Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

時制, 関係副詞など(米CIAの「強化された尋問手法」は、裁判を遅らせた)

↑↑↑ここ↑↑↑に表示されているハッシュタグ状の項目(カテゴリー名)をクリック/タップすると、その文法項目についての過去記事が一覧できます。

【おことわり】当ブログはAmazon.co.jpのアソシエイト・プログラムに参加しています。筆者が参照している参考書・辞書を例示する際、また記事の関連書籍などをご紹介する際、Amazon.co.jpのリンクを利用しています。

今回の実例は、前々回前回の続きで、今から20年前の9月11日に行われた米国に対する攻撃(以下「9-11」)の首謀者で、今週ようやく、長く中断されていた裁判が再開されたハリド・シェイク・モハメド(以下「KSM」)を1990年代からずっとマークしていたFBI捜査官(現在は退職)、フランク・ペレグリノが、英BBCに語ったことについての記事から。

KSMについては前々回のエントリにウィキペディアなどをリンクしてあるが、英語の聞きとりに問題がない方はぜひ、下記のガーディアンのポッドキャストを聞いてみていただきたい。90年代からずっとアルカイダを追ってきたジャーナリストのジェイソン・バークと、若いころに過激主義に傾倒し、98年のタンザニアケニアの米大使館爆破事件で幻滅するまでアルカイダの一員だったアイマン・ディーン(組織を精神的に抜けたあと、いろいろあって、英国の情報機関のスパイとして内部で活動してきた人物。現在はビジネス・コンサルタント)が、アルカイダについて語っている。

というところで、記事はこちら: 

www.bbc.com

1993年のニューヨークの世界貿易センタービル(9-11で倒壊することになるのと同じ超高層ビル)爆弾事件に関与した疑いで、1990年代後半、FBIはクウェートにいたKSMを逮捕しようとするが、駐クウェート米国大使館も協力的ではなく、結局取り逃がしてしまう。

そしてその数年後、2001年に9-11が発生する。FBIの担当、ペレグリノ捜査官は、滞在先のホテルの部屋でテレビ画面を見て、「あいつだ」と確信する。

そして2003年……というのが今回見るところ。文法的には特に難しい点はないので、ざくざくと読み進めていこう。

f:id:nofrills:20210910223459j:plain

https://www.bbc.com/news/world-us-canada-58393231

In 2003, Mohammed was tracked down and arrested in Pakistan. Pellegrino hoped he would stand trial under the indictment he had worked on. But then he disappeared. The CIA had taken him to a "black site" where "enhanced interrogation techniques" were used.  

このパラグラフは、文法的には特に難しいところはない。ポイントらしいポイントは、第2文の "hoped" の目的語の節内で用いられている "would" は、仮定法由来のものではなく《時制の一致》によるものであることと、そのあとの "he had worked on" の《過去完了》、および第3文 "But then he disappeared." (過去)と、第4文 "The CIA had taken him..." (過去完了)に注意することくらいだ。《関係副詞》も出てくるが、文法的には何ら難しくない。

難しいのは、文法よりむしろ、ここで語られていることがCIAに関する用語で書かれている点だ。引用符でくくられている "black site" と "enhanced interrogation techniques" はどちらも、直訳してみたところでよくわからない、独得の用語である。これらは、2000年代から2010年代の英語圏のニュースを真剣に見ていた人にはなじみの語だが、そうでなければピンとこないかもしれないし、むしろこれが原因でちんぷんかんぷんになってしまうかもしれない。

それらの用語を解説することは、当ブログの範囲を超えているので、とりあえず、後者のウィキペディアを示しておくだけにしよう。私は、これについて、ニューヨークタイムズががんとして「Tワード」すなわち "torture" を使わなかったという経緯を鮮明に覚えているし、あの媒体がそういう形での政権支持を臆面もなくするのだということは、絶対に忘れない。

"Enhanced interrogation techniques" or "enhanced interrogation" is a euphemism for the program of systematic torture of detainees by the Central Intelligence Agency (CIA), the Defense Intelligence Agency (DIA) and various components of the U.S. Armed Forces at remote sites around the world, including Bagram, Guantanamo Bay, Abu Ghraib, and Bucharest authorized by officials of the George W. Bush administration.

Enhanced interrogation techniques - Wikipedia

BBC記事の該当箇所の文意は、「2003年、モハメドは追跡の結果、居所を突き止められ、パキスタンで身柄を拘束された。ペレグリノは、自分が手掛けてきた起訴状のもとで裁判が開始されるだろうと思った。しかしモハメドは姿を消した。CIAが彼を、『強化された尋問手法』が用いられた『ブラックサイト』に連行していっていたのだ」となる。

 

第2パラグラフ: 

"I want to know what he knows, and I want to know it fast," a senior CIA official said at the time.  

当時の記憶がよみがえって、はらわたが煮えくり返るのでスルー。

 

第3パラグラフ: 

Mohammed was waterboarded at least 183 times, something described as "near drownings". He was subjected to rectal rehydration, stress positions, sleep deprivation, forced nudity, and told his children would be killed.

