このエントリは、2020年11月にアップしたものの再掲である。
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【後日追記】この件についてのエントリはカテゴリでまとめて一覧できるようにしてあります。【追記ここまで】
今回も引き続き11月18日のエントリやそれに続くエントリ群へのブコメへのお返事的なことを。(細かい事実誤認・誤記などはスルーしてます。すみません。例えばこの誤訳をやらかしたのが共同通信であるというブコメが散見されますが、そうではなく時事通信です。)
ブコメでは、"A pleasant if awkward fellow" というフレーズについて「このifは知らなかった」「このifは習っていない」というものを含め、《形容詞A if 形容詞B》の構文に関する反応が見られたのですが、それについて少し整理しておくと役立つかなと思いました。
これは《譲歩》のif節と《省略》の合わせ技です。それについて本稿は詳しく書きます。
なお、「このifの用法はとても高度なものなので難しくて訳せなくても当然」という方向の誤訳弁護のような言説もあるようですが、まず、どんなジャンルにせよ、英語を使って仕事をするレベルの人にとってこのifが「高度」ということは、ありえません。翻訳を業とする者はもちろん、翻訳まではしなくても英語で情報を収集するのが仕事という人にとってもです。
それから、報道機関で記事を出す判断をする立場、決定権を持っている立場の人たちは50歳近辺かそれ以上だと思うのですが、現在その年齢の人は「受験戦争」「詰め込み教育」と呼ばれた状況を生きてきた人で、なおかつ、あの時代に報道機関に入れたのは「受験戦争」に「勝った」エリートがほとんどです。就職するまであのifを知らずに過ごしてきたということは、まず考えられません。そのくらいの基礎力があっても、しばらく英語を使っていなければ忘れてしまうということもあると思いますが、報道機関の中で英語を使って仕事をしてきた人があのifを忘れるということは、ありえないと断言してよいです。
そのくらい、英語で仕事をする上では重要で基本的なことです。
なので、全然知らなかったという場合だけでなく、わかってるつもりだけど実は不安という場合もあらためて確認はしておくべきでしょう。
目次
《譲歩》のロジック
《形容詞A if 形容詞B》の構文については、18日に書いた通りですが、要点だけいうと、このifは英文法用語の《譲歩》の意味です。
この《譲歩》という用語はわかりづらいかもしれませんが、基本的に「BではあるがAだ」「BだがAだ」という意味を表す構造のことです。この構造では、あくまでも重点は「Aだ」にあります。意見が対立している相手の言い分を聞いて(譲歩して)、それでも自分の意見を強く言う、という状況をイメージするとわかりやすいと思います。例えば:
ウィリアム: 午後はまったりと、ネットフリックスで映画見ようよ。
ケイト: それもいいけど、まずは掃除を終わらせちゃわない?
この場合のケイトの「それもいいけど」が《譲歩》の態度です。でも「まずは掃除を」という自分の意見を強めに主張するときのスタイルです。
ケイトにこう言われたときに、ウィリアムが「ネットフリックス見るの、いいって言ったじゃん」と食い下がると、ケイトとしては「はぁ? 話聞いてんの?」となってしまいます。これが重点の問題です。この構造を使うとき、ケイトはウィリアムの言い分に賛成しているのではなく、自分の考えを示したいのです。ウィリアムに賛成するだけなら「それもいいけど」の「けど」は余分です。
また:
今日は風が強いが、寒くはない。手袋はいらないだろう。
この場合のロジックは「今日は寒くないから、手袋はいらない」です。「風が強いが」は本題ではなく、一応考慮はしてみたが、結論には影響しないようなことです。結論には影響しないにもかかわらずあえて「風が強いが」と言っているのは、その事実は認識しているということを言うため、あるいは確認するためです。
また:
このブドウ、おいしいけど、高すぎるんだよなあ。
この場合は、「このブドウは高すぎるから買えない」という否定的な結論への流れのなかで、「このブドウはおいしい」という肯定的な面を認めている(少し譲歩している)わけです。「決して全面的に否定するわけじゃないよ、肯定的な部分も認めてるよ、でも結論はノーだなあ」という感じです。そこには「もうちょっと安かったら買うかなあ」とか「半額なら絶対買う」といった含みもあります。つまり全否定ではないわけです。
英語での《譲歩》の表し方
「BではあるがAだ」「BだがAだ」という意味を表したいときに使えるパターン(基本形)は、英語では何通りかあります。以下では「これらのブドウはおいしいが、高価だ」という文を例に、基本形を示していきます。なお、当ブログの常として、ここでも基本的な参考文献として江川泰一郎『英文法解説』を参照しています。
「BだがAだ」を言う最も単純な形は《B but A》でしょう。この構文では、重点はAにあります。ただしざくっと説明するとbutは《等位接続詞》で、副詞節を作るわけではないので、《譲歩》扱いされません。こういうことがあるので英語が嫌いになる人が多いということは知っていますが、当ブログはそこをぶち壊したいわけではないのでしばらくお付き合いください。butを使う形は、《譲歩》云々以前の一番シンプルな形と思っておいてください。
These grapes are delicious, but (they are) expensive.
though B, A または A though B
《B but A》と同じことを、従属節(副詞節)を作る《従位接続詞》を使って表すことができます。ここで使う接続詞はthoughです(althoughと書くこともあります)。これが《譲歩》の構文です。この場合は、《though B, A》または《A (,) though B》という2通りの形が作れます。どちらの場合も重点はAにあり、原則として前者はコンマ必須、後者は、文が短ければコンマなしが普通です*1。
Though these grapes are delicious, they are expensive.
These grapes are expensive though they are delicious.
この形は、接続詞を先頭にした節を箱に入れるイメージを作るとわかりやすいです。「おいしいが」と、《譲歩》の対象になる方、つまり重点が置かれない方の情報を、接続詞が先頭となる箱に入れて、その箱ごと文の先頭に置くか、後方に置くかします。
[ Though these grapes are delicious, ] they are expensive.
These grapes are expensive [ though they are delicious ].
(このブドウは、おいしいが、高い)
箱に入っていない方が《主節》です。
even if B, A または A even if B
「たとえBでもAだ」と、thoughよりもさらに強いニュアンスをもっている表現が、even ifを使った表現です。これはifの代わりにthoughを使ってeven thoughと書いても同じことですが、ここではeven ifで統一します。even ifは2語で1つの接続詞のように扱います。
基本形は《even if B, A》または《A even if B》です。これもまた重点はAにあります。ブドウの例文はこうなりますが:
[ Even if these grapes are delicious, ] they are expensive.
These grapes are expensive [ even if they are delicious ].
意味は「たとえおいしくたって、このブドウは高い」という強い感じになります。「ちょっと買えないなあ」という方向性で、単なるexpensiveというよりtoo expensiveという空気感があります。「どんなにおいしくたって、高すぎて買えないよ」と。
このevenが省略されてただのif節になることがある (《譲歩》のif節)
そして、英語は理不尽でとてもめんどくさいのですが、このeven ifのevenが省略されて*2、ただのif節になることがあります。どういうときにそうなるかというと、江川では「文脈によってはifだけで 'even if' の意味を含むことがある」(p. 393) とだけ書かれています。
一方で『ロイヤル英文法』はもう少し懇切丁寧で、いきなりevenのない形を示したあとで、「if節が譲歩の意味で用いられる場合は後ろに置かれるのがふつうであるが、前に置かれることもある。ただし、ifをeven ifの意味で用いるのは、文脈でそれと明確な場合に限られる」(p. 625) と説明しています。 例文がないと何のことかわからないかもしれませんが、例文は本でご確認ください。
説明を読んでも「なるほど、わからん」かもしれませんが、要はif節を見たときに、「もし~なら」という《条件》のif節で解釈して意味が通らなかったら、《譲歩》のif節(even ifのevenが消えたもの)と考えればよいわけです。少々強引な例文ですが、次のように考えてみましょう。
The baseball game will be postponed if it rains.
〇もしも雨が降ったら、野球の試合は延期だ →《条件》のif節
×たとえ雨が降っても、野球の試合は延期だ →意味が通らない
The baseball game will be on if it rains.
×もしも雨が降ったら、野球の試合は実施する →意味が通らない
〇たとえ雨が降っても、野球の試合は実施する →《譲歩》のif節
= The baseball game will be on even if it rains.
これについて「“even ifがifになる現象というのが英語学習者にはとてもわかりづらい。私もいまだによくわからない。ただ野生の勘みたいなのは備わっているので『このifは実はeven ifだな』という判断はできる」と書いたらウケてしまった感がありますが、この「野生の勘」はそれなりの努力の結果です。高校生のとき、これがわからなくてどんだけ泣いたことか。ここがわかんないと突破できない壁があったから必死でしたよ。
複合関係詞
英語で《譲歩》を表す形には、もうひとつ、《複合関係詞》*3を使うというのがありますが、今回説明したいこととは関係がないので、ここではスルーします。必要なら《複合関係代名詞》のカテゴリをご参照ください。
《省略》
続いて《省略》について。これは「受験戦争」の時代でも、学校で丁寧に習うということはなかったと思います。文法の教科書の最後の方に「特殊構文」として倒置や強調の構文と一緒くたにされてちょろっと付け足しのようについていて、問題集でもささっと終わらせられてしまう。実際、受験勉強のレベルならあんまり詳しく知らなくても大丈夫かもなあというところです。
しかし実務で英語を使うようになると、読むにせよ書くにせよ頻出なので、「知らない」では済まされない。そこでいろんな文法書などを見て勉強するわけですが、特にこれというルールがあるわけではない場合も多いので、体系だった説明を読んで納得するということがなかなか難しいです。
副詞節における主語とbe動詞の省略
一般論としてはそうなのですが、《副詞節における主語とbe動詞の省略》はかなり体系的な説明がなされている分野で、受験勉強でも普通に出てきます(昔の「受験戦争」の時代だけでなく、今でも出てきています)。普段読み書きする英語でも頻出です。例えば:
Andy wanted to be a professional footballer when (he was) young.
