今回は、実例というより、実際の誤用例に関連しての投稿。もちろん実例もつけるが、しばらくは「誤用」の話になるので読むのが嫌になる人もいるかもしれない。
7月6日、日本のある大学のオープンキャンパスの告知ポスターだという画像をTwitterで見かけた。すでにその元画像を含むツイートは元の投稿者によって削除されているようなので参照できないのだが、「オープンキャンパスに参加する」という意気込みを示しているように見える男女(高校生?)の写真が使われていて、その男子の口から、手書き文字調のフォントで、"Be offensive" というフレーズが飛び出しているような感じのデザインだった。
日本語話者で、なおかつ普通に英語を使ってる人たちは「何が言いたいんだ?」と目を白黒。というか、日本語を母語として外国語としての英語を習得してきた人たちにはわかってるんだけどね、何が言いたくてそういう言葉を選択したかは。そして頭を抱えるときの表現が、言葉としては「何が言いたいんだ?」になる。
Offensiveはoffense (UK流の綴りではoffence) という名詞とは派生語の関係にある形容詞である。そして日本語で、つまりカタカナ語で「オフェンス」といえば、スポーツ、特に球技(サッカー、ラグビー、アメフトなど)の「攻撃」の意味で用いられる。というか日本語の「オフェンス」にはその意味しかないんじゃないかと思う(比喩的に転用される場合はあるかもしれないが)。それらのスポーツをやっている(やっていた)人は当然日常的に使っていた言葉だろうし、そうでない人でも「ディフェンス(防御、守備)の反対がオフェンスだ」ということで覚えやすいし、「オフェンス」=「攻撃」という意味は、英語を使わない・英語ができない人たちの間でもかなり広く通じるのではないかと思う。
それはそれで間違っていない。
しかし、offensiveという形容詞になると、話は変わってくる。こういうのが英語のめんどくさいところで、そういうめんどくさいところを知らない日本語話者も大勢いるから、「英語を使っている日本語話者」と「そうでない日本語話者」の間で話が通じなくなることも、まあ、珍しいことではない。日本語話者同士で話が通じなくなるくらいならまだよいのだが、「ネイティヴ」をはじめとする英語話者にはもっと深いレベルで通じないのだから、こういうのは放置せず、いちいち指摘して解決すべきだろう。
というわけで長文になるが、説明をしてみよう。
本記事の目次:
- 形容詞の2つの用法(限定用法、叙述用法)
- offensiveという形容詞の2つの意味
- offensiveという形容詞の最もよく使われる意味
- 「攻撃用の」の意味は叙述用法のみ
- スポーツ用語の「攻撃側の」もおそらく叙述用法のみではないか
- 英語では、「攻撃的」は「積極的」とはあまり重ならない
- 実際の "be offensive" の用例
- まとめ
形容詞の2つの用法(限定用法、叙述用法)
少し文法的な話をするが、形容詞には2通りの用法がある。名詞を修飾する用法と、補語になる用法だ。
前者は「かわいい猫 a cute cat」というときの「かわいい cute」で、これを《限定用法》という。英和辞典で語義の前に[限定]と書いてある*1のはこのことだ。
後者は「その猫はかわいい The cat is cute.」というときの「かわいい cute」で、これを《叙述用法》という。
多くの形容詞は、限定用法でも叙述用法でも意味は変わらない。ここで例示しているcuteはもちろん、niceとかbadとか、誰もがぱっと思いつく形容詞は、名詞の前に置いたときと、文の補語になったときの意味が同じ場合が多い。色の名前もそうで、I saw a white cat. も The cat is white. も、どちらもwhiteは「白い」の意味だ。
しかし、英語の形容詞の中には「その意味のときは《限定用法》でしか使わない」とか、逆に「その意味では《叙述用法》でしか使わない」というもの(用法によって意味が変わるもの)がある*2。さらに、それに加えて、「この形容詞は《限定用法》でしか使わない」とか、逆に「《叙述用法》でしか使わない」というものもある。
こういった形容詞がめんどくさいのだ*3。
手元にある旺文社の『ロイヤル英文法』を参照すると、certainという形容詞が限定用法のときは「ある種の~」、叙述用法のときは「確実な」の意味になること、lateは限定用法では「故~」で、叙述用法では「遅い」の意味になることなど、いくつかの基本的な語が例示されている(268ページ)。江川泰一郎著の『英文法解説』でも同じような例文で説明されている(97ページ)。江川のほうから例文をひいておこう(下線部は引用者による。太字は原文ママ)。
Are you satisfied with the present government?
(現在の政府に満足ですか)
The whole class is present today.
