今回の実例は、前々回および前回と同じ記事から。前置きなどは前々回のエントリをご参照のほど。
今回は、前回読んだところよりもさらに少し先の部分を読んでみよう。
記事はこちら:
Gerhard Schröder has become the most prominent face of a long era of miscalculation that left Germany deeply reliant on Russian gas. He expresses no regret and has also profited handsomely from it, earning millions while promoting Russian energy interests. https://t.co/4gMhiZwkXH pic.twitter.com/Bqhp9Y3lVJ
— The New York Times (@nytimes) 2022年4月23日
キャプチャ画像内にあるパラグラフ3つ、いずれにも重要なポイントがある。
1つ目:
Mr. Schröder refuses to resign from his board seats on Russian energy companies, despite calls to do so from across the political spectrum, not least from Chancellor Olaf Scholz, a fellow Social Democrat, who worked closely with Mr. Schröder when he was chancellor.
下線で示した部分、《refuse to do ~》は「~することを拒む」の意味。このように《to不定詞》が入った連語はたくさんあるので、何が何やらわけがわからくなってしまっているという人は珍しくない。その場合、よりがっさりと、「~しようとしない」という意味の連語ということで、他の同じような意味の連語とまとめてノートに書きつけておくと頭に入りやすくなる。
青字で示した "do so" は、すぐ前の "resign from his board seats" を受けている。その前の《despite ~》は「~にもかかわらず」の意味の前置詞で、そのあとの "calls" はここでは名詞である。意味は「そうするようにという要求にもかかわらず」と直訳される。この直訳の訳語の「要求」に違和感があるとかそういうことは、ここは翻訳ブログではなく英語学習ブログなので突っ込んでは考えない。
そして、太字で示した《not least》は、これもまた重要な熟語で「少なからず」とか「とりわけ」といった意味。これは否定と最上級がくっついていて意味がとらえにくいというか、意味を考えている間に訳が分からなくなってしまう人が多いが、「最も少なく+なく」と直訳され、「最も少ない」とは逆の意味を表している、という理屈で考えてみるとよいだろう。
大まかには、このパラグラフは、シュレーダー氏にはロシアのエネルギー企業の理事職から退いてほしいという声が、ドイツの政界全体から上がっており、中でも、かつてシュレーダー氏が首相だったころに同じSDPに属して彼を支えていた現在のショルツ首相も、そのように求めている、ということを述べている。
次:
Distancing himself now, Mr. Schröder said, would lose him the trust of the one man who can end the war: Mr. Putin. Even so, after all of his years of close relations with Mr. Putin, he walked away with nothing during his one brief interlude trying to mediate in the Ukraine conflict.
このパラグラフは、最初の "Distancing" の -ing形は何だろうか、というところがポイントとなる。
こういうパターンの-ing形は分詞構文であることが非常に多いので、このパラグラフを目にしたときは最初は分詞構文かな、と思って読み進める。すると、そのあと、"... himself now, Mr. Schröder said" まではその解釈で問題なく、「その時はすでに距離を取っており、シュレーダー氏は次のように述べた」という意味かな、というように頭の中で考える。
だが。
そうするとその次に出てくる ", would lose him the trust of..." とつながらない。つながらないというか、慎重に読んでいる人ならば、このwouldの前のコンマは何だろうというところでひっかかるだろう。
そう、この ", Mr. Schröder said," は《コンマ》2つに挟まれた《挿入》で、文の構造は:
Distancing himself now ( , Mr. Schröder said, ) would lose him the trust of...
となっている。"Distancing" は分詞構文を作る現在分詞ではなく、《動名詞》だ。
また、"lose him the trust of..." のloseは《二重目的語》を取る用法である。《lose A B》で「AにBを失わせる」の意味。よく使うのが「何かの原因で、人が仕事を失う」ということを表す文。例えば The incident lost him his job. (「その出来事が原因で、彼は仕事を失った」)という使い方をする。
"the one man who can end the war: Mr. Putin" の部分は、何というか、かっこいい英文だ。ハードボイルドな感じがする。"who" は《関係代名詞》で、ここは先行詞の "the one man" が「一人しかいない」のだからthatを使うのが自然なのではないかと思われるかもしれないが、whoが用いられている。これはおそらく、"the man who ~" という結びつきが強いためであろう。先行詞についている形容詞がonlyであれば関係詞はthatになるが。
青字で示した《コロン》は「すなわち」の意味で、この部分は「この戦争を止めることができる一人の人物、すなわちプーチン大統領」の意味。
シュレーダー氏は、今ここで距離を取れば、その人物の信頼を失ってしまう、と弁明して、ロシア企業と距離を取ることを拒んでいるのである。
何というトホホ感。
※書きかけ
第3パラグラフ:
It is hard by now — with Mr. Putin unrelenting more than two months into the Ukraine war — to avoid the impression that Mr. Schröder is useful to the Russian leader as a cat’s paw to further his own interest in hooking Germany on cheap Russian gas.
