、それぞれ別のことを言う表現である
※以下、目的語を取る動詞や句動詞で目的語を示さないのは個人的に気持ちが悪いので、「~」で目的語を示す表記で統一する。
@super_level さんがおっしゃる通り、put on ~とwear ~は「言い換え不可」で、「適切に使い分ける」ことが必要とされる。それについて、@super_level さんは過去のツイートを参照する形で詳しく解説しておられる。
正しい情報を投稿しておきます。
— 史上最強の英語コロケーション (@super_level) 2023年7月24日
以下の画像を見ていただけると分かる通り、基本的に、動詞wear と句動詞put on が表す意味は異なります。
従って、「言い換え不可」です。
ただ、動詞wearの進行形 [be] wearing は、句動詞have on に言い換え可能なので、これは覚えておくと良いでしょう。
1/2 pic.twitter.com/jPQMLQCWpc
つまり、仮にイコールで覚えるのであれば、wear X = put on X は間違いですが
— 史上最強の英語コロケーション (@super_level) 2023年7月24日
「(たった今)Xを着ている」(状態)
[be] wearing X
= have X on
は正しいです。
ちなみに、動詞wearの「過去形」は「過去進行形」と区別なく使用されることがあります。従って、以下の3ターン可能。
2/2 pic.twitter.com/Zfx8jPyEsw
これをこのまま覚えようとすると詰むので、文脈を付け足した複文・重文で覚えるとよい
これについて私は次のように書いたが:
これは、単文で覚えようとするより、複文や重文で状況を付け加えてやると頭に入りやすいです。具体的には……Twitterはもう基本的に自分で書くためには使わないので、Mastodonに書きます。書いたらリンクをリプライに貼ります。 https://t.co/33x0IOgObE
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2023年8月13日
「Twitterでは1ツイートにまとめるのは無理だけど、Mastodonなら500字あるからさくっと投稿できるぜ、ふはははは」という見本としてMastodonで書こうとしたんだけど、書き始めたら長くなった。笑
結果、こうやってブログを書いているわけだが。
《動作》と《状態》
閑話休題。
基本的に、put on ~は「~を身に着ける、~を着る」という《動作》を言う表現で、wear ~は「~を身に着けている、~を着ている」という《状態》を言う表現である。
この「《動作》か《状態》か」というのは、日本語母語話者が英語を学ぶ際に意識しておくと、学習効率が爆上がりする魔法の概念といってもいい。私は大学を出て家庭教師などをするようになったときに改めて勉強するまでこの概念を概念として知らなくて(学校では教わらなかったし、使っていた参考書でも扱っていなかったか、少なくとも大きくは扱っていなかった)、大学生のときに改めて勉強したのだが、「高校で教えてほしかった」と心の底から嘆いたものである*6。《動作》は変化を含意し、《状態》はそうではない。当ブログでは「動作動詞と状態動詞」というカテゴリを設けてある。
身近な例で言えば、「トムは猫が好きである」は《状態》で、「猫が嫌いだったジョンは、あるきっかけで猫が好きになった」は《動作》である。
「野球になど関心がなかった私が、大谷選手の活躍っぷりをチラチラ見ているうちに野球ニュースに興味を抱くようになった」は、「関心がなかった」は過去の《状態》で、「興味を抱くようになった」は現在(現在完了)の《動作》である。
「私は東京に住んでいる」や「東京に住む人々」は《状態》で、「いとこが東京に引っ越す」「東京を訪れる人々」は《動作》だ。
さらに、《習慣》
さらに《習慣》というものがある。「ふだん~する」ということを表すものだ。
例えば「私は大手町まで通勤している」とか「私は料理をする」といった表現で、今していることを述べるわけではなく、ふだんの行動を述べる。
英語で一番思いつきやすい例としては、 What do you do? だろう。これは「あなたは何をなさっていますか」という意味で、職業を尋ねる会話表現だ。「今、何をしているか」ではない*7。
これについて、江川泰一郎『英文法解説』は、第9章「動詞の時制」内、「現在時制の基本用法」において、次のように説明している(p. 208)。
現在の習慣的動作 ……現在を中心にして習慣的に繰り返される動作を表す。
Many college students in America take a part-time job. ...
言うまでもないことだが、その記述全体の基準の時制が過去の場合は、過去形でその時点の《習慣》を表すことになる。
だから、例えば We took a bus to the station. という英文は、《動作》を表して「私たちは駅までバスに乗った」という意味になるのか、《習慣》を表して「私たちは駅までバスで行っていた」*8という意味になるのかは、文単独では判断できない。学習者の立場から言えば、文単独でそれを覚えるということはできない、ということになる。覚えるには文脈が必要である。例えば次の下線部のように。
We took a bus to the station on that day.
