今回も手抜きでTwitterに投稿したものから。
英語の単語だけを日本語圏に取り入れてカタカナ化し、日本語圏で英語の意味とは違う意味で使ったり、英語にはない組み合わせで2つか3つの単語を連語のように使ったりするものを、「和製英語」と呼ぶ。
例えば、「選挙を意識した政治家のパフォーマンス」の「パフォーマンス」は、元はperformanceという英語だが、英語のこの単語にはこの「パフォーマンス」という意味はなく、この日本語のフレーズを英訳するときにperformanceという単語を使ってしまうと、意味が通じなくなる*1。
また、八百屋でおっちゃんが「きゅうり、安いよ、きゅうり。3本100円。今日はもう遅いから、もう1本おまけでサービスしちゃう。どう、4本100円、持ってけドロボーだ」と言うときの「サービス」や、いわゆる「サービス残業」の「サービス」は、英語のserviceを基にした和製英語で、英語のserviceにはこの意味はない。
だから、ひと昔かふた昔前のビジネスマン向け日常英語本に必ず出ていた例だが、「喫茶店のモーニングサービス」をmorning serviceと言ってもまったく通じない。英語圏に行って "Can I have a morning service?" などと言えば、「この人、朝の礼拝をしたがってるのだな」と思われるのが関の山だ、という説明をよく見た。
「クレーム」もそういう、いわゆる「和製英語」のひとつである。
日本で「クレーム」と言えば「苦情」のことだ。通販で本を買ったら、乱暴に封筒に入れられていただけで、表紙の隅が折れていたような場合、そのオンライン書店に「クレーム」を入れることになるだろう。女性客がタクシーに乗ったら運転手があけすけな話をふってきた、みたいなときにも、タクシー会社に「クレーム」を入れるだろう。
しかし、その「クレーム」のもとになった英語のclaimという語には、そういう意味はない。大学受験レベルの単語集に必ず出ているが、claimは「~と主張する」という意味で、「~と述べる」という意味のsayの類義語のひとつである。
「~と主張する」という意味以外でclaimが用いられることもあるが、「苦情」とは関係ない。ゲームでステージをクリアしたときやログインしたときにアイテムをもらえるものがあるが、それを受け取る手続きをする(たいがいはクリックやタップをするだけだが)こともclaimという。英語のパズルゲームなどをやれば、そういうときには画面に "Claim your reward" などと表示されているはずだ。
また、商品を買ったら不良品だったという場合に「返金を要求する」場合にもclaimを使うし、claimを名詞で使ってsubmit a claimと言えば、「(保険会社に)保険金を請求する(書類を提出する)」の意味だ。
前置きはこのくらいにして、本題。
このclaimという単語、戦争・紛争・争いごとになると、英語のニュースで見かける頻度がぐんと上がる単語のひとつである。
今次のロシアによるウクライナ侵攻関連英語報道でよく出て来る"claim"は重要表現。ようは嘘か本当かわからんがそう言ってる、という時などに使う。日本語になっている「クレーム」とは、この文脈では別物。
— 和 田 浩 明💉3/ H i r o W a d a #現場に感謝 (@spearsden) 2022年3月3日
この「嘘か本当かわからんが」というのが、報道で使われるclaimという語の最大の注意点。例えば今ここで私が、「今日は外に干しておいた洗濯ものがよく乾きました」とclaimしたとする。ここで、私が東京に住んでいて、東京は今日はよく晴れていたということが前提知識として共有されていれば、その場ではこの発言は単なる《事実》として扱われるだろう。それが前提知識として共有されていない場合でも、このくらいのたわいもない内容ならば、「ふーん、今日はこの人の住んでるところではお天気がよかったんだな」くらいで流してしまうのが通常だろう。
しかし、本当は東京はこの日は雨で、洗濯ものを干せる状態ではなかった場合、私のこのclaimの内容は嘘だ。単に寝ぼけていて昨日のことを今日のことだと言っているのかもしれないし、ひょっとしたら何かをごまかすためのdisinfo(デマ)かもしれない。
だから、報道で "So-so claimed ..." というフレーズが出てきたときは、要注意なのだ。
日本語の「クレーム」は英語のclaimとは別で、和製英語と言ってよく、英語でその意味を表す語はcomplaintですね。 https://t.co/sgyZe3JuXC
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年3月3日
#英語 #実例
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年3月7日
claimという語はこのように、「本当かどうかはわからないけどそう言ってる」の意味で用いられます。この場合、ロシアはこれまでに一般市民(民間人)退避の人道回廊をつぶすということをしてきたわけで、明らかに疑念の意味合い
Russia claims it will hold fire for civilian evacuations pic.twitter.com/anUc1sT2Ax
パーマリンクはこちら: https://t.co/RyCHpipmRZ Live blogのページなので、見出しは時間経過と事態進展にともない変わります。また、実況的なものなので、通常の報道記事見出しの一般的ルールには従っておらず、普通の文のスタイルになっています。 pic.twitter.com/eQg0VPgWOj
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年3月7日
先ほど見た、BBC Live blogの見出しと同じことを、ガーディアンlive blog https://t.co/Kduj2u7tvl ではリード文で "defence ministry in Moscow says the military will offer safe passage to Russia and Belarus" と、「~って言ってます」文体で表現。 pic.twitter.com/cR5UwjdaZw
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年3月7日
同、Twitterによる最新報道まとめ: "Russia announces third attempt at creating humanitarian corridors in Ukraine after reports its military violated previous ceasefires" https://t.co/3TDzlpocTE スペースがたっぷりあればこのくらい丁寧に書けることを1行に圧縮するとBBCの見出しになる pic.twitter.com/Y5Givovi1L
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年3月7日
以上。
※3100字
追記: 本稿、ほぼ同じことを、2020年11月に書いていた。
hoarding-examples.hatenablog.jp
追記:
本稿、サムネ用の画像がないのでウェブ検索してみたら、とてもよいワードクラウドのCC画像があった。
*1:英語のthe politiian's performanceは「その政治家の実績、仕事っぷり」みたいな意味になるだろう。