このエントリは、2020年10月にアップしたものの再掲である。
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さて、いよいよ前々回と前回に続いて、「病人へのお見舞いの気持ちを英語で表してみよう」の最終回だ。
こんなことは、すでに何冊も世に出ていて、何なら公共図書館にも必ず置いてあるような英文手紙・メールの文例集を見れば1分もかけずに知ることができるのだが*1、それを、数秒で結果が得られて便利なはずのウェブ翻訳(機械翻訳)で実現しようとすると、「実際には意図が通じない英文」を作ってしまうことになる、というのが現在の現実である。企業・団体などでリソースを割り振る権限を持っている方は、どちらが早道か、つまりどちらのほうが「コスト」が少なくて済むか、よく考えていただきたいと思う。
英文手紙・メールの文例集とは、例えば下記のような本だ。今Amazonで検索すると「ビジネス英語」というくくりでたくさん出てくるが、「ビジネス英語」は「ある程度かしこまった文面」ということである。友人同士のような、日本語でいえば「タメ口」の関係でのやり取りは、だいたいはメッセンジャー(LINE含む)で、もはやメールなんか使ってないのだから、「メールといえばビジネス」となるのは合理的といえば合理的だが、使う側は、「ビジネス」に縛られすぎてしまわないほうがよいだろう。
さて、前回記事の末尾に、「それでは、実際にはどのように表現するか」という実例を1つだけ貼り付けた。
ちなみに、ものすごくあっさりした定型文でのお見舞いの言葉がこちら: https://t.co/gwYf6wTRe9 (アイルランド首相)
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年10月3日
これ、丸暗記しておくと、使えますよ。暗記例文なら目的語はyouにして、余計な要素を取り除いて骨格だけにして、"Wishing you a full and speedy recovery." で覚えるといい。これで病気やケガで入院した人へのお見舞いの言葉になります。
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年10月3日
これだけだと特に何の感情もこもってない、形式的な印象になっちゃうのですが、少なくとも、通じない(気持ちが伝わらない、社会的な儀礼を尽くさない奴だと思われる)ということはないでしょう。
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年10月3日
ちなみに「早期の回復」はearly recoveryではなくspeedy[quick] recoveryといいます。この場合の「早期」は「回復までのスピードが速い」ということであり、何らかの時間的区切りの中でのはじめの方という意味ではないので。
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年10月3日
これが「言葉の《意味》を考える」ということです。
アイルランドは英語を使う国で(アイルランド語も使うが、使われる範囲・頻度としては英語が圧倒的である)、アイルランドのミホール・マーティン首相は英語を母語とする、日本語圏でいう「ネイティブ」である。その「ネイティブ」が使っているのがこういう文面だ。
Wishing @POTUS and @FLOTUS a full & speedy recovery from coronavirus
— Micheál Martin (@MichealMartinTD) 2020年10月2日
ちなみに、Twitterアカウント名になっている "POTUS" は "President Of The United States" の頭文字をつなげた略語で、"FLOTUS" は "First Lady Of The United States" のことである。
マーティン首相のこの文面は、かなり略式というか、正直ぞんざいな印象すら受けるが、もともとこの人はあまり形式を重視しまくるというタイプではないので、今回もあまり堅苦しくしなかったのだろう(好意的な解釈)。くだけた文体ではあるが、名前で呼びかけていないことで「個人的なメッセージ」ではないことが強調されていると言えるかもしれない。
逆に堅苦しさを出して「個人としての発言ではございません。国の政府を代表する立場としての発言です」ということを強調しているかのようなのが、オランダのルッテ首相のメッセージ。オランダはオランダ語の国であり、英語は外国語である。首相本人がバイリンガルである場合は英語ツイートは本人が書くかもしれないが、担当の専門家(通訳・翻訳官)が書いていると考えておいてもよいだろう。
On behalf of the Dutch cabinet, I wish President @realDonaldTrump and @FLOTUS a speedy and full recovery from COVID-19.
— Mark Rutte (@MinPres) 2020年10月2日
この2例を見ればわかるが、手紙文で-ing形で書き始めるのは、一人称の主語 (I, we) をある意味で省略した形である。というか、"I am -ing", "We are -ing" の《主語+be動詞》の省略だ。こういうときになぜ進行形を使うのか、説明していると書き終わらなくなるのでそこは今回は割愛する。
I am[We are] wishing you a speedy recovery.
= Wishing you a speedy recovery.
一方、大統領選挙でトランプ大統領が戦う相手であるジョー・バイデン候補(元副大統領):
Jill and I send our thoughts to President Trump and First Lady Melania Trump for a swift recovery. We will continue to pray for the health and safety of the president and his family.
— Joe Biden (@JoeBiden) 2020年10月2日
非常に丁寧で、なおかつフォーマルな文面で、大統領夫人(ファーストレディ)に対しても個人の名前を使っているあたり、とても気配りがなされているという印象だ。
この先、さらに実例を挙げていくが、その前にまず、「~さんに、お見舞い申し上げます」の定型表現をまとめておこう。
ジョー・バイデンの丁寧な文面もとてもよいのだが、「病気のお見舞い」の定型文はアイルランド首相やオランダ首相の使っている "I wish ~ a speedy*2 recovery" を覚えておくのが最も汎用性が高くて便利だろう。他に "(I am) sending my best wishes to ~" という定型文もよく使われる。バイデンの "We send our thoughts to ~" は「病気のお見舞い」に限らず、苦境にある人に向けたお見舞いのメッセージで、信仰がある人々の間では "We send our thoughts and prayers to ~" という形もよく見られる。この8月のレバノンでの大爆発のあとは、私が見ているTwitterの画面には世界中のイスラム教徒やキリスト教徒からこの文言が流れてきていた。
以下、各国首脳の「トランプ大統領への病気見舞い」のツイートを、@yunodさんがまとめて連ツイしてくださっているスレッドからいただいたものを中心に、挙げていこう*3。
英ジョンソン首相(もちろん母語は英語で、教育だけは一流の教育を受けてきた人)。それなりにフォーマルでそれなりにくだけた一般的なお見舞いメッセージ文という感じ。第二文の "Hope ~" は命令文ではなく、手紙文における一人称主語の省略で、"I hope ~" ということ。この形式の文でhopeの目的語となるthat節の時制はどうしたらいいか、ある程度英語が書ける人は頭を悩ませることが多いと思うが、その点でも参考になるだろう(もちろん、willを使ってもよい。下の方にあるフォン・デア・ライエン氏のメッセージを参照)。
My best wishes to President Trump and the First Lady. Hope they both have a speedy recovery from coronavirus.
— Boris Johnson (@BorisJohnson) 2020年10月2日
アイルランドのマーティン首相もだけど、coronavirusに定冠詞つけないんだね。なぜだろう……とここで脱線すると帰ってこられなくなるので、脱線しないで先に行こう。
インドのモディ首相。アイルランド首相と同じスタイルだが、"my friend"という呼びかけを入れたことで、事務的なトーンではなくフレンドリーな感じになっている。
Wishing my friend @POTUS @realDonaldTrump and @FLOTUS a quick recovery and good health. https://t.co/f3AOOHLpaQ
— Narendra Modi (@narendramodi) 2020年10月2日
イスラエルのネタニヤフ首相。私が見た中で最もパーソナルなトーンなのがこのツイート。実際「マブダチ」なんだろう。
Like millions of Israelis, Sara and I are thinking of President Donald Trump and First Lady Melania Trump and wish our friends a full and speedy recovery. https://t.co/UcxQpsxBLE
— Benjamin Netanyahu (@netanyahu) 2020年10月2日
米国との間にはいろいろある、トルコのエルドアン大統領。これは翻訳官が仕事をしているという印象。
I wish a speedy recovery to U.S. President @realDonaldTrump and @FLOTUS Melania Trump, who tested positive for COVID-19.
— Recep Tayyip Erdoğan (@RTErdogan) 2020年10月2日
I sincerely hope that they will overcome the quarantine period without problems and regain their health as soon as possible.
