このエントリは、2021年4月にアップしたものの再掲である。
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今回の実例は、何にするか、今これを書き始めているときにはまだ見えていない。本エントリは、「たまたま文法事項が入っているのを見かけた記事を実例として取り上げる」のではなく、本来は本家ブログで書くべきところを、本家に合うトーンで仕上げようとするときっと書かずに終わってしまうから強引に「英語の実例」を素材として書くということを試みるものである。全体の設計図は頭の中にあり、どこに着地するかもだいたい描けているのだが、具体的に言葉にするのに時間がかかっている。何より、事態が進展中だから、書くよりも事態を追う方に意識が向いているのだ。ともあれ。
北アイルランドの事態が急速に悪化してきている。「思春期の若者たちのいつもの大暴れ」――recreational riot(ing)と呼ばれているようなもの――ならここまでエスカレートする前に誰か「影響力のある人物」(これは北アイルランド独特のユーフェミズムで、柔らかく言えば「地域社会の顔役」のことだが、それがどういう人物かは、武力紛争当事者たる武装組織を社会のファブリックの一部として織り込んでいる社会のことゆえ、だいたい察しがつくだろう*1)が、ニュース記事にならないようなところで「はい、もうそこまで」という指令みたいなのを出すのだが、今回はそういうこともなく、所謂「プロテスタント」と所謂「カトリック」の両サイドの若者たちが、直接ものを投げ合うところまでエスカレートした。
以下、「プロテスタント」「カトリック」「ロイヤリスト」「リパブリカン」「ユニオニスト」「ナショナリスト」などの用語については、下記をご参照いただきたい。
北アイルランドでは、両派を分ける分断 (divide) のそれぞれの側で、若者たちが(多くの場合、「ディシデント dissidents」と位置付けられる大人たちの庇護のもとで)暴れることはよくあるが(だから、 "loyalist riot" 「ロイヤリストの暴動」、 "republican riot" 「リパブリカンの暴動」という言い方は、現地報道でもよく出てくる)、両コミュニティの境界線を越えて暴動が連鎖することは、ここ数年――というかBrexitの投票の前年から――はなかったはずだし、ましてや両コミュニティが境界線を挟んで直接にらみ合い、ものを投げ合うということなどなかった。事態がそこまでエスカレートしたのは、ひとえに、リーダーシップがないからだ。
今回、Twitterのハッシュタグで#NorthernIrelandRiots (= Northern Ireland Riots) というのが出てきているのを見て、私は「なんというブリテン*2目線」と目を白黒させてしまったのだが、事態が激化してブリテンの政治家たちも懸念の表明などを行うようになると、ニュースが北アイルランドだけにとどまらなくなり、そういったニュースでは「北アイルランドのどこで暴動が起きているのか」よりも「北アイルランドで暴動が起きていること」をメインとして伝えるから、このようなナラティヴの表層雪崩的な横滑りみたいなのはどうしても発生する。個人的には、もう何年も前から使っている北アイルランドのジャーナリストや報道機関のアカウントのリストで情勢を追っている。
#NorthernIrelandRiots 何このハッシュタグ。こんなふうに大炎上する前からNIのリストで情勢を追ってるけど、こんなハッシュタグ、初めて見るよ。いかにもメインランド目線だけどね。現地の人ならNIでひとくくりにしてRiotsという語り方はしない。そもそもriotという語すら政治性を帯びている。
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2021年4月8日
さて、警察が暴力の矛先を向けられて何人かの負傷者を出すという事態になってようやくイングランドの、素で間違えた、英国の首相がコメントを出すなどしているが、今回のこの騒乱状態はいきなり始まったわけではない。いわゆる「アイリッシュ海の境界線」が(英国政府の否定にもかかわらず)現実になったときから、それを不満に思う人びとの間で緊張が高まっていたし、小競り合いのようなことも報告されていたと思う(要確認)。つまり数か月前から始まっているのだが、現地の新聞が写真入りで報じるような「暴動 riot」の事態になったのはここ1週間で、昨年夏に急死したIRAの大物の葬儀が、新型コロナウイルスによる行動制限下であったにもかかわらず盛大に営まれ、この行動制限(親族が亡くなっても葬儀はリモート、というのが普通になっていたような行動制限)を策定する立場にあった政治家たちが何人も参列していたが、その政治家たちについて不起訴という最終結論が4月はじめに出されたあとのことだ。
最初に荒れたのはロイヤリストで、その怒りは最初から警察に向けられていた。彼らにしてみれば、「リパブリカンにはやけに甘い警察」をそのままにすることは、自分たちが「二級市民」として扱われることを受忍することを意味する、という理屈になる。上述の「シン・フェインの政治家たちの不起訴」という結論が出された日にはベルファスト南部のロイヤリストの地域やデリーのロイヤリストの地域で抗議行動が行われ、それが「暴徒化」して警察が火炎瓶などで襲われた。
翌日、この暴動はさらに別の地域に拡散し、その翌日もさらにエスカレートしながら続いた。走行中の一般車両が若者たちに止められ、運転していた人が車の外に追い出されて車がのっとられ、1分もしないうちに火炎瓶を放り込まれて大炎上、といったショッキングな映像が、ネットで広まった。こういった暴力的事態が起きていない町でも、ロイヤリストの街では非合法な(北アイルランドではパレードを行うには事前申請が必要とされるが、その手続きをしていない)パレードが行われた。そこでは、覆面の男たちがにらみを利かせているという報告もあった。事態は、明らかに悪い方向にヒートアップしつつあった。
しかしこの時点では、北アイルランド(とアイルランド)の外、つまりブリテンのメディアは、事態を無視していた。
ようやくブリテンのメディアの関心を引くようになったのは、4月7日にベルファストのロイヤリストのエリアで、大人たちの指揮監督のもとで若者たちによってバスが乗っ取られて放火され、炎上するさまが写真・映像として広く伝えられ、そのバスの炎上現場のすぐ近くにある両派境界線のゲートを挟んだ向こう側、つまりリパブリカンのエリアでも若者たちが集まり、投石などを行うようになったあとだ。ロイヤリストが何をしようとほぼ野放しにしていた警察は、リパブリカンが暴れ出すと即座に警察犬と放水車を投入した(ネットを見てると「プラスチック弾の導入」という話もあるが、私が見た映像類ではそれは確認できなかった)。警察の現場的には両者には違いがあるのかもしれないが(リパブリカンのほうが厄介である、とか)、こういった待遇の違いがリパブリカンにもたらすのは「二重基準」という認識である。「あっちは野放しなのに、こっちは放水車かよ」ということだ。
ロイヤリストの側も「リパブリカンが特別扱いされている」という「二重基準」に不満を募らせ、リパブリカンの側も「ロイヤリストに比べてこちらは手荒く扱われている」という「二重基準」に不満を募らせている。
そして両派がそれぞれの地域で警察を相手に大暴れしている。それが、今回を含め近年の「北アイルランドの暴動」のベースだ。
今回はさらに、その両派が、ゲートを挟んでではあるが、直接ものを投げ合うところまでエスカレートした。報道は「警察が6年ぶりに放水車を投入」ということを大きく扱っているが、「〇年ぶり」を言うなら、両派の暴徒のあの規模での直接対峙、しかも西ベルファストのインターフェイスでそれが起きたことの方が重要なはずだ(そしてもちろん、それは「6年ぶり」どころではない)。
そうなったあとで(リパブリカン側で)撮影されたド派手な写真が、北アイルランドになんか関心を持っていないブリテンのメディアの一面を飾り、「昔に戻ってしまった」というようなセンセーショナルな見出しがつけられた。現地からはそれに対する批判も出ているが、おそらくブリテンのメディアにはそういうのの修正は期待できないだろう。北アイルランド紛争が「グッドフライデー合意」によって終わって23年、ああいうのが何を意味するか、読み解ける記者・編集者はもうほとんどいない。そのくらいの年月が経過して、ぼんやりとした「暴力の地」というイメージでセンセーショナリズムに走るほうが、特にタブロイドにとっては手っ取り早い。
……と、ここまで、比喩的に言えば「地雷を踏みぬかないように」と時間をかけながら、それなりに一気呵成に書いてきたのだが、英語の実例を持ち出す前に4000字に達しそうだ。
英語の実例なしでこのブログを書くわけにはいかないので、4000字を超えてしまうがこのまま続ける。
現地4月7日にベルファストのロイヤリスト地域でバスが乗っ取られて燃やされてから、丸一日、私はTwitterでは北アイルランド情勢だけをツイート&リツイートしていた(2日を超えた今も基本的にはそうなのだが、少し緩めている)。その「北アイルランドだけ」にしていた日のログから:
https://twilog.org/nofrills/date-210408/asc
One of the saddest and most powerful photos I've ever seen. I am (and always will be) so proud to be from West Belfast and this has broken my heart tonight
— Éirinn Delaney (@DelEirinn) 2021年4月7日
📷 @presseyephoto @OrlaithClinton pic.twitter.com/MPixzE8Qrk
意味的には、文頭に "This is" を補って読んでほしい。
英文としての見どころは《one of the + 複数形》 に《最上級》(最上級+現在完了)が加わっている表現。先日書いたが、英語では、「最も~な…だ」と言うときには最上級でいきなり決め打ちするよりも、「最も~な…のひとつだ」とする言い方のほうが好まれる。広い世の中にはもっと「~」なものもあるかもしれないし、人によって意見は違うし、ひとつと決めずに「いくつかあるかもしれないがそのひとつ」と表すほうがしっくりくるわけだ。
Jimi Hendrix is one of the greatest rock guitarists.
(ジミヘンは、もっとも偉大なロック・ギタリストのひとりである)
このように言うとき、「ジミヘン以外の偉大なギタリスト」のことは、基本的に、話者の頭にはない。「ジミヘン偉大」ということが言いたいのである。
同様に、今回のこのツイートの "One of the saddest and most powerful photos I've ever seen" も、「こんなに悲しくてこんなに力のある写真は、まず見ないのではないか」という心情を表している。直訳すれば、「私がこれまで見たことのある写真のなかで最も悲しく、最も力強い写真のひとつである」となる。
第二文、" I am (and always will be) so proud to be from West Belfast and this has broken my heart tonight" は「私は西ベルファストの出身で、そのことを誇りに思っているし、この先もずっとそう思い続けていくにきまっているが、今晩この写真は私の気持ちをへこませた」というような意味。"am" と "will be" の並置で何が表現できるかということに注目してみよう。
写真の中に書かれているのは、"There was never a good war or a bad peace" という文言。これについては下記連投を。
【現場マップ 1/3】最終的にバスが止まって燃えていたのはこのランプポストのところ。https://t.co/fYRuXyBUBa Shankill RoadとLanark Wayの角(丁字路)。暴徒化することになった集会はLanark Way(写真右手に伸びる道)で行われ、取材中ジャーナリストが襲われたのはその先にあるCupar Wayのところ。 pic.twitter.com/MNek9Y6w4Q
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2021年4月8日
【現場マップ 2/3】https://t.co/n8nrnciXWY Lanark Wayをまっすぐ進み、Cupar Wayの角を通り過ぎて少し行くと、ぱっと見、チェックポイント・チャーリー状の構造物が見える。現在ではこれは普段はこのように解放されていて、Lanark Way1本の道として機能しているが、実はこの構造物が…… pic.twitter.com/Vmm47DL5OB
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2021年4月8日
【現場マップ 3/3】https://t.co/GdMT8fR8N9 この構造物は「ピースウォール」のゲートで、「紛争」中は常時閉められていた。「プロテスタント」地区(写真の手前側)と「カトリック」地区(写真の向こう側)を分けている。これを挟んで、両勢力が直接対峙したのが7日の晩に起きたこと。 pic.twitter.com/VHKNUaaw8y
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2021年4月8日
今回の一連の暴動は「2021年の北アイルランドの暴動」としてウィキペディアに立項されている。基本的に、責任をもって「記録」のためにウィキペディアに書いている人たちによって、ソースなどもしっかり書かれているので、事態の流れを追うためには見ておくとよいだろう。
https://en.wikipedia.org/wiki/2021_Northern_Ireland_riots
当方の「北アイルランド」のリストも。
https://twitter.com/i/lists/10927426
Unfinished Peace: Thoughts on Northern Ireland's Unanswered Past
- 作者:Rowan, Brian
- 発売日: 2016/08/18
- メディア: ペーパーバック