今回は、小ネタ。受験にはまったく役に立たない事例を取り上げるので、そのつもりで読んでいただきたい。
8月最後の週末も過ぎ、英国はそろそろ夏休みムードも終わりつつある。夏休みに入る前に辞意を表明し、夏休み期間になったらそっこうで海外へとヴァカンスに出かけたボリス・ジョンソン首相は、帰ってきたと思ったらまたすぐにヴァカンスに行ってダウニング・ストリート10番地を留守にし、英国(特にイングランド)を襲ったものすごい暑さと渇水、それに未処理下水の垂れ流し問題(保守党は少し前に、イングランドで下水をそのまま海に流すことを合法化していた)、光熱費の高騰といった問題はほっぱらかして「次の首相が状況を見極めて適切に対応する」とかなんとか言ってるらしい。もはや「レイムダック」と呼ぶこともできないくらいに終わってる人だから、Twitterでのニュース記事のフィードでこの人物の名前や写真を見ることも、めっきり減った。
一方で露出が激増しているのが、次期首相最有力とみられるリズ・トラス外務大臣である。保守党党首選は、ジョンソン退陣のきっかけを作ったリシ・スナク前財務大臣と、トラスとの間で最終投票が行われるのだが、トラスの支持がスナクの支持を大きく上回っているから、多くの報道機関がすでにトラスを「事実上の次期首相」と扱っている。
報道機関だけではない。外国の政府も同様なようで、8月最後の週末が明けた月曜日、フィナンシャル・タイムズが次のような記事とTwitterスレッドを投稿した。
With Liz Truss on course to become the next UK prime minister, the US foreign policy establishment is asking whether she will bring her bombastic style from the Foreign Office to Downing Street https://t.co/mBrHNN5a0R pic.twitter.com/iWLytSttfb
— Financial Times (@FinancialTimes) 2022年8月29日
このツイートには、みんな大好きな《付帯状況のwith》が含まれている。 "With Liz Truss on course to become ..." は "As Liz Truss is on course to become ..." という節として解釈してよい。
と、FTが伝えている内容はこのスレッドなりリンク先の記事なりを見ていただくとして、今回実例として取り上げるのは、この投稿についていたリプライから。
文法的にイレギュラーなケースである。
まず前提として、リズ・トラスという人は、これでも外務大臣なのかと呆れるくらい言葉について無神経な人で、おおよそdiplomacyとはほど遠い、ぞんざいで繊細さのない言葉遣いをする。そういう「キャラ」が支持者にはウケているのかもしれないが、国際的には評判が悪く、上記FTのツイートでは "bombastic" という言葉で説明されている。
bombasticは、日本語にすれば「大言壮語の」という意味で、つまり「威勢がよいばかりで実体や中身がない」といったことをいう形容詞だが、FTという大手メディアがトラスの言葉をこのように描写しているのは、それこそdiplomaticな配慮と言えるだろう。一般の人にはそういう配慮はない。
というわけで、次のようなリプライがついているのである。
Don't confuse blunt with ability
— Chas B (@Chasb001B) 2022年8月29日
投稿者のChas Bさんは、プロフィール欄が空白なので投稿の履歴しか手掛かりがないのだが、スコットランドについてよくツイートやリツイートをしているので、スコットランド在住か、スコットランド出身の人なのだろう。名前も英語圏の人のものだし、英語は母語と考えてよかろう。だから、この投稿が「外国人の片言英語で、それゆえ英文法がおかしい」とは言えないと思う。(でなければいちいちブログで取り上げたりしない。)
だが、この文、文法的にちょっと変なのだ。
構文は《confuse A with B》「AをBと混同する」である。そしてこの構文では、AもBも名詞が来るのが標準的である。
Unfortunately, the academic confused Japan with China.
(残念ながら、その学者は日本と中国を混同していた)
It is a common mistake to confuse pity with love.
(哀れみを愛と混同するのはよくある間違いだ)
しかしこの文:
Don't confuse blunt with ability
Bの位置にある "ability" は名詞だが、Aの位置にある "blunt" は形容詞である。
私が知らないだけで、実は名詞のbluntもあるのかもしれないと思って引ける限りの辞書を参照したが、(麻薬関連のスラングを除いては)見当たらなかった。下記はCambridgeのオンライン辞書だが、adjectiveとverbしかない。
形容詞のbluntには意味が大きく分けて2つある。ひとつは「とがっていない、鈍い」で、先の丸くなった鉛筆や、鈍った刃物などについて用いる形容詞。もうひとつは「粗野な、乱暴な」で人の言動について用いる形容詞である。どちらも「洗練されていない」というコア・イメージがある。
だから、「粗野であることを(ズバリと物を言う)有能さと混同してはならない」と言う場合は、
Don't confuse being blunt with ability.
と、be動詞+形容詞の形にして、be動詞を名詞化するか、
Don't confuse bluntness with ability.
と、bluntという形容詞に-nessをつけた名詞形を使うかするのが標準的だろう。
だが、実際に一般の人がさくっと書いたりしているような場では、こういうときの厳密性が若干怪しくなり、beingが落ちるという例を、たま~~~~に見かける。
今回、そういうイレギュラーな例を見かけたので、メモをしておこうと思った次第である。
1行目に書いた通り、受験などには何の役にも立たないので注意されたい。というか試験の答案に confuse blunt with ability などと書いたら、ほぼ確実に減点されるだろうから、注意されたい。
※2900字