今回の実例も、昨日のと同じ、パリのノートルダム大聖堂の火災を報じる記事から。
ガーディアンはこの火災を、live-blogの形式で、情報が入ってくる都度伝えていたのだが、昨日と今日参照する報道記事は、その都度報道を踏まえて紙面に掲載する形でまとめた大きな記事で、たいへんに分量があるし、情報量も多い。
その中から、今回崩落した尖塔や、ほとんど消失した屋根についての説明の部分を見てみよう。
まず前提として留意しておきたいのは、この記事に限らず報道記事は、「すでに起きたこと」を「事実」として伝えるものである以上、基本的に《過去》が基準の時制となっている、ということである(ただし、当然のことだが、これから行われる行事について述べるときは未来形が使われるし、そのときに進行中の議論を紹介するときには現在形が使われるといったように、すべてが過去形で書かれているというわけではない)。
過去完了の受動態
キャプチャ画像内の最初のパラグラフは、2文とも、《過去完了の受動態》で書かれている。《受動態》の《be + 過去分詞》のbeが過去完了の形 (had been) となるので、《had been + 過去分詞》になる。
The spire had been added to the building in the 19th century. As part of its renovations, several bronze statues that surrounded the spire had been removed.
注意したいのは、どちらも同じ《過去完了の受動態》だが、1文目は19世紀のことを言っている一方で、2文目は2019年4月に行われていた修復作業の間のことを言っている、ということだ。つまり、過去完了(大過去)が用いられるのは「どのくらい昔のことか」には関係ない。「一定の基準(過去のある時点、過去の一点)の前」のことであれば過去完了が用いられる、ということである。この記事の場合、基準となっている過去の一点は、火災発生時である。
さて、ノートルダム大聖堂は中世からずっと続いてシテ島(セーヌ川の中州)にある大きな建築物だが、ここにあるように、今回崩落した尖塔 (spire) は19世紀の大規模修復の際に追加されたものであり、大聖堂にとってメインの構造物ではない。尖塔の崩落の映像はショッキングでセンセーショナルだから、メディアで流れるのが繰り返し目には漆、強く記憶に残るかもしれないが、これが崩落したからといって、大聖堂自体が壊れるようなものではない。そもそも「尖塔 (spire) 」は「塔 (tower) 」ではない。
尖塔については、崩落がTwitterで伝えられたときに確認したが、日本語版のウィキペディアにも下記のように書かれていた。(「ヴィオレ・ル・デュク」は19世紀の修復を任された建築家の名前である。)
https://t.co/kjTddkoZzx 尖塔は19世紀の修復。"この尖塔は落雷でたびたび炎上し、倒壊の危険があるため1792年に一時撤去されたが、ヴィオレ・ル・デュクらが修復に乗り出した。"
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) April 15, 2019
Wikimediaのギャラリー https://t.co/deJr3Oj48k で、18世紀から19世紀にかけてのノートルダム大聖堂の前景の絵(絵画作品、本の挿絵や観光絵葉書の類)が閲覧できます。尖塔は1729年の版画にはありますが、その後は姿を消していて、1867-70年の版画(ドローネーの作品)まで見当たりません。
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) April 16, 2019
so ~ that ... 構文
続いてキャプチャ画像内2番目のパラグラフ:
The wooden frame at the top of the 13th-century landmark was made from so many oak beams that it was known as “the forest”.
ここには《so ~ that ... 構文》(「とても~なので、…だ」)が用いられている。文は「13世紀に起源をもつ著名建築物の上の部分(屋根)にある木製の構造物は、非常に多くのオーク材の梁(はり)から作られているので、『森』として知られているほどだ」という意味になる。
大聖堂自体は石の建築物だが、部分的には木材が用いられていた。今回盛んに燃えていたのはその木造部分であった、ということだ。
日本の木造建築物のように、屋根も本体の柱も木造だったら「屋根だけが燃える」という状態では済まなかったかもしれないが、この建物はそうではなかった。それが不幸中の幸いと言えるだろう。
(だからといって、「石の建造物は火災でもダメージを受けない」というわけではない。火災による熱が深刻なダメージを生じさせることもある。)
この「森」については、フランスのテレビ局が制作した「13h15」というドキュメンタリー番組のクリップがTwitterで回覧されていた(言語はフランス語だが、映像を見るだけでもどういう構造物なのかはわかるだろう)。「出火を防ぐため、電気が通っていない (sans électricité pour éviter l'incendie) 」という屋根裏は、確かにどこを見ても木ばかりだ。
Les poutres de la charpente de #NotreDame, "sans électricité pour éviter l'incendie", filmées par France 2 il y a quelques mois pour l'émission 13h15 pic.twitter.com/7Yde4Jq4gv
— Nicolas Berrod (@nicolasberrod) April 15, 2019
建物全体の見取り図&屋根についての解説と出火の事実関係をまとめた図を、WSJの記者がツイートしている。屋根の梁に用いられていた木材は13世紀のもので、本数は1300本以上。800年以上の時間を耐えてきた1000本以上の木材が一気に燃えてしまったわけだ。
The Notre Dame Cathedral's roof was made up of more than 1,300 beams. Each one from a different tree of the 1200s. https://t.co/WKKIUJ73JH #NotreDameFire pic.twitter.com/oroIRGtoST
— Brian McGill (@brian_mcgill) April 16, 2019
既にフランスのマクロン大統領が「世界中の技術の粋を集め、必ず再建します」と宣言しているし、フランスの富豪(ルイ・ヴィトンのグループの社主など) が修復のために何億ユーロという資金を国家に寄付すると表明しているほか、全世界から修復費用が寄付されつつあるという。
だから、いつか近い将来、パリのノートルダム大聖堂は再び世界中から人々を集める存在として復活するだろう。
The Hunchback of Notre-Dame (English Edition)
- 作者: Victor Hugo
- 出版社/メーカー: Re-Image Publishing
- 発売日: 2018/06/27
- メディア: Kindle版
- この商品を含むブログを見る
Notre-Dame de Paris: The History and Legacy of France’s Most Famous Cathedral (English Edition)
- 作者: Charles River Editors
- 出版社/メーカー: Charles River Editors
- 発売日: 2017/06/18
- メディア: Kindle版
- この商品を含むブログを見る
Fodor's Paris 2019 (Full-color Travel Guide Book 33) (English Edition)
- 作者: Fodor's Travel Guides
- 出版社/メーカー: Fodor's Travel
- 発売日: 2018/10/23
- メディア: Kindle版
- この商品を含むブログを見る