このように、主節の主語と副詞節内の主語が一致する場合で、なおかつ副詞節内の動詞がbeの場合は、副詞節内の主語とbe動詞が省略されることがよくあります。この省略は、《時》や《条件》、《譲歩》の副詞節に見られます(江川, p. 403)。
類例を、ウェブ検索で拾ってみました。
How to protect yourself from coronavirus while (you are) in Tokyo/Japan*4
あと、「推定無罪」をいう "innocent until proven guilty" は、"One is innocent until s/he is proven guilty." という文が元で、untilの副詞節内の主語とbe動詞の省略が行われた形です。
if節における主語とbe動詞の省略
この省略は、if節でもよく発生します。
If (you are) unable to sleep, count geese*5
Auto Deploy should use project's helm chart, if (it is) available*6
これは高校の英語の授業でも習っているはずですが、昨今のように学校教育から「文法」という名目が駆逐されてしまう前も、この《省略》を文法事項として習った人はさほど多くないと思います。というのは、この事項はスペース(ページ数)の問題で教科書の文法項目に入らなかったり、授業時間の問題で文法項目から外されたりすることが多く、「熟語」や「慣用表現」として欄外に注をつけるような形で流されてしまうことが珍しくないためです。
教科書の本文の外にある注は、そのレッスンのときだけわかってればいい的に軽く扱われがちですが、実はそこに、受験が終わったあとに重要になってくる項目がさらっと書かれていたりすることもありますから要注意です。
さらに、この形の省略とは別に、《慣用的なif節における省略》と扱われているものもあります。「主節の主語と副詞節内の主語が一致する場合で、なおかつ副詞節内の動詞がbeの場合における、副詞節内の主語とbe動詞の省略」(《副詞節における主語とbe動詞の省略》)とは別に、日常生活で頻出するために省略形が定着してしまったようなものです。例えば:
Restart your phone if necessary.
この "if neccessary" は、本来は "if it is necessary" としないと完全な節の形にならないのですが、普段使われることが頻繁なので、慣用表現化してit isが抜けた形が定着しています。
高校生向けの文法書(「なんとか総合英語」と銘打ってある参考書)などでも、if節におけるこれら2パターンの省略が、本文とは別の枠に囲まれたコラム的なところでまとめて掲載されていることもあります。この手の文法書で私の手元にあるのは、桐原書店から出ている『アトラス総合英語』の3刷(2014年)だけなのですが、「接続詞」を扱ったユニット (p. 475) の「表現」というコラム内と、「特殊構文」のユニット (p. 574) の「参考」という欄で2パターンを一緒くたに扱っていくつか具体例が列挙されているだけで、特に解説らしい解説はないようです。『総合英語フォレスト』や『総合英語エバーグリーン』のような文法書でも同様の扱いだと思います。
実際問題、理屈がどうこういう以前に覚えてしまう必要がある形なので、2パターンを一緒に扱って一緒に覚えてしまうのは効率がよいのですが、単に覚えただけだと、「これっていったいどういうことよ」と考え始めたときにわからなくなって壁にぶちあたってしまいます。でも実は考える手掛かりは全部記載されていますから、こういった参考書の記述は、カッコに入れられた記述があるかないかなど細かいところにも注意して慎重に読んでみるのがよいでしょう。
ちなみに『アトラス』では、今回のオバマ回想録に見られた《形容詞A if 形容詞B》の形も扱われています。次の例文です (p. 475)。
Her score was, if not perfect, fairly high.
(彼女の得点は、満点ではないにせよ、かなり高かった)
→ if not perfect = (even) if (it was) not perfect
《形容詞B》のほうにnotがついている形ですが、これをimperfectと置き換えてみると、オバマ回想録にあったのと同じパターンになります(ただし意味はちょっと変になってしまいますが……imperfectとnot perfectは必ずしも完全に同じ意味ではないので)。
Her score was, if imperfect, fairly high.
解説として付け加えられている "if not perfect = (even) if (it was) not perfect" に、実は、今回当ブログで7000字も使って説明してきたことがほぼ全部入っています。
いかがでしたか?
当ブログでは《省略》はカテゴリーとしてまとめてありますから、そちらもチェックしてくださいね。
hoarding-examples.hatenablog.jp
ちなみに編集陣が銀河系軍団の様相を呈していた小学館『プログレッシブ英和中辞典第3版』(現行は5版)はこのifを次のように説明しています。
古書でしか手に入りませんが、古書店では格安で買えます。
参考書: