今回の実例は、少し前に見たG20サミットに際してのプーチン大統領の「リベラリズムはもう古い」発言をめぐってたくさん出た論説記事のひとつから。
プーチン発言に対しては「彼が西欧のリベラリズム、政治的伝統の何を知っているというのだ?」といった反応が、少なくとも英国ではかなり見られた(米国のメディアはそのときチェックしていなかったのでわからないが)。「彼は何も知らないのだから、何かを発言できる立場にない。だから、何を言おうとほっとけばいい」という意見は、以前当ブログで実例として参照した論説記事でも見られたものだ。
しかしそのような反応が可能なのは、「西欧の政治(民主主義)は優れている」という前提があるからではないか、と指摘しているのが今回見る論説記事である。
記事の筆者のツイート:
As much as we try to put clear daylight between the state of Anglo-American liberalism and Putin’s shambolic dictatorship, the more the facts confound us. Today’s column: https://t.co/E0BVg8UURZ
— Nesrine Malik (@NesrineMalik) July 1, 2019
記事はこちら:
まずはキャプチャ画像内の少し下の方にあるこの部分:
It is more than rhetoric; lives are directly affected by this, further disenfranchised by the loss of benefits, the impossibility of full and legal settlement in a new country, and the everyday stigmatisation of Muslims.
セミコロン (;) で文がつながれている。
セミコロンについては、以前の記事で説明した。
hoarding-examples.hatenablog.jp
要点を再掲しておこう。
セミコロンには次のような3つの用法がある。
ひとつめは、等位の文をつなぐという用法。
My girlfriend would like Netflix; I would prefer Hulu.
(うちの彼女はNetflixがいいというだろうが、私はHuluのほうがよい)
それから、howeverやbesides, of courseなどの接続副詞(句)を使って、2つの(等位の)文をつなぐという用法。
It was clearly a case of terrible human error; however, nobody knew who was responsible.
(それは明らかに、ひどい人為的ミスの事案だった。しかしながら、誰の責任なのかを知る者はいなかった)
そして、具体的な事項を列挙するときに、事項の区切りにちょんちょんと置いていくという用法(こういうとき、日本語では単に「、」を使うだろう)。(以下、例文の出典はウィキペディア)
Several fast food restaurants can be found within the following cities: London, England; Paris, France; Dublin, Ireland; Madrid, Spain.
The people present were Jamie, a man from New Zealand; John, the milkman's son; and George, a gaunt kind of man with no friends.
今回の実例は最初の用法、つまり「等位の文をつなぐ」という用法である。こういう場合は、andなりbutなり、文脈に合った等位接続詞に置き換えて考えればよいのだが、あえて接続詞に置き換えず、ピリオドに近いものと考えてしまってもよい。
そして、そのセミコロンの後の部分が、威圧感を感じるようなだらだらと長い文になっている。なるべく読みたくないタイプだと思う人も多いだろう。
これを読んで解釈するためにはまず構造を取らねばならないが、この場合、キーのひとつとなるのが《等位接続詞》のandだ。andの接続の見極め方のルールについては昨日書いたばかりなのでそちらをご参照いただきたい。
lives are directly affected by this, further disenfranchised by the loss of benefits, the impossibility of full and legal settlement in a new country, and the everyday stigmatisation of Muslims.
1つ目のandは、"full and legal" というつながりを作っている。つまり:
the impossibility of (full and legal) settlement in a new country
このような構造になっており、意味は「新たな国における完全で合法的な定住の不可能性」と直訳される(つまり「移住先の国で完全に、かつ合法的に定住できる見込みがないこと」の意味)。
2つ目のandは先行する名詞(というかthe + 名詞)とつながっており、次のような構造を作っている。
... by the loss of benefits, the impossibility of full and legal settlement in a new country, and the everyday stigmatisation of Muslims.
つまり、「~の喪失、~の不可能性、および毎日のスティグマタイゼーション」という構造だ。
なお、"stigmatisation" はstigmatizationのUK式綴りで、stigmatise (stigmatize) の名詞形。stigmatiseは「~に烙印を押す、~にスティグマを与える」の意味で、要は「一方的に決めつけて行われる非難」といった意味である。
このようにandによる接続を解析できると、だらだらと長くなっている部分がさほど威圧的に見えなくなってくると思う。
そして、順番が前後してしまうが、このandでだらだらと長くなっている部分の前に注目しよう。
lives are directly affected by this, further disenfranchised by the loss of benefits, the impossibility of full and legal settlement in a new country, and the everyday stigmatisation of Muslims.
この部分、主文は太字にした6語だけ。そのあとは、disenfranchised*1という過去分詞に導かれる《分詞構文》である。disenfranchiseは「〈個人〉から公民権・選挙権を奪う」という意味なので、過去分詞の分詞構文になっているここは「(by以下のものごとによって)さらに権利を奪われ(るので)、人々の生活・人生はこれによって直接影響される」という意味となる。
この "lives are directly affected by this" の "this" は、先行する内容を指す。ここではすぐ前の文(セミコロンで接続されている文)の "It is more than rhetoric" の "It" のことであり、その "It" が指しているのはその前の文全体の内容と考えられる。
では、その前の文はどうなっているか。これもまただらだらと長い文で、私が高校生の時にこんなのを見たら半泣きになっていたと思うが、要は解析して構造をつかんでしまえば細かく区切れるので、泣いているヒマがあったら解析したほうがよい。以下、スラッシュ (/) やカッコを入れて、構造を見ていくことにしよう。
We live in a time / where (individual liberty and the spoils of freedom) are meted out / based on a racial and economic hierarchy, / and where political victories are won by promising that (rights and privileges) will be taken away from those (who haven’t “earned it”) [– the poor, the undocumented and the simply different –] a divide between the deserving and the undeserving.
文中、接続詞も何もなくwhereが2つ出てくるが(2つ目のwhereの節は、1つ目のwhereの節で言ったことを言い換えている)、構造を取るためには2つ目のwhereの前にandを補うとわかりやすいだろう。
まず、文中に2つあるwhereは《関係副詞》だが、先行詞は "a time" と、《場所》を表すものではない。違和感をおぼえるかもしれないが、実際の英語ではときどきみられる用法で、where は in which の言い換えである。特に、a timeが《時点》というより「一定の範囲・広がりを有する空間」的なもの(つまり「時代」のようなもの)と認識されている場合にこうなるようだ。
この点について、英語話者の使う文法質問掲示板にもスレッドがある。かなりわかりやすい説明になっているので、関心がある方はそちらをご参照いただきたい。
というわけで、"We live in a time where individual liberty and the spoils of freedom are meted out based on a racial and economic hierarchy" は、「私たちは、個人の自由(リバティ)と自由(フリーダム)の分け前が、人種的・経済的ヒエラルキーに基づいてわけ与えられる時代に生きている」の意味となる。
2つ目のwhereの節は、"by promising" が《前置詞+動名詞》、"will be taken away" が《受動態の未来形》(助動詞+受動態の形)、those who ~が「~する人々」……といったように、落ち着いてひとつひとつの要素を押さえていけばよい。ひとつひとつの要素は単純なので、時間はかかるかもしれないが、あせらず落ち着いて読んでみよう。
このレベルの英文読解は、大学入試では超難関校では当たり前に課されるし、難関校でも読んで内容を把握するくらいの能力は問われる。きれいに訳すことはできなくてもよいので、内容がわかるくらいにはしておきたい。
構造的なことでいうと、"– the poor, the undocumented and the simply different –" はダッシュ(–)を用いた《挿入》で、ここでは先行する "those who haven’t “earned it”" の言い換え(《同格》といってもよい)だ。つまり「『自分の力で勝ち取って』いない人々――貧困層、記録にない移民、および単に人と違っている人々――」の意味。
ここで、"the poor" や "the undocumented", "the (simply) different" という形は、《the + 形容詞》 で「~な人々」を表す用法である*2。
そのあと、文の最後にある "the deserving" と "the undeserving" も、《the + 形容詞》で「(権利を得るに)値する人々」と「値しない人々」という意味になる。
キャプチャ画像にある範囲だけ読んでも、筆者が何を言っているのかは漠然としていて抽象的に見えるばかりでよくわからないのではないかと思う。できれば記事全体をお読みいただきたい(東大・京大・一橋大の二次や、早稲田政経、慶応法・経済・商あたりでは、このレベルの英文が長文問題として出題されているので、そういった大学を受ける予定の人にとっては受験勉強としても役立つだろう)。URLを再掲しておこう。
なお、この記事の筆者は名前からわかると思うがイスラム教のバックグラウンドを持つ人である(詳しいプロフィールはこちら)。そしてこの記事には下記のような、異様なまでに感情的な反応がいくつか寄せられている。例えば:
What utter drivel from @NesrineMalik
— indiaisraelUK (@indiaisrael_uk) July 2, 2019
Why publish this nonsense in "comment is free"
and then disable comments?
Why have comments been disabled?https://t.co/KQCu0q5Va2
@kk_OEG @COLRICHARDKEMP @NickFerrariLBC
ガーディアンのComment is Freeというコーナー(OpEdのコーナー)のコメント欄が廃止されたのは5年以上前だと思うのだが、そもそもOpEdの筆者に新聞社のサイトのコメント欄の有無を決める権限はない。そういうところに難癖をつけて絡んでこられても、筆者は苦笑するしかないよね、と思う。
あと、下記のような(おそらくは意図的な)誤読も。この文章は「プーチンにも一理ある」などと言っていないということは、普通に読めばわかるはずだが。
Kinda pisses me off this Guardian columnist attitude that Putin had a point that liberalism is failing. (OJ wrote the same column a few days ago.)https://t.co/EYlithSuL5
— (((Christian JB))) 🐌 (@christianjbdev) June 30, 2019