今回の実例は、Twitterから。
先週水曜日の5月11日、パレスチナのジェニン難民キャンプ*1で、一人のジャーナリストが、取材中にイスラエル側からの銃撃によって命を奪われた。
殺害されたのは、シリーン・アブ=アクレさん(「アクラ」という発音や表記もある)。1971年生まれで50代に入ったばかりの女性ジャーナリストだが、1997年以降、アルジャジーラのアラビア語放送でパレスチナからの現地報道を行い、アラビア語のテレビニュースを見ている人ならば誰もがはっきりと知っているような、超有名記者だった。
This morning @ShireenNasri, veteran Al Jazeera journalist, was shot and killed by Israeli regime forces whilst she was covering their raid on Jenin.
— Dr. Yara Hawari د. يارا هواري (@yarahawari) 2022年5月11日
An entire generation grew up watching this woman on TV.
Rest in power Shireen. pic.twitter.com/V4YgCZsikl
撃たれたときは、PRESSと大きく書かれた防弾チョッキを着て、ヘルメットも装着していたが、それだけ防護していてもできてしまうわずかな隙間(耳の下)を撃ち抜かれた。一緒にいたカメラマンが先に撃たれており、この人も背中を負傷したが生命には別条はなく、何が起きたかを証言している。
報道関係者であることを明示している人を標的とすることは、救急隊や救急車、病院、学校を標的とすることと同様、あるいはそれ以前に、民間人(非戦闘員)を標的とすることと同様、国際人道法(つまりジュネーヴ条約)違反である。
昨今、ロシアがウクライナでそれをして、「国際社会」が「社会」全体として、あるいは個々の成員(各国)が非難の声を上げているのだが(例えばマリウポリの産院攻撃)、イスラエルはパレスチナでそれをし続けてきたし、それらの国際人道法違反(つまり「戦争犯罪」の行為)はほぼ全力でスルーされるのが常である。スルーされるだけならまだいい方で、イスラエル側が流す嘘が、英語圏の主流メディアで何度も重ねて流されて増幅されることもよくある。そして2022年の現在、米国大使館もイスラエルの側、つまりPRESSと明示したジャーナリストを撃った(と思われる)側に立ち、イスラエルが根拠も示さずに言う「彼女を撃ったのはパレスチナ人だ」という嘘*2をただ増幅する。
「彼女を撃ったのはパレスチナ側だ」だって。イスラエルとプーのロシアはよく似ている。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年5月11日
- Al-Jazeera: "Israeli forces shot Shireen Abu Akleh in the head while she was on assignment."
— Joyce Karam (@Joyce_Karam) 2022年5月11日
-Israeli Army via @AmichaiStein1 : "I do not think we killed her. We offered the Palestinians quick investigation. As we see at moment, she was probably killed by Palestinian gunfire."
🧵: Israel’s foreign ministry and US embassy tweeted a video showing Palestinian gunmen in Jenin firing down an alley, suggesting they likely hit Shireen Abu Akleh.
— Middle East Eye (@MiddleEastEye) 2022年5月11日
However, footage, satellite imagery, geolocation, and eyewitness accounts debunk Israel’s claims pic.twitter.com/IvHMBjM4t1
アメリカはロシアを非難する資格を自らドブに流したのか。 https://t.co/KGt2pJjF0s
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年5月11日
Middle East Eye (MEE) は、以前も当ブログで見ていると思うが、ロンドンに拠点を持つオンライン・メディアである。いろいろ言われてもいるが、そういうのもウィキペディアに書いてあるのでそちらを参照。
ツイート全体は、《A. However, B》の形式で書かれている。この形式においてはAとBはそれぞれ独立した文である。Howeverは《接続副詞》であって接続詞ではないので、常にコンマを伴う。このツイートでもそうなっている。
Israel’s foreign ministry and US embassy tweeted a video showing Palestinian gunmen in Jenin firing down an alley, suggesting they likely hit Shireen Abu Akleh.
