今回の実例は、報道記事から。「報道」というより時事的なトピックに関するインタビュー記事だが。
テニスの錦織圭選手が、この夏の五輪開催について疑問を抱いていることをオンライン記者会見で述べたという。下記は共同通信の記事より(掲載は毎日新聞):
男子テニスの錦織圭(日清食品)が10日、新型コロナウイルス禍で開催反対の声が目立つ東京オリンピック・パラリンピックについて「一人でも感染者が出る状況なら気が進まない。政治のこともあるが、究極的には一人も感染者が出ない時にやるべき」だと述べ、国民の安全が最優先との考えを示した。……
錦織圭選手が東京オリンピック・パラリンピックについて「一人でも感染者が出る状況なら気が進まない。究極的には一人も感染者が出ない時にやるべき」だと述べましたhttps://t.co/B4XZknHIe4
— 毎日新聞 (@mainichi) 2021年5月10日
ほぼ同じタイミングで、英BBCが大坂なおみ選手に(リモートで)インタビューして、その映像(音声)を添えて、インタビュー内容をまとめた記事を出している。今回の実例はその記事から。記事はこちら:
見出しで引用符(一重の引用符が使われているのはBBCの表記基準によるもので特に深い意味はない)でくくられている "not sure" は、インタビュー内での大坂選手の発言からそのまま持ってきた語句で、直訳すれば「確信していない」となるが、日常語の文脈では "I'm not sure that ..." は "I don't think that ..." と同義といってよい。もっと言えば、 "I don't think it's right that ..." の意味(「…が正しいことだとは思わない」、つまり「…は間違ったことだ」の少し婉曲な表現)である。大坂選手ご自身の発言は、見出しの下に示されているリード文にあるように "not really sure" と、 "not sure" にさらにワンクッション置いたマイルドな表現になっているので、「間違っている」と断言するトーンではないが、示されている見解は、今夏の五輪開催に疑問を呈する内容である。
記事は短いものなので、ぜひ全文を読んでいただきたいと思う。BBC Newsの表記ルール通りに最初の1パラグラフは太字で示されたリード文で、次のパラグラフからが記事の本文となるが、この記事の場合、そこに、開幕まで10週間の現時点で、東京が感染急増(この「急増」について、日本では2020年春の時点で専門家様のどなたかが「オーバーシュート」という珍妙なカタカナ語を使っていたが、英語ではsurgeとかspikeとかいった表現を使う。overshootは「うっかり間違って遠くまで行きすぎてしまう」というのが原義である)による緊急事態宣言下にあることが端的に説明されている。
実例として見るのはその次の部分から。
まずは大坂選手についての説明が書かれ(読者との情報の共有)、すぐに大坂さんの発言の紹介に入る。発言は、多くの部分が引用符*1を使って本人の言ったまま(つなぎの言葉などは省かれているが)、文字にされている。同じ記事にインタビューの映像があるので、突き合わせて確認することもできる。何なら聞き取りの練習素材にしてもよい。
英語としては特に難しいところはないので、記事は素直に読んでいけばよいだろう。
キャプチャ画像の3番目と4番目のパラグラフに、それぞれifの節が入っている。それぞれの用法がはっきりわかるだろうか:
"But as a human, I would say we're in a pandemic, and if people aren't healthy, and if they're not feeling safe, then it's definitely a really big cause for concern."
When asked by BBC Sport if it would be appropriate to stage the Games during a pandemic, the 23-year-old said: "To be honest, I'm not really sure."
3番目のパラグラフのif節(青字)は、《条件を表す副詞節》 のif節(「もし~なら」)である。文意は「もし人々が健康でないのなら、そしてもし彼ら(=人々)が安全だと感じていないのなら、その場合、それは間違いなく、本当に大きな懸念の原因です」と直訳される。
この直訳だと意味がわかりづらいかもしれないが、"not healthy" は sick と読み替えてもよいし、"not feeling safe" は worried, anxious などと読み替えて、「健康を保てず、不安にさらされているなら」といったように解釈してもよい。
そのあと、太字で示した "then" は、あってもなくてもよいthenだが、これはif節で示された《条件》を受けて「その場合は~だ」と述べるときに使う語(副詞)である。コンピューターのプログラミングで「If 条件式 Then 処理1」、「Else 処理2」と記述するが、自然言語(プログラミングの言語ではなく、人間が生活の中で使う言語)としての英語でも同じ論理である。というか、自然言語の論理が元になって、プログラミングでのif/thenができたのだが。
次。4番目のパラグラフの方:
When asked by BBC Sport if it would be appropriate to stage the Games during a pandemic, the 23-year-old said: "To be honest, I'm not really sure."
このif節(朱字)は《名詞節》で「~かどうか」の意味である。
また、太字で示した "when asked" は《接続詞+分詞構文》の形で、「尋ねられたときに」。
if節内は《形式主語のit》の構文で、真主語は "to stage the Games during a pandemic" である。
というわけで、この部分全体で「BBC Sportによって、パンデミックの最中にオリンピックを開催することは適切であるかどうかと尋ねられたときに」の意味になる。
そのあと、下線で示した "the 23-year-old" は大坂さんのこと。日本語の報道記事なら「大坂選手は」と「同選手は」の2種類の表現が記事中に何度出てきてもおかしくないが、英語の報道記事では同じ表現やシンプルすぎる代名詞(この場合はshe)が繰り返し出てきてたどたどしく見えるのを避けるため、こういった言い換えが頻繁に用いられる。その言い換えによって、記事を書いた記者や記事を掲載した報道機関が読者に伝えたい情報を伝えるというテクニックでもあり、これは報道記事を読み慣れていないとなかなか難しいかもしれない。一般的な説明文や学術論文、また普段の友人や家族との会話などでは、この手の言い換えが報道記事ほど頻繁に行われることはない。「ニュースの英語はハードルが高い」と言われるのの一因がこの《言い換え》だ。
また、この文全体の論理構造にも注目しておこう。上で見たパラグラフの前には「私はアスリートですから、やはり最初に思うのは、五輪には出場したいなあということです」という大坂さんの発言がある。それを受けて "But" で始めて「ひとりの人間として (as a human)」の考えを述べている。それが、「パンデミックが収束していない状態で、人々が病気になっていたり不安を抱いていたりするときに、五輪をやるのがよいのかどうか」という内容のものだ。
この《A, but B》の論理構造で重要なのは、話し手が伝えたいのは《A》ではなく《B》である、という点だ。
これは日本語でも同じで、《AだがB》と言えば《B》のほうが本題である。
例えば「お腹が空いているが、カレーは食べたくない」と言う人を、「お昼だから」といってカレー屋に連れていけば、嫌がらせをしているのかと思われてしまうだろう。この場合はラーメン屋なりそば屋なり、何かカレー以外のものを食べさせてくれるところに連れていくのが常識的なふるまいである。
このBBC記事には、大坂選手のインタビュー部分のあとに、錦織圭選手の記者会見での発言が紹介され、またそれとは別に、セリーナ・ウィリアムズ選手が、主に幼い子供と離れたくないという理由で(それだけでなく「本来なら去年行われていたものだからそんなに意識してないし、しかもパンデミックだし」という理由もあるそうだが)東京五輪参加に消極的な見解を示しているということも書かれている。
※3800字