(クラス全員が出席です)
It happened in a certain town.
([名は言わないが]ある町で起こった)
He is certain to forget.
(彼はきっと忘れるよ)
The late Mr. Brown was a banker.
(故ブラウン氏は銀行家でした)
The crops are late this year.
(今年は作物のできが遅い)
offensiveという形容詞の2つの意味
上記の例のように、《限定用法》(名詞を修飾する用法)と《叙述用法》(補語になる用法)とではかっちりと意味がわかれているものも多いが、「意味が異なることが多い」という、何かちょっと曖昧な感じの語(限定用法のときはAの意味になることが多く、叙述用法のときはBの意味になることが多い、という語)もある。offensiveという形容詞は、そういうもののひとつだ。
『ジーニアス英和辞典』を見てみよう。辞書を使う人は実はあまり見てないところだが、巻頭の「この時点の使い方」のところに
形容詞の用法
[叙述] 叙述用法(be, remainなど連結動詞の補語となる用法)で用いる。
[限定] 限定用法(名詞の直前[または時に直後]に置いてその名詞を直接修飾する用法)で用いる。
と説明されており、offensiveを引くと形容詞の語義として
(1) 〔…に対して〕〈言葉・態度などが〉不愉快な:侮辱的な、無礼な〔to〕
(2) 《正式》気持ちの悪い、とても不快な……
(3) [限定]攻撃(用)の
(4) 《米》【スポーツ】攻撃側の……
大まかに分けて、(1) と (2) の語義が「不快な」系、(3) と (4) の語義が「攻撃の」系と言える。まずは「offensiveという語にはこれら2つの意味がある」とがっさり認識しておこう。
offensiveという形容詞の最もよく使われる意味
日本語母語話者が特に英語を勉強していない状態でイメージしやすいoffensiveの意味は4番目の語義だろうが、この語の最もよくある意味はそれではなく、1番の「侮辱的な、無礼な」である。類義語をひとつ挙げるとすればrudeだ。これは、限定用法でも叙述用法でも用いられる。
[限定]offensive remarks (侮辱的な発言)
[叙述]His remarks were offensive to women.(彼の発言は女性にとって侮辱的だった)
何の文脈もなく、ただフレーズとしてbe offensiveとあれば、普通はこの意味にとる。つまり、件のポスターにあったように命令文で "Be offensive." と言われたら「無礼になれ」と取るしかない。だから英語を使える日本語話者がそろって「なんじゃこりゃ」という反応になったわけだ。
「無礼に」というのは、具体的には、「バカをバカと呼ぶ」、「ブスをブスを呼ぶ」のレベルと考えておいてよい*4。日常的な日本語に言い換えれば「罵倒」や「暴言」だ。あるいはFワードやNワード、中指立てなど。小池百合子が都知事選に立候補したときの石原慎太郎の言葉なども一例になるだろうし、ドナルド・トランプの女性についての発言ももちろんこの範疇に入る。(敬称略)
『ジーニアス』の2番目の語義は「正式」な用法(例えば役所の書類で用いられるような用法)なので、ここでは具体的用例の参照などは割愛するが、大まかには1番目のと同じような意味と言えるだろう。
「攻撃用の」の意味は叙述用法のみ
3番目の「攻撃用の」の意味では、『ジーニアス』は叙述用法では用いられない、と言い切ってある。つまり、an offensive missile(攻撃用ミサイル)とは言えるが、△The missile is offensive. とは言わないのだ。
スポーツ用語の「攻撃側の」もおそらく叙述用法のみではないか
では、おそらくそこから転じていると考えられる4番目の米語用法はどうなのかというと、これが『ジーニアス』でははっきりしない。他の辞書、例えば小学館の『プログレッシヴ』ではこの語義を独自の語義として扱っておらず、3番目の語義は「限定用法のみ」と記載している。オンラインの英英辞典での例文を見ると限定用法ばかりだが、そう断じてよいのかどうかまではちょっと確認できなかった。
各辞書の定義&例文。見事なまでに例文はすべて名詞を直接修飾する用法(限定用法)ばかりだ:
ウェブスター: https://www.merriam-webster.com/dictionary/offensive
of or relating to a team in possession of the ball or puck
offensive linemen
ロングマン: https://www.ldoceonline.com/jp/dictionary/offensive
[American English] relating to getting points and winning a game, rather than stopping the other team from getting points
the Jets’ offensive strategy
オックスフォード: https://www.lexico.com/en/definition/offensive
[North American] Relating to the team in possession of the ball or puck in a game.