これも文法的には全然難しくないが、用語が難しい。

ここにずらずらと並べられているものは、すべて、CIAの "enhanced interrogation techniques" (「強化された尋問手法」)、つまり一般人の用語でいう「拷問」である。当ブログの範囲を逸脱するが、これがわからないと読めないと思うので、少し説明しよう。

最初のwaterboard(ing) は、第二次大戦中の日本軍もやっていた拷問手法で(例えば映画『レイルウェイ 運命の旅路』参照)、被尋問者をあおむけに寝かせて気道が開いた体勢にしておき、口に布をかぶせてその上に水を注ぐというもの。自分でも立位でよいので軽くやってみればわかると思うが、これは「息ができない」「溺れる」という恐怖を感じさせる拷問である。頭をざぶんと水槽につっこんで押さえつける拷問とだいたい同じ効果を持つ。

信じられないかもしれないが、2000年代は、このwaterboardingが「拷問」に当たるかどうかという議論で時間と膨大なリソースが無駄に使われた。「ご指摘には当たらない」的なことを言い続けたのがドナルド・ラムズフェルドブッシュ政権の主要人物たちだ。

続いて列挙されているのも、どれも「ユーフェミズム(婉曲語法)」だからわかりづらいが、拷問の手法。

rectal rehydrationは「大腸補水」と直訳されるが、要は、ケツの穴にホース突っ込んで水を入れるというめちゃくちゃな行為。

stress positionsは「負担のかかる姿勢を長時間強要すること」で、例えばつま先立ちで壁に向かって立ち、手の指の先だけを壁につけて5時間とか6時間とかただ立たされる(ふらつくと殴られる)といったもの。 sleep deprivationは「睡眠剥奪」でとにかく寝かせない。米国のやり方では大音量でやかましい音楽をかけるという手法が問題にされたが(勝手に楽曲を使われたアーティストが怒った)、うつらうつらしたところでホースで水をかけられる、フライパンを打ち合わせて叫び声をあげた看守が乱入してくる、みたいなのもある。これらは1960年代末からの北アイルランドで、英当局がアイリッシュナショナリストたちを実験台にして洗練させていった手法である。

forced nudityは「裸になるのを強要すること」でこれは人間としての尊厳の否定。一番有名な事例はアブ・グレイブ刑務所(イラク)で行われていたことだ。

そして最後、 "told his children would be killed" は、広く「心理拷問」と呼ばれる手法で、「お前がおとなしく知ってることを明らかにしないと、おまえの身内が危険にさらされる」と脅す手口。よく、その身内(幼い子供)を実際に連行してきて、被尋問者の目の前で、「自分たちはこの子供をいかようにもできるのだ」ということを見せつける形が取られるが(単に美味しいお菓子を上げたりするくらいのことでも、やられる側にしてみれば、ものすごい恐怖の源になる)、KSMの場合はその形はとらなかっただろう。ありうるのは、当人はCIAが把握しているはずがないと思っていた子供の居所を、CIAががっつり把握していることを示す、といったやり口だ。

 

こうやって、尋常ではない圧力下で引き出された「自白」は、多くがまったくの口から出まかせであてにならないのが普通である。だから、拷問という手法は、現代社会では取られなくなったのだ。KSMのケースでも、キャプチャ画像の一番下のパラグラフにあるように、KSMの自白は多くがでたらめだった。

しかし、ブッシュ政権下のCIAはそんなことには構っていなかった。そしてその「CIAの拷問」の責任者のひとり、ジーナ・ハスペルは、その後出世してCIAのトップになった。日本人にもハスペルのファンは多いね。どうしてだろう。

というわけで、拷問で引き出されたでたらめな自白は、裁判では使えないため、裁判を遅らせることにしかならないのだが、KSMのケースはまさにそれで、2003年に逮捕されてから17年以上もたってまだ、審理らしい審理は行われていない。今週、ようやく始まりかけているのだが、終わりがいつになるかはわからない。

今回見たBBCの記事は、ここまででまだ半分くらい。このあとKSMはグアンタナモの収容所に移され、そこでようやくFBIのペレグリノ捜査官(当時)は直接、KSMを尋問することができた……というところからあとは、ぜひご自身で読んでみていただきたい。

ペレグリノ氏がKSMについて述べていることのひとつ: 

"he's a very engaging guy with a sense of humour, believe it or not"

極悪人が「直接会って話すとけっこういい奴」という印象を与えるということは、かなりありふれている。KSMもまた、そういう人物であるようだ。

彼が主導した計画で殺された3000人近くの人々も、その計画の後で米国がおっぱじめた「テロとの戦い」で殺された何十万という単位で数えられる人々も、きっと、極悪人でなくても「直接会って話すといい奴」がいっぱいいたことだろう。

 

※限度超えて5240字

 

 

 

当ブログはAmazon.co.jpのアソシエイト・プログラムに参加しています。筆者が参照している参考書・辞書を例示する際、また記事の関連書籍などをご紹介する際、Amazon.co.jpのリンクを利用しています。