このエントリは、2021年6月にアップしたものの再掲である。
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今回の実例は、報道記事から。
日本でも報じられていると思うが、英国政府の*1保健大臣 (Secretary of State for Health and Social Care; the health secretary) のマット・ハンコックが、英国で一番売れている下世話なタブロイドの一面にでかでかと恥ずかしい写真を掲載され、ウェブサイトではその様子をとらえた映像(動画)まで掲載されたあとで、辞任した。辞任の理由はその「恥ずかしい写真」に至った行動そのものではなく、その行動によって自分が人々に出していたソーシャル・ディスタンシングという行動制限(同居していない人との距離・間隔はしっかりあけること、というもの。英国では当初「2メートルの間隔を空けること」とされていたが、2020年7月4日に「マスクなどほかの感染対策がとられていれば1メートル強の間隔でよい」と緩和された*2)を破ったことであった。というか端的に、下世話な言い方をすれば、「既婚者が、浮気の現場を激撮されていた」ことによる。
ハンコックという人は、ボリス・ジョンソンが感染したときに感染して、ジョンソンほどではないがかなりつらい思いをしているのだが、基本的に無為無策の人でイングランドでこの新型コロナウイルスの感染拡大を招いた張本人の一人とみなされているばかりか、個人的なお仲間にパンデミック対策のお仕事を受注させていたりと、保守党を支持しない人々からはずっと強く批判されてきた。そしてハンコックの「恥ずかしい写真」が流れたとき、私の見るTwitter上は、改めて「辞めろ」コールであふれかえった。パンデミックが始まってほどなく、英国(イングランド)政府が最初にソーシャル・ディスタンシングを導入してすぐに、当時それを提言した専門家チームSAGEのメンバーだった学者が、同居していない恋人を自宅に入れていたことが発覚して、SAGEを辞任するということがあったのだが、それを引き合いに出して「ファーガソン教授が辞任したのだからハンコックも辞任すべき」とする声が大量にあり、「70年以上連れ添ってきた伴侶を喪っても、弔いの席に1人座るよりなかった女性がいるというのに」という言葉をそえてエディンバラ公の葬儀の場でのエリザベス女王の写真を掲げる投稿があり、そして「私の大切な祖父が死の床にあったときに、私は行動制限を遵守して会いに行くこともできず、手を握ることも目を見かわすこともできなかったのに」といった個人的な体験を書き表した悲痛な投稿もあった。
そう、問題は「浮気」ではなかった。「同居家族以外とは身体的な接触をするな」というお触れを出した当の本人が、同居家族以外の人を抱きしめてキスしていることが問題だった。だからこの「浮気、不倫、不貞」という個人的な問題は、公益に属する問題となる。
To be crystal clear, this picture was taken with 2m social distancing rules still in place at workplaces.
— Rachel Clarke (@doctor_oxford) 2021年6月25日
The issue here is not Matt Hancock’s infidelity - it’s his world-beating hypocrisy.
Write the rules. Tell the little people to obey. Then break them with impunity. pic.twitter.com/JU79roRvsG
*the issue of public interest, I should stress.
— Rachel Clarke (@doctor_oxford) 2021年6月25日
レイチェル・クラーク博士(医師)のこの連ツイの2番目にある、"of public interest" は、ひとつの定型表現として覚えておくとよいが、文法的には《of + 抽象名詞》の形である。
さて、こんな映像がなぜ撮影されていて、どうしてThe Sunにリークされたのか(通常、防犯カメラなど設置されていない、内部の者しか通らない場所に、被写体を鮮明に撮影することができる画角でカメラがあって、その映像をThe Sunが「スクープ」したんだから、生半可なことではない)という問題はハンコックの進退にカタがついても残されるのだが*3、ともあれ、ハンコックは「陥れられた被害者」の顔をして、《謝罪》の言葉を口にする(英国ではこういう場合、形式的にでも "I regret" や "I'm sorry" の一言を言うのが普通である)こともなく辞任を表明し、ジョンソンはすぐに後任を選んだ。当初、保健大臣のポストの経験者であるジェレミー・ハントの名前が挙がっていたが、最終的に決まったのは、2019年夏に当時ジョンソンの腹心だったドミニク・カミングスと対立して政権を去った当時の政権ナンバー2(財務大臣)のサジド・ジャヴィドだった。これはびっくりした。
というわけで今回の記事はこちら:
実例として見るのは、2番目と3番目のパラグラフ:
ざっと見てわかると思うのだが、《not only A but (also) B》の構造が、少しイレギュラーな形になっている。《not only A》の部分が2番目のパラグラフに、《but (also) B》の部分が3番目のパラグラフに配されている。これはおそらく、A, Bそれぞれがとても長くなっているからだろう。
日本語でも、例えば「気温が高いばかりではなく、湿度も高い」という1文を「気温が高いばかりではない。湿度も高い」と2文で書いたとしても、意味自体は変わらない(リズムや、文が与える印象は変わるが)。それと同じように、《not only A》と《but (also) B》が別々の文(それどころかパラグラフも別)であっても、意味自体は通常の構造の場合と変わらない。
というわけで前半:
Not only does Javid have to steer the country out of what will hopefully be the final stages of the pandemic, ensuring we reach the end of what Boris Johnson has called the “irreversible road to freedom”.
太字で示した "Not only" が《強調》のために文頭に出ていることにより、この文の主語と述語が《倒置》されている(下線部)。倒置なしで書けば次のようになる:
Javid does not only have to steer ...
青字で示した部分は、《関係代名詞のwhat》を使った表現で、報道記事などによく見られる《ネイティヴの書き言葉っぽいこなれた表現》である。直訳すれば「うまくいけば、このパンデミックの最終段階になるであろうもの」となる。(むろん、こんな日本語では不自然極まりないので、「翻訳」の必要があるときはこれ以上の作業をしなければならない。)
朱字で示した部分は《現在分詞》で《分詞構文》だ。そしてこの文でもまた、《関係代名詞のwhat》を使った《こなれた表現》が出てくる。
細かく解説したいのはやまやまだが、既に3800字を突破していて、当ブログ上限の4000字に迫っているので、端折っていく。
後半部分:
But assuming we reach that destination he must also take on what could be even harder tasks: those of catching up on the vast backlog of delayed operations, and remodelling the service so it is able to react to any future pandemic more effectively than it did this time round.
太字で示した《not only A but (also) B》の "but" の直後に、下線で示した現在分詞句が入って、そのあとの "he must also take on..." が主文である。
下線部の最初の語を朱字にしてあるが、この "assuming" は元々現在分詞による分詞構文だったものが慣用句として使われるようになったもので、「~と仮定すると」の意味。形としてはいわゆる「ずっこけ分詞構文」(分詞の意味上の主語が、主文の主語と一致しない形の分詞構文)になっているが。
だからこの部分の文意は「私たちがその目的地に到達すると仮定した場合、彼はまた~にも取り組まねばならない」となる。
その「取り組まねばならない」ものが "what could be even harder tasks" と、ここでもまた《関係代名詞のwhat》を使った《こなれた表現》が出てくる。"harder" という比較級の前に置かれた "even" は「さらに」の意味で、「さらに大変な仕事となるかもしれないこと」というのがこの句全体の意味。
そして、そのあとにある《コロン (:)》(青字)は、《詳述、言い換え》の機能で、「つまり」の意味を含んでいる。「さらに大変な仕事となるかもしれないこと、つまり延期された手術の膨大なバックログにキャッチアップするという作業、NHSをリモデルして、将来起こりうるパンデミックにより効率的に対処できるようにすること」。
最後の直訳部分がカタカナ満載で「ルー語」状態であることはフォーギヴ・ミーしてほしい。字数が超過しているので。
※4660字
おまけ:
今や英保守党の有力政治家となったサジド・ジャヴィドは、パキスタンからの移民の子供で、お父さんはバス運転手だった。のちに小さな店を買い取って、その店の2階で家族が暮らすようになったが、子供のころは「パキ」と差別され、いじめられていたし、勉強もあまり得意でなく、学校の先生も「手に職をつけてがんばりなさい」的な指導をしていたという。そんなジャヴィドに、政権復帰でお祝いのメッセージ*4を寄せているのが、労働党の政治家でロンドン市長(2期目)のサディク・カーン。そういえばこの2人、同年配で、どちらもパキスタン系移民のバス運転手の子供だ。
Always good to see the children of bus drivers do well! Congrats @sajidjavid on your appointment as Health Secretary.
— Sadiq Khan (@SadiqKhan) 2021年6月26日
Look forward to working together to protect our communites from this awful pandemic, get London vaccinated and continue opening up our city and country safely.
*1:ただし英国は保健行政はウェールズ、スコットランド、北アイルランドの各自治政府が行うことになっているので、実質的には「イングランドの」と言うべきかもしれない。英国は実に、ややこしい。
*2:Source: https://en.wikipedia.org/wiki/Social_distancing#Avoiding_physical_contact 'The United Kingdom first advised 2 m, then on July 4, 2020 reduced this to "one metre plus" where other methods of mitigation such as face masks were in use.'
*3:ジョンソン政権は当初「その件については調査を行う考えはない」という方針だったらしいが、調査は行うことにしたらしい。形式的なものにすぎず、きっと「法的には何の問題もない」という結論はもう決まっているだろうけど。
*4:もちろん、これを「素直なお祝い」と読み解くのはナイーヴに過ぎるが、形式上は「お祝いのメッセージ」である。ジャヴィドはNHSだって切り売りする苛烈な新自由主義の側の政治家だから、「クギをさしている」と読み解くのが妥当だろうが。