今回の実例は、報道記事から。
アメリカなどの音楽産業では、ひとり・一組の演者の興行をひとつの会場で、何週間かの長期間にわたっておこなうことがある。「レジデンシー residency」と呼ばれるスタイルで、街中のライヴハウス規模の会場で行われることもないではないようだが、多くの場合はラスベガスなどの日常とは切り離されたものとして構築されているエンターテイメントに特化した場所で、超売れっ子の大スターによって行われる。何日も続く公演のうち1度だけを見る人もいるだろうが、一定期間にわたって連日連夜のチケットを取って通い詰める熱烈なファンもいるだろうし、そうなると、ずいぶん前から仕事の休みや宿泊施設などを手配しておかねば、コンサートに「参戦」することもできない。
そういうスタイルでの興行なので、ラスベガスのような場所でレジデンシーができるパフォーマーは、ごくごく限られている。英国の歌手アデルはそのひとりだ。
しかし彼女のレジデンシーは、ドタキャンされた。レジデンシー開始の前日になって、全公演の中止が、彼女自身によってネットで告知された。アデルは涙ながらに事情を説明しているが、この日のために休みを取り、貯金をはたいてチケットとホテルを取り、飛行機も手配して既に現地入りしているファンにとってはたまったものではない――という報道記事が、あちこちのメディアに出ている。
今回、実例として見るのはそれらの記事のひとつで、英BBCによるもの。記事はこちら。
「パンデミックがまだ全然収束には程遠い状況で、そんな公演を計画する方が無謀だ」と思う人もいるかもしれないが、米国では(州によって違いはあるとはいえ)もうそういうところはかなり、パンデミック前の通常モードに近くなっているようだ。この記事でも、アデルの公演中止の件を伝えるメインの部分の下に、こないだまで同じラスベガスで、ケイティ・ペリーが、例によって日ごろの憂さを忘れさせてくれるようなcampなレジデンシー・ショーを日程通りにやりぬいたということが書かれている。
だから、ほんとうに直前まで厳しい状況を告知せずにいたアデルに対して、ファンから厳しい言葉が出ているのは、仕方がないかなと思う。不意の天災や事故ではないわけで告知をぎりぎりまで引き延ばすというのは、避けられないことではなかったのだから。
ともあれ、本題。
記事では、ドタキャンの影響を受けたファンの何人かに話を聞いているのだが、その1人、カンサスシティのジョッシュさんのコメント部分から。妻のヘザーさんが、アデルのコンサートを見るために、飛行機代とホテル代を合わせて1800ドルもすでに支払っているという。おそらくヘザーさんはまだ出発をしておらず、返金を求めてだろう、ホテルの会社(ラスベガスでの興行は、飛行機・ホテルつきのセットプランで販売されることが多いので、日本の感覚だと「旅行会社」かもしれないが)に電話をかけ、つながるのを待っている状態 (on hold) であるようだ。
実例として見るのは、キャプチャ画像内の2番目のパラグラフ:
While Heather was on hold with the hotel company, Mr Chavis told the BBC she was disappointed - and even Adele announcing it a few days sooner "would have made all the difference" in terms of refunds.
太字にした "announcing" はどういうものでどういう働きをしているか、文面を一読してわかっただろうか。また、文意は取れただろうか。
ちょっと長い文で、圧がすごいかもしれないので、ダッシュ(BBCではハイフンをダッシュの代わりに使っているが)の前の部分は、読み取るのに特に難しい要素もなく解説すべきところもないので、外してしまおう。
and even Adele announcing it a few days sooner "would have made all the difference" in terms of refunds.
この文の主述は下線部で示した通り。すなわち、"announcing" が主語で、 "would have made" が動詞である。 '"would have made all the difference"' が引用符でくくられているのは、これがこの記事を書いた記者の言葉ではなく、取材に応じたジョッシュさんの言葉のままであることを示す。
主語になっている "announcing" は《動名詞》で、その前に置かれている "Adele" は《動名詞の意味上の主語》。そのあと、"sooner" までが意味のまとまりで、意味としてはこの部分は、「アデルがあと数日早く、それを告知すること」と直訳される。
動詞の "would have made" は、《仮定法過去完了》で、この文は《if節のない仮定法》になっている。if節の持つ意味、つまり「もし~だったならば」は、主語に含まれている――と説明するとわけがわからないかもしれないが、「アデルがあと数日早く、それを告知すること」という直訳ではなく、「アデルがあと数日早く、それを告知していれば」という意味で解釈すべきということである。
"made all the difference" は《make a difference》の非常に強い表現で、「全然違っていた」ということ。即ちこの文は「アデルがあと数日早く、それを告知していれば、返金という点で『全然違っていた』だろう」という意味になる。
残りは、"Adele" の前にある "even" だが、これは私なら「それを告知してくれていれば」というふうに訳出して、これに込められた《強調》の気持ちを表すだろう。(それがチェックを通るかどうかはわからないが。)
アデルの公演中止の理由は、クルーの半分がコロナに感染していて、公演が終えられる状態にないこと(記事の上の方にある彼女自身のことばによると、 "Half my team have Covid and it's been impossible to finish the show")だという。今、流行している新型コロナウイルスのオミクロン株はものすごいスピードで感染するというし、ほんの数日前までは何とか乗り切れそうだったのに、ここにきていきなりクルーの半分が感染という事態になったのかもしれない。それにしても、これだけの大掛かりな興行で「前日に中止」というのは、誰にとっても不幸なことだ。
いつまで続くのかね……。
※2840字
今日の東京:
東京都内の21日の新たな感染確認の発表は9699人で、3日連続過去最多となりました
— NHK生活・防災 (@nhk_seikatsu) 2022年1月21日
大阪も6200人前後で過去最多となる見通しですhttps://t.co/LLaQlsdyeO
1月21日(金)の東京都における新規陽性者数は9,699人でした。週平均の対前週比は318%です。先週の金曜日は4051人だったので先週同日比で2.39倍になりました。10万人当たりの週感染者数は311.41人です。本日は死亡者の公表はありませんでした。ギリギリで1万人超えを免れた感じです😨 pic.twitter.com/8q2lJnAtk7
— Noguchi Akio (@Derive_ip) 2022年1月21日