今回の実例は、Twitterから。
昨日、3月21日の日曜日は、イングランドのプレミアリーグではウエストハム対アーセナルの「ロンドン・ダービー」だった*1。ウエストハムは名称こそ「ウエスト」だが、ロンドン東部のクラブである(正確に言うと、ロンドン東部にある「ウエスト・ハム」という場所を拠点とするクラブである)。2012年のロンドン五輪で建設されたメインスタジアムを、いろいろとうまいことやって、本拠地として手にしたクラブでもある。またここは1980年代くらいまでの「フーリガン」の時代に悪名を高めたクラブのひとつで、このクラブの「ファーム」のことが映画化されていたり、あるいはロンドンを舞台にした映画で「ウエストハムのサポ」というと極めて粗暴な男たちという類型として登場していたりする。ロンドンがゾンビ化ウイルスに襲われ、東ロンドンの若者たちと老人ホームのじじばばがゾンビをなぎ倒すという、全然怖くない超低速ゾンビ満載の手作り感たっぷりの映画『ロンドンゾンビ紀行』(最高の邦題だが原題はCockneys and Zombies)でも、「粗暴なウエストハムのサポーター」がダレそうな場面の引き締め役みたいな感じで出てきていたと思う。
何の話だっけ。
そうそう、それで、日曜日のロンドン・ダービーはウエストハムのホームであるロンドン・スタジアム(つまり元の五輪メイン会場)で行われたのだが、この試合が、笑ってしまうような展開だった。
15’: West Ham 1-0 Arsenal
— B/R Football (@brfootball) 2021年3月21日
17’: West Ham 2-0 Arsenal
32’: West Ham 3-0 Arsenal
38’: West Ham 3-1 Arsenal
61’: West Ham 3-2 Arsenal
82’: West Ham 3-3 Arsenal
😱😱😱😱 pic.twitter.com/QirKRLFpcQ
つまり、ホームのウエストハムが先に3点取っていて、アーセナルが3‐0から追いついた(それだけでもドラマチックなのに、このうちの2点はオウンゴール)。
今回の実例は、そういう試合についての一言から。
Arsenal coming back from three down to 3-3 against the West Ham team that came from three down to 3-3 against Spurs is outstanding
— James Benge (@jamesbenge) 2021年3月21日
ツイート主のJames Bengeさんは米国の報道機関CBSのサッカー担当記者である。
さて、このツイート、一読して《文の骨格》が取れただろうか。どれが主語で、どれが述語動詞かがわかっただろうか。
この文、下記のような構造になっている。
Arsenal coming back from three down to 3-3 against the West Ham team that came from three down to 3-3 against Spurs is outstanding
下線部が主語、太字が述語動詞だ。文型としては《SVC》である。
主語がえらく長い、えらい「頭でっかち」の文である。
中学校で《形式主語のit》を教わったときに、「英語という言語は、主語が長くなって頭でっかちになるのを嫌うので、とりあえず形式上の主語itを置いてSVCの構造を作り、その後ろに本当の主語(真主語)を置く」という解説を聞かされていると思う。私もそう聞かされていたし、教えるときはそう教える。だが、これは常に絶対にそうだ、というルールではない。「例外のないルールはない (There is no rule without exceptions.)」と言う通りで、この例のように、ものすごい頭でっかちの(主語がとても長い)英文というものもある。
ではこのやけに長い主語を見ていこう。
Arsenal coming back from three down to 3-3 ...
太字にした "coming" は《動名詞》、その前の "Arsenal" はその動名詞の《意味上の主語》で、"Arsenal coming back from three down to 3-3" は「アーセナルが、3点差(3-0)から3-3に追いついたこと」という意味になる。come back from ~ to ... はスポーツの文脈では「~(のスコア)から…(のスコア)に追いつく」の意味。"three down" の down は「~(点)負けている、負け越している」の意味の形容詞である。これもスポーツ実況の英語で、three goals downという表現もよく見聞きする。
... against the West Ham team that came from three down to 3-3 against Spurs
ここで太字にした "that" は《関係代名詞》でここでは主格。表現はさっきのところとだいたい同じで、意味は「スパーズ(トテナム)に対して3点差から3-3に追いついたウエストハムに対して」。
ここまでまとめると、「アーセナルが、スパーズに対して3点差から3-3に追いついたウエストハムに対して、3点差から3-3に追いついたこと」。
これが主語で、「~はoutstandingである」がVとCだ。このoutstandingはいろいろなふうに訳せると思うが、ここでは、辞書を引いて辞書に書いてある訳語候補(語義)から何かよさげなものを選ぶのではなく、この単語のoutとstandというパーツを見て意味の核(コア)をつかんで、自力で日本語にするという練習もしておいてもらいたい。その練習のためにとてもよい例文だ。
ウエストハムがトッテナムを相手に3-0から3-3に追いついたのは、2020年10月の下記の試合だ。これは "west ham tottenham 3" とかいう適当極まりない検索ワードでさくっと見つけることができた:
https://www.bbc.com/sport/football/54496451
ちなみにアーセナルが3-0から3-3に追いついて勝ち点1を獲得した1週間前、15日は、アーセナル対トテナムのノース・ロンドン・ダービーでアーセナルが勝利している。
つまり、トッテナム<<<ウエストハム<<<アーセナルということでよろしいか。
※2930字