このエントリは、2021年6月にアップしたものの再掲である。
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今回もまた、少々変則的に。
パレスチナ情勢については「ガザ衝突[sic]」の事態にならないと記事にしないという暗黙のルールがあるとしか思えない大手国際報道で、またしても、「ガザからイスラエルに攻撃があり、イスラエルが反撃を加えた」ということがニュースになっている。例えば英BBCは "Israel strikes in Gaza after fire balloons launched" という見出しで報じている。
だがこの記事を読んでも、「なぜガザからイスラエルに対する攻撃(それがたとえ竹槍感あふれる風船爆弾であっても攻撃は攻撃である)が行われたのか」ということは、忍耐強く読まないとわからないだろう。まあこんなんでも「ハマス」といえば「イスラム原理主義組織」という枕詞をつけずにはいられない日本語圏の大手報道よりはましなのだが……。
前回の「ガザ衝突[sic]」を引き起こしたガザ地区からイスラエルに対するハマス武装部門などによる攻撃は、イスラエルが占領下に置いている東エルサレムでの、イスラエル当局が黙認する中で行われているイスラエル人過激派のめちゃくちゃな行動への、日本のマスコミ用語でいうところの「反発」のあらわれと言えるものだったのだが、それは軍事解説筋が色めき立つようなレベルの、高度で洗練された武器を用いての攻撃だった。
だが今回は違う。風船爆弾だ。それも本当に商店街のお祭りや学校の運動会の飾りつけに使うようなゴム風船を使っている。風船にヘリウムガスを入れ、発火物などをつけてふわふわと飛ばすというもので、もちろん、標的に命中させるとかそういうことは考えられていない。
この攻撃の目的は標的の破壊ではなく、火を放つことであるようで……と聞けばある程度情勢をウォッチしている人ならば否応なく思い出されるのが、当ブログで先月何度かにわたって書いたような、ヨルダン川西岸地区からも何度も報告されている、イスラエル人違法入植者たちによるパレスチナ人の農地などへの放火攻撃のことだろう。しかしながら「ガザから風船爆弾が飛んできて、イスラエルが爆撃で応じた」という非対称の軍事衝突(「衝突」にもならないレベルで非対称だが)について報じるBBCの記事には、「イスラエル人がパレスチナ人の土地を焼いている」ということは触れられてもおらず、ただ下記のように「ガザ地区のミリタントがー」(それでも「イスラム原理主義組織ハマスがー」よりはましである)と念仏のように繰り返されるナラティヴが見られるばかりである。
In recent years, militants have frequently sent helium balloons and kites carrying containers of burning fuel and explosive devices over the Gaza border.
The devices have caused hundreds of fires in Israel, burning thousands of hectares of forest and farmland.
あまりの事態に、エドワード・サイードがあの世から戻ってきて一筆したためてくれたらいいんだけど。
ともあれ、ハマスが今回風船爆弾を飛ばしたのは、「通常運転」のようなことではないし、ただの「気まぐれ」のようなことでもない。イスラエルでのパレスチナの主権の否定のような具体的な行為があったためだ。それも、「一部の過激派が勝手に暴走した」みたいなことではなく、行政的な手続きを取り、一応政治的な合意を取り付けたうえで。
Hamas said they were a response to a march by Israeli nationalists in occupied East Jerusalem.
...
A Hamas spokesman said on Twitter that Palestinians would continue to pursue their "brave resistance and defend their rights and sacred sites" in Jerusalem.
"a march by Israeli nationalists in occupied East Jerusalem" (「占領下にある東エルサレムにおける、イスラエルのナショナリストたちによる行進」)とは何かというと、これのことである。
.@IDF is prepared for potential violence in the West Bank as #Palestinian groups warn against the controversial #flagmarch set to take place Tuesday in the Old City of #Jerusalem.https://t.co/mIl9cLWsnk
— The Jerusalem Post (@Jerusalem_Post) 2021年6月15日
ここにある #flagmarch (「旗行進」) については、実は先ほど見た風船爆弾についてのBBC記事に埋め込まれている解説文に端的にまとめられているのだが、実のところ、こういうことは、ハマスが「反発」して何かをするより前に、つまり、イスラエル側で何が進行しているのかということを「ハマスがー」のナラティヴから切り離して、単体で解説しておくべきことだろう。大手国際メディアの多くはその作業をしていない。仮に個々の記者が何かを書いたとしても、記事として表に出るかどうかを決定するのは編集権限を有する人々だ。
The Jerusalem Day flag march is an annual event that marks Israel's capture of East Jerusalem - home to the Old City and its holy sites - in the 1967 Middle East War. Palestinians see it as a provocation.
At Tuesday's event, hundreds of mostly young, nationalist Israelis danced, sang and waved Israeli flags in front of the Old City's Damascus Gate, the main entrance to the Muslim Quarter.
They later entered through another gate to reach the Western Wall, one of Judaism's holiest sites.
