今回の実例は、TVでのドキュメンタリー番組の取材でわかったことについて報じる新聞記事から。
欧州各国では、ここ何年かの間に、かつての植民地主義時代に植民地から奪って自国の博物館などに収蔵してきた現地の技術と美意識で作られた工芸品や歴史的な遺物などを、現地に返還する動きがみられるようになってきた。当ブログでも先日、ベルギーとコンゴの事例を扱った。
英国の場合、このような収奪を象徴する存在として、大英博物館におさめられて展示されているギリシャの彫刻があげられる。これは、この彫刻群をパルテノン神殿(あのパルテノン神殿である)から削りはがして英国に持ってきてしまった英国人外交官の名前にちなんで「エルギン・マーブル Elgin Marbles」と呼ばれてきたのだが、最近は、所有者でもない人物の名前を冠するより元々あった場所の名前を冠して「パンテオン・マーブル Pantheon Marbles」と呼ばれることも多い。この彫刻群は、1970年代にはすでにギリシャから返還要求が出されていたが、その要求を英国は、政府も学術界もそろって、「ギリシャのような遅れたところに置いておいても貴重な文化財が劣化してしまう。我が国でケアするのが世界のためだ」みたいなことを言って拒絶していた――という文章を、私は90年代に文化を扱う雑誌(『マリ・クレール』とか)か、思想を扱う雑誌(『ユリイカ』とか)で読んで知り、さらに英国の協力のもとで日本で出ていた大英博物館収蔵品の解説本に掲載されていた英国人の学者の書いた論文*1を読んで事態の深刻さを知って驚いたのだが、まあそういうわけで、私は大英博物館という場所にはどうも行く気になったことがない。
それでも、私が英国で好んで足を運んでいた博物館の中には、植民地から略奪してきたものを展示していた施設も少なくはなかったはずだ。そういった施設には、最近、収蔵品を元々あった国に返還するという決定をしているところがある。最近読んだのは、ロンドンのホー二マン博物館についての記事だ。
このように、旧植民地との関係、というよりも、自国の旧植民地に対する態度の見直しが、かなり積極的と言ってよいような熱心さをもって進められているのは、何も文物や工芸品の返還というわかりやすい分野だけではない。
英国の植民地主義の苛烈さは、現地の人々に対する支配と圧制という形に現れていて、旧植民地が独立するという、英国にとってみれば「勢力が弱まり、かつての地位を失うこと」の証のような過程を経て、そして運よく、なおかつ/あるいは現地の人々の熱意と努力があったために、その証拠が残されていたケースでは、近年、それらの苛烈な支配と圧制の証拠が明らかにされつつある。
その最も新しい例が、今回見る記事で扱っているケニアの例だ。記事はこちら:
英語の過去形の文章というのは、「過去は過去だけどいつのことよ」と思わされることがけっこうある。この記事もそういう性質の文章で、こういう文章を読み慣れていないとちょっと読みづらいかもしれない記事だが、ぼやーっとしていてわかりづらいなと思うところがあっても、そのまま読み進めていくと、次第に記述が具体的になって話がはっきりしてくるから、心を折られることなく読み進めてみてほしい。
またケニアに対する英国の圧制(植民地支配)について細かい知識がない人でも、記事を読んでいくうちにその具体的な形が見えてくるように書かれているから、「西欧列強のアフリカ分割の時代、現在のケニアは英国の支配下に置かれた」くらいのざっくりしたイメージしかなくても、安心して読み進めてみてほしい。
英語の記事を読むというのはどういうことか、体験できると思う。
英文法の実例として見るのは、第3パラグラフ:
キャプチャ画像内の下のパラグラフだが、パラグラフ1つが丸ごと1つの文となっている。かなり長いね。これを正確に読んでみよう。
まず注目すべきは、パラグラフの書き出しにある《接続詞》のthoughだ。この接続詞があるということは、これの導く副詞節があり、そのあとに主節がある。その切れ目を見つけることが、読解の出発地点だ。ちなみに文意としては《Though A, B》の形で「Aだけれども、B」ということになる。
とはいえ、この文、それがなかなか難しいかもしれない。とにかく長いのだ。そういう場合は、この「副詞節と主節の切れ目を見つける」ことだけでなく、その他の文法に注目して、文構造の主要な部分(文の骨格)から外してもOKな部分を見つけていくことが必要になるだろう。
この場合、どうなるかというと、下記で薄いグレーで表示するところに注目してほしい。
Though successive British governments have attempted to distance themselves from the violence that unfolded, the documentary, which airs on Channel 4 on Sunday at 10pm, shows how Britain was not only involved in a regime of systematic torture – including allegations of murder, rape and forced castration – but took steps to suppress evidence.