However, footage, satellite imagery, geolocation, and eyewitness accounts debunk Israel’s claims
文法上の注目点は《分詞構文》などもあるが、細かく書いているとまた終わらなくなるから端折ることにする。文意は「イスラエル外務省と米大使館が、ジェニンにおいて武装したパレスチナ人複数人が細い街路で銃撃している様子を示す映像をツイートした。パレスチナ人がシリーン・アブ=アクレさんを撃ったと考えられると示唆してのことである。しかしながら、現場映像や衛星写真、ジオロケーション、目撃証言は、イスラエルの主張が嘘であることを示している」。"debunk" という語は、ニュース記事や評論などを読むうえでは、覚えておくと便利な単語だ。やや口語的な響きのある語で、論文などで使うなら類義語のdiscreditあたりを使った方がよいかもしれない。
MEEはこのツイートに続けて、具体的な検証の過程を詳しく述べているが、そちらは次回以降に扱うこととして、今回は、英語圏の大手メディアがいかにイスラエルの嘘を増幅しているか、あるいはそれに寄り添っているかということを示す具体例を見ていこう。
(要点だけ先に書いておくと、イスラエルが示している「パレスチナ人ガンマン」がいた場所は、ジャーナリストが銃撃された場所の近くではない。そこから撃って、あそこに立ってる人に銃弾が当たるということは、考えられない。)
むろん、出る端からTwitterでどんどんdebunkされているのだが、そんなことは、大手メディアの影響力の前では、牛の前に立ちふさがるカマキリくらいのものだろう。
シリーン・アブ=アクレさん殺害の状況から考えて、この殺害は単なるkillingではなくmurderである可能性はとても高いし、それゆえassasinationという非常に強い言葉を使う人もいるくらいだが、murderにせよassasinationにせよ、殺意(殺す意図)や準備といったものが立証できないときは、報道機関は使うことができない*3。しかしながら、あのように「仕事中に外的な要因で落命した」場合は、通例、dieではなくbe killedを使う(「心臓発作を起こした」といった場合ならばdieだろう)。「交通事故で落命した」ときだってbe killedが標準的だ(ただしこの場合は、見出しではdieを使うこともさほど珍しくない)。
Al Jazeera journalist Shireen Abu Akleh was shot and killed by Israeli occupation forces while covering an Israeli raid in the occupied West Bank town of Jenin, the Palestinian health ministry says https://t.co/gURlVPKL4T pic.twitter.com/1WZhG7pm8N
— Al Jazeera English (@AJEnglish) 2022年5月11日
しかしニューヨーク・タイムズ(NYT)は、"Shireen Abu Akleh dies at 51" と見出しを打った。
これには即座にツッコミが入った。例えば下記、ジョアンナさんのツイートでは、非常に詳しく添削が入っている。
And they whitewash the report - "dies at 51" pic.twitter.com/dzQE4EhsOy
— joanna (@garnetsandgrace) 2022年5月11日
もっとあっさりした、どこのコピーエディターでもやりそうな修正を入れたのがこちら:
— Assal Rad (@AssalRad) 2022年5月11日
こういう見出しを打ったNYT, 最終的には削除したようだが(だからもう確認できない)、殺害のすぐあとにはまさに「デマ」としか言いようのないものをばらまいていた。(キャプチャ取っとけばよかった。)
Dear @nytimes there were no clashes yet, Shirin was shot in the head by israeli sniper despite wearing the press vest. There were no palestinian gunmen in the scene. It is a crime committed by israeli soldiers. Not an accidental hazard. Thank you. https://t.co/kyTdyVjiP3
— Rawaa Augé روعة أوجيه (@Rawaak) 2022年5月11日
他方、米国の通信社APは、それとなく細部をぼやかした記述というテクニックを使っている。次のツイートを見て、どこがぼやかされているか、わかるだろうか。
BREAKING: Shireen Abu Akleh, a journalist for the Al Jazeera network, was killed by gunfire in the occupied West Bank, the Palestinian Health Ministry says. The shooting happened during an Israeli army raid in Jenin. https://t.co/NeyLKmedn0
— The Associated Press (@AP) 2022年5月11日
そう、この点である。
Whose gunfire? Whose? Say it! https://t.co/MGW0LX787z
— #SaveMasaferYatta (@m7mdkurd) 2022年5月11日
文章の最初の方で「イスラエル軍の発砲」と書かずに、最後に「イスラエル軍のジェニンにおけるraidの間に」と書くことで、「イスラエルの」という情報をやわらげている(発砲がイスラエルのものだったかどうかはわからない、というトーンにしている)。下記のような表記基準を持ち、明解な、文章を頭から一度読んだら重要な情報がすっと入ってくるような文章を旨とするAPが、である。
— #FreeAhmadManasra (@lenapalestena) 2022年5月11日
数時間後にははっきり書いたようだが、それでも「パレスチナ側の言い分としては」が先行している。それ自体は、事実がまだestablishされていない段階では妥当かもしれないが、それならば最初っからこのスタイルで書けばいいのである。Israelを文章の後ろの方にそっと置いたりせずに。
The Palestinian health ministry said the reporters were hit by Israeli fire. The Israeli military said its forces came under attack with heavy gunfire and explosives while operating in Jenin, and that they fired back. https://t.co/SEhoAfG9ii
— The Associated Press (@AP) 2022年5月11日
……と、ここですでに当ブログ規定の4000字をはるかにこえ、倍の8000字になろうとしているので、今回はここまでとして、次回にこの続きを扱うことにしたい。
ちなみに、シリーン・アブ=アクレさんが殺害された5月11日は、昨年2021年のガザ攻撃から丸一年となる日だった。
As today marks the first anniversary of Israel's 2021 onslaught on the besieged Gaza, here are pictures of some structures that were targeted by Israeli warplanes during the onslaught and one year after.
