今回は、前回の続きで……
と、今回はここまで。
タブばかり大量に開いてあって、ブログが1字も書けない。「今回の実例は、前回の続きで」の先が、1文字も書けない。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年4月19日
なぜか。
案の定、「ハマスのロケット」でこれ。もうねwwwwwwwwwwとしか反応できないんですよ。私は疲れています。ウクライナ侵略との対比が、もうほんとね。ダブルシンクしないと直視できないですよねー。 https://t.co/TvZj6AhLQi
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年4月19日
前回のエントリに書いたんだけど、エルサレムを1947年の国連決議で国連の永久信託統治ということになった場所と説明することなく、「ユダヤ教とイスラム教の聖地」と(もう一つとても重要な「キリスト教」を抹消した形で)説明することを繰り返し、それによって「ユダヤ教とイスラム教の聖地であるエルサレム」という一種のセットフレーズ(熟語)を人々に強く認識させる(刷り込む)――ひと昔前の「イスラム原理主義組織ハマス」の連呼を参照――、また、国連決議を無視してエルサレムを実効支配し、東エルサレムでパレスチナ人たちに対して好き放題に振舞っている占領者たちについて、その「占領」という行為に言及しないことによって透明化し、今回のように、モスクの中に占領者が踏み込んで、モスクの敷地内で礼拝に訪れた人々に乱暴をはたらき、モスクの建物を損壊する、ということが行われているのを「衝突」と呼ぶことは、控えめに言っても、極めて不誠実なことであるのだが、言うまでもなくこれは「日本のマスコミ」だけの問題ではない。
International media is at it again.
— Marwa Fatafta مروة فطافطة (@marwasf) 2022年4月15日
These are not “clashes”. These are assaults on civilian worshippers inside of a mosque by heavily armed occupation force in an occupied city.
Occupation is what “sparked the violence”. https://t.co/zdJvAOgVoo
マルワ・ファタフタさんのこのツイートの第1文にある《be at it again》は日常的な表現だが、新聞記事で使うような明快な描写の表現ではないし、学術論文で使うようなアカデミックな表現でもないので、ひとつの表現として意味を知らなければ、「"be" も "at" も "it" も、単語は全部知っているのに、文の意味がわからない」ということになり、けっこう大変である。辞書を引いて調べようにも、全部が平凡な単語でどこにもポイントがなさげだから、どの単語で見ればいいのかわからない。
そういうときがネットの出番で(単語単位で意味がわからないものがあったときは、ネットではなく辞書を参照すべきである)、普通にウェブ検索すれば、下記のような辞書サイトのエントリがヒットするだろう。
この "be at it" は、好ましいことにも好ましくないことにも使うのだが、 "again" がついた形は好ましくないことに使うことが圧倒的に多い。呆れたとかうんざりだというネガティヴな気持ちを表すのだ。
というわけで、 "International media is at it again." は「国際メディアがまたやってる」の意味。
そのあと:
These are not “clashes”. These are assaults on civilian worshippers inside of a mosque by heavily armed occupation force in an occupied city.
明示されていないが、ロジック(論理)としては《not A but B》である。スピーチなどでもよく使われる形だ。
This is not a "special military operation". This is a war on innocent civilians.
(これは「特殊軍事作戦」などではない。無辜の一般市民に対する戦争だ)
というわけで、マルワさんのツイートのこの部分は、「これらは『衝突』などではない。占領下にある都市で起きた、モスクの中にいる一般の(民間の、非戦闘員の)礼拝者に対する、重武装した占領当局による襲撃である」という意味。
次の文:
Occupation is what “sparked the violence”.
《関係代名詞のwhat》の節が、文の補語になった形。「占領が、『この暴力を引き起こした』ものである」と直訳される。もっとこなれた日本語にすれば、「占領があるからこそ、『この暴力が引き起こ』されているのである」といったふうになるだろう。
マルワさんのこの指摘は、パレスチナの人々からはしょっちゅうなされているのだが、世界のマスコミ様には馬耳東風であり、日本のマスコミ様も例外ではない。
そして、この「占領が暴力の原因である」という見解は、実はとてもわかりにくい。「占領」がどういうものかを理解していなければ、この見解を理解することはできないし、「占領」がどういうものかを理解することは、さほど簡単ではない。日本も「占領」を経験しているが、沖縄は別として、「占領」は嫌なものだというナラティヴがないし、それについて語られることもほとんどないわけで、「占領」がどういうものか、パレスチナ人が言うことが「占領」という言葉だけでは通じないのだ。「実効支配」といったほうがまだ具体的なイメージを伴って響くだろう。
一方、アル=アクサ・モスクがイスラエル当局に襲撃され、モスクの中が荒れた状態になったのを、このモスクで礼拝する人々は放置しておかない。
Every time Israeli occupation forces attack worshippers at dawn on a Friday in al-Aqsa Mosque, as soon as the raid is over, hundreds of Palestinians clean the mosque to make sure Friday prayers (noon-ish) can be held.
— Layth Hanbali (@LaythHanbali) 2022年4月15日
The defiance that defines Palestinians. https://t.co/Zy0rxJ3kOW
《every time》は接続詞句で、直後にS+Vの構造を取り、「~するときはいつでも」の意味の副詞句を作る。《as soon as S + V》も同様に接続詞句+S+Vの構造である。
《make sure (that) ~》は「確実に(ちゃんと)~する」の意味で、"to make sure ~" は《目的》を表す《to不定詞の副詞的用法》。
文意は、「イスラエル占領軍が、金曜日の夜明けにアル=アクサ・モスクの礼拝者を襲撃するときはいつでも、急襲が終わったらすぐに、何百人というパレスチナ人がモスクを清掃し、金曜日の礼拝が(正午ごろに)行われるようにする」ということになる。
次の "The defiance that defines Palestinians." はS+Vの構造を含まない、日本語でいえば「体言止め」の形のフレーズで、"that" は関係代名詞の主格。「パレスチナ人を定義する不屈の抵抗」といった意味になる。
はあ、何とか書いた。
ほんとは、書こうとして手元に溜めている内容と分量は、こんなもんじゃない。
ウクライナで起きていることについて、「(ウクライナとロシアの間の)戦争」と呼ばずに「(ウクライナに対するロシアによる)侵攻」と呼んでいる(つまり「非対称」な関係を前提としている)媒体が、イスラエル/パレスチナのこととなると、「ひたいしょうなにそれくえるのおいしいの」的に「衝突」だの「聖地」だのを繰り返す。
あはははははは。
※3500字