‘Shell was an outstanding offensive tackle during his 15 years with the Raiders’*5
ケンブリッジ(スポーツ用語の定義が見当たらないので「攻撃用の」を参照しておく): https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/offensive
used for attacking:
Since the other side had taken offensive action (= attacked), we had no choice but to defend ourselves.
Knives of any kind are classed as offensive weapons.
コリンズ: https://www.collinsdictionary.com/dictionary/english/offensive
In sports such as American football or basketball, the offensive team is the team which has possession of the ball and is trying to score.
[US]
The worst-ever defeat of this team proved once again that Stanford can be one of the most explosive offensive teams in the country.
ウィクショナリー: https://en.wiktionary.org/wiki/offensive#Adjective
(sports) Having to do with play directed at scoring.
The offensive coordinator is responsible for ordering all rushing plays.
こんな限られたリソースで断定はできないが、これだけ見ても叙述用法が出てこないということは、スポーツ用語での「攻撃側の」という意味のoffensiveも限定用法のみと考えておいて間違いはないだろう。
実際、私が個人的にこういうアメリカ英語に疎い(アメリカのスポーツニュースを見ない)ということもあるかもしれないが、叙述用法のoffensiveは『ジーニアス』の1番目の「侮辱的な」しか見たことがないように思う。
ただし《the + 形容詞》で「~な人々」を表す用法はこのoffensiveにもあるようで、the offensiveで「攻撃側の人々」(アメフトなどでボールを持っている側のチーム)を意味する用法はある。
英語では、「攻撃的」は「積極的」とはあまり重ならない
日本語話者の発想では「攻撃的」のoffensiveは「積極的」というポジティヴな意味合いを持つように思えるのかもしれないが、実際には英語では全然そんなことはなくて、offensiveという語に「前を向いていこう!」的なポジティヴな意味合いはない。逆に「俺様」調というか、他人のことを考えず自分を乱暴に押し通すという暴力的な意味合いの語なので、「がんばってる若者の積極性」を言うつもりでoffensiveなどと言ってしまうと、深刻なレベルでコミュニケーション・ブレイクダウンが発生するだろう。
こういった「ニュアンス」的なことを確認するのに使えるのがシソーラス(類義語辞典)だ。ネットで最も簡単に閲覧できるシソーラスのサイトでOffensiveを参照してみると:
https://www.thesaurus.com/browse/offensive
abhorrent, abusive, annoying, distasteful, embarrassing, horrible, irritating, objectionable, obnoxious, outrageous, reprehensible, repugnant, repulsive, rude, shocking...
「積極的」系のポジティヴなイメージの語は、ひとつもない。
ちなみに、こちらもカタカナ語でポジティヴなイメージを持っている「アグレッシヴ(アグレッシブ)」(aggressive)も、英語ではろくな意味じゃないので注意。「血の気が多い」とか「けんかっ早い」とか「口より先に手が出る」とかそういう意味で使われる単語だ。
あと、金融英語のbull market(強気な市場)のbullは金融という文脈がなければたぶん通じない。
実際の "be offensive" の用例
ではここで、実際の叙述用法のoffensiveの用例を見てみよう。お手軽にTwitterで "be offensive" で検索したときに私の環境で一番上に出てきたのが、下記ツイートである。
Nike is yanking a sneaker featuring the "Betsy Ross flag" after Colin Kaepernick said he and others consider the symbol to be offensive https://t.co/eKVtPM6oTA
— The Wall Street Journal (@WSJ) July 1, 2019
これは、今年の米独立記念日(7月4日)の限定モデルとしてナイキが出す予定だったスニーカーに、独立当初、つまり奴隷制時代のアメリカ国旗がフィーチャーされていて、これが「侮辱的である」との声が起きて商品が回収されたということを報じるウォール・ストリート・ジャーナルの記事のフィード。
それから:
WARNING: this video contains language that could be offensive to some.
