今回の実例は、Twitterから。
昨日、12月24日のクリスマスイヴ、東京ではまもなく日付も変わろうかという時間帯(欧州では午後3時とか4時といった時間帯)に、「英国とEUが合意した」との速報が入った。2016年6月23日のレファレンダム(国民投票)で、52対48というわずかの差で決まった英国の欧州連合 (EU) 離脱(Brexit)は、離脱後の英国とEUとの貿易についての具体的な取り決め(貿易協定)が、レファレンダムから4年半も経過して、ようやく、合意をみたのだ。
レファレンダム後、EU離脱を推進した保守党の政治家たち――特にデイヴィッド・デイヴィスやリーアム・フォックスといった要職者たち――は、この貿易協定について「世界で一番簡単に決まる貿易協定だ」と繰り返していたが、実際にはそうではなかった。事態の最終局面で前景化したのは漁業権やLPF (Level Playing Field: 公平な競争を可能にする環境のこと) だったが、話がそこまで進む前にずっと問題の中心であり続けたのは、アイルランド島に存在する英国とアイルランド、つまり非EU加盟国とEU加盟国の間の境界線*1だった。
最終局面に至る前に、そのハードルは一応クリアされていたが(それでもものすごいすったもんだがあった。「英国は国際法に違反することになるが、この方針をとる」と大臣が国会議事堂の議場で述べるようなことがあった……最終的にはその方針は撤回されたのだが)、そもそも2016年のレファレンダムの際、EU離脱派はアイルランドのボーダーがそういうふうに問題になるということを想定すらしていなかった。というより、アイルランドのボーダーのことなんか気にかけていなかったし、もっと言えばその存在について知りもしなかったわけで、実に無責任この上ない。その話は書いてるとブログを書き終わらなくなるので先に行こう。最終的には英国は、要するにアイルランド島のボーダーを無効化して、アイルランド島とブリテン島の間に貿易上のボーダー(国境)を置くことにしたわけで、これは「北アイルランド」という存在にとってはとてつもなく大きな変化である。北アイルランドが成立してから来年で100年になるのだが、次の100年は北アイルランドにとってとても大きな変化の100年になるだろう。2121年に北アイルランドがどうなっているかを私が生きて見届けることができないのが残念だ。今後しばらくは、改めて、Slugger O’Tooleに日参して、いろいろと勉強させてもらうことになるだろう。
というわけで、英国政府としてはクリスマス直前に何はともあれ「合意成立」したという形式は作れたわけで、それを「Get Brexit Doneを標語として1年前に総選挙で圧勝したボリス・ジョンソンの手柄」にすべく、すさまじいプロパガンダを展開している。実際には、ジョンソンがやり遂げたBrexitは、2016年に彼が人々に売り込んでいたそれとは比べ物にならないくらいしょぼい。通販のおせちの写真と実際に届いたおせちくらい違う。でも、やり遂げたのだ。むしろ「やり遂げた(キリッ」という微妙に古い日本のネットスラングが似合う事態だが、そんなことはどうでもいい。「やり遂げた」という気分を持ってクリスマス休みに入ればよいのだ。
だがそこに冷や水をぶっかけるのがEU離脱反対派の冷静な指摘で、私がTwitter上で見た世界は、酔っぱらったようなジョンソン礼賛と、EU離脱反対派の冷たいお水と、勝手に高笑いして踊りだすアイルランドという感じになっていた。それとは別に、大陸は大陸でこの長丁場の交渉を耐え抜いたミシェル・バルニエ氏(英国側の担当者はころころ変わったし、事務レベルの外交官もサジを投げて逃げ出したりしている)への称賛とねぎらいの言葉がたくさんあるのだが。
その中で気になったのが、下記。
Perfect pic.twitter.com/9w9JPJmdmp
— Dawn Foster (@DawnHFoster) 2020年12月24日
ドーン・フォスターさん(ジャーナリスト)が「完璧」と言って参照しているのは、EU離脱をずっと後押ししてきたThe Sunの政治エディターであるハリー・コールさんのツイートと、それに突っ込みを入れるHope Not Hateのグレゴリー・デイヴィスさんのツイートである。これ自体は合意成立のニュースがあった前の日のやり取りだ。
*1:日本語の報道では「国境」とされるが、私はこれを「国と国の境」と位置付けることをよしとしない立場なので、仕事で用語指定されたりしない場合はこれを「国境」とは呼ばず「境界線」「ボーダー」と呼んでいる。