このエントリは、2019年12月にアップしたものの再掲である。
-----------------
今回の実例は、クリスマス・シーズンの珍ニュースから。
クリスマスが商業イベントのひとつに過ぎないような扱いの日本では、12月24日のクリスマス・イヴがメインの日で、クリスマス・デーの25日まではスーパーマーケットなどで売られているような大量生産のお菓子やパンなどでも緑と赤のクリスマス仕様のパッケージのものが並べられているものの、26日になるとそういった商品は棚から姿を消し、店内のクリスマス・ツリーなどのデコレーションも撤去されて、日本のお正月のための商品や飾りつけ(門松や鏡餅や、羽子板と奴凧のガーランドなど)にとって代わられる。住宅街でも、26日以降もクリスマス・ツリーやサンタの人形が飾られていたら「だらしない」と陰口をたたかれるとか(知人談)。
一方、キリスト教(西方教会。東方教会ではまた微妙に違う)では、クリスマスの終わりは年をまたいで、宗教的には「公現祭」と呼ぶ日で、だいたい1月6日くらい(詳細はリンク先参照)。ツリーなどはそのころまで飾っておく。最近日本にも「アドベント・カレンダーというイベント」として入ってきたが、クリスマス・シーズンの始まり*1である「アドベント」が11月下旬から12月初旬なので、シーズンはおよそ1か月かそこら、続くことになる。
先日、ディケンズに関連する記事を取り上げたときも少し触れたと思うが、この間、特にクリスマス・デーが近づいた日々は「心を穏やかにし、他人に親切にする」ということが習慣づいており、チャリティの募金が大々的に行われ、英語圏の新聞や雑誌には「人生や家族をめぐるちょっといい話」の記事や随筆が掲載される。それらの記事や随筆は、ディケンズの『クリスマス・キャロル』で偏屈で自分のことしか考えていないスクルージを改心させた3人の幽霊のような役割を果たす(はずだ)。
だから今年も、トランプ弾劾(米)だとか、嘘に満ちたジョンソン政権(英)だとか、原野・森林の火災(豪)などいろいろあるけれども、そういったことを一瞬だけ忘れて、より人間らしいことを考える時間を読者に与える記事が、BBCなどにも出るだろうと思っていた。実際、出てるんだけどね。これ(北アイルランド紛争関連)とか、これ(ベツレヘムで羊を飼って暮らしているベドウィンの人々とクリスチャン)とか。
だが、それらの記事より、ある意味、目立っていた記事があった。この時期、この写真は、インパクトがあまりに強い。
この記事を読み終わったとき、私は「その名を用いることなく、いかにこの事件を描写できるかということに果敢に挑んだ秀作記事。最後の1文によってもたらされるカタルシスに読者は圧倒されるであろう」とツイートした。スマホの画面におさまってしまうくらいの短い記事なので、みなさん、どうか読んでいただきたい。
というわけで今回は「実例」らしい実例はない。この記事の英語は平易すぎて、文法的ポイントもないのだ(おそらく、読者が童心に帰って読めるようにあえて平易に書かれている)。中学で習う文法事項がしっかり頭に入ってさえいれば、あとは知らない単語を辞書で引いて意味を確認しながら読めば、十分に読解できる。
とはいえ、辞書を引いてもわかりづらいところはあるだろう。例えば:
In a particularly festive gesture, the passers-by are reported to have scooped up all the money from the street and taken it back inside the bank.
この "festive gesture" とは何ぞや? となる人は多いのではないだろうか。
festiveは「祝祭的な、お祭り騒ぎの」といった意味でよく用いられるのだが、クリスマスの時期にこの単語が用いられると「クリスマスっぽい」という意味になる。ここでいう「クリスマスっぽい」というのは、上述したような「チャリティ」とか「利他」とかいったことで、ここでは通行人の人々は、白いひげをたっぷり生やした男が「メリー・クリスマス!」と叫びながらばら撒いていたお金を、がっさりかき集めて拾って、そして自分のポケットに入れたのではなく、男が強盗を働いた銀行に持って入って行った。私利私欲ではなく、ためになることを実行してえらい。
gestureは「ジェスチャー・ゲーム」の「ジェスチャー」で「身振り・手振り、仕草、動作」の意味だが、それ以上に実際の英語では「行動、態度表明」の意味で用いられることが多い。例えばa friendly gestureといえば「友好的な態度(の表明)」という意味で、国際関係についての論文などにも出てくる。
そしてこの記事、全般的に単語も平易(大学受験レベル)なのだが、1つだけ難しい語がある。
Witnesses said the hirsute suspect then wandered over to a nearby Starbucks coffee shop, sat down in front of it, and waited to be arrested.
このhirsuteは「毛深い、毛むくじゃらの」という意味の形容詞。植物の葉や茎に細かい毛が密集していることを表すのもこの単語なのだそうだ。発音は下記リンク先で確認されたい。
植物の観察などをしていれば別かもしれないが、特に覚えていなくても困りはしない単語で、大学受験では必要ないが、英検1級を受けるつもりがある人はこの機会に覚えてしまうとよいだろう。英検1級というのは、こういう単語が持ち出されるものだ。 『ジーニアス英和辞典』(第5版)では語彙レベルの指標なく、例文もなく、「文語」として掲載されているが、英語圏をウェブ検索すると特に「文語」というわけではなく、立派なもみあげや髭(beard, moustache/mustacheのほか、facial hairともいう)のある男性や、無精髭を生やした男性について用いられることがまあまあよくあるようだ。
Twitter検索結果から。この絵文字の使い方を見ると、「hirsuteといえばサンタクロース」ということになってる、というのもわかるだろう:
OTD (24 December) in 1822, poet and critic Matthew Arnold was born in Laleham in Middlesex. Holiday Bonus Feature: The word of the day is "hirsute."🎅 pic.twitter.com/vYOKGbGj6D
— Morehead State English (@MSU__English) 2019年12月24日
記事の最後、"He is not believed to have had any little helpers." は、サンタクロースは実は「小さなお手伝いさん」たち大勢に手伝ってもらってプレゼントを配っている、という伝説があることを言っている。ひとりでは到底できっこないプレゼント配りやトナカイの世話などは、「小さなお手伝いさん」たちがいるからこそできている、という伝承だ。今回、コロラド・スプリングスに現れたのは、見た目もふるまいもどう見ても〇〇〇な銀行強盗だが、どうやら実際には〇〇〇ではないらしい、というオチになっているのが、この最後の文である。
あ、もうひとつ解説ポイントみつけた。
「通行人」a passer-byの複数形は、passers-byとなる。複数形のsをつける位置に注意しよう。
よさげな参考書: