今回の実例は、Twitterから。
欧州全域で新型コロナウイルスによる感染がまた増えつつある中、今週月曜、つまりスコットランドで開催されていたCOP26が閉幕した翌日、英国のボリス・ジョンソン首相が記者会見を行ったのだが、それが「風邪でも引いているみたいだ」と指摘されている。
会見の音声は下記Metro記事の中にエンベッドされているのでそれで確認できるが、確かに鼻声のようだ。
とだけ言うと「風邪くらい誰でも引くだろ、そんなことでいちいち騒ぐ連中はばかなのか」といった反応が必ずあるだろうが、ジョンソンはつい最近も病院訪問時に、病院側の人たちも同行の人たちもみんなマスクをしているのにひとりだけマスクせずに院内を歩き回って顰蹙を買い、おちょくられてすらいるという文脈がある。しかも2020年春にパンデミックが始まったころに「私はだれとでも握手をして回る、ウイルスなど恐るるに足らず!」と勇ましく行動した挙句、いち早く感染し、しかもかなり症状がひどくなって、人工呼吸器のお世話になる寸前まで行っていたような人物である。端的に言えば「懲りないやつだな、まったく……」という目線で見られているわけだ。
Tap the gif - stop the mask pic.twitter.com/3rkv7pGw3X
— The Agitator (@Agitate4Change) 2021年11月10日
「はっくしょん」して、マスクが飛んだみたいになった。(やればやるほど、対ブッシュ靴投げゲームを思い出す) https://t.co/VKosOxKZBd pic.twitter.com/zek8qxsBP9
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年11月11日
ともあれ、この会見についてのMetroの記事(上述)や一連のツイート、それに対する反応が、ボキャビルのためにかなり役立ちそうだ。あと、英語の接続詞の使い方という点でもよい例がある。それらをざっくり見ていこう。
まずMetroの最初のツイート(スレッドの最初):
Need a strepsil, Boris?
— Metro (@MetroUK) 2021年11月16日
The prime minister has sparked suspicion that he may be suffering from a cold after he delivered Monday’s press briefing on coronavirus with a ‘raspy’ voice.https://t.co/9ZiPsq2AWQ
いきなり第1文に "strepsil" という見慣れない単語が出てきてびびるかもしれないが、この単語は知らなくてもかまわない。むしろ知らなくて当然だ。
これはのど飴、のどトローチのブランド名が一般名詞化したもので(英語では固有名詞が一般名詞化する例がたくさんある。ティッシュペーパーを「ティッシュ」と呼ぶより、ブランドにかかわらず「クリネックス」と呼ぶ、みたいなことがよくある。だから「ヤフーでググる」みたいな語法も普通にあり、その非厳密性を笑う、みたいなこともよくある)、固有名詞としてはStrepsilsと頭文字を大文字にして複数形で表すが(1つのパッケージの中に複数入っているので複数形)、それが一般名詞化して "strepsil" と語頭が小文字になり、1度になめるのは1つだから単数形で "a strepsil" と書かれているのだる。日本語でいえば「のど飴が要りますか?」、商品名を使うなら「浅田飴でも要る?」みたいな感じになるだろう。
次の文、《助動詞+進行形》(he may be suffering ...)という文法ポイントもあるんだけど、そんなのいちいち解説してたらまた終わらなくなるので飛ばす。
最後にある "with a ‘raspy’ voice" のraspyが見どころ。これが引用符でくくられているのは、誰かの発言の引用だからで(この場合は、会見を見た誰かがそう評したのだろう)、特に深く考える必要はなかろう。
各自辞書を参照してほしいが、raspyは「かすれた、しゃがれた」といった意味で、「声」と強い結びつきを持つ形容詞である(a raspy voice)。単語の形からすぐに判断できるように、raspという名詞に -y をつけて形容詞化したものである(同様に -y で形容詞化される例としては、speed → speedy などがある)。このraspという名詞は「やすり」という意味で、raspyは「やすりのようにざらざらした」というのが原義だ。
で、面白いのはこの先。
このraspyをネット上で自由に使える英語の辞書(英英辞典)で見てみよう。ここでは、けなく結果の一番上に出てきたMerriam-Websterから。
1: HARSH, GRATING
2: IRRITABLE
このように、語の定義自体が類義語集のようになっているが、さらに画面のもう少し下に類義語 (synonyms) を集めたコーナーがある。
Synonyms for raspy
Synonyms
choleric, crabby, cranky, cross, crotchety, ... 以下略
これだとただの羅列(アルファベット順になってはいるが)で、何も分類されていなくてわかりづらいから、このコーナーのすぐ下にある "Visit the Thesaurus for More" のリンクから、シソーラス(類義語辞典)へ飛ぶ。
そうすると、
1 easily irritated or annoyed
...