治ってもいないのに強引に退院してホワイトハウス内を動き回り、感染を広げているというのがニュースになっている今から見ると、エルドアンのメッセージにある "they will overcome the quarantine period" というくだりは苦笑を引き起こさずにはいられないね。
あと、エルドアン氏のこの文面を日本の菅氏の文面と比較すると、菅氏の(おそらく機械翻訳をそのままコピペした)文面の何がどうおかしいのかが際立って見えると思う。
Dear President Trump,
— 菅 義偉 (@sugawitter) 2020年10月2日
I was very worried about you when I read your tweet saying that you and Madam First Lady tested positive for COVID-19. I sincerely pray for your early recovery and hope that you and Madam First Lady will return to normal life soon. https://t.co/KcZHxqzhNg
病気見舞いにおける 「日常を取り戻す」は "return to normal life" ではなく "regain their health" である。《意味》を考えれば当たり前のことだが。
トランプとはあれこれあるWHOのテドロス事務局長は、あっさり淡々として儀礼(だけ)は尽くしているという感じ。
My best wishes to President @realDonaldTrump and @FLOTUS for a full and speedy recovery. https://t.co/6OUZT20huK
— Tedros Adhanom Ghebreyesus (@DrTedros) 2020年10月2日
あっさりはしているけれど、これで十分にフォーマルですよ。「お見舞い」の気持ちは十二分に伝わる。「~との知らせを聞いて心配した」みたいなことはいちいち書かなくていいんです。むしろ、そういうことを書くのは奇妙。
同じくトランプとはいろいろあるカナダのトゥルードー(トルドー)首相:
Sophie and I are sending our best wishes to @POTUS Trump and @FLOTUS. We hope you both get well soon and have a full recovery from this virus.
— Justin Trudeau (@JustinTrudeau) 2020年10月2日
文頭の「ソフィー」は首相夫人で、この3月に英国に行ったあとに新型コロナウイルス陽性となって、回復した。 ソフィーさんが陽性となったことで夫のジャスティン・トゥルードー首相も自己隔離して自宅で仕事をしていた。
台湾は外交部から、外交としてしっかりした文面(だけど、"and" を記号で表記するのはあまり勧められない)。
Our best wishes to @realDonaldTrump & @FLOTUS for a speedy recovery & return to full health. The government & people of Taiwan stand with the U.S. at this testing time. https://t.co/wrSyXB4uGj
— 外交部 Ministry of Foreign Affairs, ROC (Taiwan) 🇹🇼 (@MOFA_Taiwan) 2020年10月2日
パキスタンのイムラン・カーン首相もシンプルなメッセージだが、首相訪米時の写真をつけている。パキスタン、インド、アメリカというプレイヤーの中で自国とアメリカの関係を際立たせる意図でのガチの外交であろう。
Prime Minister @ImranKhanPTI wishes @POTUS Donald Trump and @FLOTUS Melania Trump a speedy recovery from COVID-19. pic.twitter.com/EhPrxD3pZ5
— Prime Minister's Office, Pakistan (@PakPMO) 2020年10月2日
っていうかすごい勢いで連投してるな。個人アカウントで投稿して、首相府アカウントで投稿して、さらに写真を付け加えて再投稿。でも文面はほとんど変わらない。
Prime Minister of Pakistan @ImranKhanPTI wishes @POTUS Donald Trump and @FLOTUS Melania Trump a speedy recovery from COVID-19. https://t.co/cbdv1Ed9iM
— Prime Minister's Office, Pakistan (@PakPMO) 2020年10月2日
この例からもわかるだろう。何度投稿してもブレないくらいに、この "wish ~ a speedy recovery" というフレーズはこういう場合の定型表現だ。逆に言えば「お見舞いのメッセージ」としてこの表現が出てこないということは、英語を使う以上は、まずありえないと考えてよい、ということだ。
その定型文に何か特別に付け加えたいことがある場合は、定型文("wish ~ a speedy recovery")のあとに付け加える。年末年始の挨拶で "We wish you a merry Christmas and a happy new year" という定型文を書いたあとに、「来年もまた一緒にサッカーしようね。ご家族によろしく」みたいなパーソナルなメッセージを付け加えることを想起してほしい。それと同じである。
そういう付け加えがあるのが、欧州理事会のシャルル・ミシェル議長(元ベルギー首相)のメッセージ:
Wishing @realDonaldTrump and @FLOTUS a speedy recovery. #COVIDー19 is a battle we all continue to fight.
— Charles Michel (@eucopresident) 2020年10月2日
Everyday.
No matter where we live. https://t.co/w5WH1pgvpB
付け加えられているのはパーソナルな思いやりのメッセージとは言い難いが、形式を知るという点ではとてもよいお手本である。ちなみにEUの上層部は英語が使えないと仕事にならないのでみんな英語ができる。欧州連合加盟国のばらばらの言語をつなぐ共通語として機能しているのが英語だ。
欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は "my best wishes to ~" の形の定型文。
My best wishes to President Trump and First Lady Melania Trump. I hope you will have a speedy recovery from the coronavirus!
