今回の実例は、報道記事から。
日本語圏でも大きく報道されているが、テニスの全豪オープン出場のため、オーストラリアに入国しようとしていた "Novax Djocovid" こと、Novak Djokovic(ノヴァク・ジョコヴィッチ)が、入国拒否&強制送還を食らった。(追記: 基本的に、入国拒否と強制送還はセットだが、ジョコヴィッチは異議申し立てをして、その結果、翌週月曜日に裁判所が入国拒否を取り消すという判断をした。)
ジョコヴィッチが "Novax" 云々と揶揄されるのは、彼がワクチン(vax) を拒むスタンスであることは周知で、なおかつ、新型コロナウイルスによるパンデミックが始まった年である2020年の、世界の多くの国で非常に厳格な行動制限が行われ、スポーツもほぼすべて停止していた時期である6月に「コロナ恐るるに足らず」とばかりに、祖国セルビアを含むバルカン半島諸国*1でのツアーを主催し、ツアー中の夜遊びも楽しんで、感染を拡大させ、自分も感染した、ということがあるからだ。
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それにもかかわらず、今回の全豪オープンに際し、彼はワクチン接種の免除が認められた。というか、この報道があったのはわずか2,3日前である。
全豪オープンに際しては、選手もスタッフも全員が新型コロナウイルスのワクチン接種を義務付けられている。それがジョコヴィッチについては、(免疫の問題やアレルギーといった特段の理由もないのに)免除という方針がとられたことで、ワクチンを2度打ってもなお、州をまたいでの移動に制限をかせられているオーストラリアの人々が、「ディフェンディング・チャンピオンで世界ランキング1位だからって、彼だけを特別扱いするのか」と怒りを爆発させていた。Twitterでも、私はオーストラリアのことはほぼフォローしていない状態だが、それでもジョコヴィッチの特別待遇に対する怒りの声は、オーストラリアから聞こえてきていた(誰かのリツイートとかで)。
人々の怒りの声を受け、当初、特別に例外措置とすると述べていたオーストラリアのモリソン首相は、ジョコヴィッチ選手に対し到着時にワクチン接種免除の医学的根拠を示すことを要求すると方針を転換。そして入国当日、彼が十分な証拠を示せないことを理由として、オーストラリア入管が彼の入国を拒否した。
これは一般論だが、空港で入国を拒否されたら基本的に空港から出ることはできず、そのまま次の便で出発地に送り返される。これが「強制送還」で、一度強制送還を食らうと何年かは入国できなくなるのがデフォである。ジョコヴィッチのオーストラリア入国の場合はそこがどうなるかわからないが……。
というわけで、今回の実例。
このキャプチャ画像は、BBC Newsのこの記事のものだが、私がキャプチャを取得したあとで大幅にアップデートされて大きく書き換えられてしまい、今はここにある文面を記事で確認することはできない。ただ、解説したいなと思った文法項目は、アップデート後も残ってはいる。
というわけで、今回ここではアップデート前、キャプチャを取った時点の文面を、英文法の実例として見ていこう。
といっても、見るのは最初の文だけだ。
Tennis star Novak Djokovic has had his visa to enter Australia dramatially revoked on his arrival in Melbourne.
いわゆる「受験英語」と長く付き合うはめになっている人々の中には、この文を見て「ををををを」と思わない人はいないだろう。
ポイントだけ太字にすると:
Tennis star Novak Djokovic has had his visa to enter Australia dramatially revoked on his arrival in Melbourne.
修飾語句があるせいでちょっと離れているから見づらいが、これは《have + O + 過去分詞》の構文である。時制が現在完了だから "has had" という形になっているが、下線で示した "his visa" が目的語のOで、その "his visa" を修飾する(説明する) "to enter Australia" があり、そのあともまた修飾語が1語あって、"revoked" が過去分詞。
つまり「テニス界のスター選手、ノヴァク・ジョコヴィッチが、オーストラリアに入国するための入国査証(ヴィザ)をdramaticallyにrevokeされた」という、《受け身・被害》を言う表現である。
ところでこの文、私は最初に読んだときに "enter ~ dramatically" と解釈してしまい(一瞬だけど)、「ドラマチックなそぶりでオーストラリアに入国するための査証」なるものを考えて、斜め上を見てにやにやしてしまった。
そういう解釈にならないのは、「ドラマチックに入国する」ということが常識的に考えてありえないからである。この点も深く追い始めたらまたどんどんよそに行ってしまいそうな奥深さを感じるから、この辺にしておこう。
この文の最後のところ:
on his arrival in Melbourne
《on one's arrival》は「~が到着したとき〔瞬間〕に」の意味。かつて大学受験の文法穴埋め問題の花形だった項目だ。
つまり文意は、「テニス界のスター選手、ノヴァク・ジョコヴィッチが、メルボルンに到着した際、オーストラリアに入国するための入国査証(ヴィザ)を取り消された」という感じになる。
キャプチャ画像からはここまで。
で、この記事、もう少し読み進めていくと、「規則は規則だ」に相当することを言っている箇所がある。
モリソン首相の発言を、間接話法で紹介している部分にある、次の記述である。
no-one was above the country's rules
時制の一致で "was" になっているところを is に戻すなどすると、 "no one is above the rules." となる。
この形よりもさらによく見るのが、 "no one is above the law." という文だ。aboveという前置詞に注目してほしい(「法律を超えたところにある」は「法律が適用されない」という意味である)。文意は「法律が適用されない人はだれもいない」で、これは法治国家の大原則である。
なお、ジョコヴィッチの入国拒否は、セルビアの政治家によって、早速政治利用されている。
https://t.co/McV2EdjePy やっぱこういう話にされちゃったか。問題はあくまで個人的なワクチン拒否なのに、「セルビア人だからかー」と。ICTY後のナショナリズム煽動はほんとにね……
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年1月6日
……って書いてると「セルビアだけを悪者にするのかー」な方々からタコ殴りされるので、この辺で。
※2990字
追記: この件には、その後の進展があります。下記で言及しています。
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