今回の実例は、Twitterから。
日本語圏でも大きく報じられているが、ノヴァク・ジョコヴィッチの件が混沌としてきた。おそらく、当人としてはずるずると混沌を引き延ばすことで事実上の入国を勝ち取るという戦略だろうと思うが、それにしても……と思っている。
テニスの全豪オープン出場のためオーストラリアに行っていたノヴァク・ジョコヴィッチが、新型コロナウイルスのワクチンを接種していないことを理由として入国を拒否された(ヴィザを取り消された)ことは先日扱った通り。通常ならそのまま、出発地への便に乗せられて国外退去(強制送還)となるのだが、入国拒否には異議を申し立てることができる。そして、異議を申し立てた場合、すぐには国外退去とはならず、そのまま入国管理当局の施設(元々一般のホテルで、英語報道では "detention hotel" と呼ばれているが、入管管理下にある施設である)に留め置かれるのだが、ジョコヴィッチが入れられているこの「入管ホテル」の前にジョコ支援者が集まって支援を表明しているということがニュースになっているときに、私の見ている画面で大きな注目を集めていたのが下記だ。
If you read about Djokovic, read about this. By @BenDohertyCorro
— Helen Davidson (@heldavidson) 2022年1月7日
‘Everyone asks about Novak’ but Mehdi, held in the same hotel as the tennis star, has languished for nine years in Australian immigration detention https://t.co/6HMymEOfTP
9年前、メフディはイランの少数民族の子で、政府の迫害を逃れて海を渡った。彼が迫害を逃れた「難民」であることは確立されている(マンデート難民)。オーストラリアに着いた彼は「入管ホテル」に入れられた。そのまま9年が経過し、15歳だった彼は、この施設から出ることもできないまま、24歳になってしまった――という記事だ。
元々この「入管ホテル」の環境が劣悪であることは、オーストラリアではたびたび問題視されてきたというし、ジョコヴィッチも文句を言っていたようだが、これでこの施設の状況が改善するかどうか、もっと重要なこととしてメフディさんのような長期拘留が解決されるかどうかはわからない。
当ブログではこの記事は取り上げないが(私がつらすぎて無理なため)、大半がメフディへのインタビューで構成されている平易な記事なので、ぜひ読んでいただければと思う。日本にとってはもちろん、オーストラリアのこれは他人事ではない。
さて、ジョコヴィッチの異議申し立ての審理は月曜日に行われ、判事は「オーストラリア政府によるヴィザ取り消しは無効」との結論を下した。政府は、ジョコヴィッチの書類不備を理由にワクチン接種義務の例外(免除)として認められないとしたのだが、裁判所は、ジョコが12月に新型コロナウイルス陽性になっていたことを根拠として、ワクチン接種免除は認められると結論し、ジョコの身柄を「入管ホテル」から解放するよう命じた。つまり「ヴィザ取り消し」が「取り消し」になったわけだ。
この過程で、ジョコの代理人とその家族が「ジョコは自由の戦士」的な扱いを盛り上げていて、自身が欧州議会議員だったときには英国から東欧の人々を追い出せと怪気炎をあげていたナイジェル・ファラージが、「ジョコがんばれ」陣営に加わって、パフォーマンス(和製英語)に興じている。
今回の実例は、そのファラージに対する、アンディ・マリーのこのツッコミ:
Please record the awkward moment when you tell them you’ve spent most of your career campaigning to have people from Eastern Europe deported.😉 https://t.co/rfFn1hdXlu
— Andy Murray (@andy_murray) 2022年1月9日
ファラージは、ベオグラード(セルビア)にあるジョコヴィッチの家を訪れ、ものすごくたくさんのトロフィーがずらりと並べられている部屋で、ジョコヴィッチのお兄さんや家族の歓迎を受けている様子を撮影した映像を、自身のTwitterで投稿した。
それに対し、マリーがオシャレな(?)ツッコミを入れているわけだ。
Please record the awkward moment when you tell them you’ve spent most of your career campaigning to have people from Eastern Europe deported.
かなり長い文だが、一読して構造は取れただろうか。
まず、この文は《命令文》で、主語はない。文の骨格としては "Please record the awkward moment" だけで、あとは説明の節である。
awkwardという言葉の語義は、以前見た通りである。なかなか日本語にしづらい語ではあるが、ここでは、"moment" という「《人》以外の《もの・こと》」を修飾しているので、「きまりの悪い」の語義でよい。私ならここは「気まずくなった瞬間」と訳すだろう。
そのあとにある "when" は《関係副詞》で、先行詞は "the awkward moment"。ここまでは素直な構造だ。
問題があるとしたらその先。カッコや下線などを入れて、構造を見ながら読んでみよう。
Please record the awkward moment when you tell them ( you’ve spent most of your career campaigning to have people from Eastern Europe deported ).
まず大きくは、"you tell them that ..." のthat節のthatが省略された形である。ここまでの文意は、「あなたが彼らに…と告げて、気まずくなった瞬間を記録してくださいね」。
その「…」の内容が、上でカッコに入れた部分。
太字で示した部分は《spend ~ -ing》「-して、~を費やす」の構文。「あなたのキャリアのほとんどを、キャンペーンして過ごした」の意味。
campaignはなかなか日本語にしにくい語だが(文脈によって本当にいろいろな「訳語」がありうるので、必ず辞書を参照してもらいたい)、ナイジェル・ファラージのこれについては「政治活動を行う」でよいだろう。
campaingは後ろにto不定詞を従えて、「~するようキャンペーン(活動)を行う」という意味になる。
そして、ここではそのto不定詞の句が "to have people from Eastern Europe deported" で、ここに《have + O + 過去分詞》の構造がある。「Oを~された状態にする」という意味で、そのままではまともな日本語にならないので、文脈に応じていろいろな訳語を考えるわけだが、ここでは「Oを~させる」が適切だろう。Oは「東欧から来た人々」で、ここまで、「東欧からの人々を国外に退去させるべく政治活動を行う」。
以上、総合すると、「あなたが、東欧からの人々を国外に退去させるべく政治活動を行って、キャリアのほとんどを過ごしてきたと、その人たちに告げて、気まずくなった瞬間も、ちゃんと撮影してくださいね」という意味になる。
マリーさん、煽る煽る。
さらに、この煽りをファラージはスルーできなかったらしい。例によって例の調子で、こっちの言語野がおかしくなるような言葉の使い方をして(私はBNPの言説もずいぶんたくさん読んだが、BNPでもここまでひどく「言葉の破壊」をしてはいなかったよ)反応している。
それを一言、というか絵文字1つで片づけるマリーさん、ぱねぇ。
— Andy Murray (@andy_murray) 2022年1月10日
「釣れた」ってwww
この経緯とファラージの欺瞞については、ガーディアンの下記記事がよくまとまっている。
さらに、ジョコヴィッチのサーガはまだまだ終わらんよ……「12月にコロナ陽性になってたんで、ワクチン接種は免除ですよね」というところまではよくっても、オーストラリアの課している入国条件は、それだけではなかった……。
次回へ続く。
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