2 harsh and dry in sound
...
と、大きく分けて2通りの語義ごとに類義語が整理されているのがわかる。
上で引用した類義語は、1の語義、つまり「簡単にいら立つ」の意味の類義語で、今回見ているMetroのツイートにある語義は、音の性質について述べるときの2の語義だ。
そしてここの類義語をチェックすると:
coarse, croaking, croaky, grating, gravel, gravelly, gruff, hoarse, husky, rasping, rusty, scratchy, throaty
日本語でも「ガラガラ声」「しゃがれ声」「かすれた声」など何通りかの言い方があるが、英語でも同じで、ざっと数えただけでもこれだけの類義語がある。ほとんどが「表面がざらざらした何か」を含意する語で、感覚的にもわかりやすいと思う。
そしてこれらの類義語を念頭に、Metroの記事を一瞥すると:
- the prime minister’s voice, noting he sounded ‘congested’.
- he could be heard trying to clear his throat
- the ‘hoarse’ and ‘gruff’ nature of his voice
- Sounds dreadfully hoarse and a bit snotty.
- ‘he sounds bunged up and ill’
といった表現が拾える。下線を補ったのが、raspyの類義語の系統の語、および強く関連する語だ。
congestという動詞は「混雑する」の語義で、この語やその派生語は日常生活によくでてくるが(たとえば、ロンドン都心部に自動車を乗り入れるにはcongestion chargeが必要である)、今回のこの文脈では「鼻が詰まった」だろう。
congestedを英和辞典で参照しても、「充血した、うっ血した」の語義はあっても「鼻の詰まった」の語義は挙げられていないものもあるかもしれないが、私の手元にある『ジーニアス英和辞典 第5版』ではちゃんと書かれている。
このcongestedの類義語がsnottyで、これは「鼻水を垂らした」みたいな語義で覚えている人が多いのではないかと思うが、このように「風邪をひいたときの鼻声」を表すためにも用いられる。
なお、和英辞典で「鼻声」を引くとnasalという語がつかわれた表現が出てくると思うが、それは「しゃべるときに息を鼻に抜けさせる」「声を鼻にかける」という意味での「鼻声」で(いわゆる「鼻濁音」の音。あと猫ちゃんを見つけて「ネコチャン! おいでおいで」というときの声も、この音になってるはずである)、風邪のときの鼻声とは違う。私も、和英辞典経由で風邪のときの鼻声のことを "a nasal voice" と言って通じなかった経験があるのだが、その経験がある人は1人や2人ではなかろう。ここでcongestedを覚えてしまえば、その知識はもう一生ものだ。
箇条書きにして抜き出したものの2番目:
he could be heard trying to clear his throat
《感覚動詞+O+現在分詞》が受動態になっているのと、《try to do ~》の合わせ技。能動態で表すなら、 "You could hear him trying to clear his throat" になるだろう。
このclearは動詞で、clear one's thoatは一種の成句で「咳払いする」。「咳払い」まで行かなくても、喉がイガイガしているときに「ん」と喉の奥の方で言って、イガイガを取り去ろうとするときのこともこう言う。
ここで当ブログ規定の4000字を超えてしまったのだが、あと少しなので続ける。
箇条書きの最後:
‘he sounds bunged up and ill’
これはど真ん中のイギリス英語だと思うが、風邪で鼻が詰まっていることを言うときに、bunged upと言う。ケンブリッジ辞書を見てみよう。
"UK informal" (「英国での略式表現」の意味。つまり書類とかでは使わないようなくだけた口語表現)としたうえで、"If your nose is bunged up, you find it difficult to breathe because you have a cold." と説明されている。「あなたの鼻がbunged upしている場合、あなたは風邪を引いているために呼吸することを困難に感じている」と直訳される。つまり「風邪で鼻が詰まっている」だ。実際には風邪だけでなく花粉症などアレルギーのときも使う表現だが。
って、もう一つ取り上げたいことがあったのだが、それはさすがに文字数のため、次回に回すことにする。
※4567字。何か気持ちのいい数値だな