【2020年6月9日補記】
本稿は、2020年4月3日にアップロードしており、その時点でWHOのサイトで確認することができた最新情報を扱ったものである。その後、4月下旬にはドイツなど欧州各国で公共の場でのマスク着用が義務化されるなどの動きがあり、さらに6月5日には、広く報道されているように、WHOが方針を転換し、人と人との間隔が十分に取れない公共の場所では、ウイルス感染の有無に関わらず、広く一般の人々にマスクの着用を推奨している。この方針転換のため、本稿で扱っている記事の内容は古くなってしまい、参照しているWHOの文書もWHOのサイトで上書き更新されている。ただし、当ブログの本題である「文書に見られる英文法」にはそのことによる影響はないので、本稿は取り下げず、リンク切れっぽくなってしまっているところを改めたうえで、掲載を続けておくことにした。
本稿で見ているWHOの記事は古いものであるということ、最新の方針はこれとは異なるということを念頭に、以下、ご覧いただければと思う。なお、最新の情報は常にWHOのサイトでチェックしていただきたい。
【補記ここまで】
【以下、4月のアップロード時のまま】
今回の実例は、世界保健機関(WHO)の一般向け文書から。
安倍首相の「全世帯に布マスク2枚ずつ配布」案のニュースは英語圏にも広まり、全世界を「ダメだこりゃ」と感嘆させている。
安倍首相がドヤ顔で触れ回ってきた「アベノミクス」の看板は、日本語圏で想像する以上に英語圏では立派なものとして通用してきたのだが(そりゃそうだ、公文書についてのひどい扱いとか、めちゃくちゃな「閣議決定」といった細かい国内ニュースは、英語圏では伝えられないのだから)、その「アベノミクス」をもじった「アベノマスク」というフレーズは英語圏でもAbenomask, Abenomasksと文字化されてネット上を流れている。
Buy My Abenomask https://t.co/iXNsUN2bSJ
— Gearoid Reidy (@GearoidReidy) 2020年4月2日
#abenomask これ、何十年後かまで延々と言われ続けるやつだ。 pic.twitter.com/dXqz7ipnTo
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) April 3, 2020
#abenomasks ハッシュタグが複数形までありやがって草
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) April 3, 2020
(2枚だからね、複数形にしなきゃね。英語話者としてはね。) pic.twitter.com/ZUOhOq0AyY
というわけでネット上では「マスク」が話題沸騰の状態で、データで見たらきっとはっきりと用例数が増えているだろうと思うが、そのマスク、英語圏では単にmaskと言って済むなら楽だが、maskは多義語なので、単にそう言うだけでは日本で一般的に使っているあのマスクのことだとわかってもらえない単語だ(face maskなどと言う必要がある)。そのことについては、最近始めた英語表現集のWikiのページに書いておいた。
english-vocab-covid-19.memo.wiki
いや、「マスクのことだとわかってもらえない単語だった」と過去形にすべきときなのかもしれない(少なくとも今は)。風邪を引いたときなど日本で人々がマスクを着用するような場面で決してマスクを使わなかった欧州各国や米国でも、今回の新型コロナウイルスの流行でマスクが使われるようになっていることが各地から伝えられている。だから今では、ひとまとまりの文章の最初のほうで "face mask" と書いておけば、その次に出てくる個所からは単に "mask" と書けば通じるようになっている。逆に言えば、何度も "face mask" と書かれているのはうっとうしいと感じられるくらいに「マスク」が文章の中で主役になっていることが増えてきたともいえよう。そういったことはきっとどこかで誰かがテクスト分析をしている(GoogleとかTwitterとかが)。
だが「医療」という文脈に限定すれば、maskという単語は前から(「仮面」などではなく)「外科(医療)用のマスク surgical mask」のことだった。というわけでWHOが今回のウイルス流行に際してまとめたマスクについてのページを見てみよう。
なお、留意が必要なのだが、このページは古いもの(まだSARS-CoV-2というウイルス名が確定していない段階でまとめられたもの)である。それから2か月以上が経過した2020年4月初旬の現時点では、内容的に古くなっているところがあるかもしれない。ただし、マスク使用についての基本的な注意点は不変である(マスクを汚染しないための取り扱い方など)。
WHOによるマスク使用の方針は、日本語圏では「マスクに効果なし」という(「効果」って何? という疑問を覚えさせるような)ぼんやりした形で広く一般に浸透し、かねてからのWHOへの反発(「親中的」という反発が、非常に色濃い)ともあいまって、「WHO何するものぞ、マスク最強」みたいな極端な心理状態を生じさせているように私には思われるのだが、そもそもWHOは「マスクに効果なし」とは言っていない。「こういう条件下では、マスクに効果なし」ということを言っている。
