今回の実例は、Twitterから。
すでに日本語圏でも大きく報じられていると思うが、アルカイダ(AQ)のトップであるアイマン・アル=ザワヒリが、アフガニスタンの首都カブールで爆殺されたことを、米大統領が発表した。日本語圏では「無人機からミサイルを発射して殺害」、「空爆で殺害」などなどという文言で報じられているが、要するに軍事用ドローンによる攻撃で、やったのは米軍ではなくCIAである。それについて、英ガーディアンは次のように説明している。
The CIA strike will be seen as a proof of the US’s ability to conduct “over-the-horizon” operations despite last year’s military withdrawal from Afghanistan. But it also raised questions over al-Qaida’s continued presence in the country since the Taliban regained power.
記事中の "over-the-horizon" の部分に貼られているリンクはAXIOSのもの:
表示されている概要の文を見ればわかると思うが、米軍をなるべく現地に投入しないことを目的として考案・計画される作戦のことだ。
米軍の事例ではなく英軍についてのものだが、このような作戦については、2015年に "Eye in the Sky" という映画が制作されている。日本でも各種オンライン配信で見られるので、ご覧になったことがない方は是非見ていただきたい。フィクションだが、まったくの絵空事というよりは、実際に起きていた問題をベースに構築されたフィクションである。
さて、テロ事件・テロ計画の「容疑者」を、逮捕して法のもとで裁くのではなく、殺害・暗殺することは、今世紀に入ってからイスラエルがパレスチナの武装勢力指導者に対して堂々と行うようになってから、すっかり常態化してしまっているが、本来はとてもおかしなことである。
今回のザワヒリ殺害を発表する際、ジョー・バイデン米大統領は、“Justice has been delivered and this terrorist leader is no more,” “People around the world no longer need to fear the vicious and determined killer.” と述べているが、「法の支配」のもとでは、 "justice" は「法の裁き」であるという前提はどこへやら、アメリカンなスーパーヒーローじゃあるまいし、「世界中の人々の恐怖はこれで消えた」みたいなことを堂々と言っているのは、本来、「えーと、どっからつっこんだらいいんですかね」という話である。(これは2011年5月に、バラク・オバマ大統領の指示のもとでウサマ・ビン=ラディンが殺害されたときも、当然、指摘されたことである。)
……というのが前置き。
今回の実例は、そういうことを指摘するツイート。投稿主はアムネスティ・インターナショナルUKおよび北アイルランドのパトリック・コリガンさん。投稿は2件ある:
Rule of law is important, so I'd like to see US legal basis for this, as it has the hallmarks of unlawful extrajudicial killing:
— Patrick Corrigan (@PatrickCorrigan) 2022年8月2日
- no attempt at arrest to bring to trial;
- no info about an imminent planned attack on US;
- no armed conflict in Afgh, so law of war does not apply. https://t.co/xQ09AFHuAt
Ayman al-Zawahiri was, I believe, responsible for awful crimes. His victims deserve justice.
— Patrick Corrigan (@PatrickCorrigan) 2022年8月2日
But we should not confuse retribution with justice.
In the long run, the rule of law is our best foundation for keeping the world safe.
1番目の投稿より:
Rule of law is important, so I'd like to see US legal basis for this, as it has the hallmarks of unlawful extrajudicial killing:
特に解説が必要な項目はないと思われるが、英語の文として注目すべきは、なぜここで筆者は "I'd like to see US legal basis for this because rule of law is important" と書かなかったのか、ということだろう。
これは、"rule of law is important" というあまりに自明で言うまでもないことをあえて最初に置いて、強く強く確認しようという心理があるからと私は考える。文意としては、「法の支配は重要である。それゆえ私は、本件についての米国の法的根拠を確認したいと思う」だが、「重要なのは法の支配である」くらいの強さのある文になっている。
太字で示した "as" は接続詞で、ここは《理由》を表しているが、日本語にするとすれば「というのは、……」と付加的に言い添えているように訳すべきだろう。
"unlawful extrajudicial killing" は、extrajudicial killingにunlawfulを付けた形で、これまた非常に強い表現だ。extrajudicialのjudicialは「司法の」の意味で、それにextra-という接頭辞がついているので「司法の範囲外の」、つまり「法廷で決められたわけではない」「法的に認められていない」「違法(不法)の」の意味。それにさらにunlawful(「違法な」)という形容詞がついて強調されている。
1番目のツイートでは、このあと、コリガンさんがザワヒリ殺害を "unlawful extrajudicial killing" と考える根拠が3点、箇条書きにされている。すなわち「裁判にかけるために逮捕しようとすらしていない」、「米国に対する攻撃についての具体的な情報があったわけではない」(もし近いうちに攻撃が行われるという情報があったのなら、殺害は防衛として正当化もされうる。殺さなければこちらが攻撃される、という状況であれば)、「アフガニスタンでは武力紛争は起きていない。よって、戦争法規は適用されない」。
2番目のツイートは、論理マーカーとなる接続詞butを使った「確かに~である。しかし…」の文体で、重要なのは(筆者が言いたいことは)「~」ではなく「…」の方である。ツイート本文を改めて見てみよう。「~」は青字 、「…」は朱字にしてみた。
Ayman al-Zawahiri was, I believe, responsible for awful crimes. His victims deserve justice.
But we should not confuse retribution with justice.
青の方は、「アイマン・アル=ザワヒリは、恐ろしい犯罪行為の数々の責任を負う人物であったと私も認識している。ザワヒリの被害をこうむった方々には、正義がもたらされるべきだ」という文意。 "I believe" が挿入されているのは、ザワヒリが法の裁きを受けておらず、彼の犯罪行為は法廷で立証されていない、すなわち「事実」と言い切れるほどの根拠がないから、このように「個人的には~と信じている」という枠に落とし込んでいるわけだ。
朱の方は「私たちは応報を正義と混同してはならない」。《confuse A with B》は「AをBと混同する」。このまま暗記しておきたい例文だ。
最後の文:
In the long run, the rule of law is our best foundation for keeping the world safe.
"in the long run" は「最終的には」。日常会話でもプレゼンのような場面でも、非常によく使う表現である。
太字にした部分は《前置詞+動名詞》の構造。
文意は「結局のところ、法の支配というものが、世界を安全な状態にしておくために、私たちの持っている最も良い土台なのである」
※3960字