今回も、前回の続きで、COVID-19による死者数が100,000人に迫る米国で、死者を単なる数字に終わらせまいとするニューヨーク・タイムズ (NYT) の取り組みを見ていこう。
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前回はNYTのこの企画がどういうものかを説明しながら、ときどきページの一番下から浮かび上がってくるように表示される地の文を1つ見た。今回はそのあとから。
この文は、下線部和訳とかそういった受験英語的なことは忘れて、英文として読んで味わってもらいたい。
とはいえ、文法解説なしではこのブログの意味がないので、少し。
A number is an imperfect measure when applied to the human condition. A number provide an answer to how many, but it can never convey the individual arcs of life, the 100,000 ways of greeting the morning and saying good night.
太字で示した "when applied" の部分は、《省略》が行われている(副詞節内での主語とbe動詞の省略)。これは主節の主語と副詞節内の主語が一致している場合によく見られ、上の文で省略されているものを補って書くと次のようになる。
A number is an imperfect measure when it is applied to the human condition.
補った "it" は主節の主語、"a number" を受けている。
"the human conditon" は専門用語で日本語に対応するフレーズはなく(conditionという英語を日本語にするときは文脈に応じて「条件」「状況」などとする)、こういうふうに使われているのを訳せと言われたら小一時間かかる本気の翻訳のレベルだから英語のままにしておくが、文意は「the human conditionについて用いられるとき、数字は不完全な尺度である」。つまり「人間には、数字では表せないものがいろいろある」だ。
こういう認識をNYTが持っていること、そしてNYTがその認識の上に立って主体的に、「誰がどう発言しました」とか「どういう数字が示されました」を超えた何かを言葉(の集積体)として残し、人々に伝えていこうとしていることが、この1文で示されている。とても誠実な姿勢を、誠実に示していることに敬意を表したい。
さて、このように何となく漠然とした、抽象的なことが最初に示されていて、「イマイチ意味がはっきりしないな」と思われるような場合、英語ではほぼ必ずそのあとに、それをより具体的に説明する文が続けられる。《トピック・センテンス》と《サポート・センテンス》の構造だ。そのサポート・センテンスが第2文:
A number provide an answer to how many, but it can never convey the individual arcs of life, the 100,000 ways of greeting the morning and saying good night.
文法的には特に解説する点はない。あるとすれば《ways of -ing》くらいだが、それ以前にこの文を読み、NYTのこの企画(100,000人のうちの1パーセントの人の名前・年齢と、その人がどういう人だったのかを伝える短いフレーズを並べていくという企画)の文脈で、味わってほしい。"arcs of life" なんていう表現は難しくて日本語にできないと思うが、そこでつっかえずに先を読んでほしい。ここもまた、「抽象的な表現に続いて、具体的なことが説明される」というパターンが用いられている。つまり。"the individual arcs of life" とは、"the 100,000 ways of greeting the morning and saying good night" といったもののことだ。
ちなみにarcは「弧」だが、その日本語にとらわれているとここは意味が取れない。「弧」は、つまり「円(の外周)の一部」であり、「一つの形を成している全体の一部を切り出したもの」のことだ。翻訳するならそこまで読み解くことはマストだが、読むだけならぼんやりと、「後続の部分で具体的に述べられているもののこと」という程度の把握ができればよいだろう。
10万人がいれば、朝の挨拶も10万通り、夜のおやすみなさいの言い方も10万通りある。ひとりひとり声も違えば話し方も違う。挨拶の言葉を発するときの動作も違う。そういったことを、「10万」という数字は何も物語らない。
次のセクション:
この文も特に解説するポイントはない。ぱっと見、such ~ that ... の構造になっているかのようにも見えるが、読んでみるとそうではない(thatはunderstandの目的語のthat節を導いているだけ)。だから、単に読んでみてほしい。
The immensity of such a sudden toll taxes our abillity to comprehend, to understand that each number adding up to 100,000 represents someone among us just yesterday.
この文の動詞は "taxes" だが、 名詞なら「税」を意味するこの単語が動詞で用いられているのは見たことがない人がほとんどだろう。「(税)を課す」といった意味だ。ここではそれが比喩的になり、「重荷を負わせる」といった意味で用いられている。
ほか、immensity, sudden, comprehend, add up to ~, representといった語句は、大学受験生なら知っておいてほしいレベルの語句だ。
文意は「そのような突然の大量の死者数は、私たちが(事態を)把握する能力、10万にまで積みあがっていく数字のひとつひとつが、ほんの昨日までは私たちの中にいた誰かを表しているのだということを理解する能力に、大きな負荷をかける」。
この抽象的な表現を一気に具体的にするのが、その次の部分だ。
Who was the 1,233rd person to die? The 27,587th? The 98,431st?
一口に「10万」と言う。だがその内容は、1から10万まで、順番に並んだ数だ。そしてここではその数は、ひとつひとつが人間だ。95年生きてきた人間だったり、47年生きてきた人間だったり。
次のセクション:
ここは先に文法ポイントを解説しておこう。《助動詞 + have + 過去分詞》だ。《助動詞 + 動詞の原形》の《動詞の原形》の部分が《完了形 (have + 過去分詞)》になった形で、過去のことを言うときに使う表現だ。
The dog may be sleeping in the house.
(犬は家の中で寝ているのかもしれない)
The dog may have been sleeping in the house.
(犬は家の中で寝ていたのかもしれない)
上記のセクションでは、この表現が3回、繰り返されている。それぞれある女性、ある男性、ある人々の最期を推測した記述だ。
She may have died in a jam-packed hospital, with no family member at her bedside to whisper a final thank you, Mom, I love you.