(その日、私たちは駅までバスに乗っていった)
=《動作》
We took a bus to the station back in the day*9.
(そのころ、私たちは駅まではバスを使っていた)
=《習慣》、過去時制
節を使って文脈をつくる
このように、《文脈》というものはシンプルな副詞・副詞句(前置詞+名詞)で作れるのだが、副詞・副詞句に限定してしまうと発想の限界にぶち当たるしマンネリ化してしまうので、より自由度が高い「接続詞+文」(《節》)を使うのが、学習のためにはよいと思う。例えばさっきのバスの例文では:
We took a bus to the station on that day because it was raining.
(その日、雨が降っていたので、私たちは駅までバスに乗っていった)
=《動作》
We took a bus to the station back in the day, because we were too young to drive.
(そのころ、私たちはまだ運転できる年齢ではなかったので*10、駅まではバスを使っていた)
=《習慣》、過去時制
というところで、put on ~とwear ~である。
どっちが《動作》でどっちが《状態》かを、念仏のように唱えて丸暗記するより、下記のように文脈をつけたほうがきっと覚えやすい。なお、putは過去形になっても原形と同じputという形なのが逆にややこしく見えるので、putを使う例文は、@super_levelさんがやっておられるように必ず主語を3人称単数にして、現在形ならばputsになるようにしておくのがよい。
まず、《動作》をいう表現を、等位接続詞andを使って「一連の動作」をいう重文にしてみよう。
He put on a coat and went out of the door.
(彼はコートを着ると、ドアから出ていった)
それから、《時》を表す従位接続詞whenを使った複文も作ってみよう。
《動作》の例。
He was putting on a coat when the doorbell rang.
(ドアの呼び鈴が鳴ったとき、彼はコートに袖を通している*11ところだった)
こんな感じで、自分で使える範囲の単語を使って、文脈を添える例文を考えると、単に念仏のように《動作》だの《状態》だのと唱えているよりは、ずっと頭に入りやすいはずである。
自分で作った英語の例文に不安があれば、AIに見てもらうといい。そのためのAIである。複雑なプロンプトを使わなくても、「次の英文で文法ミスがあれば、修正してください」というだけで大丈夫だろう。下記のような感じで(この程度の作業なら、ChatGPTの無料版、ChatGPT 3.5で充分である)。
※さくっと500字でMastodonで書くはずが長文化し、ブログのエディタで書いているうちに6500字を超えた。以下、投げ銭用。いつもありがとうございます。中身はput on ~やwear ~が目的語に取り得る語について、およびChatGPTについての雑談で、1000字程度あったのを編集して600字程度。英語例文あり。
*1:関係ないんだけど、北アイルランド紛争時にカトリックの人を標的にしていたプロテスタントの殺人集団に「シャンキル・ブッチャーズ」ってのがいて、たまたま歩いてたので拉致してきたくらいのゆるい標的選定で捕まえた被害者を、何人も、爪を引き抜くなどの拷問というか加虐行為にさらしたうえ、肉屋(ブッチャー)の鉤に吊るして皮を剥いていくみたいな方法で何人も連続殺害したんだけど、そのリーダー格で病的なサディストの男だって、地域のおじさんたちからは「あの子はまじめないい子だ」みたいに評価されてたし、実際にそういう側面があったんだよな、ということを思い出したりしている。「側面があった」って便利な言葉だよね。多分人文科学系の用語だけど。
*2:「英語系」だけど、正確には英語の何を扱ってるのか、私にはわからない……「英語教育」ではないし、「英語学習」というのとも違う。強いて言えば「英語に関する雑学」か。「すきま時間でOK」的な。ちょこザップではボディビルの大会は出られないように、ああいうので「TOEIC高得点」とかは無理であると認識しておくのがよいかと。
*3:「置き換え」という用語のほうが適しているような気がするが、ここでは「言い換え」で統一する。
*4:私も「受験生の詰め込み」を脱したあとで、自分の知識をあれこれ修正したし、のちに書く立場で参考書用語を使うようになったときには、用語の定義をいちいち確認した。
*5:横書きで、しかも和欧混植で、漢数字を使うというのは、ちょっと独特な表記ですよね……。
*6:もうひとつ、同じように嘆きの対象となったのが《自動詞》《他動詞》である。自分で英語を教えるときは、中学生にもこれらの概念を教えるようにしている。その方が、英語学習は、習ったことを自分で整理しておくのがずっと楽になるから。
*7:その場合は What are you doing? という。
*8:この日本語は《翻訳》の日本語です。パクるなよ。
*9:back in the dayはかなり口語的な表現で、at that[the] timeなどを使った方がフォーマルな感じにはなるかもしれない。
*10:これも《翻訳》の文体。パクらないでね。
*11:これも《翻訳》の文体。パクらないでね。