今回の実例は、前回見たのと同じ記事の下の方から。
記事はこちら:
キャプチャ画像の中ほどのパラグラフ:
Of course, Russia isn’t the only country to have waged a long string of wars. Nor the only one to seek to cover up the crimes its forces, militias and hired guns perpetrate. But there are no Chilcot-style inquiries in Russia, no possibility to hold power to account, nor (to date) any whistleblowers exposing misdeeds.
まず第一文だが、ここには《the only ~ to do ...》が入っている。
Of course, Russia isn’t the only country to have waged a long string of wars.
これは《to不定詞の形容詞用法》 を用いた表現で、「…する(…した)唯一の~」の意味。
また、ここではto不定詞の部分が《完了不定詞》になっていることにも注目(上記下線部)。完了不定詞は主節の時制よりひとつ前か完了時制であることを表すが、ここでは後者であろう。つまり、"the only country that has waged a long string of wars" と言い換えられる。文意は、「もちろん、ロシアは次から次へと戦争を続けてきた唯一の国ではない」となるが、より日本語として自然なのは「次から次へと戦争を続けてきたのはロシアだけではない」だろう*1。
続いて2番目の文:
Nor the only one to seek to cover up the crimes its forces, militias and hired guns perpetrate.
これは先行する文(第一文)を受けた文で、意味的には文頭に "Russia isn't" が省略されていると考える。ただし、文法的には "Russia isn't nor the only one..." という文は成立しない。
この文の文頭のnorは接続詞で、先行する文を受けて「~もまた…ない」という意味を表す。
I don't drink coffee, nor does my wife.
(私はコーヒーを飲まないし、妻も飲みません)
norのあとが倒置になっていることに注目しよう。
今回の実例では、省略を補うと、"Nor is Russia the only one to seek to cover up the crimes its forces, militias and hired guns perpetrate." となる。「ロシアだけが、自国軍や民兵集団、金で雇った銃(銃撃者)が実行した犯罪を隠蔽しようとしているわけではない」の意味。
このようにこの文の筆者は、「ロシアだけが悪いことをしているのではない」と述べている。そういう記述を読んで、「ほらみろ、ロシアは悪くない」と言い出すのは早とちりというもので、英語の文章のお約束的な書き方として、「なるほど、確かに~だが、しかし…だ」という組み立て方がある。この構文では「しかし…だ」のほうが主題である。
例えば「なるほど、確かにその俳優は見た目は完璧だが、しかし演技が下手だ」と言う場合、俳優の見た目を肯定的に評価しているということを言いたいのではなく、演技が下手だということを言いたい。
「確かに今日は風が強いが、気温は低くはない」ならば「風が強い」ことより「気温が低くはない」ことを言おうとしている。
つまり、butの後の部分が筆者の言いたいことだ。つまりこの文では「ロシアだけが悪いことをしているのではないが……」に続く部分を読まねばならないわけだ。
それが3番目の文:
But there are no Chilcot-style inquiries in Russia, no possibility to hold power to account, nor (to date) any whistleblowers exposing misdeeds.
"Chilcot-style inquiries" というのは、辞書を引いても載っていないだろう。これは、イラク戦争における英国の役割について英国で行われたパブリック・インクワイアリのことを言っている(サー・ジョン・チルコットが責任者として進めたインクワイアリなので「チルコット・インクワイアリ」と言う)。「パブリック・インクワイアリ」は特別法廷が自国の行為について公的に調査するという制度で、英国やアイルランド、オーストラリア、カナダなどで行われている。
そのあとの "no possibility to hold power to account, nor (to date) any whistleblowers exposing misdeeds" は、ここでもまた接続詞のnorを使った列挙で、「AもBもCも~ない」の意味になっている。
norは「否定文のときに使うor」と考えておくとよいだろう。
sugar, honey, or sweetner (砂糖か蜂蜜か甘味料)
no sugar, no honey, nor any sweetner (砂糖なし、蜂蜜もなし、甘味料もなし)
この文の筆者は、「次から次へと戦争をしてきたのはロシアだけではないし、自国の犯罪行為を隠蔽しようとしてきたのもロシアだけではないが、ロシアには英国がイラク戦争について行ったような調査の制度はないし、権力に責任を取らせることができるという可能性もないし、違法行為を白日の下にさらす内部告発者もいない」と述べているわけだ。
今回見た実例の文は、基本の形として頭に入れておくと、自分で何かを書くときにテンプレートとして使えるだろう。そのくらい、典型的な論理展開で書かれている。このようなテンプレ的な文章を頭に入れておくことは、省力化につながるだけでなく、論旨の明確化にもつながる。
*1:「意訳」というのはこういうもので、決して適当に単語をつなぎ合わせて考えて、うまくつながらないところは原文にないことを勝手に補って日本語を仕立て上げることではない。