つまり、「エルサレムの日(後述)の旗行進は、1967年の中東戦争においてイスラエルが東エルサレムを手中に収めたことを記念する行事で、毎年行われ、パレスチナ側が挑発行為とみなすイベントである。」
つまり、占領者が被占領地で被占領者を前にドヤ顔をして自分たちの旗を振って練り歩くお祭りである。
これは90年代の北アイルランドでの「ドラムクリー紛争」と非常によく似ているのだが(←リンク先、長いのだがぜひ読んでいただきたい。なぜ私がやたらと北アイルランドを引き合いに出すのかの説明になっていると思う)、中東は北アイルランドよりおそらくさらに状況が悪い。今に始まった話ではないが、特に今年は、東エルサレムではパレスチナ人の追い出しが激しさを増している。イスラエル人過激派は、「東エルサレムはわれわれのものだ」と言葉で主張するだけでなく、実力で人の住んでいる家屋を奪い取っている。もちろんこうなる前に、行政が行政の力を駆使して「パレスチナ人の住んでいる家は実は違法建築である」という既成事実を作っては家屋取り壊しを強行・強制しており(市当局は「違法建築」取り壊しについては住民に取り壊し費用を請求しており、高額に上るその費用が払えない人は、自分の家を自分で壊すことを強制されている。非人道的なんてものではないのだが、これを「人道に対する罪」と呼ぶと彼らは激怒するのだ)、事態は「一部の過激派が暴走している」というようなものではなく、よりシステマティックなものである。
さて、この「旗行進」は「エルサレムの日」に行われているものだが、昨日・今日はその「エルサレムの日」ではない。実は「エルサレムの日」は5月10日で、今年のこの行進、前政権(ネタニヤフ政権)のときに行われるはずだったのだが、シェイク・ジャラ地区などでの入植者の暴挙がますます激しくなっていたさなかのこの行進には、ガザ地区の武装組織が黙っていなかった。そのタイミングで起きたのが、先の「ガザ衝突[sic]」である。これで5月の行進はできなくなり、ただ旗持って集まった過激主義者が「アラブ殲滅」の過激な歌を歌って旗をぶん回すという集会になったのだが、あの「ガザ衝突[sic]」がエジプトの仲介で停戦に至った直後に、行進の組織者らが日程を改めて行進を行うよう申請を出すなどしていた。その仕切り直しの申請が、いったんは、ダマスカス門を通過するというルートゆえに当局(イスラエル警察)から却下されていたのだが、ダマスカス門を通過しないというルート(門の前に集まって過激な歌を歌わないとは言っていない)に修正したうえで許可を得て、今回、行われる運びとなっていた。
Originally, the flag march was supposed to take place on 10 May. But it was interrupted by Hamas militants in Gaza firing rockets towards the holy city, which led to the 11-day conflict.
As soon as a ceasefire took hold, the organisers asked for the march to be rescheduled. It was due to take place last Thursday, but it was cancelled by the organisers after Israeli police rejected the proposed route, citing security concerns.
An amended route that avoided passing through the Damascus Gate was later approved by the new Israeli government, though the leader of the Arab Islamist Raam party in the coalition said it should have been called off.
つい数日前にようやく発足したときには「あのネタニヤフの12年にわたる政権をようやく終わらせたすごい取り組み」的に注目され、「希望のはじまり」的に称揚すらされていた、イスラエルの「極右ナショナリストからアラブ勢力まで」の、あまりに呉越同舟的な連立政権の最初の仕事が、これへの対応である。
上に引用したように、連立政権に参加しているアラブ系イスラエル人のイスラム主義政党の党首は「旗行進は中止されるべきであった」と述べているし(そう言わなければ格好がつかないよね)、連立政権で「ナンバー2」のラピド外相*1は旗行進参加者の間で「レイシストのスローガン」*2が唱和されていることをイスラエル人として批判している。
Israel Foreign Minister Yair Lapid criticised a group of marchers that were filmed chanting racist slogans.
"The fact that there are extremists for whom the Israeli flag represents hate and racism is abominable and intolerable," said Mr Lapid. "It is incomprehensible how one can hold an Israeli flag in one's hand and shout 'Death to Arabs' at the same time."
ここまでめっちゃ時間かけて書いてきて付け足しのように英文法の話をするが、"The fact that ..." の "that" は《同格》の接続詞thatである。解説するまでもないか。ここは一応英文法ブログなので体裁だけはつけさせてほしい。え? そっちより "for whom" の《前置詞+関係代名詞》のほうが解説のしがいがあるだろうって? ここまででもう6000字なので、解説が長くなりそうなものは避けたいのが本音だが、意味的に見ていくとこの文には "the Israeli flag represents hate and racism for the extremists" というのが内包されている。これがラピド氏の見方であり、この見方に「反発」するのは過激主義者だけだろう。
閑話休題。だが、「中止すべきだった」とか「人種主義が持ち出されるのは理解不能」とかいった言葉が連立政権内部から出てきても、それにどれほどの意味があるのか。
中東情勢はそういう局面である。「ガザ衝突[sic]」が停戦に至ろうと、ネタニヤフが退陣に追い込まれようと、そんなのはディテールにすぎない。
※6200字。