Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

動名詞が主語の文, 完了形の受動態, 現実味のcould, be動詞が省略された特殊な文体, 頭韻(保守党党首選挙の投票システムがやばい)

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今回の実例は、Twitterから。

数々の嘘を重ねてきたボリス・ジョンソンが、今回もまた逃げ切れると踏んだのだろうが、身内をかばう嘘*1をついて、その累が自分にも及ぶことを恐れた閣僚や政権や党の要職者50人余りの同時多発辞任という事態をまねいたことで退陣表明、つまり与党保守党の党首を辞し、すなわち英国の首相を辞めることにするという宣言を余儀なくされたあと、保守党では次の党首選びが行われてきた。

党内で必要とされる人数の推薦人を集めた8人の候補のだれが次の党首にふさわしいかを、国会議員による投票で2人にまで絞り込んだあと、最後に一般党員からの投票で2人の決選投票が行われる。ここまで5度の投票で最終候補2人としてリズ・トラスとリシ・スナクが残り、次は一般党員からの投票で次のリーダーが決まる、という段階になっている。ちなみにウィキペディアによると、保守党員が英国の有権者に占める割合は、0.35パーセントだそうだ。たったそれだけの少ない人数で、次の首相が決まってしまうのは、議院内閣制のバグといっていいだろうが、ボリス・ジョンソンにせよその前のテリーザ・メイにせよ、このバグをハックすることで英国の首相という権力の座についてきたわけだし、これはたぶん世界的に、議院内閣制を採用している国ではどこででも見られるようなことになっているだろう。

で、この一般党員からの投票というのは、もちろん、全員が直接顔を出して投票箱に票を投じるということは現実的ではないので、遠隔投票が採用されている。ちなみに、今回の党首選、英国の保守党の党員であればだれでも投票できるので、英国籍を持っていなくても、英国在住でなくても投票できるのだそうだ。

はい、今、フラグ立てました。

というわけで今回の実例は、このいかにもつついてくださいというバグがありそうな投票制度について、英国の情報機関から待ったがかかった、というスクープが、保守党員御用達新聞であるデイリー・テレグラフに出た。記者自身のTwitterフィード: 

ベン・ライリー=スミス記者は、このツイートを筆頭とするスレッドで、スクープ内容をかなり詳しく書いてくれているので、内容に関心がある方はそちらを参照していただきたい。

ここでは英語の話をする。

まず最初の "EXCLUSIVE" は、

まず第1文: 

Voting for the next Prime Minister has been delayed after GCHQ warned cyber hackers could change people’s ballots

"Voting" という-ing形で始まっているが、この文は分詞構文などではなく、《動名詞》の句が主語になった構文だ(このvotingを動名詞と考えずに「投票」という名詞と考えることもできるかもしれないが)。主語は "Voting for the next Prime Minister" という動名詞句で、述語動詞は "has been delayed" と、《現在完了の受動態》になっている。

太字で示した "after" 以降は《副詞節》で、すなわちこのafterの前で大きな区切りがあるのだが、そのあとは、松井孝志先生のおっしゃる《現実味のcould》の出番。「GCHQが、サイバー空間のハッカーたちが、人々の投票を変えてしまう可能性が高いと警告した」。

つまり、投票プロセスに付け入られるスキがある、そのスキは、ハッカーが手を出して、投票結果が変えられてしまうことが現実的と言えるレベルのスキだ、とGCHQが保守党に警告した、ということである。

このニュースのフィードを見たIT系の人たちが「うわあ」とか「ぎゃー」という方向の発言をしていたが、日本でいえばみずほ銀行絡みのあれこれみたいなものだろう。

第2文と第3文: 

Tory HQ forced to scrap plans to let members switch votes later in race over security fears. Means ballots still not sent out

このツイートは、報道記事の見出しではないのだが、この文の文体は見出しの文体に準じたものになっている。文字数が多すぎて削ったか、見出しっぽく書いたかだろう。Twitterの報道系のフィードではよくあることだ。

何が言いたいかというと、この2つの文では《be動詞が省略》されているのだ(ほかにも省略があるが)。

つまり、最初の文の "forced" は過去形ではなく過去分詞で、直前にbe動詞が省略されている。意味から見れば、「保守党本部がforceした」という能動態の過去形ではなく「保守党本部がforceされた」という受動態である。どうなっているかというと: 

Tory HQ was forced to scrap plans to let members switch votes later in race over security fears. 

この "was" が省略されているのである。これは報道記事の見出しでなければ常に起こるような省略ではなく、頻度でいえば稀だが、省略されているときに「省略だ」と見抜けないと、正しい解釈ができない。かなり厄介だ。

Twitterを英語ニュースを拾うための場として活用している人、活用しようとしている人は多いと思うが、こういう省略のパターンを知っていないと、誤読することになるので、ニュース英語は難しい。

でも日本語の、助詞を削ってしまって何が言いたいのかさっぱりわからない報道記事の見出しよりは簡単だ。英語は語順が決まっているから、先日Twitter上の日本語圏で話題になった「散歩中の男性背後からイノシシ襲う…警官らが取り押さえ直後に死ぬ」みたいに、一読して、誰が何をして誰が死んだのかがわからない文面になる、ということは、ほとんどない(絶対にないわけではない)。

閑話休題

Tory HQ was forced to scrap plans to let members switch votes later in race over security fears. 

太字で示した部分は《force ... to do ~》「…に強制して~させる」の受動態で、「強制的に~させられる」の意味。

下線で示した部分は《let ... do ~》「(…の意思の通りに)…に~させる」の意味。

"plans to let ..." のところは《to不定詞の形容詞的用法》。

つまり文意は、「セキュリティ上の懸念があるため、党首選の後の段階で、党員たちに投票先を変更させるという計画を、保守党本部は断念せざるを得なくなった」。

あ、あとこの "over security fears" の前置詞 over は成句として覚えておくといい。「~のおそれで、~のおそれがあるので」と言いたいときの成句はover fears of ~だ(safety, securityなど名詞が形容詞化して用いられることが多い語では、over safety fearsなどのような語順になる)。ささっとTwitter検索をするだけで次のようなものが見つかる。

閑話休題。元のベン・ライリー=スミス記者のツイートの最後:

Means ballots still not sent out

これは省略を補うと、

It means (that) the ballots are still not sent out

で、カッコで示したのは見出し文体っぽく省略されたのではなく普通の文でも省略されるであろうもの、朱字で示したのは、見出し文体っぽくなっているから省略されたものだ。

これ、相当難しいと思う。自分でもうまく説明できたかどうか、わからないけど、今回はこんなところで。

なお、記者のツイートで表示されている写真、トラスとスナクそれぞれの支持者が討論会で掲げているプラカードの写真なのだが、これが《頭韻》を踏んだ標語になっていることにお気づきだろうか。

Liz TrussはLで始まるから、Leaderという語を合わせ、Rishi SunakはRで始まるから、Readyという語を合わせている。

これは英語話者は頑張って考えているわけではない。誰もがすっと思いつくような「心地の良い響き」に近いものだ。日本語でいう「ゴロがいい」感じ。英語でのコピーライティングなどをするときは、こういったところに気を配らないとならない。

 

※4750字

 

https://twitter.com/benrileysmith/status/1554570111125684225

 

 

*1:選ばれた人しか入れない男性専用の会員制クラブの中で、年少のメンバーに痴漢行為を働いていたことが発覚した国会議員を、そういうことをする人物だと知っていてジョンソンは要職に登用していたのだが、そのことについて「今回の事態が発覚するまでああいう人だとは知らなかった」という嘘をついていたことがバレたことが、「ラクダの背をへし折った最後のわら」になったのである。

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