He may have died in a locked-down nursing home, his wife peering helplessly through a streaked window as a part of her slips away.
They may have died in subdivided city apartments, too sick or too scared to go to a hospital, their closest relatives a half-world away.
最初の文、青字で示した部分は《付帯状況のwith》の構文。「その女性は、満床の病院で、最後の感謝の言葉、ママ、愛してるという言葉をささやく家族が誰もベッドサイドにいない状態で、息を引き取ったかもしれない」という意味。
二番目の文、緑の字で示した部分は《分詞構文》だが、文の主語と一致しない主語を置いた《独立分詞構文》の形になっている。これは《付帯状況のwith》を使って表すこともできるが、それはすぐ上で使っているので、繰り返しを避けたのだろう。
He may have died..., as his wife peered helplessly ...
→ He may have died..., his wife peering helplessly ...
→ He may have died..., with his wife peering helplessly ...
"streaked window" は、ここまで調べるのは「翻訳」の領域に近く、受験勉強とは少し離れてしまうのだが、辞書でわからなくてもGoogle画像検索をするとわかる。雨の跡、埃の汚れなどがこびりついた窓のこと。ロックダウンが始まって、不要不急の行動ができなくなって以降、施設の窓掃除などは行われていないわけだ。ロックダウン中だから家族といえども施設内には入れないということも起きている。
"a part of her" というのは英語圏の文化を知らないと難しいかもしれない。英語圏(に限らず西洋)では、基本的に「結婚」とは「神様のもとでひとつとなる相手とともになること」で、結婚した2人は一心同体、2人で完成されたひとつの存在、ということになっている。だからカップルの一方は「半分」「何かの一部」と言い表す。伴侶のことを英語で "one's better half" と言うのはそういう意味だ(自分のことを謙遜して、「私より優れた方の片割れ」と言う)。
文意は「その男性は、 伴侶が雨の跡がついた窓ガラスの向こうから自分の一部がすうっと去っていくのをなすすべもなく見守る目の前で、人の出入りが禁止された養護施設で亡くなったかもしれない」*1。
三番目の文。言葉数が少なく、情報量が多い文である。
ここまで見た2つの文はそれぞれ「母親と子供」、「高齢の夫妻」を描いているが、この文は主語が複数のtheyだ。亡くなった場所は、上の二つが「病院」と「ケアホーム」であった一方で、これは「狭苦しい都会の集合住宅」。つまり、おそらく合法でない形で滞在している「移民」たちである。それを踏まえると、"too scared" の意味がわかるだろう。非合法な形で滞在している人は、病院に行けば不法滞在で摘発されるリスクがある。だから病院を避けようとする――その文脈があるわけだ。その解釈を裏付けるのが、この文の最後のセクションである。
紫の字で示した部分は、《省略》の構文。be動詞の分詞構文でbeingが省略されていると考えてよいだろう。
They may have died in subdivided city apartments, being too sick or too scared to go to a hospital, their closest relatives being a half-world away.
前半、"(being) too sick or too scared to go to a hospital" はシンプルな分詞構文、後半の "their closest relatives (being) a half-world away" は独立分詞構文と考えられる。
文意は「その人たちは、具合が悪すぎて、あるいは(摘発されることを)おそれるあまり、病院に行くこともできず、一番近い親戚も地球の反対側という状況の中、狭苦しい都会の集合住宅で死んでしまったかもしれない」。
解説を忘れていたが、"too sick or too scared to go to a hospital" は《too ~ to do ...》 の構文だ。
地の文のこのセクションを通りすぎてさらに下に進む。
マサチューセッツ州ニュートン在住のジョン・B・アーレンズさん。96歳で「生涯平和主義者」だった。
既に上の方で、やはり90代の方で、第二次世界大戦で戦った退役軍人という描写をいくつか見た。中には「太平洋で従軍したが、経験をあまり自慢げに語ることはなかった」という方もいらした。沖縄、硫黄島、あるいはフィリピン、テニアン……語れないことをたくさん見たのかもしれない。
96歳で生涯平和主義者だったアーレンズさんは、従軍はしていないだろう。米国における「良心的兵役拒否」について、ウィキペディアだが、少し見ておこう。
アメリカ合衆国では第一次世界大戦で宗教的兵役拒否という言葉も生まれた。……キリスト教の中では少数派の「平和教会」は、非暴力と非戦主義に関して社会に大きな貢献をした。第二次世界大戦中、全米で1万2千人が兵役を拒否し、兵役の代替業務である市民公共サービス (CPS) に従事した。そして「平和教会」を中心に、拒否者を支える全国支援会議が組織され、経費や業務の面で政府と協力して CPS の制度が実施されていた。
今回は受験勉強というより単なる読解に近いことを扱った。そういう性質の実例である。普段よくみている報道の英文とは少々勝手が異なる、こういうパワフルな、感情に訴えかける性質の英文にも、早いうちにたくさん触れておくとよい。
頭がくらくらする話だ。原因と結果の致命的連鎖。しかし、ほかにいくらでもあるこの手の連鎖は、以前に増して多くのひとが考えるべき喫緊の課題となっている。なぜならそれらの連鎖の果てには、また新たな、今回のウイルスよりも恐ろしい感染症のパンデミックが待っているかもしれないからだ。そして連鎖のきっかけとなった遠因には必ずなんらかのかたちで人間がおり、僕らのあらゆる行動が関係しているからだ。
参考書:
*1:ぎこちない、直訳の日本語にしてあるのは意図的なことです。