つまり英語でいうと《条件》を表すif節を使った構造だが、この「こういう条件下では」を除去した雑な理解では、文意は正しく読み取れないし、コミュニケーションが壊れるだけである。「お腹が痛いなら、おかゆを食べるといいよ」が「(無条件で)おかゆを食べるといいよ」と解釈されるくらいならまだよいが、「お腹が痛いなら、一日中ずっと寝ていてもいいよ」が「(無条件で)一日中ずっと寝ていてもいいよ」と解釈された日には、どんなことになることやら、想像するだに恐ろしい。
というわけで、以下はそのWHOのいう「こういう条件下では」を見ていくことにしよう。
ちなみに、いくつかの単語を除いて、この告知の文面で使われている英語は、ほぼすべて、いわゆる「中学英語」の内容である。中学英語の内容が不安な人は、受験研究社や学研のような出版社から出ている「中学3年分の復習」みたいな薄い問題集を買って、一通り全部やってみてほしい。難関高校入試対策のようなものではなく、学校で習ったことの復習のための問題集だ。それが全問正解できないようでは実用英語なんて段階には進めないので(「中学英語」は、日本語でいえばひらがな・カタカナと小学校レベルの漢字の知識くらいのものだ)、しっかり確認してみてほしい。基礎を確認することは恥ずかしいことではないし、そのために使えるものを使うことも恥ずかしいことではない。あと、「中学総復習」系の問題集をお勧めするのは、それが比較的安価で買えるからでもある。
ではWHOの文書を見ていこう。まず、ページのタイトル:
Coronavirus disease (COVID-19) advice for the public: When and how to use masks
"when and how to do ~" は、"when to do ~ and how to do ~" をコンパクトにまとめた形だ。これら《疑問詞+to不定詞》は、「いつ~すべきか」「いかに~すべきか」などの意味で、日常の英語で非常によく出てくる。日本では中学2年で習っているはずだ。「マスクをいつ、どのように使うべきか」
最初の小見出し:
When to use a mask
これも《疑問詞+to不定詞》。自力で意味が取れるだろうか。
「いつマスクを使うべきか」である。
このセクションでは、次の4項目が挙げられている。ざっと読んで内容が把握できるだろうか。自力で内容が把握できたら次のセクションに行こう。
- If you are healthy, you only need to wear a mask if you are taking care of a person with suspected 2019-nCoV infection.
- Wear a mask if you are coughing or sneezing.
- Masks are effective only when used in combination with frequent hand-cleaning with alcohol-based hand rub or soap and water.
- If you wear a mask, then you must know how to use it and dispose of it properly.
最初の項目と2番目は、内容的に、セットで見るとよい:
- If you are healthy, you only need to wear a mask if you are taking care of a person with suspected 2019-nCoV infection.
- Wear a mask if you are coughing or sneezing.
それぞれ、《条件》を表すif節に下線を引いたが、ここを取り除いて読んでしまうと何の意味もなさないということがよくわかるだろう。《条件》を表すif節を含む文では、重要なのは(じっくり読むべきなのは)if節のほうであって、主文(主節)のほうではない。
最初の項目は、if節が2つついている。まず大前提として、書き出しのif節、「あなたが健康である場合」。
この大前提に対応するのが、2番目の項目のif節で、「あなたが咳をしていたり、くしゃみをしていたりする場合」。
……という構造になっている。
最初の項目は、「あなたは、健康である場合、【2番目のif節】の状況下においてのみ、マスクをする必要がある」。
2番目の項目は、「あなたは、せき・くしゃみが出ている場合、マスクを着用しなさい」。
つまり「せき・くしゃみがない人は特定の条件でマスクを着用せよ、せき・くしゃみがある人は常にマスクを着用せよ」という指針だ。
最初の項目の2番目のif節を見てみよう。
- If you are healthy, you only need to wear a mask if you are taking care of a person with suspected 2019-nCoV infection.