— CBC Saskatchewan (@CBCSask) July 3, 2019
Video of northern Sask. officer threatening to shoot subdued suspect sparks internal RCMP investigation: https://t.co/ustt0xqCaG #yqr #sask #skcrime pic.twitter.com/cShWNQCgop
これはカナダのメディアのフィード。「このビデオには、一部の人々にとって侮辱的に響きうる言葉が入っています」という注意書きで、これは定型表現だ。
そして、こんなところでもBrexitとアイリッシュ・バックストップは私を解放してくれない (;_;):
The backstop was devised by the E.U./Dublin in November 2017, in the full knowledge that it would be offensive to Unionists. The G.F.A. works on the basis of respecting the integrity of BOTH traditions - the E.U./Dublin have failed to do that in these so-called ‘negotiations’... pic.twitter.com/Wby2XjJVUB
— Jonny (@gawanorniron) July 8, 2019
これは「侮辱的」と訳すより、「深刻なレベルで気に障る」みたいに考えておくのがよい用例だが、そこまで細かいことを考えるのは【翻訳】の領域だろう。
まとめ
というわけで、そろそろ「いかがでしたか」のお時間だが、要するに男の子が腕を伸ばして "Be offensive" と言っているあのポスターは、「中指が立ってれば意味が通っていたかもしれないね、ははは」というくらいのやらかし案件で、擁護できるポイントは何もない。
なお、こういうことを書くと「ネイティブの生きた英語を知らない早見優気取り*6が、あてになるはずもない辞書を見て重箱の隅をつついてうるさいことを言ってる」的な、いわゆる「貴重なご意見」が寄せられたりもしうるのだが、あの場面で "Be offensive" っていうのは単に通じない。通じるという前提を疑わず、何とか通じるようにつじつまを合わせた解釈をこじつける人もいるかもしれないが、そういうことは「ネイティブの生きた英語を知らない」からこそできることだろう。(知ってれば、こじつけている間にばかばかしくなると思うよ。)
ちなみに、既に削除された元投稿へのリプライから、日本で日英翻訳をしているJimさんのツイート:
どっちも不自然だと思います。Don't hold back!やKeep pushing ahead!等のほうが良いかな。。。
— Jim, around with whom one does not mess. (@EasternSmooth) July 7, 2019
なるほど……とは思うけど、でも、たかが大学のオープンキャンパスに行くのに "Don't hold back", "Keep pushing ahead" ってのも、どうなのかと……。大学に行くまでの道中が特殊部隊の入隊試験みたいな悪路の連続だったりするのか?
こういうの、ほんと日本語独特のセンスというか、何でもないところで励ましすぎるんっすよね。翻訳者としては頭の痛いところではないかと。
受験生に「あきらめないでがんばれ」と励ますのなら、みんなが知ってるフレーズを使うなら "Be ambitious" や "Never give up" だろうし、ちょっとひねってもOKなら "Push the limit" とかかなあ、と思うんすよね。
ていうかこの場合、ポスター作成者が言いたかったのは、"You can do it!" だったんじゃない? (あれこれ考えた挙句、とてもシンプルな結論に達する。翻訳者あるある。まあ、話者が何を意図しているのかを考えるのが翻訳者の仕事の7~8割なんだけど、疲れるよね、こういうの)
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※次回はこれに関連して、offendという動詞を取り上げます。
明日はこれに関連してoffendという動詞を取り上げます。Does It Offend You, Yeah? っていうバンドもいたね。 https://t.co/BgCogaeI1e
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) July 9, 2019
https://t.co/RxCRPo3wTJ このブログの記事、はてなブログの仕様のせいか、引用のところ(blockquoteタグ内)で「単語+コンマ+半角スペース」の連続が改行されずだーっと表示されるということになっていたので、スペースをシングルスペースからダブルスペースに修正しました。お見苦しくてすみません pic.twitter.com/m29jiYifBR
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) July 9, 2019
*1:ここ15年から20年くらいの辞書には書いてあることが多いと思うが、古いつくりの辞書には書かれていないかもしれない。自分が受験生だったころの辞書をいまだに使っているという人もおられると思うが、新しい辞書は新語の追加だけでなくこういうところもアップデートされているので、買い替えを検討されたい。
*2:これは、「同じ限定用法でも場合によって意味が変わる」というもの、例えばfree(自由な、暇な/無料の)やbusy(忙しい/混雑した)などとは別枠なので要注意。a free bird(自由な鳥)であれa free booklet(無料のブックレット)であれ限定用法だし、I'm free. (私は自由だ/体が空いている)であれThe booklet is free. (そのブックレットは無料だ)であれ叙述用法である。
*3:高校生の英語答案を採点していると、100ワードくらいの自由英作文でだいたいよく書けていても、こういうところができていないために意味不明になっているという例と遭遇することは珍しくないのだが、初歩的なレベルのものはマークシート式の試験で語法問題で問われたりもするし、特に英語を得意科目としている受験生にとっては基礎固めが終わったあとの重点的学習項目のひとつとなるので注意されたい。
*4:そこまでいかなくても、相手が気分を害するような言い方はここに含まれる。例えば「出身校を問題にすること」や「容姿を取りざたすること」そのものがoffensiveという場面もある。
*5:この例文、文脈がないと意味がはっきりしない。最初のは人名なのかな。