薄いグレーで表示した箇所は2か所あるが、どちらも《挿入》である。最初のは《コンマ》と《コンマ》にはさまれていて、2番目のは《ダッシュ》にはさまれていることから、意味を取る前に形式だけでも区別できるはずだ。
こうすると、何となく構造が浮き立って見えてくるだろう。
そう、この文は次のような構造になっている。主節の主語は、朱色の太字で示した "the documentary", 述語は "shows" であり、"Though" の副詞節は "unfolded" までである。
Though successive British governments have attempted to distance themselves from the violence that unfolded, the documentary, which airs on Channel 4 on Sunday at 10pm, shows how Britain was not only involved in a regime of systematic torture – including allegations of murder, rape and forced castration – but took steps to suppress evidence.
さらに下線で示した《not only A but (also) B》(この構文もまた、一文を長くする構文である)に気づけば、ずいぶんと把握しやすくなるだろう。
ここまで文構造が把握できたら、先ほどいったん外した《挿入》の部分を戻すようにして検討すればよい。
では、文意をとってみよう。まずthoughの副詞節の部分:
Though successive British governments have attempted to distance themselves from the violence that unfolded,
下線で示した部分の "that" は《関係代名詞》で主格。先行詞は直前の "the violence" 。unfoldは「展開する」というような意味の自動詞だが、流行りの「語源」での説明をするなら、un-は「~を解く」、foldは紙を折りたたんだりするときの「畳む」で、「畳まれていたものを展開する」というイメージを持っておくとよいだろう。訳す(または「翻訳する」)場合にはいろいろなやり方がある。distance oneself from ~は「~から自分を離す」つまり「~と距離を置く」で、意訳すれば「~と自分は関係ないとする」みたいな感じ。
というわけでこの節の意味は、「歴代の英国政府は、明らかになった暴力は他人事であるかのように振舞ってきたが」(一部、本気の意訳)。
続いて主節。まず、上で見たように2か所の《挿入》を取り除いてみると:
the documentary ... shows how Britain was not only involved in a regime of systematic torture ... but took steps to suppress evidence.
この文は、自分で書こうとしてみると気づくと思うのだが、動詞が少々イレギュラーだ。not only A but also Bで、Aが一般動詞ならBも一般動詞というようになっていればとてもわかりやすいのだが:
Akira not only left his phone at home but also lost his purse.
(アキラは、スマホを家に忘れたばかりでなく、財布を落としてしまった)
この例ではAがbe動詞+何かの形で、Bが一般動詞だ。この場合、it not only was ~ but took ...という形にはならず、it was not only ~ but took ... という形になる。論理的に考えれば前者のようになるはずなのだが、not only wasという語順は不自然極まりないので、was not onlyの語順になると思われる。この場合、読んでる人がひっかかってしまわないように、後半のbut (also) Bの部分にも主語を入れることが多い。下記のように。
Darcy was not only interested in showcasing his enormous vocal talents, but he also wanted to bring a little inspiration to those who needed it.*2
(ダーシーさんは、自身の抜きんでた歌の才能を公に示したかっただけでなく、必要とする人にインスピレーションを与えたいとも思ったのだった)
というわけで、今回の実例の文は、下記のように考えるとわかりやすかろう:
the documentary ... shows how Britain was not only involved in a regime of systematic torture ... but it took steps to suppress evidence.
文意は、「そのドキュメンタリーは、英国が体系だった拷問の統治にいかにして関与していたかということだけでなく、(英国が)証拠を表に出ないようにするためにいかにして手を講じたかということを示している」。
ここに、いったん外した《挿入》の部分を入れると、「そのドキュメンタリーは、日曜日の午後10時にチャンネル4で放映されるが、英国が殺人やレイプ、強制断種を含むとされる体系だった拷問の統治にいかにして関与していたかということだけでなく、(英国が)証拠を表に出ないようにするためにいかにして手を講じたかということを示している」となる。
※ここまで5100字
Twitterに投稿したら、わりと反応が多かったので、こちらにも転記。
https://t.co/88YSe5IEmn 英国で製作された、英国の植民地政策についてのドキュメンタリー。明らかになってきた暴力や拷問の真実。ケニア、マウマウの反乱(反植民地闘争)のことは近年どんどん調査が進んでその結果が広く一般に開かれている様子。今の保守党の親極右政権でもその流れは止まっていない
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年8月16日
"The documentary, titled A Very British Way of Torture, pieces together many of the worst abuses committed by British colonial forces through survivor testimony and expert analysis from a team of British and Kenyan historians. ...
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年8月16日
歴史家の仕事
"... It also delves into an archive that had remained hidden for more than 50 years in a facility used by MI5 and MI6."
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年8月16日
文書が残ってたのは、ケニアがしっかり独立したからだよね。
*1:日本語版ウィキペディアにも書いてあるが、英国の博物館員らが得意顔で削り落とした「汚れ」は、実は彫刻の元々の彩色の痕跡だった、ということを扱った論文だった。
*2:英文出典:
https://www.apost.com/en/blog/when-ordinary-soccer-dad-sounds-incredibly-like-elvis-the-judges-are-forced-to-hit-golden-buzzer/32289/ テレビのオーディション番組に出演した人についての記述。