文としては、《ダッシュ》で挟まれた部分は《挿入》だからいったん外して考えて、下線で示したように、《形式主語》のitを用いた《it is ~ to do --》の構文であることを最初につかむ必要がある。
"by now" のbyは「~までに(は)」の意味で、フレーズ全体としては「今の時点までに(は)」の意味で、すなわち「今ごろはもう」。これは完了形と一緒に使われることが多いが、この例のように単純な現在形を伴うこともある。
太字で示した "that" は《同格》のthatで、「…という印象」。ここまでで文意は、「今はもうすでに、…という印象を避けることは難しくなっている」。
同格のthat節の中身:
Mr. Schröder is useful to the Russian leader as a cat’s paw to further his own interest in hooking Germany on cheap Russian gas.
下線部の "the Russian leader" は、英語の文章作法上要求される《言い換え》で、同じ固有名詞を繰り返すことを避け、単なる人称代名詞ではそれが誰のことかがわからなくなったり、書きあがった文が一本調子になったりすることを避けるための文章作法的なもの。新聞記事ではこういう言い換えを読み解けないと記事を読むのは大変だが、今回の記事のようなインタビュー記事では、話を聞きに行った相手(ここではシュレーダー氏)は基本的に名前で固定される(この記事では "Mr. Schröder" が何度も出てくる)。一方で、この記事でプーチン大統領に関しては通常の記事のような言い換えが行われているのは、なかなか味わい深いディテールであると思うが、それはオタクの域の話であり、大学受験生はそんなところは気にしなくてもよい(気にしたければしてもいい)。
"cat’s paw" は慣用句で、日本語でいえば、自分の目的のために他人を利用することを言う「だしにする」の「だし」だ。日本語で「だしにする」という表現を使うときに「だしって何」ということをいちいち気にする人がいないのと同じように、英語で "use someone as a cat’s paw" という表現を使うときに「何でネコ」とツッコミを入れる人はいないし、「猫」を連想する人もあまりいないだろう。
いや、日本語から英語に翻訳する仕事でこういうこなれた慣用表現を使うとだいたい必ず、英語で物を書かない人から「何でネコ」的なことを言われるし、説明しても「ネコはだめ」などと言われてしまって、じゃあどう表現しろと、みたいに無駄な苦労を強いられることがあるのだが、こういうふうな実例があるともろもろ便利かもね。NYTだし、権威性はばっちり。「あなたもご存じのNYTにこういう文があります」と示せば、よほどの人でなければ納得する。
閑話休題。
太字で示した "to further" は《目的》を表す《to不定詞の副詞的用法》と考えてよいだろう。この部分の文意は、「ドイツを安価なロシア産のガスにつなぎとめておくことにおける彼自身の利益をさらに深めるために、シュレーダー氏は、ロシアの指導者にとって、利用価値がある」と直訳される。
と、ここですでに4500字になろうとしているのだが、もう少しだけ続けよう。
さっきいったん置いておいた、ダッシュによる挿入の部分:
— with Mr. Putin unrelenting more than two months into the Ukraine war —
はい、みんな大好き、《付帯状況のwith》。"unrelenting" は形の上では現在分詞に見えるが、これは形容詞で「容赦ない」の意味。この語の核は relent という動詞でこれは「激しい感情が少し収まって、穏やかになる」という意味。これに《否定》の接頭辞-unがついたunrelentという動詞はないのだが、relentの現在分詞のrelentingが形容詞化したものに、接頭辞の-unがついたのがunrelentingという語である。
この部分の意味は、「プーチン大統領が、ウクライナ戦争に入って2か月以上、一切容赦せずにいる状態で」と直訳できる。
あと数文字で4900字になってしまうので、今回はこの辺で。