今回の実例は、Twitterにフィードされていた報道の見出しから。
昨日、下記のキャプチャ画像のような見出しが私の見ている画面に流れてきていて、かなりの違和感をおぼえた。
どこにも違和感をおぼえるようなところはないではないかと言う人もいるかもしれないが、私には違和感があった。従属節内の主語になっている "it" である。
これは、前出の "camp" を受けた代名詞である。campという名詞が、直接的に〈人〉を表すものでない以上、確かに代名詞はitで問題ない。文法的には。
しかし、camp(「陣営」)は複数の人々によって構成されるものであり、したがってその構成員ひとりひとりについて言うときには、代名詞はtheyを用いるのが自然と、私には感じられる。このcampが1つにまとまって、例えば「会合を開いた」とかいったことなら単数と解釈することに違和感はないが、この場合はjubilantであると言っていて、jubilantになりうるのは団体まるごとではなく構成員ひとりひとりだ。
このcampのような名詞を、《集合名詞 collective noun》と呼ぶ。日本の学校英語では、familyやclassといった単語を使って、この単数・複数の使い分けを習うはずだ。
My family is in Spain on vacation.
(私の家族は全員そろって、休暇でスペインにいる)
My family are fine.
(私の家族はひとりひとりみな元気です)
この点、江川泰一郎『英文法解説』ではほとんどしょっぱな、3ページで扱っている。引用すると:
集合名詞には a) 集合体を1単位として見る用法と、b) その構成要素である個体を主として見る用法との2つがある。a) は普通名詞と変わりはないが、b) は形は単数でも複数として扱われる。
原則はこうなっているが、実際のところ「a) と b) の区別は微妙で、結局は "In most cases, only the speaker knows which form suits his meaning best." (Evans, Usage, p. 209) ということにある。要するに、この問題は非英語国民であるわれわれ日本人にとっては文法上の重要事項であるとは思えない」と江川は指摘している (Ibid., p. 4)。
「重要事項であるとは思えない」(つまり「気にする必要などない、どっちでもいいことである」)かもしれないが、実際に英文を書くようになると(「書く」だけでなく「話す」でも同じである)、こういうところで迷ってつっかえてしまうものだ。自然に出てこないのだからしょうがない。それは日本語を外国語として学ぶ人が「公園で」なのか「公園に」なのかでいちいちつっかえてしまうのと同じことだ(日本語母語話者でも迷うことがあるよね、こういうのは)。
江川の『英文法解説』のよいところは、こうやって突き放したようなことを言っておいて、そのあとに親切に教えてくれることである。意外とツンデレなんだ、この本。
ここでは、上記の記述のすぐあとに、Quirk (CGEL)*1 を参照して、次のように述べている (Ibid., p. 4)。
Quirk(CGEL, §1.24)は「《英》ではis/areで、《米》ではisである」と言い、数少ない英米の語法上の相違の1つの例にあげている。
The government is/are in favour of ...
私の場合、勉強を離れて自分で大量に読むようになった英語素材が英国のものだったので、集合名詞は複数形としてisではなくareを使うのが自然という感覚を身に着けた。アメリカ英語になじんでいたら別の感覚だったに違いない。実際、今もネット上を見れば、こうなっている:
The 1975 are an English pop rock band formed in 2002 in Wilmslow, Cheshire.
The 1975はイングランドのバンドの名前だ。
一方、アメリカのバンドについては、同じウィキペディアでもこのようになっている。
LCD Soundsystem is an American rock band from Brooklyn, New York
また、見た目は単数のLabourという名詞も、内容的にthe Labour Partyである場合は、英国の記述では複数扱いをする。下記はThe Conversationという、元々はオーストラリア(英語としては基本的にUK式)で始まったオンライン媒体に、英国の学者が寄稿した文の見出しである。
Labour are much better at running the economy than voters think – new research
Labour are much better at running the economy than voters think – new research
こういった「見た目、単数の名詞に複数形の動詞」という組み合わせは、英国系の英語でチームスポーツについての報道などをよく見る人には、いっそうなじみ深いものだろう。
Watch out world - England are coming!*2
Rugby League World Cup: Pundits heap praise on England after 10-try win over Samoa - BBC Sport
AFTER THE FIRST 10 GAMES, ARSENAL ARE DOING BETTER THAN THE UNBEATEN SEASON
動詞がこういうふうに複数扱いなのだから、代名詞だってtheyだ。
It’s a long season, especially with midweek games. To be successful the team has to win games like these. In recent seasons they might not have but they have the grit and will to see it through.
しかし、今回見ているデイリー・テレグラフの見出しでは、英国の新聞であるにもかかわらず、campを受ける代名詞がtheyではなくitになっているのだ。
それが、本エントリ冒頭で記した私の違和感の理由である。
違和感はあるのだが、そういうふうになっているものを否定する立場にはない。
近年、というか21世紀に入ってから、英国のメディアの記述が、アメリカ英語寄りになってきていることは確実である。各メディアにスタイルガイド(表記基準)があるのでそれを見れば確認が取れるだろう。例えば関係代名詞でwhichやwhoを避けてやたらとthatを使う傾向が強くなり、結果的に、本来thatは使えないはずの非制限用法の関係代名詞でまでthatが用いられていることがある、というのは、当ブログで以前取り上げたことがある。←訂正。非制限用法でthatが用いられていたのは、見直したらアメリカのNBCでの例で、英メディアでの例ではなかった。
ガーディアンのように、英国外に市場を求めて「米国版」をスタートさせたメディアが米語化するのならわかるが、テレグラフは英国だけでやっている媒体なのにcampをitで受けてるのか、というのが、何とも感慨深い。
とか言ってると私、80代くらいかな、と自分でも思うが、そんな年齢ではない。
今回はこんなところで。
もっと関心がある人は、下記ツイートの2番目にリンクしてあるケンブリッジのサイトを見るなどしていただきたい。あるいは適当に単語を見繕って、例えば "family is" "family are" でウェブ検索するだけでも文法解説サイトの記事や語学系掲示板、QuoraなどのQ&Aサイトの結果がたくさん表示されるから、それを見てみてもよいだろう。
https://t.co/bpiIIltf7N イギリス英語だと、campとかteamとかgroupなどは、複数の人で構成されるものだから、ほぼ無条件で(文の内容を考えるまでもなく)itではなくtheyで受けるのが一般的だったのだが、最近いろんなところが変わってきていて……。#英語 #実例 (一応、タグつけておく) pic.twitter.com/sk7petNxhd
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年10月17日
https://t.co/UKx6tbNpzq ケンブリッジのELTブログの解説。わかりやすいです。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年10月17日
※4000字