— Ursula von der Leyen (@vonderleyen) 2020年10月2日
上の方で見た英ジョンソン首相のメッセージと異なり、ここではhopeの目的語のthat節の中でwillを使っている。教科書通りである。
ほか、各国首脳がどのように反応したかは、例えば下記のVox.com記事にまとめられている。
ここで、中国の国営メディアの偉い人が当初「ほら、いわんこっちゃない」的なことをツイートしていたということが書かれているのだが、その中国からは*4香港のSCMP:
中国の習近平氏が見出しになっているが、中身は「各国首脳のメッセージまとめ」で、北朝鮮の金正恩氏のメッセージも紹介されている。
だが、日本の菅氏のメッセージは拾われていない。これら2つの「まとめ」記事だけでなく、NBCやUSA Todayなどほかの媒体の記事でも拾われていなかった。おそらく、記事を書く立場の人たちに、あれが「お見舞いのメッセージ」だとわかってもらえていないのだろう。定型文を使ってないから、ワード検索で引っかかりもしないし。
何度でもいうが、「がんばってえーごにほんやくしました」は、ああいう立場の人の発言としては、通用しない。実際にどこか外国に訪問して、その土地の言葉であいさつをするのは敬意の表現だが、文書(Twitterだって一応文書である)で発する外交の文面がああだということは、日本国民にとって、悪夢といってよい事態だ。それは政権を支持するかどうかとは別の話である。ダメなものはダメなのだ。
というところで昨日のニュース:
首相の英文投稿 党内から苦言https://t.co/r7rpKJV4vH "菅首相がトランプ夫妻の新型コロナウイルス感染を受け、ツイッターに投稿したお見舞いメッセージに対し、7日の自民党外交部会で「英文のレベルが低すぎる」と苦言が相次いだ。外務省の担当者は「サポート態勢を組んで対応する」と低姿勢だった"w
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年10月7日
外務省のせいにされてるのか。さすがに気の毒だなw
"夫妻の感染を知り「心配した」とする英文が「I was worried」と過去形になっており、出席議員は「今は心配していない、という意味に受け取られる」と指摘した。「日本語を自動翻訳したような文章だ」との酷評も上がった。" ていうか実際に機械翻訳だったじゃない。 pic.twitter.com/illcQQ220j
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年10月7日
そもそも「お見舞いのメッセージ」で「心配している」なんて書くのが変。行方不明者かっていう感じ。「今は心配していない、となるのはおかしいから、現在形にしろ」という話ではなく、「心配している」などと書かない、というのが本質です*5。というか別にそう書いてもいいけど、その前に「お見舞い」だとわかる定型文が必要です。どんなに拙くても、"My best wishes to ~. I got worried when hearing the news, but now I'm relieved after they put you in a big hospital." くらいの文面は書けるようにしておきましょう。これはこれで途方もなく拙い感じがするけど……デイヴィッド・ベッカムっぽい。言葉数は多いけど何も言ってないという文面ですね。
以上、今回はめっちゃくちゃ長くなって現時点で9500字近いのだけど、これ以上この話題をずるずる続ける気はないので、この辺で。
首相官邸は、英語でメッセージを発信できる専門家を雇ってください。
参考書:
ビジネスEメール・チャットツールの英語表現 社内・取引先とのやり取りで今すぐ使いたいビジネス文例と入れ替えフレーズ (Eメールテンプレートダウンロードつき) (今すぐ使えるビジネス英語表現シリーズ)
- 作者:松浦 良高
- 発売日: 2019/10/21
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
*1:翻訳者はそういうのを見なくても書けるかもしれないが、日本語圏で学習してきた翻訳者であれば、今何も参照しなくてもお見舞いの文面くらいさくっと書けるという人たちも、最初は文例集を見ていたはずだ。
*2:speedyの代わりにquick, swiftといった語が用いられることもある。earlyは
https://twitter.com/nofrills/status/1312316756891893761 ということで、用いられない。
*3:この上の部分にも@yunodさんのスレッド経由で引用したものがあることをおことわりしておきたい。
*4:「中国からは」と書かなければならなくなってしまったね。
*5:例えば急に倒れた人へのメッセージで「入院したと聞いて心配していましたが、大事に至らなくてよかったです」という文脈でもあれば「心配」が出てきても不自然ではないかもしれないが、トランプ夫妻の感染はそういうことでもない。