《take care of ~》は「~の世話をする、面倒を見る」。
"a person with suspected 2019-nCoV infection" の "2019-nCoV" は、最終的にSARS-CoV-2という名称になったウイルスの暫定名で、日本語の現在の一般的報道用語でいえば「新型コロナウイルス」だ。"suspected" はsuspectの過去分詞だが形容詞化していて、「~が疑われる」という意味。これは学校英語ではまず遭遇しないが、実用英語では頻繁に目にする。
Report suspected food poisoning*1
食中毒が疑われる場合、こちらからご連絡ください。
※英国政府の食中毒通報窓口の案内ページから。
というわけで、"a person with suspected 2019-nCoV infection" は「新型コロナウイルス感染が疑われる人」の意味。
WHOの指針は、「自身にせき・くしゃみがないような健康な人は、新型コロナウイルス感染が疑われる人の面倒を見ている場合に限り、マスクを着用してください」という内容になる。
ここまで、いいだろうか。
ではその先。3番目の項目。これが最も重要である:
- Masks are effective only when used in combination with frequent hand-cleaning with alcohol-based hand rub or soap and water.
ここでは《条件》がif節ではなくwhenの節で表されているが、それは英語としての読みやすさ(こなれ感)の問題で、論理上はif節と同じである(このwhenはifで置き換えても文の意味が変わらないwhenである)。
"only when[if] ~" は「~の場合においてのみ」、「~なときだけ」。
湿布が腰痛に効くからといって、湿布を貼っておくことが腰痛予防になるわけではないと言いたいときに「痛みがある場合にのみ、湿布を患部に貼ってください」と言うが、その構造と同じである。
このwhenの節では、《副詞節内での主語とbe動詞の省略》が起きており、それを補って書き直すと "Masks are effective only when they are used in combination with frequent hand-cleaning with alcohol-based hand rub or soap and water." となるが、まあ、こんなふうに書き直さなくても元の形のままで見ればわかるだろう。これは、書き直してくれたほうがわかりやすいという人だけ、気にしてくれればよい。
で、この意味は「アルコールが主原料のハンド・ラブ(手に揉みこんで使う消毒剤)、または石鹸と水を用いて頻繁に手を清浄することと組み合わせて用いられるときに限り、マスクは効果的である」。
つまり、マスクだけしていても、手をしっかり洗わずにいては意味がない、ということである。
最後、4番目の項目:
- If you wear a mask, then you must know how to use it and dispose of it properly.
"how to use it and dispose of it properly" がちょっと長いがひとまとまり。「どのようにしてそれを使うか、そしてどのようにしてそれを適切に廃棄するか」という意味。
「あなたがマスクを着用する場合、あなたはマスクをどのように使うか、どのようにして適切に廃棄するかを知っていなければなりません」となる。
つまりマスクを使う場合は正しく着用して正しく廃棄しないとダメですよ、ということだ。
少し解釈すれば、「マスクをしているだけで安心してしまってはいけない」ということ。着け方がダメだったり、捨て方がダメだったりすると、そこから感染してしまいかねないのだ。「マスクをしていたのに感染した」というケースがもしあったら、それはマスクの性能の問題ではなく着用法・廃棄法の問題かもしれないということだ。
下記のような着用法は論外である。
#abenomask 朝日新聞が記事フィードで表示させるようにしてる写真のチョイスがよい。「マスクしただけで安心しちゃうからマスクは無意味」というWHOの警告をそのまま図にした感じ。マスクして、眼鏡もして、顔を手で触っている。この人、昨日の産経新聞写真でもわかるようにマスクの装着方法もおかしい pic.twitter.com/8MAGc1Iy4x
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) April 3, 2020
それ以前にそもそも、2020年1月29日の時点だが、「布マスクは(家庭、医療現場の)いかなる状況においても推奨されない」とWHOが述べている。
https://www.who.int/docs/default-source/documents/advice-on-the-use-of-masks-2019-ncov.pdf
The WHO has already made it very clear that "cloth masks are not recommended under any circumstances", about which Abe has no idea, putting the whole nation at risk. https://t.co/PW9lPyelDJ
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年4月3日
Also, he wears his cloth mask and touches his face with fingers. He's simply clueless. pic.twitter.com/P9BjKuO5zF
さて、WHOのページの2番目のセクション。こちらは医療従事者向けだが、医師・看護師に限らず、個人宅で新型コロナウイルス感染を疑わせる症状の出ている人を介護するヘルパーのような人、家族の誰かが症状を呈している人に向けたセクションでもある:
When and how to wear medical masks to protect against coronavirus
「(新型)コロナウイルスから身を守るために、いつ、どのように、医療用マスクを着用すべきか」というのが小見出し。
続いて内容は:
- Before putting on a mask, clean hands with alcohol-based hand rub or soap and water.