— PALESTINE ONLINE 🇵🇸 (@OnlinePalEng) 2022年5月10日
Never Forget! pic.twitter.com/Rggu2YpiPG
— PALESTINE ONLINE 🇵🇸 (@OnlinePalEng) 2022年5月10日
A year has passed since Palestinian child Braa Suleiman bid farewell to his father and brother after they were murdered during an Israeli attack on the northern Gaza Strip in the latest onslaught.
— PALESTINE ONLINE 🇵🇸 (@OnlinePalEng) 2022年5月10日
Never Forget! pic.twitter.com/wkPq1IsxdZ
Marking the first anniversary of Israel's 2021 onslaught on the besieged Gaza Strip, let's remember the 66 Palestinian children who were murdered by Israeli warplanes. pic.twitter.com/eOV6APqH4e
— PALESTINE ONLINE 🇵🇸 (@OnlinePalEng) 2022年5月10日
イスラエルは2000年の第二次インティファーダ以降(つまりオスロ合意などなかったかのように*4、アリエル・シャロンの政権が強硬な政策を取るようになって以降)、ジャーナリストだけでも50人以上を殺してきた。シリーン・アブ=アクレさんはその被害者リストに記載される最新の名前となってしまった。そして彼女の名前が最後にはならないだろう。この暴虐を止めない限りは。
For decades Sherine Abu Aqleh has been a notable journalist on Al Jazeera reporting the Israeli war crimes against Palestinians. Today the Israeli occupation forces shot her in the head. They killed her. Will Israel be sanctioned? Boycotted? Isolated? Condemned? pic.twitter.com/YSuWi08Qop
— Hadi Nasrallah (@HadiNasrallah) 2022年5月11日
Israel killed more than 50 journalists, thousands of children, more than 20 UN peacekeepers and bombed hundreds of schools, hospitals, orphanages, temples … that wasn’t enough for the hypocrite west to take actions like they did with Russia. Instead, they sponsored those crimes.
— Hadi Nasrallah (@HadiNasrallah) 2022年5月11日
The 4 stages of Zionist propaganda during a crime:
— Hadi Nasrallah (@HadiNasrallah) 2022年5月11日
1- They will deny they committed it
2- They will acknowledge they committed it but blame the Palestinians for causing it
3- They will say the victims deserve it because they posed a threat
4- You are anti-semitic for questioning
Israel's tired responses to killing journalists:
— Muhammad Shehada (@muhammadshehad2) 2022年5月11日
1- It wasn't us
2- We're investigating
3- She's not a journalist
4- It was an accident
5- She was aiding gunmen
6- So what? Other countries are doing worse! https://t.co/uwEGPY929a
*1:「難民キャンプ」という名目だが、現在では普通の街みたいになっている。「難民キャンプ」なのは、元々住んでいたところから追い出された人々が一時的に暮らすようになった場所だからで、本来ならばその人々は元の村・町に戻れているはずなのだが、実際にはイスラエルによってそこに戻ることができない状態に置かれているため、一時的な「キャンプ」のはずが何十年もそこにいることになってしまっている。これが「パレスチナ問題」の最も重要な部分に位置する問題である。
*2:これが嘘であることは、次回以降のブログで取り扱う。
*3:assasinationという言葉は要注意である。この言葉を持ち出して「理由がないのだからそんなことをするはずがない」として殺害そのものを否認しようとしているのは今回イスラエル側であるが、このように強い言葉はそういうふうに利用される。このやり口は、ホロコースト否定論などでもみられる。see https://twitter.com/OmarBaddar/status/1524764035358633984
*4:オスロ合意がいいとか悪いとか十分だとか不十分だとかいうことはここでは話題にしません。その文字数がありません。って書くとアポロジストだって攻撃されるだろうけど……。