- Cover mouth and nose with mask and make sure there are no gaps between your face and the mask.
- Avoid touching the mask while using it; if you do, clean your hands with alcohol-based hand rub or soap and water.
- Replace the mask with a new one as soon as it is damp and do not re-use single-use masks.
- To remove the mask: remove it from behind (do not touch the front of mask); discard immediately in a closed bin; clean hands with alcohol-based hand rub or soap and water.
これら5項目は、段階を踏んだ着用・廃棄方法のインストラクションとなっている。
まず1項目目:
- Before putting on a mask, clean hands with alcohol-based hand rub or soap and water.
太字にした部分は《前置詞+動名詞》である。「マスクを着用する前に」。
そのあとは《命令文》で、「アルコールを主成分とするハンド・ラブ(消毒剤)あるいは石鹸と水で手をきれいにしましょう」。
手を洗わずにマスクを着けても意味がないどころか、手に付着していたウイルスがマスクを汚染するだけである。
そろそろ記事が長くなってきたし、私も時間がないので、以下、解説はあっさりと済ませる。
2番目:
- Cover mouth and nose with mask and make sure there are no gaps between your face and the mask.
これも《命令文》。"cover A with B" は「BでAを覆う」。"make sure (that) ~" は「確実に~するようにする」。「口と鼻をマスクで覆い、確実に、顔とマスクの間に隙間がないようにしましょう」
3番目:
- Avoid touching the mask while using it; if you do, clean your hands with alcohol-based hand rub or soap and water.
これも《命令文》。"avoid -ing" は「~することを避ける」。avoidは目的語にto不定詞を取らず、動名詞だけを取る(いわゆる《MEGAFEPS》または《MEGAFES》の《A》だ)。"while using it" のところは、上で述べたような《副詞節内での主語とbe動詞の省略》が起きており、"while you are using it" の意味。文意は「マスク使用中はマスクに触ることを避けましょう」。
そのあと、2つの文を並置する機能をもつ《セミコロン (;)》を挟んだ文の "if you do" は "if you touch the mask" で、「もしそうしたら(もしマスクに触れたら)、アルコールを主成分とするハンド・ラブ(消毒剤)あるいは石鹸と水で手をきれいにしましょう」。
4番目:
- Replace the mask with a new one as soon as it is damp / and do not re-use single-use masks.
色字でスラッシュを入れた個所で区切って読む。スラッシュの前も後ろも《命令文》で(後ろは否定命令文)、"replace A with B" は「AをBと交換する」。"as soon as S+V" は「S+Vしたらすぐに」。「マスクが湿ったらすぐに、新しいものと交換しましょう。シングルユースの(使い捨ての)マスクの再利用はしてはいけません」。
最後、5番目:
- To remove the mask: remove it from behind (do not touch the front of mask); discard immediately in a closed bin; clean hands with alcohol-based hand rub or soap and water.
最初のto不定詞は副詞的用法で「~するために」。これはマスクを外すときの指示で、「マスクを外すためには」。
それぞれの段階の指示が、セミコロンで接続された《列挙》の形で書かれているのが目慣れないかもしれないが、文面としては平易である。「後ろ側から外しましょう(マスクの正面に触らないように)。外したらすぐに密封されたゴミ入れに入れて廃棄しましょう。アルコールを主成分とするハンド・ラブ(消毒剤)あるいは石鹸と水で手をきれいにしましょう」。
以上がWHOが示している指針である。
WHOのサイトにはそれぞれ動画での解説もついているので、見ておくとよいかもしれない。上で見てきた注意事項を見やすくかわいくデザインしたカードの画像もアップされている(各自DLしてプリントアウトするなどして使える。中学生・高校生向けの英語教材にもなるから、自宅学習中の学生さんには使ってみてほしい)。
参考書: